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    Hosikuzusizuku1

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    Hosikuzusizuku1

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    尻叩き 部誌に載せたい創作ss見て……

    いざや参らん、下剋上! 或るところに、とても素晴らしい魔法使いがいました。
     心優しい魔法使いはその強大な力を使って、別け隔てなく多くの人々を助けていました。
     人々はそんな魔法使いに心から感謝し、敬愛していました。
     ──しかし。
     或る時魔法使いは、悪魔に取り憑かれてしまったのです。
     悪魔に魂を売った魔法使いは、かつて救ってきた多くの人を、物を犠牲にし、次々と恐ろしい儀式を完成させていきました。
     闇に魅入られたそこ横顔に、かつての優しく聡明な面影は残ってはいませんでした。

     黒い雲から黒い雨が降る中、魔法使いは死にました。
     漆黒のローブから、ぼた、ぼたと黒い雫が零れ落ちます。
     倒れ伏した魔法使いを見下ろす、幾千の目。その全てが、彼を冷たく見下ろしていました。
     黒く濡れた剣を掲げ、清く正しい聖騎士は
    「『悪魔』、今此所に死す」
    と、高らかに声を上げました。
    雲は晴れ光は差し、人々は聖騎士に、万雷の喝采を捧げました。

    『悪魔』の脅威は去り、今では世界に、平和だけが残っているのでした。
     めでたし、めでたし。


     キーン、コーン、カーン、コーン。
     学内の庭に置かれた、巨大な鐘が鳴り響く。
    授業を終えた生徒たちが、めいめいに自由な時間を過ごす中、黒い影が校舎の屋根の上に腰かけて、その様子を眺めていた。
    「いたっ! はあ……はあ……ちょっと、アナタねえ!」
    影の前に姿を現した生真面目そうな少女が、息も絶え絶えに声を荒げる。二つに結んだ短めの赤毛が、その拍子にピョコンと跳ねた。
     影はハッとしたように顔を上げると、軽く手を挙げた。
    「よお、遅かったな。いやー、こっちに来てよかったよかった。こんな高い所があるんだからな」
    「何よぉ、自分から勝手にどっか行ったくせに。しかもこの高さまで魔法もなしに跳び上がるだなんて、どうかしてる! うう……こんな破天荒すぎる奴の世話役なんて引き受けるんじゃなかった……」
    片手で顔を覆い、少女は項垂れた。
     ニヤニヤ、と形容するのが一番合うであろう笑顔を浮かべながら、パーカーのフードを目深に被った影のような少年は少女を見つめる。
    「うーん、いい風だ。──ところで『それ』、随分年季が入ってそうだけど、座ってて痛くないのかい?」
    「え? ……ああ、この子のこと?」
    少女の片手に握られているのは──箒だ。少女は箒の柄──よく見ると、端正な文字で“Rose In Mist“と刻まれている──を優しく撫で、笑顔を見せた。
    「平気よ。長い付き合いで、慣れっこだもの」️
    「すごいなあ。俺には箒で空を飛ぶなんて到底出来ないや」
    襖は閉められるけどな、と続けて少年は呟く。聞いたこともない表現に首を傾げつつも、異国特有の諺のようなものなのだろうと、少女は頭の中で結論付けた。
    「それはまだやったことないからでしょ? 飛行術は、この学園──というかこの国で生活していくなら必須レベルのスキルなんだから、留学生と言えどちゃんと身に付けないと大変よ」
    「うええ、厳しいな」
    ヒラヒラと手を振った少年は何を思ったか、突然傾斜の強い屋根の上に手を突き、屋根を蹴り上げた。
    「よっと」
    「ちょっと!? 危ないわよ!」
    「平気だって、慣れっこだから。……なあ、あれは?」
    もしかして私、舐められてる?──と頭を抱えそうになった少女は、少年が足先で指す方を向いた。
    「……あれね。ほっといた方がいいわ」
    彼らの目には、小柄な生徒が大人数に囲まれている様子が映っている。
    「止めないんだ?」
    「関わり合いにならない方が身のためよ。なんたってあの子は──っていない!? ああもうそんなことだろうと思ったわよーっ!!」
    既に再び大きく跳躍して、騒ぎの渦中へと飛び込んでいった少年を追いかけ、少女は本日何度めかも知れないため息をついた。


    「お前、さっき俺のカネ盗んだよな?」
    ふわふわとした白い髪に、薄緑色の瞳。全体的に儚い印象雰囲気を漂わせる小柄な生徒に、一際大柄な男子生徒が詰め寄る。
    「……」
    三角帽子を目深に被った小柄な生徒は、顔を上げることもせず押し黙っている。
    「おい、無視か?それとも図星かァ?」
    「……ああ、ごめんね。少し考え事をしていて。僕に何か用かな?」
    「テメェ……!!」
    ようやく顔を上げた生徒の胸倉を掴み、大柄な生徒は喉元に杖先を突きつける。瞬時に人集りがざっと動き、渦中の二人から距離をとった。
    「だめだよ、人に杖を向けちゃあ。危ないよ」
    「よく言うぜ、血も涙もねえ『悪魔』の孫の癖によォ」
    ピクリ、と宙に浮いた生徒の体が震える。
    瞬間、じっとりと嫌な熱気に包まれていた場の空気が凍りついた。
    「……」
    「はっ、誤魔化しもできずにだんまりか!」
    鼻息を鳴らし、大柄な生徒が小さな体を乱暴に投げ捨てた。
    小柄な生徒が石畳の上に叩きつけられ、冷たい地面に横たわる──ことはなかった。
    「……おい、何のつもりだ」
    「いやあ、なんだか面白そうなことしてるなーって」
    大柄な生徒が凝視する先では、屋根の上から飛び降りた影のような少年が、小柄な生徒を地面すれすれで支えていたのだった。
     青白い手が己の体を支えていることに気づき、生徒は白く長い睫毛に囲われた目を見開く。
    「きみ、は?」
    「んー、謎多き転校生、ってとこかな?」
    「テメェ、この俺に楯突くってことがどういうことか、分かってやってんだろうな!?」
    「えっ? 困ってる子を助けるのは、こっちでは駄目なことなのかな?」
    黒ずくめの少年は飄々とした笑みを絶やさない。大柄な生徒の苛立ちは、一瞬で限界に達した。
    「舐めやがって!!」
    大柄な生徒が激昂して杖を振りかぶる。杖の先から迸り己を狙い燃え上がる炎を──黒ずくめの少年は、指先でつまみ上げた。
    「……は?」
    「俺相手に炎を使うなんて、無謀なことしたね」
    つまみ上げたそれを、少年は手の中で粘土を弄ぶかのように丸めてみせたのだ。前代未聞の芸当に、周囲は唖然として騒ぎの中心を見つめた。
    「ファイアボール!……なーんちゃって」
    ふざけた声と共に放たれた炎の球は一切のブレなどなく、大柄な生徒の顔面に直撃した。
    「──」
    声を出すことすらできず、生徒はそのまま地面に倒れ込んだ。遠目に騒ぎを見ていた取り巻きたちが慌てて駆け寄り様子を窺うが、どうやら単に気絶しているだけのようだった。
    「これ正当防衛成立するかなあ?」
    「知らない」
    「とりあえず、逃げちゃう?」
    「うん」
    「はーっ、はーっ……やっと追い付いた……」
    黒と白の生徒の元へ、箒を片手に少女持った少女が駆け寄る。ぜいぜいと息を切らす少女に、黒ずくめはひらりと手を上げると、大きく笑顔を見せ、言った。
    「そうと決まれば、ちょっとひとっ飛び連れてってくんない?」
    「はーっ、はあ!? って、キャーッ!!」
    トントン拍子で方針を固めた二人に唖然とする暇もなく、辺りはまたしても熱気に包まれた。ボスを呆気なく倒され気後れしていた取り巻きたちが、なんとか調子を取り戻し、彼らに杖を向け猛攻を仕掛け始めたのだった。
    「早くしないと君まで燃えちまうぜー!」
    「あ──もうわかったわよ──っ! 飛べばいいんでしょ飛べば! うううごめんね私のロゼ、重いけど頑張ろうね……」
    箒の柄を悲しげに撫で、少女はまたも箒に跨がる。
    「じゃ、行こっか!」
    「わかった」
    素直に頷いて己の手をとり、箒に腰掛けた白皙の生徒の頭を帽子ごとわしわしと撫で、黒ずくめの少年は空いた手で箒の柄を握る。
    「私のロゼに乱暴したら承知しないからね。しっかりかつ優しく捕まってなさい!」
    至るところで爆風と稲妻が吹き荒れる中、ふわりと箒が地面から浮かび上がる。
    「俺たちの代わりに怒られといてねーっ!」
    「挑発してどうすんのよーっ!!」
    少女の甲高い怒声が宙に響く。それを合図にでもしたかのように、箒は瞬時に驚異的な力を発揮し、青い空を風を切って駆け始めた。


    「ふう……ここまで来ればもう安全だね」
    箒の柄に捕まった黒ずくめの少年は、ぷらぷらと体を揺らしながら胸を撫で下ろす。眼下に広がるは尖塔の多い煉瓦の街。人の姿も最早小さな粒のようにしか見えない。
    「安全だね、じゃないわよ! アンタが火に油を放り投げに行かなきゃこんなことには……」
    「ありがとう、助けてくれて」
    赤毛の少女を遮って──というより気にも留めずに──白皙の生徒は視線を落とし、黒ずくめの転校生にぺこりと頭を下げた。
    「君も、ありがとう」
    「わ、私はただアイツのお目付け役で……どうも」
    同じように頭を下げられた赤毛の少女は、毒気を抜かれたように一瞬ぽかんとした顔を見せた後、ふいとそっぽを向いて答えた。
    「そうだ。今のうちにお互いちゃんと名乗って、あのモブの皆さんと区別つけておかなきゃね」
    「何の話よ、というか私の名前はもう知ってるでしょアンタ。──私はベリンダ。ベリンダ・ミストよ」
    障害物を気にしつつ、ベリンダは慣れた様子で箒を駈り続ける。
    「俺は、ユキ・クロエ──あー、悪い。クロエって呼んでくれたら助かる」
    歯切れの悪い名乗りに、ベリンダはまたも首を傾げる。どうにも、謎の多い転校生だ。
    ──謎と同じくらい、厄介ごとを引き寄せてくるとんでもないやつだけど!
    「僕はシトリス。シトリス・コキュートス」
    耳にすっと馴染む落ち着いた声が、クロエの耳をくすぐる。
    「よろしくな、シトリス」
    「よろしくね、クロエくん」
    殊更に大きな笑顔を浮かべたクロエに、シトリスも釣られて微笑みを浮かべた。
    「それで、これからどうするの? ずっと飛び続けるわけにもいかないし」
    ベリンダの声に、シトリスが何でもないような調子で答えた。
    「僕の家まで送ってほしい」
    「進行方向と真反対じゃないのふざけてんじゃないわよ!!」
    それでもベリンダが操る箒はなかなかの勢いで旋回する。クロエはともかく、特に直接的な縁があるわけでもないシトリスまで助ける義理は、彼女にはなかった。普通に面倒事はごめんだが、しかしここまで付き合ってしまったからには仕方がない、放ってはおけない──ベリンダにとって、彼女自身の性質をここまで恨んだのは初めてのことであった。


    木々の間を縫って進む少年たちと少女と箒は、やがて森の奥深くの、開けた場所に辿り着いた。
    温かな日の光が差す、小さな原っぱだ。ささやかではあるが手入れの行き届いた花壇。清らかな水を湛えた小池では、小鳥たちが羽を休めている。そして、ますます深く広がる森を背に建つ、巨大かつ厳かな雰囲気の漂う屋敷が、その空間の中で一際目を惹いた。
    「ありがとう。……一日のうちでこんなにもたくさん『ありがとう』を言ったのは、ずいぶん久しぶりな気がするよ」
    「まったく、もう。こんな深い森の中を箒で飛ぶなんて無茶な芸当、私ぐらいの腕前がないとできっこないんだからね!」
    胸の前で腕を組み、ふんと鼻を鳴らすベリンダに向かって、クロエは宥めるように笑みを深めた。
    「お疲れさん、ベリンダ。おっと、ロゼもだな」
    「──え」

    『ベリンダちゃん、箒に名前つけてるの? 変なのー』
    『私、聞いたことある。なんでも、お父さんもお母さんもずっと働きに出てて、箒くらいしか話し相手がいないんでしょう?』
    『かわいそー』

    『ミストのやつ、ガキの頃からずっとあのボロ箒使ってるらしいぜ』
    『買い替える金もないんだろ。それなのに無理してこの学校に通ってるんだろ?』
    『意識高いよな』

    『てか、ただの物に名前つけるとか……』

    『イタくね?』

    「おーい、ベリンダ?」
    「ベリンダちゃん?」
    「……あ」
    クロエとシトリスの声で、現実に引き戻される。脳裏にフラッシュバックした暗い、暗い言葉の海から、ベリンダはなんとか意識を浮上させることができた。
    「悪い、無理させたか?」
    「う、ううん。平気よ、平気」
    「せっかく送ってもらったんだもの。お礼には少し足りないかもしれないけれど、お茶にしよう」
    玄関前に立ち、家に上がるように促すシトリスと、頭の後ろで腕を組みながら歩みを進めるクロエの後を追って、ベリンダも歩き始める。

    『お疲れさん、ベリンダ。おっと、ロゼもだな』
    (生まれて初めてだ。あんなこと、言われたの)
    箒の柄をきゅうと握りしめて、ベリンダは朱に染まった顔を隠すように俯いた。
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