接客補佐官コナー「初めまして。私はコナー。サイバーライフから派遣されました。今日から貴方の相棒です。」
手を差し出してきた彼は胸ポケットに収まる掌サイズ。私とお揃いの制服に身を包み、コテンと首を傾げる姿はとても愛らしい。潰さない様にそっと人差し指を近づけるとコナーが両手で抱きついてくる。どうやら彼なりの握手らしい。思わず破顔してしまいそうになるが、ここは職場だと思いとどまり気を引き締めた。
「宜しくお願いします、コナー。」
「あちらのお客様はこのメーカーの商品を好んで購入されます。新商品のご案内が喜ばれるかと。」
「常連の〇〇様です。以前お孫さんの話をされました。」
「クレーマーが来ています。ご注意を。」
「持病がある方なのでそちらはおすすめ出来ません。」
「急いで下さい!あと5分後に研修が始まります!」
今日も胸ポケットのコナーは完璧だ。接客中のお客様が抱いている赤ちゃんと同じ目線にいたコナーは、私たちの邪魔にならないようコイントリックを披露し赤ちゃんの視線を釘付けにしている。手を叩いて喜ぶ赤ちゃんとドヤ顔のコナー。可愛い。的確なアドバイスにお客様もニコニコしながら帰って行った。正直コナーだけでも十分では?勤務後の休憩室で項垂れる。優秀すぎる相棒に自分の存在意義が揺らぎ溜息が出た。
「どうかしましたか?」
胸ポケットから此方を心配そうに見上げてくる。可愛い。
「いや、コナーが優秀だから私はいらないなと思って…」
思わず出た本音に慌てて手で口を覆う。これではまるでコナーに嫉妬しているみたいではないか。情けない。
「私には貴方が必要ですよ。毎日よく頑張っていますね。」
いつの間にか肩をよじ登ってきたコナーが背伸びをし私の頭を撫でた。正確には耳の少し上、こめかみの辺り。身長が少し足りなくてプルプルしている。可愛い。
「私は機械です。ある程度の感情は理解できますが、人間のように感情の機微に聡い訳ではない。私だけだときっとお客様を怒らせてしまう。だから自分を卑下しないで。私には貴方が必要だ。」
「コナー…」
フォローまで完璧とは恐れ入る。私の制服の襟を掴み、必死に訴えかけてくるコナー。可愛い。
「ありがとう。もう大丈夫。」
微笑みながら頬を突っついてみると癖になるモチモチ感だった。こんな所まで完璧とは。思わず頬を寄せ擦り付けた。
「ひゃめてくだひゃい!」
「私もコナーがいないと生きていけないよぉ。ずーっと相棒でいてね。」
しつこく頬擦りし過ぎてしまい、コナーは顔を背け肩の上で丸くなってしまった。顔を隠した腕の隙間から真っ赤な光が漏れ出ている。照れているのだろうか?暫くすると光が黄色く点滅し、通常運転に戻ったコナーと目が合う。とてつもなく悪い顔をしている。いつもの営業スマイルとは違う男の色気に当てられ動揺した。
「僕も悪戯します。」
宣戦布告と共にチュッと可愛らしい音が響いた。鼻先を押さえ固まる私を他所に、コナーは近くの机に飛び移る。パルクール選手の如く、軽々と障害物を飛び越えそのまま器用に待機場所まで走っていく。見た目に似合わない機動力に驚愕した。可愛い。
「本日の業務は終了です。お疲れ様でした。また明日。」
姿勢を正し一礼した後、コナーはチェア型充電器にちょこんと座り目を閉じた。ドキドキしている私を放置して。
翌日からもコナーは完璧だった。ソーシャルモジュールというなんか凄いやつ?を駆使し、お客様にあった接客スタイルに切替ていく。他の従業員のバックアップもそつなく熟すコナーはその見た目も相まって、社内でも不動の人気を確立しつつあった。そんな最中、アンドロイドの人権が認められたのだ。
「もし嫌でなければ…貴方の家に僕を置いてくれませんか?」
「私の家!?」
「勿論家賃はお支払いします。」
「いや、それは大丈夫なんだけど…」
備品ではなく従業員として登録されたコナーからのお願いに声が裏返る。アンドロイド法が改正され、コナーにも給料が支払われているそうだ。ただ、なかなか住居が決まらずにいた。掌サイズの彼には普通の部屋では不便しかない。特例として休憩室の片隅にはドールハウス改めコナーの私室(仮)が置かれている。
「公私共に相棒は嫌…ですか?」
上目遣いで縋ってくる。気のせいか、うるうると目に膜が張っている様にも見える。可愛い。私がこの顔に弱いと知っての行動だろう。
「…僕が嫌い?」
ギュッと両手を握りしめ悲しそうな表情で見つめてくる姿は捨て犬さながら。良心がゴリゴリ削られ根負けした。fuck●n'ソーシャルモジュール。
「あぁああ!もう分かったから!うちにおいで!」
「僕のこと嫌いじゃない?」
「嫌いじゃない!コナー大好きだから!」
「ホントに?僕も好き!」
コナーの周りに花が咲き誇る幻覚が見える。可愛い。初対面の時と同じく人差し指に抱きついてくるコナーに頬を緩めながら、今晩は全力で掃除しようと心に誓った。
コナーが引っ越してくる当日、サイバーライフからとんでもない大きさの荷物が届いた。宅配のお兄さん二人がかりで運び込んだそれは、コナーのメンテナンスに必要なものらしい。職場に設置されていたコナーの私物であるチェア型充電器と制服は昨日引取ってきた。物置と化していた部屋を綺麗にしておいてよかったと安堵する。掌サイズなのにこんな巨大なメンテナンスの機械が必要なんてアンドロイドは大変だな。呑気にそんな事を考えているとインターホンが鳴った。
「はーい!今行きまーす?」
「今日からお世話になります。」
「…どちら様?」
玄関に立っていた長身のイケメンに困惑する。こめかみのLEDがアンドロイドだと主張しているが、知り合いに成人男性型アンドロイドはいない。見つめ合い数十秒。我慢できなくなったのかイケメンが噴き出した。
「僕ですよ。コナーです。」
ジャケットのポケットから出てきたのは見慣れた掌サイズのコナー。スリープモードなのか、イケメンの手の上ですやすや眠っている。
「えーっと…取り敢えず入る?」
「ええ。お邪魔します。」
コーヒーとコナー用に準備していたBBをテーブルに並べる。
「で?説明してもらえる?」
「サイバーライフから此方の機体を提供して貰いました。」
掌サイズのアンドロイドのデータを取る為にコナーの様なプロトタイプが一般企業に派遣されているのだと説明される。中でも接客補佐官として派遣されたコナーはデータを十二分に収集し絶賛された。功績を残したコナーはサイバーライフと交渉し、成人男性型の機体を手に入れたのだ。
「ちょっと待って。今のイケメンの身体があれば私の所に来なくてもよかったのでは!?」
「イケメンですか?この機体が貴方の好みで良かった。」
嬉しそうに微笑むコナーに流されそうになるが、そうは問屋が卸さない。掌サイズコナーと住むのとイケメンコナーと住むのとでは訳が違う。
「話を逸らさない!」
「貴方は僕のこと大好きだと言った。」
これは確かに言った。
「公私共に相棒になってくれるとも。」
これは言った…のか?静かに立ち上がり近付いてくるイケメンコナーに自然と身構えてしまう。
「僕は貴方が好きだ。」
跪き右手の甲にキスを贈ってくる王子様は私の弱い上目遣いで此方を覗いてくる。
「ずっと一緒にいたいと思うのはダメ?」
「ダメ…じゃない…」
「僕をここに置いてくれる?」
頷くと物凄い力で抱きしめられた。こうして押しかけ女房為らぬ押しかけアンドロイドとの生活が始まったのだ。
「いらっしゃいませ!」
お揃いの制服に身を包みお客様をお迎えする。胸ポケットにいる私の恋人は今日も完璧だ。
「ねぇ、コナーは何時変異したの?」
「…秘密です。」
「もし私が拒否してたらどうするつもりだったの?」
「言質は取っていたので軽く脅すつもりだった。」
「怖っ!」
「君を手に入れる為なら使える物は使うさ。あの機体もね。」
「ひぇ…そう言えば、あの子はどうするの?」
「仕事は今まで通りあちらの機体で行います。皆さんを驚かせる訳にはいきませんし。」
「そっかー。お客様もびっくりしちゃうしね。」
「それにこの機体は貴方だけのものだから。」