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    河東🌻

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    河東🌻

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    菊杉原稿進捗。カッコ書きに下書き感がありますね。

    #菊杉
    chrysanthemum

     菊田は、渋くて暗い萌黄色をした洋傘がお気に入りだ。特別に仕立てさせたものだそうだが、職人が死んでしまったので、もう同じ物は作れないと言う。気に入ってはいるが大切に仕舞うのではなく、雨の日にはよく差している。杉元を拾った夜にも差していた。
     他にも、菊田は物を集めるのが趣味なようで、日本刀やら外国製の短銃やら、いろんな物を所有している。だからきっと、自分も収集物のひとつなのだろうと杉元は思っている。滅多にいない特別な性を、しかも菊田と対になる性を有する存在だから。珍しいもの好きなのだ。
    「あのコートもなかなか良いもんだぜ。どこの仕立屋に作らせたんだ」
    「さあ、俺は知りません」
     杉元が着ていたとんびコートは濃い鼠色をしていて、本当は少し丈が長くてサイズが合わない。元はあの人のものだったから。
     顔を曇らせた杉元を、菊田は黙って見つめていた。今日は曇天で、太陽の光が差さない冬枯れの道に吹き渡る風はとても冷たい。新しく買い与えられたコートの裾が、強い風に煽られて揺れる。
     そばに置くようになってから、菊田は杉元を建設現場では働かせず、補佐として侍らせている。用心棒だとかうそぶいているが、手元に置いておきたいだけなのだろう。雨の日以外も隣にいるから、近頃ではお気に入りの洋傘よりも一緒にいる時間が長い。
    「今日は蕎麦が食いてえなあ。ノラ坊は好きか? 蕎麦」
    「俺は食えるもんならなんでも好きですよ」
    「ははっ、おもしれえこと言うなあ」
     菊田は杉元をノラ坊と呼ぶ。世間一般に揶揄されている「犬」を彷彿とさせるのに、なぜだか嫌ではなかった。臭い物に蓋をせず、面と向かって犬と呼ばれているようで、いっそ清々しい気分になるからかもしれない。
     近くの蕎麦屋で遅い昼食を摂り、屋敷に戻る。杉元の存在にすっかり慣れた部下が、いつものように出迎えに現れた。
    「おかえりなせえ」
    「おう」
     部下は杉元には見向きもしない。これもいつものことだ。囲い者だと知られているわけではないが、本当の囲い者(傍点)だと思っているのだろう。そう思われていた方が都合が良い。
    「おい」
     だが、今日は珍しく声をかけられた。不機嫌そうな顔をしているが、杉元を疎んじているわけではなく、人相が悪いだけだ。
    「今夜は幹部だけの会食がある。当然、お前は出れねえ。メシは離れに運ばせるから、勝手に外に出るんじゃねえぞ」
     部下に言われて、杉元は主の方を見た。菊田が黙って頷く。
    「菊田さんがいなくても、ちゃんとメシ食わせてくれるんすね」
    「あ?」
     人相の悪い部下の眉間に皺が寄ると、さらに不機嫌そうに見える。嫌味っぽい言い方をした自覚はあったが、単に杉元は己の立場を改めて認識しただけだ。食いっぱぐれることなく、雨風を凌げる屋根と温かい寝床がある環境に、飼い馴らされている。
    「わかってんなら、大人しくしてろ。メシが食えるだけでもありがたいと思え」
    「わかってますよ。俺は仕事も与えてもらえない穀潰しだって」
     そう言って、杉元は離れの方へと足を向けた。離れは正面玄関から母屋に入り、中庭の見える廊下を渡った奥にある。外の通りからは全く見えない、閉ざされた場所。菊田が外に出る時以外は、そこに囲われている。
    「生意気なガキだ」
    「元気が有り余ってんだろ」
     仏頂面の部下へ、菊田は楽しそうに笑ってみせた。
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    河東🌻

    DONEフォロワーさんへの、遅すぎる誕生日お祝いの鯉杉です。杉元誕生日のお話でもあります。
    鯉杉はどっちも可愛いから、お話も可愛くなっちゃいますね(当社比)
    反対方向のふたり 三月になったばかりのその日は、良い天気だった。
     日中は日差しがよく届いて暖かかったけれど、日が落ちると気温がグッと下がる。西の端っこが茜色をしていて、東へ行くほど藍色になっていく空には、一番星が輝いていた。
     平日の黄昏時の駅前は、家路を急ぐ人でいっぱいだ。駅の建物には、ひっきりなしに通勤客が出入りしている。混雑しているのに、黙って足早に歩いている人が多いので、賑やかという感じがしない。いろんな歩調の足音と車の音、駅を発着する電車の音ばかりがよく聞こえて、人の話し声は雑音に紛れてよく聞こえない。
     駅前広場に設置された、不思議な形をした謎のオブジェは、待ち合わせの目印としてよく使われている。人混みの向こうに鮮やかな色彩のそれがチラリと見えて、杉元は足を速めた。そして、いつもの癖で腕時計の時刻を確認しようとした。遅刻なのは重々承知だけれど、何分遅れか気になったのだ。だが、すぐに手首には何も着けていないことを思い出す。
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