タイトル未定 夜の120番道路、ここに生息していないはずのバルビートがいると聞いて、早速ユウキはダイゴと共に調査に繰り出した。生息地が広がったのであれば、図鑑の更新が必要になる。早めの事実確認が必要だった。
ダイゴを誘ったのは、彼が数日前、最近は自分のところまで辿り着くチャレンジャーがいないとこぼしていたためだ。ユウキは、人手が必要だから、暇なら付き合ってくれ、という要求をオブラートに包んで提案し、二つ返事でダイゴが了承した。
ハルカは保護したポケモンの世話で手が離せないそうだし、ミツルはそもそも連絡が取れなかった。彼のことだから、修行に集中しているのだろう。他に、過去に戦ったことのあるトレーナーたちも誘おうかと考えたが、ただでさえ見つけにくいバルビートが相手なのだ。大人数で押しかければそれだけ警戒されやすい。
こうして、ダイゴと二人での調査と相なった。
昼間にバルビートを見つけるのは困難だ。美しい星空に見惚れるのもいいが、夜が明ける前に終わらせなければ。そう意気込んで草むらをかき分けるユウキだったが、出てくるのは宵っ張りのトレーナーと、寝ぼけ眼のポケモンばかりだ。
手分けして調査を開始してから数時間。橋の上で落ち合った二人は、お互いの表情を見てすぐ、芳しい成果を得られなかったと悟った。
「疲れただろう。今日のところはここまでにして、次は時間を変えて探してみないかい」
ダイゴの提案に、力なく頷く。チリーンを探しにおくりび山に行った際もかなり苦戦したが、今回も骨が折れそうだ。ユウキは、どっかりと腰を下ろして項垂れた。
「ごめん。明日からはオレだけで探すよ。何度も付き合わせるの悪いし」
暇だと愚痴をこぼしていても、彼はホウエンリーグのチャンピオンだ。一日くらいならいいだろうが、何日も駆り出すのは気が引ける。
しかし、ダイゴはかぶりを振った。
「ひとりでは大変だよ。ボクは平気だから、ね?」
星明かりの下で、ダイゴが手を差し伸べる。ユウキは伸ばしかけた手を戻し、自分で立った。そして手に付いた土埃を払ってからダイゴの手を取る。
「よろしく」
「うん。任せて」
しっかりと握手を交わし、するりとほどく。そぞろ歩きだしたその時、湖岸で何かが動いた。
「ユウキくん、今のはもしかすると……」
「きっとそうだ!」
「待つんだ、そんなに身を乗り出したら──!」
暗順応したユウキには、フワフワと漂う光がバルビートだとすぐに理解した。不幸だったのは、ここが手すりの無い橋の上だったこと。そして手持ちにエスパータイプのポケモンがいなかったこと。前に伸ばした手は、当然ながら空を切った。そのまま振り下ろされた腕をつかみ、ダイゴはユウキを引き戻す。しかし、その代わりにダイゴの身体が投げ出された。
「あ」
それはどちらが発した言葉だったか。鏡写しの星空に、ダイゴは落ちた。
「どうしてきみまで……」
「体が勝手に動いちゃって」
ダイゴが落ちた直後、反射といってもいい速さでユウキも飛び込んだ。おかげで二人ともずぶ濡れだ。湖岸にたどり着いた二人は、水を吸って重くなった服を絞りながら話す。
「ダイゴさん、マルチナビとか大丈夫?」
「もちろん。デボンの製品は、あらゆる場所に出向くトレーナーを支えるために三十気圧防水や防塵、耐衝撃性能を備えているからね。とはいえ、そこそこ深い湖でよかったよ。浅かったら頭を打っていた」
きみこそ平気かい。ダイゴは銀の髪からポタポタと雫を垂らしながら問うた。
「平気。むしろちょっと涼めてラッキー……って、助けてくれたダイゴさんには悪いか」
「っはは、ボクもきみと同じこと考えたからいいよ。……驚かせてすまなかったね、バルビート」
遠巻きにこちらをうかがうのは、先ほどのバルビートだ。その後ろにもイルミーゼと思わしき淡い光が見える。ユウキはマルチナビで写真を撮り、レポートを書く。濡れた手でも、問題なく反応した。ひとまずこれで調査は完了だ。
書き終えたユウキは、大きなくしゃみをひとつ。ダイゴがジャケットをかけてくれたが、あまり効果はなかった。
「家に帰る前に風邪をひきそうだ。今日はポケモンセンターにお世話になろうか」
うなずいたユウキは、バルビート達に「またな」と手を振った。バルビート達はそれを見ると、草むらの方へ飛んで行った。
淡い光が草に隠され見えなくなってから、ポケモンセンターへ向かった。濡れた靴が、草の上に足跡を残す。
「あのバルビートには、噂になかったイルミーゼがいたけれど、彼らは一体どこで出会ったのだと思う?」
「うーん、もしかしたら、バルビートを追いかけてきたとか?」
「ははは、ユニークな考えだ。でも、きみが言うと本当にそんな気がしてくるよ」
声を抑えて笑うダイゴは、ふと思い出したように問う。
「……ねえ、ユウキくんはいつボクのもとにやって来るのかな」
「やって来るって、今一緒にいるけど」
「ええと、いつリーグに挑戦してくれるのかなって」
ダイゴの言葉にはもうひとつの意味があったが、ユウキは気づかなかった。
ただ、夜風が彼らの距離を、いつもよりも近づけていた。