家を無くす壮年の話 弦一郎は自室のテレビとネットニュースにかじりついている。
その顔色はあまり良くなく、心労が表に出ているのが窺えた。
悪天候による臨時休業のため、仕事を無理矢理終わらせて帰ってきたというので、かなりの苦労をしたのではなかろうか。狼は荷物を両手で抱えたまま、やつれ気味の横顔をぼんやり眺めている。ここは弦一郎のマンションで、狼は彼に拉致された。比喩ではない。猫ともども人攫いにあったので一家ぐるみ被害にあったといっていい。
今年最大級の、と脅かされながらもいつものアパートで過ごそうとしていた狼の家に、仕事帰りの弦一郎は突然やってきた。
常とは異なり特に連絡もなしに現れた男に、応対する間も無く無言で鷲掴まれ、車に押し込められそうになったのはほんの数時間前の話だ。弁解しようもない人攫いあらわる。
今回は猫も一緒だ。風が強くなる前にと急かす弦一郎の腕の間をすり抜け、どうにか寝ているときに愛用している猫用タオルケットと猫トイレを掴めることができた。猫は寝た子を起こされて文句を言ったが、頭から布をかぶせてどうにかこうにか、という体だ。とりあえず貴重品と持ち出し袋だけ持参したが、立派な避難準備の様相になっている。基本的に荷物が少ない狼で助かった。
見慣れぬ家の匂いに猫は緊張し、狼の腕の中から下りようともしなかった。
毛玉が入ったおくるみを抱えたままうろうろする狼は所在なさげだ。
「猫までよかったのですか」
「緊急事態だ、仕方がない。すまんが片付けていないから、廊下には出さないでくれ。念の為に避難準備をしてはおくが……」
少なくとも狼のアパートよりは頑丈だし壁がもげる心配はない、と弦一郎は言った。猫砂はないけどペットシーツはあるし。これは言わなかった。
そして嵐がありとあらゆる爪痕を遺しながら去った、その翌日。
立ち退く予定の春を待たず、狼のアパートは倒壊した。
おわり (そして同居へ……)