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    yuzugon21

    @yuzugon21 yuzugon(ゆずごん)社畜リーマン子持ち主腐女子垢鬼滅/ぎゆさね/むいさね/字書き未満/書くのはぎゆさね/昭和のイニシエ人/アイコン猫大佐さま@kdm_alteから

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    yuzugon21

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    オフ本の一節になりますが「桜」のお話。
    個人的に好きなシーン、🌊が🍃に「残った片腕だけでもお前にすがらせてくれないか?」ってところなんです

    #ぎゆさね
    teethingRing

    落花流水つれづれに — 桜 —— 序章 —
     
     
    「義勇さん、不死川さんもこちらに来られてると聞きましたが、どちらにいらっしゃるかご存知ですか?」

     義勇と鱗滝、恩人二人と久しぶりの再会を大いに喜んだ後、炭治郎が義勇の顔に目を向ける。すっかり色素が変わってしまった彼の左側の瞳の向く方向が僅かに自分からズレているのに義勇は気づいてしまった。
     そんな機能を果たしてない彼の目の事実を改めて思い知らされ、義勇の胸の奥がキリキリと傷んだ。
    「どうかしました? 義勇さん。急に難しい顔をして……」
     一瞬、表情を翳らせた義勇に直ぐに気がついた炭治郎が、ピクっと僅かに眉をひそめ、鈴のような丸くて大きな瞳をクルクルと動かして反応する。
    「いや——。それより、お前は不死川を探しているのか?」
    「あっ、はい。禰󠄀豆子は、たまたま向こう側の廊下で会えて、挨拶できたと喜んでいたのですが、俺が行くと、既にいらっしゃらなくて。大切にしていると聞いた鏑丸をカナヲに託されていたのも凄く気になるし……」
     炭治郎が肩をすくめ、思案顔で小さくため息を零すと、甘えて鱗滝に抱きついていた禰󠄀豆子が、兄の様子に気づき、嬉しげな表情を浮かべ義勇に話しかけてきた。
    「不死川さん、すっごく優しくて、『悪かったな』って頭を撫でてくれたんです! あんな素敵な笑顔をされる方だったんですね! 私、なんだか……ドキドキしちゃいました」
     淡雪のように白く、やわらかな禰󠄀豆子の頬が、桃花の色に初々しく染まっているのに義勇は気づく。なるほど、すぐ後ろの柱の影から顔だけ出した善逸に睨まれ、野良犬のような嫌な唸られ方をされる理由も悟った。
     そんな善逸の様子を気にしながら炭治郎が八の字に眉をひそめ、少々情けない表情を浮かべる。
    「不死川さんにご挨拶と、絶対に、お渡ししないとならない物があるのですが、そろそろ出発しないと、伊之助が怒って、手がつけられなくなってきて……」

     炭治郎の言葉が終わらぬうちから、伊之助の『まだか、モンジローー』『まだか‼︎ まだなら、もんいつの髪を毟るぞ』表から破鐘を叩くような連呼が響き、知らぬ間に姿を消した善逸と『何それ 全く意味不明な八つ当たりなんですけど ……って、髪を掴むなっ! 痛いんですけどって、本気なのぉ』ドタバタと追っかけ合うような足音と、善逸の甲高い悲鳴が聞こえ始めた。
     じゃれ合うような二人の騒動をなだめる為か、面白がる為か、楽しげに禰󠄀豆子が笑い、鱗滝の手を引いて走り出す。
     そんな賑やかで、漫才のような二人のやり取りが更に場を和ませ、苦笑する炭治郎につられて義勇も僅かながらに口元を綻ばせた。
    「不死川がここに居ないようなら、心当たりがある。オレが渡してやろう」
     頼りがいのある兄弟子の言葉を受け、炭治郎の表情が一遍に晴れ渡り、春の日差しが射し込んだようにキラキラと彼の瞳が輝き出す。
    「ありがとうございます! すごく助かります」
     炭治郎が義勇に向かい、弾けるような大声でお礼の言葉を述べながら、深く深く何度も頭を下げる。その勢いがあまりに激しすぎ、何だかの拍子で、例の石頭を膝頭にぶつけないか、義勇は心配になるがそんな兄弟子の心中など察する事なく、頭を持ち上げてきた炭治郎が、自らの懐をゴソゴソとまさぐり始めた。
     程なく出てきたものは紫色の絹紐が掛けられた、掌寸法の小さな桐箱。炭治郎はそれを後生大事に取り出すと、義勇の左手に乗せ、上から手を被せギュッと握り締めた。

    「これは、不死川さんが持っておくべきものなんです……本当はちゃんとご挨拶して、お渡ししたかったのですが、あの方と俺は……どうも運命的に時宜の相性が悪いようなので。義勇さんなら——。いえ、余計な事を言いそうになったので、忘れてください……とにかく、これを不死川さんに。よろしくお願いします」
     仰々しい物言いをする弟弟子に、その箱の中身が何なのかを義勇が尋ねると、炭治郎がコクリと頷く。それから、何かを祈るように一度だけギュッと目を閉じ、神妙な顔を義勇に向けると、低い声で箱の中身を告げた。
     それを聞いた瞬間、ハッと義勇は目を見開き、表情筋をキュッと引き締める。
    「お願いします」
     同じ言葉を使い、炭治郎が再び身体を二つに折る勢いで、深々と頭を下げた。
     託された小さな桐箱の中身を教えられ、義勇にも身体の芯が震えるような強い感情が芽生える。例えようがない熱い気持ちと、それと同じくらいの義務感が、フツフツと音を立て胸の奥で沸騰する。
    「承知した。それは何が起こっても不死川に必ず渡す——。安心しろ」
     静かではあるが、熱の篭もる義勇の返答に、炭治郎の瞳が安堵で潤み、声が微かに震えた。
    「何卒——」


    — 桜 —
     
     
     多くの尊い命を奪い、特別苛烈であった極寒の冬は、振り向くことなく、駆け足で過ぎ去っていった。その速さに追いつくようにやってきた、今年の春の優しさは別格であるようと義勇は思う。
     節分を過ぎ、義勇が一つ歳を重ねた頃から寒さは緩み、寒緋桜、彼岸桜が次々と花を咲かせ、三月の末まで数日残しながらも、ソメイヨシノまで満開の時期を迎えていた。
     春の盛りを思わせる淡く柔らかな日差しは街道に射し、そこに添う川縁の桜が咲き誇る。その道を早足で進んでいくと、花散らしの風が義勇を追い抜き際に、臙脂色の右袖をハタハタと快活に揺らしていく。

     生き急ぐようだ——。
     そんな風に吹かれ、何故か義勇の瞼の裏に、同僚の柱であった不死川実弥の背中が一瞬、投影された。
     辛うじて生き残ったものの、利き腕を失くし、背中の裂傷も重度。折れた肋で肺はボロボロに傷ついていて、幾度か生死の境をさまよった義勇であったが、共に生き残った実弥も同様に、酷い怪我を負っていた。臓腑に受けた傷が特に重篤で、義勇と同じような時期に危篤状態に陥っていたのだという。
     柱ともなれば、蝶屋敷に於いて個別の病室を使うのが慣例であったのだが、未だかつてない大量の怪我人の治療に病床が足りず、重体かつ柱である義勇と実弥ですら、同じ部屋で治療を受けていたのである。

     そんな療養生活中、義勇は実弥の身体の丈夫さを目の当たりにする事となった。介助がないと身を起こすことさえ出来なかった義勇の隣で、早々に傷が塞がり、体力も戻ってきた実弥が『身体が鈍ってしかたねェ』と腕立て伏せを始め、神崎アオイの顔色を蒼白にさせた後『腹圧で腸が飛び出ますよ 死ぬ気ですか⁉︎ ……って一遍死んだかと思ったのに‼︎』と烈火の如く怒らせた事から始まり、残された右手指を動かし機能向上を図るため、訓練用に持ち込んだ胡桃を盗み食いするため、病室に忍び込んできた伊之助を一瞬で捉え、簀巻きで窓から吊るし『半々羽織よりヤベェ』と認め(?)させ、厳冬にも関わらず冬眠しない、伊黒小芭内の相棒、白蛇の鏑丸を『寒いだろォ』と懐に抱えて眠り、翌朝起こしに来た、なほ、きよ、すみの三人娘を驚かせ、再びアオイから大目玉をくらったり——と、療養中の実弥の周りも何かと賑やかだった。
     そんな微笑ましい光景と同時に忘れられない苦い想いが脳裏を過ぎり、義勇は僅かに目を細めた。

     後に義勇は、実弥の弟——。無限城での玄弥の悲劇的な最期を知る事になり、深夜、実弥が人知れず胸を掻き毟るような嗚咽を押し殺し、苦しみ、耐えているのが心の痛みの方であったという事に気づかされ、ある夜、遂に実弥に話しかけたのだ。
    『お前の弟の話は聞かせてもらった……残念だ。代わってやれるならオレが——』
     義勇の掛けた言葉に、実弥の顔色が瞬時に曇り、立ち上がった彼の左の拳が、固く握り締められるのが見えた。次の瞬間、左頬から脳幹を揺らすような鋭い衝撃と痛みが同時に伝わり、その勢いに放り投げられたかのように、どうっと義勇は寝台に尻餅をついた。
     火がつけられたように、熱く痛む頬を押さえながら義勇が顔を上げると、カッと目を見開き、蒼白な面持ちの実弥が、般若の形相で顔を歪めている姿が瞳に飛び込んできた。義勇を殴りつけた拍子に欠損した指の傷が開いたのだろうか、キツく握りしめた右側の拳に巻かれた包帯に、深紅の染みがみるみる広がり始めている。

    『——てめェに何がわかるんだ』
     牙を剥き、低く唸る猛獣を連想させるその声に、臓腑をギュッと握られる。そんな感覚に、血の気が引く。殴られ、熱く火照った頬の痛みでさえ一瞬で吹き飛んだ。
     実弥の逆鱗に触れたのは明白だ。義勇は慌てるが取り繕う言葉の欠片すら出てこない。彼の言う通りだ。自分は何も分かってはいない……最も過敏になっている部分に土足で踏み込み、軽々しく零した言葉に、猛烈な後悔の念は送れど、覆水盆に返らず。
     義勇は素直に諦め、姿勢を正すと実弥に向け深々と頭を垂れ、詫びた。
    『そうだな……お前について、何も分かってないのに、オレのような者が気安く話しかけて申し訳ない』
     そんな義勇の真摯な姿が瞳に映ると、我に返ったのか実弥の顔色が、一瞬だけ変わる。
    『すっ……すまねェ』
     殴ってしまった義勇の頬に右の手を伸ばそうとするも、血で真っ赤に染まった包帯に気づき、実弥が慌てて手を引っ込めた。
     義勇は理解する。衝動的な怒りに感情を沸騰させ、実弥は拳を振り下ろしてしまったものの、咄嗟に健常な左手ではなく、負傷している右手に替えたのだ。おそらく頬を殴られるより激しい痛みがあったに違いない。にもかかわらず彼は義勇に心を砕く。
    『殴ってすまねェ……傷になってねェか?』
    『それは、お前だ、傷が開いているだろう。神崎を呼んでくる』
     寝台から下りた義勇の腕を実弥が掴んだ。
    『たいしたことねェよ。こんな時間に若い娘を呼ぶな。消毒して包帯を巻き直せば事は済むだろ』
     口を動かしながら、実弥は手早く包帯を解くと、病室に備えられている薬剤で手早く自らの傷に消毒を施し、新しい包帯でさえ、その端を口で咥えると器用に巻きつけてしまう。流れるような一連の動作に感心し、彼の一挙手一投足が興味深くなった義勇は息を呑み、じっと眺めてしまう。
     そんな様子に気づいた実弥の口元が僅かに綻んだ。
    『何見てんだよ……馬鹿。てめェのツラの心配をしな……って意外と丈夫そうだな。腫れてもねェし、現実のツラの皮も厚いってか』
     そう、実弥は戯けるが、義勇は気付いてしまった。顔には出さないが、心が震えた。理解できたのだ、なぜ実弥がケガや痛みを賭して右手で殴ったのか——。激情を抑えられずも、義勇にこれ以上の怪我を負わせることのないよう、力を込めることができない右側の拳で。

    『……不死川、お前はこうなる事をわかっていて右手を使ったのか? 最初、振り上げたのは左手だっただろう』
    『知らねェ、たまたまだろ。それより……代わりにとか、死んでもよかった、なんて軽々しく言うな。てめェ、命にまで嫌われるぞ」
     焦燥を誤魔化すように実弥は左手で大袈裟に頭を掻いてみせると、これ以上、自分の表情を見られるのを嫌がったのか、義勇に背をむけ寝台に寝転がる。
    『それに、お前が死んだら悲しむ奴は沢山いるだろう。そいつらの為にも生きなくてどうすんだァ』
    『……お前の言う通りだ。なら不死川、お前も同じだろう』
     返事をする義勇に背を向けたまま、実弥が答えた。
    『俺は、地獄から蹴り落とされた……それだけだ。だが、生きてやる……俺が生きている限り、アイツや、死んでいった仲間たちを想って……想い続けて、そうすれば耀哉様が何度も口にされていた永遠の繋がりってのに、あいつらも乗っけられるかもしれねェだろ……って、つまんねぇ話だ、忘れてくれ。それより……殴ってすまなかったな、冨岡』

     そのまま、彼は黙り、義勇もそれ以上、今の実弥に踏み込むべきではないと判断し床についたが、翌日から義勇と実弥、二人の関係に僅かではあるものの変化が生じ始めた。
     無意識ながら、何か互いに共鳴し合える間柄になれたのであろう。二人は歩調を合わすかのように回復の速度が上がり、早い春の訪れの時期と被った事もあり、その明るい話題は、蝶屋敷で、共に療養生活を送る隊士全員の励みとなったのは言うまでもなかった。
     
     義勇自身も、ここまで順調な回復に至る事ができたのは、実弥が隣にいてくれたお陰だと思っている。
     そんな勝手な思い込みで、恩人にされている実弥にとって自分は、鬱陶しいだけの存在かもしれない。だが、先程、炭治郎から預かったものだけは、何としても彼に渡さねばならない。その思いだけで義勇は道をいていた。
     大方回復したとはいえ、未だ強い痛みを伴う後遺症に悩む義勇には、蝶屋敷で特別に調合された鎮静剤が処方されている。奥歯がすり減るほど強い痛みにも効く、有難いものであったが、副作用もその分強かった。激しく動き、心拍数が上がると目眩に襲われ、真っすぐに立っている事が難しい。その為全力で走ることが叶わなくなったが、それでも義勇は駆け出した。
     直感が働いたのだ。
     ——もう、実弥と会えなくなるかもしれない。出ていったきり、二度と実弥は帰ってこない。
     そんな予感だ。
     それに確信があった。
     去ろうとする実弥が立ち寄るとしたら、彼処しかない。
     
     𑁍‬𑁍‬𑁍‬
     
     一里ほど町から外れた、江戸から続く、老舗の茶屋。その茶屋と同じくらい古く、大きな桜の木が数本店の前に植えられているのが目印だ。
     目的の店と桜の木の近くまで辿り着き、息を弾ませ、目を細めると、その木の下に白い羽織がチラリと見え、義勇はやっと安堵する。

    「不死川——」
     不意に自分の名を呼ばれ、実弥は顔を上げる。声が聞こえた方向に首を捻ると見慣れた半々羽織が瞳に飛び込んで来た。

    「不死川——」
     日頃、声を張ることのない義勇が、何度も声高に自分の名を呼ぶのに、実弥は短い眉をひそめ、首を傾ける。
    「なんだよ、みっともとねェ。大声出しやがって……」

     今にも花弁が零れ落ちてきそうな、満開の桜の木下に据えられた、赤い毛氈掛けの床几台に実弥は腰掛けていた。そこに肩を上下させ、大きく息を乱しながら駆け寄ってきた義勇の姿を見ると、実弥が大きな目の中の菫色の虹彩をギュッと絞り、現役時の風柱さながらの険しい目つきで、ジロリと睨め付けてきた。
    「テメェ、万全の身体じゃねェのに何やってんだ! 下手に体温を上げるんじゃねェよ、痣でも出たらどうすんだァ」
    「此処だと思ったから……急いだ」
     実弥に叱責され、眉を描かれた犬のように情けない顔で、義勇はシュンと肩を落とす。そのまま大きくため息をつき、ショボショボと実弥の右隣に腰掛け、十数秒——。
    「えっ」
     思い出したように素っ頓狂な声を、義勇は上げた。
    「不死川、もしかして、オレの事を心配したのか?」
     青い瞳が丸く見えるくらい、大きく目を開き、どこか嬉しげな義勇に、真っ直ぐ顔を見据えられると、実弥は慌てたように義勇から目を逸らし、その勢いのまま身体まで背ける。
    「ちげーよ って、注文取りにきてくれてるのに、待たせてんじゃねェよ! すまねェな、嬢さん」
     二人のやり取りを黙って見守っていた茶屋の娘の姿に気づき、実弥が動揺を隠すように彼女を呼んだ。

    「……鮭大根はあるか?」
    「定食屋じゃねぇ! バカか。——嬢さん、何度もすまねェ、俺と同じもん、コイツにも頼んでいいか?」
     はい、もう少しお待ちを。そう、深々と頭を下げた茶屋の娘が、中に戻ったのを見計らってから、実弥は義勇に対になるよう向き直り、唇を軽く尖らせた。
    「——で、なんだよ、わざわざ俺を追いかけて来て」
    「炭治郎が、お前を探していたからだ」
    「知るかよ……って、おとうと弟子にパシられてんじゃねェよ」
    「炭治郎から、お前に絶対に渡したい……と預かっているものがある」
    「無視かよ……って、お前が人の話を聞かねェのは、死に損ねても相変わらずだな。逆に安心したぜェ」
     少しばかりの毒を含ませた言葉の矢を、実弥は放ったつもりであったのに、義勇に効き目は一切ない、毒どころか——。
    「オレは不死川に安心感を持たせる事ができたのか……嬉しいものだな」
     そよぐ春風に、頬を優しく撫でられたかのような、心地よさげな表情を浮かべ、端正な顔を義勇はフニャっと緩ませたのだ。
     そんなふうに、素直に喜ばれると、つられて実弥も口元を緩く綻ばせてしまいそうになり、慌てて自らの頬を平手で数度打ち、表情を引き締める。
    「——それより、冨岡、俺が此処に寄る事がよく分かったな 」
     真っ赤な毛氈の上に散らばり、純白色に見える桜の花弁を、実弥は右手親指と薬指を使い、器用に挟むと、一枚、一枚、手慰みをするよう地に落としてゆく。そうしながら義勇の顔を見ないよう、わざと話を逸らした。

     いつもと少し様子の違う実弥ではあったが、義勇は特段気にすることなく、素直に応じ、思い出話を絡めながら話を始める。
    「去年の今頃、この店でお前を見かけた……」

     柱の同志とはいえ、伊黒小芭内と不死川実弥の二人とは、特に馴染めなかった義勇が、任務帰りの道すがら、意外なともいえる二人……いや、三人の姿を見かけたのはこの茶屋であった。
     今と同じように、実弥が床几台に腰掛け、それを挟むように、右隣には伊黒小芭内、左隣に甘露寺蜜璃が腰掛けていた。
     鈴の鳴るような、コロコロと弾んだ声を上げながら、はしゃぐ彼女を、日頃は飼い蛇(?) の鏑丸より冷たい視線しか義勇に向けない小芭内が、左右で色の違う虹彩を、宝石のようにキラキラ輝かせるも、何故か、実弥の背中に隠れ、優しげな視線だけを蜜璃に送っている。二人の間で、居心地悪そうにしながらも、甘味を頬張る実弥がいて——。そんな、思ってもいなかった光景に邂逅したとポツリ、ポツリと言葉を拾うように義勇は話を続ける。

    「——気配を消していた訳でもないのに、誰もオレには気づかないし、伊黒のあんな表情を見るのも初めてだった。何より困ったような不死川の顔が……新鮮だった。過去最強の風柱と誉高いお前や、希代の蛇柱と呼ばれた伊黒でも、昨今の若者のような楽しげな表情をできるのかと、正直、その……すごく羨ましかった」
     ここまで話すと義勇は一旦言葉を切り、顔を上げると、真っ直ぐに実弥の顔を見つめた。

     思ってもいなかった義勇の言葉に、流石の実弥も動揺する。義勇の言う通り、去年、小芭内に頼み込まれ、蜜璃と三人でこの茶屋で花見をしたのは事実であったし、その日の帰りの道すがら、小芭内から蜜璃への想いを打ち明けられた時の情景が、走馬灯でもないのに一気に実弥の脳内で蘇る。
     蜜璃への恋煩いを打ち明けながらも、自らは不釣り合いだと卑下する小芭内に向かって、拙い言葉ながらも、実弥は必死に親友を鼓舞し続けた。最後には涙混じりに、安心して二人が夫婦になれるよう、自分が鬼を殲滅すると熱弁を振るい——。
     今となっては甚だ決まりが悪く、いたたまれない気持ちになるものの、あの時、滅多に表情を崩すことのない小芭内が、実弥の顔を見上げ、嬉しげに目を細め『鬼を殲滅したいのはお前だけではないだろう? 俺たちだ、言い直せ』そう、力強く語りかけられた、熱い思い出と同時に、そんな自分の姿を義勇に見られたのではないかと……そんな筆舌に尽くし難い気恥しさに襲われ実弥は唸る。
    「あァ? ……此処で、俺と伊黒と甘露寺も見ただァ?」
     虹彩をギュッと絞り、こめかみに青筋を浮かし、実弥は態としかめ面を作るが、濃い朱色に染まってしまった頬の色は明らかに怒りの感情が表面に現れた色彩ではない。
     そんな、内心穏やかではない実弥とは裏腹に、義勇は右斜め上方に視線を逸らすと思い出に浸るかのように僅かに目を細めた。
    「ああ、三人で並んで帰る後ろ姿を見た後で、一人で帰ったが……やはり、その……寂しいものだった。オレも、伊黒のようにお前と親しく話したり、一緒に花を愛でたり、そんな事ができるような仲になりたい、そう改めて思ってしまったんだ。無論、今でもその思いは変わってない。お前ともっと仲良くなりたい。不死川」
    「……それで、お前は柱稽古をやたら申し入れてきたのかよ」
     うら恥ずかしい伊黒とのやり取りまでは義勇に知られてなかったと、ひとまず安堵するものの『仲良くしてくれ』と全力直球のような言葉をいきなり義勇からぶつけられ流石に実弥も言い淀む。
     眉を大袈裟にひそめ、困ったように頭を掻く実弥に、義勇が返事を促すように深く頷くと、やにわに凪いでいた風が小さく渦を巻き二人の間を吹き抜けていく。その風に、大きく揺さぶられた桜の枝から花弁が零れ、時雨の様にハラハラと舞い落ち、その花片の数枚が、木漏れ日で淡い白銀に光る実弥の髪に留まった。

     真っ赤な毛氈の上では、純白に見える花弁が、実弥の髪に留まるなり、元の色素が蘇ったように桜色に戻る。その様子に義勇は好奇心と同時に、経験したことのない不思議な昂りを覚える。
     その衝動に義勇は抗うことなく、彼の前髪に付いた花弁の一枚に、心ともなく身を伸び上がらせ、鼻先に実弥の髪が触れるほど、間近で覗き込んだ後、無言のまま、左手の指先でその花弁を摘み取った。

    「なっ なにしやがん……だっ……」
     予期せぬ義勇の行動と、一瞬にせよ、吐息が触れるような間近まで彼に迫られ、驚きを抑えきれず、不覚にも実弥は少しばかり、声を上げてしまうが、茶屋の娘が菓子を配膳にやって来た気配を察し、続けて発せられそうになった言葉を大慌てで、飲み込んだ。
     大の男二人のただならぬ雰囲気に、茶屋の娘は足を一瞬止めたものの、気にするような様子は見せず、持参した菓子と茶を配膳した後、彼女は静かに一礼し、場を離れていった。

     そんな娘に届けられた、菓子と茶に視線を向けると、はっと義勇は息を飲み、大きく瞬きを繰り返した。
     黒塗り銘々皿に綺麗に二つ並べられた可憐な色合いの桜餅と、鮮やかな色の緑茶。立ちのぼる湯気から温かで芳醇な香りが漂い、心地よく鼻腔をくすぐられた。

    「不死川……」
     何か言いかけた義勇に気づかぬふりをして、実弥は桜餅を葉ごと口にほうりこみ、ひと口で食べてしまった。
     その後、緑茶を啜り、ふぅーっと、小さく息を吐き、僅かに目を細めると、眩しげに満開の桜の木を見上げる。そんな実弥の横顔を隣で見つめながら、一度は飲み込んだ言葉を義勇が続けた。

    「……お前にとってこの店は、伊黒と甘露寺、両方の思い出がある場所だと覚えていた。お前は誰より情に厚い。厚いからこそ、あの夜、二人に別れを告げられなかった事を未だに悔いている——。だから思い出の残る、この店に必ず立ち寄るだろうと確信があった」
     上手く伝える事ができたか分からないが、思いつく限り、自分の言葉を並べ、義勇は此処まで辿り着いた理由を実弥に話すと、みるみると実弥の表情が緩み……遂にそこから微笑みが零れた。

    「あぁ———。冨岡にそこまで勘付かれてるとはな。そりゃ俺の、柱引退もやむなしだァ……我妻のいう『おっさん』にでもならねェとな」
     大きく足を組み、後に手をつくと、実弥は顎を上げ、カラカラと大袈裟に笑って見せると、再び満開の桜を見上げた。

     その横顔を何気に見つめた義勇の胸の鼓動がいきなり跳ね上がる。長い睫毛が伸びた目尻に、清らかな光を湛えたものが、うっすら湧き出しているのを瞳に映してしまったからだ。
     見たことのない実弥の一面を垣間見、驚くほど動揺する自分の正体を掴めぬまま、義勇は緑茶をあおり、調息してから実弥と同じ姿勢で、並んで桜を見上げた。

    「綺麗だな……」
     花の間から零れる日差しに義勇は目を細めると、隣に座る実弥が珍しく同意する返事をした。
    「ああ、綺麗だ。だが眩し過ぎて、俺にはもったいねェ——。伊黒と甘露寺、あいつら二人で、もっと綺麗な場所でよろしくやってんだろうなァ、時透も、悲鳴嶼さんも、胡蝶も煉獄も、それに……アイツも」
     微かに声が震え、実弥が自らの左手で目を覆った。その様子に義勇の中で様々な思いが交錯し、胸の奥底から感じた事のない……名付けようのない感情が込み上げる。それに心臓を鷲掴みにされたかのような、痛みさえ感じる動悸に襲われ、黙っていると息が詰まりそうになり、堪らず義勇は尋ねる。

    「——不死川。これからどうするつもりだ。屋敷の隠たち全員に暇をとらせ、風柱はかなりの額の給金も渡した。そんな噂を耳にしたのだが……」
     そう、尋ねられ、実弥は手早く目の辺りを拭うと、何事もなかったかのように義勇に顔を向ける。
    「あいつらには、これからの生活がある、嫁をもらって、子をこさえて。あんなの端金にもならねェし。俺は——。とりあえず墓参りでもして回るかァ……先に逝った奴らに、近いうちにまた、世話になるって挨拶しねェとな」
     少しおどけたような表情を浮かべ、実弥はそう、答えるが義勇の面持ちがやや強ばった。
    「それが終わったら?」
    「知らねェ。迷惑かけねェようにして、生きるだけ生きて……一人でおっ死ぬ。鬼はいねェけど、守ってやりたい奴らはもう誰もいねェしな」
     実弥は微笑んだ。
     それでいいと思っていた。
     緩やかに吹く風は止まず、枝を揺さぶり次々と桜の花弁を降らし続け、それは実弥の髪や肩に雪のように積もって行く。

    「なぁ……不死川」
    「それにしても、綺麗だ。桜ってのはいつだっていいモンだ」
     話しかけようとする義勇の言葉を、実弥が遮った。同じ言葉を繰り返して口にする実弥は珍しい。改めて義勇は彼に顔を向けると、口元を柔らかに持ち上げ、実弥がゆっくりと瞳を閉ざした。その瞼を閉じた際、ついに大粒の涙が零れ、実弥の両頬を伝う。

    「ああ……綺麗だ」
     鸚鵡のようにぎこちなく言葉を発し、義勇は暫くの間、実弥の横顔を見つめた。
     三ヶ月の療養生活。狭い部屋で、隣り合わせの寝台で過ごした時間が次々と思い出された。お互い負った心と身体、両方の傷の痛みで呻き合い、悪夢に魘され、唸り声を上げ——。あの夜から少しずつながら言葉を交わし、励まし合いながらも、互いの醜態を笑い、これまで話せなかった、お互いの過去の話を語り合えるまでになった。
     家族を、親友を、そしてたった一人残してもらえた弟さえ、全部失くしたのは、全て自分が判断を誤ったせいだったと苦悩する実弥が、姉や錆兎を失った時の過去の自分と重なり『オレとお前は似ている』と伝えた時、実弥は『お前のように俺は誰も救えてない』とそっと瞳を逸らした。そんな実弥に義勇はあと一歩踏み込めなかった事が、チクリと針先で刺されたような、僅かな痛みを伴い脳裏を過ぎる。
     生死の狭間を共に過ごした実弥は、義勇にとって、どこまでも強く、気高く、美しく、そして儚い存在だ……
     それが今、自分の目の前から桜が吹雪く向こうへ消えようとしていた。

    「さて、桜も堪能したし、そろそろ、行かねェとな。じゃあな、冨岡ァ。せいぜい長生きしろよォ」
     右手薬指と親指で、一つ残っていた桜餅を器用に摘み、口に放りこむと、桜の花弁が浮く緑茶を一気にすすり、実弥が立ち上がった。それに慌てた義勇も立ち上がり、残された方の手で去ろうとする彼の左手首を後ろから強く掴んで引き止めた。

    「待て——。なら、これを忘れるな」
     踵を返した実弥と向き合い、義勇は懐から桐の小箱を取り出し、実弥に差し出す。
    「なんだよ……」
     眉をひそめ、怪訝そうに首を傾げながらも実弥はそれを受け取った。
    「開けてみてくれ。お前が持つべきものだ」
     大きな掌に隠れそうになるくらい小さな桐の箱。掛けられた紫色の紐を解き、蓋をとり、白絹の包みを実弥は取り出す。それを開くと、実弥の表情が一変した。

    「解るか……何なのか?」
     大きな目が零れるほどに見開かれ、実弥の菫色の瞳が微かに震え始めた。彼の掌で艶々と光る乳白色の小指の爪ほどの大きさ、先が臼状で根元が尖った——。
    「歯だ。お前の弟が自ら抜き捨てたものを、炭治郎が大切に持っていた。一緒に連れて行ってやれ。お前は強い。きっと一人でも大丈夫だろうが——。何かひとつでも、すがるものがあった方がいい……」

     義勇に渡されたものに酷く動揺した後、大きく見開いた目はそのままであるのに、お面を取ったかのように全く別の実弥の顔が顕在化した。玄弥の歯を握りしめたまま、震え出した瞳がみるみる大きくなり、そこからボロボロと大粒の涙が零れ始めた。隠す様子もないその顔は、まだまだ幼い少年が、一人ぼっちになった寂しさを、素直に嘆く姿に義勇には見えた。

    「恩に着る……冨岡」
    「礼を言う相手はオレじゃない、炭治郎だ。それより……」
     あまりに素直な実弥の泣き顔に言葉が詰まる。そのあまりに無垢な熱い涙に誘われ、義勇の目頭も熱を帯び、胸の内から湧き出した想いが、涙と一緒に溢れ出した。

    「不死川、独りで『死ぬ』なんて言うな。オレがいる……前にも言ったが、お前とオレは似てる。人間は脆いものだ——。さっき言っただろう。オレはお前より脆い。だから、その……オレの傍にいてくれ。オレに残された時間があと、どのくらいあるかは分からないが、残った片腕だけでもお前にすがらせてくれないか?」

     桜を降らせていた風が不意に凪ぐ。
     向き合ったまま義勇は左手で実弥の右腕を掴み、そのまま彼に身を預けるかのように、実弥の右肩に自分の額を乗せ瞳を閉じた。

    「……お前」
     思いがけない義勇の申し出と行動に、返す言葉が見つからない実弥は何度も瞬きを繰り返し、その都度ポロリポロリと瞳に溜まっていた涙が頬を伝って落ちていく。

    「ダメか……?」

     催促するように義勇は、額を擦り付け再び問いかけるが、まだ実弥の返答はない。ただ自分が触れたことで爆発的に跳ね上がった実弥の心音が雄弁に彼の千々に乱れた心と戸惑いを語ってくれる。

    「ダメか……?」

     女々しいとは自覚しながらも、義勇は同じ言葉で実弥からの返事を催促してしまう。やっと、やっと、実弥に対して一歩踏み込めた。何がどうあっても、彼の声を聞きたかった……が、実弥は黙ったまま微動だにしない。そんな様子に義勇の緊張感も自ずと高くなる、激しく波打つ自分の鼓動もきっと外に漏れ、感覚の鋭い実弥には絶対に悟られているはずだ。
     ほんの数瞬のことかもしれないし、数十分経ってるかもしれない……時間の感覚が麻痺している。額と手で感じていた実弥の体温が、信じられないくらいに身体に馴染み、触れている——。そんな感覚ではなく、ひとつになっているのではないかと錯覚まで襲われる。
     稽古以外で、実弥に直に触れたのは鬼舞辻無惨との戦いで互いの背中を預けたあの一瞬だけだ。あの瞬間で実弥の全てを信じ、命を預けるのにふさわしい相手だと確信した。そして、今、鬼殺隊が解体され自分たちの使命をすべて全うし、再び触れた実弥の温もり。

     ——離れたくない。

     義勇は黙ったまま、強くそう願うと、凪いでいた風が、煮え切らない義勇に痺れを切らしたかのように、ビュンッと小さな辻風が巻いた。それは、短くなった二人の髪を激しく揺らし、地に落ちた花片まで宙に舞い上げる。

    「——やはり、ダメか?」
     渦巻いた風に急かされ、義勇は三度目の正直だとばかりに、顔を上げると大きく息を吐きながら、真っ直ぐ実弥の瞳を見つめる。
     瞬間。

    「はぁ 鬼殺隊歴代最強の水柱さまが何言ってんだァ」
     実弥がからかうように声を上げて笑ったのだ。その態度に、義勇は思わず眉間に皺を寄せる。
    「茶化すな、不死川! オレは本気だ!」
    「……って言うか、意味わかんねェだろ。すがらせろ、傍にいろ? てめェの世話でも焼けって事かよ」
     懐に小箱をしまうと、実弥が呆れたように首を捻った。
    「それなら俺じゃなく、嫁でも貰え。子を作れ。お前なら好きなだけ選べるだろ」
    「……選ぶ? なら、問う。不死川、お前は嫁を貰うつもりはあるのか?」
     実弥の少々不躾な言葉に、義勇は眉を寄せ、重苦しい灰色に表情を曇らせた。
    「嫁なんか貰えるかよ。あと、二、三年でおっ死んじまう男だぜ。そんな無責任なことできねぇよ!」
     そう答えながら、実弥は、はっとしたように顔を引き攣らせる。
    「お前は、自分が無責任だと思うことを、オレに強いるのか?」
     あえて抑揚なく尋ねてくる義勇に対し、実弥はバツが悪そうにしながらも素直に頭を下げ詫びた。
    「……すまねェ。撤回させてくれ。だが悪気があった訳じゃねェ、俺と同じ、辛さも苦しさも知ってるお前に……人として家族を持つ幸せを知って欲しい。単純にそう思っただけだ」
     そんな彼の腕から肩に、義勇はそっと手を移動させ、逃さないようしっかり掴んだ。

    「なら、お前が言う『家族のいる幸せ』家族とは誰を指す。オレは家族になるなら、見ず知らずの誰かより、今、目の前にいる、オレに似た、お前とがいい——。人見知りなうえにオレは言葉が足りない。やっと自覚した。お前と仲良くなるのに五年もかかったんだ。きっとこれ以上、仲良くなれる相手とは死ぬまで巡り会えないと思っている」
     驚く程なめらかに義勇の唇から言葉が紡ぎ出される。深く考えず、伝えたい気持ちを、伝えたいまま言葉にしたのが功を奏したのかもしれない——。

     思いの丈を述べ、これ以上ないような晴れやかな顔で義勇に見つめられるが、いきなり『家族になりたい』と解釈できるようなモノの言い方をされ、流石に実弥も動揺する。慌てて掴まれた肩を揺すり義勇から離れようとするが、思いのほかガッチリ捕まって振りほどけない。
    「なっ……なんだよいきなり! 意味がわかんねェ! それにいつから、俺とお前はそんなに仲良くなったんだ」
     あまり敏感でない義勇の目にも留まるくらい、鮮やかな緋色に実弥の頬が紅潮している。勿論、義勇に彼が頬どころか耳まで赤くする意味はわからないが、荒らげた口調ほど怒ってはいない。
    「そうか、お前も大概、人見知りだったんだな。やはり、オレとお前、本質は似てるのかもしれない……なら、あと何回、お前と会えば、仲良くなれるのか教えてくれ」
     不思議な高揚感と同時に、根拠はないが確信があった。実弥は決して自分の申し出を無下にしない——。
     ほどなく、その確信に近しい返事が実弥から返ってきた。

    「はぁ……何回? とりあえず百回は会わねぇとなァ」
    「承知した。明日から百回、不死川に会いにいく。待っていてくれ」
     残された左手で、まだ包帯の取れない実弥の右手を優しくも力強く握りしめ、真っ向から実弥の顔を見つめると、春の麗らかな日差しが、義勇の青い目に射し込んだ。

    「…………」
     義勇の瞳が見たこともない澄んだ空色に輝く。その舶来の宝石のような輝く瞳に真っ直ぐに見つめられると、来るなとも言えず、実弥は言葉に詰まってしまう。義勇の性格を考えるとハッキリと拒否しない限り、沈黙は許可だと考えるであろう。半年前の自分なら絶対に拒否していたに違いない。だが、今となっては、まだまだ下手な笑い方しかできない、無垢な義勇の顔を見てしまうと拒否はできない、できないどころか……

     ——悪くねぇじゃないか、すがらせてやっても。誰かの為なら生きてくの得意なんだろォ?

     実弥さえ知らない心の奥底で、もう一人の自分が肩をすくめて笑ったが、この時の実弥に、その小さな声は届くことはなかった。


    — 次章 躑躅(つつじ)に続く —

     
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