【12/12新刊全年齢部分】カワイイのはオレだけにして?□
今日の俺たちのパワーバランスはこちら。
「エンデヴァーさん。俺、まだ怒ってますから」
「……」
「理由、わかってますよね?」
「ヌ……」
あなたが恋人羽毛の触り心地を追い求めて買った高級クッションを我が物顔で抱き締めつつ、俺は唇をツンと突き出した。
ソファに陣取り足まで乗せてる俺と、そばに立ったままのあなた。
こうまでしたら分かるでしょ? ヒーローとしては異音一つ見落とさないのに、恋人の扱いにはまだまだ疎い雛鳥さんへ、『ご機嫌ナナメですよ』のサインを贈る。
爪先でエンデヴァーさんの脛をつんつんと柔くつっつくのもオマケだ。
叱られる子供みたいに佇むエンデヴァーさんも、「何だその口は」とか「足を乗せるな」とか言わない。居心地悪そうに唸るだけ。ここあなたの家なのに。
そう思っていたら、徐にエンデヴァーさんがうすく口を開いた。
「お前だって、こないだの写真はあんまりだろう」
立派に髭をたくわえた口許がもそもそと呻く。マーかわいい口答え!
「俺のあの写真はあなたにしか見せてないでしょう? それに対してエンデヴァーさん、あなたの俺がカワイイ発言はパブリック向けでしたよね? 二日経ってもまだトレンドにいるんですよ?」
「ムゥ……」
「ダメですね。これは明らかなカワイイ制限違反です」
俺が恋人専用キップを切ると、あっけなくもとの唸りエンデヴァーさんに戻る。
反論してみたものの、今日は自分に分がないと自覚がおありなのだ。
「あーあ、こういう時はでっかくてあったか~いクマさんに癒されたいすね~」
「…………」
クッションに顎を預けたままわざとらしく首をかしげてみせると、エンデヴァーさんがゆっくりと目を伏せた。観念の瞬き。そのまま踵を返すと、いつでもNo.1の威厳を迸らせる逞しい背中をちょっと丸めて小さくして――とぼとぼ、としか効果音をつけるほかない足取りで自室へ戻っていく。
俺があげた毛足長めの黒いニットを着てるのもあいまって、まるで雪の日に木の実のひとつも見つけられず巣穴に帰るクマみたい。
その背中が愛くるしくて、飛んで行って抱き着いてざっくり開いた首回りにキスしまくりたいけれど、ぐっと我慢して見送る。
この後それに見合うだけのかわいいが待っているのだ。だから、ガマン。
でももうもう、ぱたん…とドアを閉める音すらかなしげで。
視界からエンデヴァーさんの大きな身体がいなくなった途端俺はクッションをむぎゅうと抱き締めソファに倒れ込む。
あなたそんな音たてちゃうんですか? ねえもう。
かなしいにも「愛しい」って漢字を当て込んだ昔の人、いまの俺とおんなじ気持ちを味わったんじゃないかとすら思う。
堪らず丸まり寝ころんだソファの上、足をばたつかせずにはいられない。
俺の羽に似た、いやそれよりも柔らかいクッションからはしっかりとあなたの匂いがする。こういうの愛でたりとか、そんなひとじゃなかったのに。もう。
俺か牛かってくらいもーもー言ってばかりだ。
けれど、当のエンデヴァーさんときたらいつものようにすぐには帰ってこない。
自室兼書斎に取りに行ったそれがどこにあるかもあなたが一番知ってるし、小さくて軽いお目当ての品は取ってくるのに手間がかかるものじゃないのに。
これは、あなたが向こうの部屋で前もって恥を忍んでくれている時間だ。
――俺のテディベアになる為の。
「うー……堪らん……大事にする……しとる……」
実際ほとんど怒ってません。
けど手放しには許してあげらんない。
いくら可愛くて堪らない俺の雛鳥さんでも、ちゃんとしつけはしないとでしょ。
なんせあなたまた、迂闊な惚気発言をお外でしてしまったんだから。
「この季節は朝、スリッパを片方奪われてしまう」って。
「どこに行ったか探すのに骨が折れる」って。
俺ね、外ではNo.2ヒーローなんですよ。
イメージってもんがありますから。ファンのひなどりちゃん達が喜ぶだろうカワイイエピソードは提供制限してるんです。
カワイイ制限です。
だから。あなたがどーしても俺のカワイイって思ってるとこ外で喋りたくなったらまず俺の許可を得てくださいって俺言いましたよね?
カワイイは事務所通してクダサイって。
なのに俺に言わんで喋っちゃうんだもん。無自覚ですか?
あなたがのろけるものだから後はもうご想像の通り。
昨日から今日にかけてのトレンド何だったか知ってます? かたっぽ靴下ちゃんならぬかたっぽスリッパちゃんですよ?
その日のうちに解析班が俺とあなたの足のサイズを割り出して、あなたのでっかい片足でモルモットひと家族住めそうなサイズのスリッパに俺のサイズがくっついた『ツートップほこほこ冬ごもりセット』が発売告知されてもう売り切れてるんですよねー。生産追いつかないって。自分の発言の影響力考えてもらわんと!
夏にも俺がそん時ハマってたアイスを「買い置きしている」ってうっかりバラして販売元の製菓会社の株価ストップ高にさせちゃったじゃないすか。
ヒーローとしては心得ているのにいざプライベートになると天然おじさんになってしまう。プライベートな一面なんて、そんなものなかった人だから。
イヤそこが可愛くてたまらないんですけど。
でももう少し自覚してくださいってば。
――はい。確かに、あなたのスリッパ取っちゃいますけど。事実ですけど?
だってぬくいんすもん。片っぽに両足とも入れるの気持ちいんですもん。
やめないしこれからも取っちゃいますけど? 何か問題あります? それとこれとは話が別ですねー。
――アレまだ帰ってこない。
エンデヴァーさん今日長いな。じゃあもう少し。
喋っちゃいけないおっきな理由もう一つ。
おれとあなたの夜のことはそりゃ当然独り占めしておきたいですけど、朝のあなただって俺は内緒にしておきたいんですよ。
だって。世間はあなたがスウェットで休日の朝を迎えていることですら知らないんですよ。部屋着の概念もなかった人が俺とお揃いの着てくれてるって。
少ししたら朝のランニングに行っちゃうけど。でも俺が起きてくるまで、あげたスウェットを脱がないでいてくれる。
ソファに腰下ろして新聞読んでるその時だけあなたが足組んで片足浮かせてるの、俺が片っぽちょーだいできるようにだってのも知ってますよ?
俺があなたのスリッパでぬくぬくしだしたのを見届けて、そろそろ走りに行くかってなると、エンデヴァーさんは俺の前でがばりとスウェットの上を脱ぐのだ。
ゆるいシルエットの寝巻の下から鍛え抜かれたあなたのからだが出てくるの、おれ大好きなんです。
前の晩たくさん抱き締めて、心ごとぶつけるように愛してくれたからだから、朝の空気との温度差でうっすらとけぶる蒸気が季節外れの朝霞みたいで。
見惚れていると、上半身はだかのまま、脱いだスウェットを俺にずぼりと被せ着させてくれるのだ。
俺のとあなたのスウェット重ね着状態。
腕を出さなくってもゆったり余裕のある大きな寝巻はあなたの体温ですっかりぬくもって。
ぶかぶかも、ぬくぬくも、中にこもった空気さえ嬉しい。
「ちゃんと暖かくしていろ」って朝からたっぷり恋人サービスしてもらうのだ。
その後でランニングウェアに着替えた恋人が出発するのを、あなたのスウェットとスリッパを履いたふくら雀になってお見送りする。
シューズの紐を毎朝几帳面に結び直すエンデヴァーさんのおおきな背中。
そこにぴっとりと、電線の上のつがいみたいにひっついたら「ぎりぎりまで暖をとるな」なんて諫められるけど、声はうんと優しい。
サングラスをかける前にすいと目深に被ったキャップの下から俺のこと愛しげに見つめてくるの、ほんとに格好良いから外で絶対しちゃ駄目ですからね。
「行ってくる」と「行ってらっしゃい」をキスの代わりに交換して。
玄関ドアの向こうであなたの気配が遠のいてってしまうのを見送ってから、そこから二度寝する。至福のひととき。帰ったあなたに起こしてもらうのまでも。
……あ帰ってきた。
あなたがちっとも通れない小ささでドアがまず隙間を作って。慎ましくドアを開きながらぬっと出てくる恋人のサイズ感につい笑ってしまいそうになる。
とっくに綻んでいた口許をきゅっと唇を突き出し直した。キスを待っている時のとそう変わらなくなってしまったけど、もういいことにする。
エンデヴァーさんは行きとそう変わらない足取りでとぼりとぼりとそばにやってきて、俺がいいですよと言うまで座らないんだろうおっきな恋人を見上げる。
「……ホークス」
「ハァイ」
寝そべっていたソファからゆっくり起きると、あなたがとってきたものを両手で差し出された。
それは濃いピンク色のベルベットリボン。
元々はあなたがスポンサーから贈られて、俺と一緒に空けたワインにラッピングされていたもの、だったっけ。
包まれた中身を開けるまで、その瞬間を迎えた後はお役御免の筈のリボンは、俺とあなたのあいだで大事な役割を持っている。
こうして何度も出してくるから所々縁取りが焦げて、すこしくたびれて。もうあなたの匂いが染みこんでいる。
そんな細長いリボンを掌と親指で挟み、ぴんと伸ばし捧げるようにして両手で差し出す様はまるで、狩りで獲ってきた蛇を贈って、自分は獲物をとれる優秀な雄なのだと求愛するよう。
もしくは、散歩に行く素振りを見せたご主人に飼い犬が自分でリードを持ってくる仕草。
落差がすごいけど、首に結ぶってところは後者に近いかもしれない。
また「ホークス」って呼ばれた。しゅんと勢いの萎んだお顔で、年下の恋人にご機嫌窺いをする大きなおおきな年上のおとこのひと。
俺しか知らないエンデヴァーさんのかわいいとこ。
「このリボンがどうしたんですか?」とか、とぼけたらあなたぎゅっと身体を更に小さくしちゃいそうだ。流石に可哀相なので意地悪しないであげますね。
「エンデヴァーさん、座ってくれないと全然届かないですって。結んだげますから、ね、座って?」
ちょっと焦げたリボンを受け取って隣の座面をぽんぽんと叩くと、しっかりとした顎がそれこそ叱られたこどもみたいにこくりと頷く。
けれどエンデヴァーさんは俺の目の前に膝を折ってかしずくのだから。肩が笑ってしまった。もう。
こんなシチュエーションなのに格好良いんだもんなぁ。
「じっとしててくださいねー……」
首を垂れて恭しく差し出される太いうなじにしゅるりとリボンをかける。
衆目を集めるトップヒーロー、地位のある男性の整えられた身嗜み。
そんなしっかりと短く刈り整えられた襟足に、あなたって男とかけ離れたリボンがさりさりと滑る。
そのまんまだと結びにくいから、エンデヴァーさんのお顔を両手で挟んで顎を上げさせて。すぐ近くの口が小さく何かを訴えようとしてそして押し黙る気配。
俺の大好きなひとの青い目が、恥じらいのまばたき。
たっぷり時間を使って先に恥ずかしがってきたのに、それでもまだ。
ごつごつと隆起した首筋、かさついた壮年男性の肌の上をリボンが一周して。さてどこで結ぼうか。俺から見て左側の首筋は沢山キスするから、反対側にしよう。
「ハイ、できまー、した!」
太い首筋を回せばリボン結びのための長さはもうほとんど残ってない。ちょこんとしか作れないリボンをきゅっ!と結った途端、臙脂色の睫毛が震える。
ぶる、と大きな身体も笑ってしまうくらい小さくちいさく震えて。
それからゆっくりと力が抜けていくさまを、そっと手を離してまじまじ見つめる。
「っふふ、アハ」
「……、……」
エンデヴァーさんの精悍な顔付きにも、ごつごつ、むっちりと逞しい肉体にも似つかわしくないかわいらしいリボン。
だめだ、可愛すぎて怒ってる振りなんてもうできそうにないです。
「…ぎゅーっ…♡」
「――……、……」
俺まで愛しさにぶるっと震えて、たまらずがばっと抱き着いた。
あたたかくて大きなからだがおれの好きを丸ごとぜんぶ受け止めてくれる安心感。
大きなテディベアに包まれるなんて、子供が思う夢と、この人に包まれてみたいと言うあなたに惹かれるものは夢を同時に叶える。
大好きですよ。ほんとうに。
「じゃーあ、今からテディベアの刑ですね!」
頬にちゅってかわいらしくリップ音たててキスすると、フーッ…って。
長くてあったかな鼻息があなたの返事だ。
甘い仕打ちへの恥じらいで体温の上がった恋人。着てくれているふわふわのニットがほっぺを擽ってきて。恋人の匂いを蓄えた毛並みみたい。
ほかほかに熱くなってる耳は髪の毛の色に近くなって。
首にリボンしたあなた、まさにおっきなテディベア。
ぎゅってされたエンデヴァーさんの膝の上で作っていた恥の握り拳がほどけて、一度持ち上がりかけたけど、そのままだらりと腕が下ろされる。
だってテディベアって、抱き締められるけど、ぎゅってし返してはこないでしょ?そういう罰ゲームなんです、これ。
だからあなたはもう、ただただ愛でられるままの俺のテディベアさん。
だとしてもそんな、口数まで減るの律儀すぎてたまんないでしょ。
人生の苦味も味わいきった熟年男性がされるには恥ずかしい恋人同士のルールに、おっきな身体を震わせながら甘んじてくれる。
これをすると俺がてきめんに喜ぶって、もうあなた身をもって知っているから。
■
俺にも言い分はある。
そもそもの発端は一週間前におまえが送ってきた写真だ。
その日ウイングヒーローホークスは久々のオフ予定であり、前の日に送られてきたメッセージには『明日はエンデヴァーさんの日なんです』と謎の宣言があった。
『なんだそれは』
『気になります?』
気にならない訳がないが、素直に返すのも癪ではある。
どう返すかと少し悩むと、隣で喋っている時とそう変わらぬ間ですらすらと説明が届いた。俺の反応なぞ見透かされているような心地になる。
――曰く、『エンデヴァーさんの日』では、おまえが着ると鎖骨の下まで見えてしまう俺のスウェットを着て、いつも取っていく俺のスリッパを履いては、俺が座るから少し凹んだままのソファの定位置に丸くなって一日暮らすのだという。
『こないだおいてっちゃった本、そろそろしおりのとこまで追いつきますよ』『先読んじゃってもいいですよね?』『続き気になるんで!』『ネタバレしませんから!』と、画面の下からぽんぽんと弾んだように届くメッセージは脳内でお前の悪戯がちな声で再生される。
そうして矢継ぎ早にあまりの予定を俺本人へ告げる恋人に暫く返事に窮し、ようよう送れた返信は『ちゃんと着替えろ』の一言だけだった。
その後に届いた大きな絵文字は、間の抜けたタッチで描かれたひよこがハートマークを咥えたもので。その日一日俺の脳裏に住み着いていた。
「所長、今日の昼どうします?一度事務所戻りますか?」
「どちらでも構わん。今日の各班のルートを確認してから決めていい」
やった、とSKから声があがる。各自行きたい店があったのか、二人が他のチームのパトロール班と連絡をとり、他の者がスマホを取り出して昼食会議を始めた。
以前は買い出しで昼食を済ませることが殆どであったが、連れ立っての外食も増えた。食事をしていると店側から写真をと申し出られることも多い。カウンター越しの握手も。ヒーローが立ち寄る店として防犯効果があるのだろう。
そう納得していれば「いやエンデヴァーのファンが増えたんだよ」と古参に笑って指摘された。
俺以外の全員がスマホを取り出しているなか、ポロンと軽快な通知音が一つ、そして続けざまに二つ。
「今の所長のじゃないすか?」とSKのバーニンに訊かれてようやく自分の端末を取り出した。遠くから手元の画面に焦点を合わせようとすればつい眉を顰めてしまう。
バーニンの言った通り、メッセージの通知が3件。
すべてホークスからだった。
『今日は焼き鳥丼です』
『大盛り!』
昼飯の報告らしい。野菜はどうした。あと1件は何だ。
通知の端を押してメッセージアプリを開くとすぐに解決した。
そして、呻いた。
――先に断っておくが、ヒーローとしてのホークスは隙がない。若手なこともあってネットリテラシーを熟知している。
SNSへ上げる写真には抜かりがなく、スポンサー商品以外は商品の特定ができるようなものや私物を写真に入れていたことがない。
鏡や食器などの映り込みにすら徹底しているのには流石に舌を巻いた。
だが――今こうして送られてきた昼飯の写真はどうだ。
正しくプライベートそのもの。
ソファに足まで乗せて座り、ローテーブルの上に支度した昼飯を撮ったのだろう、足元が映っている。裸足のかかと二つ。お前が履くには大きいスリッパが一つ。両足を入れているからそれで足りるのだろう。裾のグレーは寝巻のスウェットの生地だ。
画面端近くでぼやけているのは握ったままの箸か? スマホの充電器がラグの隅でのたうっているのも見える。テーブルの上に俺が読みかけでおいていった小説。
もうこの時点でヒーローとしてではなく恋人から届いた写真はあまりにも気が抜けていたのだが。真打ちは写真の中心にいる『焼き鳥丼』だ。
白米の上にあいつの好物である焼き鳥がごろごろとのせられており、焼き鳥の下敷きには俺の指摘を先回りするようにみじん切りのレタスがたっぷりと敷かれていた。
写真越しにも食欲をそそる湯気をたてているのだが。
その丼の器として使われている食器は見覚えがある。
……どう見ても俺の茶碗だった。
そこまで大食漢ではないのだが、お前が嬉しそうに「このくらいですか?」と選ぶから止めずにいた、自宅のよりも二回り大きい茶碗だ。
ああ、成程。
これも『俺の日』のうちか。
――あの小僧め。
かっ、と。愛しさだけでは済まない、恥とも怒りともつかぬものがこみ上げる。
あの馬鹿者が。それで野菜を摂ったつもりか、などと、とぼけた振りをしてやれるのも限度がある。
確信犯だ。映り込む全てのものが。
もう昼だぞ、まだ本当に俺の寝巻を着ているのか。スリッパもだ。箸置きを使え。俺の茶碗で飯を済ませて、そうして一日の終わりには使った俺の食器と寝巻を洗って楽しそうにベッドに入るのか。
何だこの仕打ちは。可愛さ余ってとは言うが、俺の小さくない手でも溢れなんだ。
世界中に向けて叫びだしたくなる。
なんなんだこの憎たらしいいきものは。
炎の熱ならば外から冷やせるが、この熱の下げ方を俺は知らない。
――どうやら内側にこみ上げただけではなく、実際に火柱をあげていたらしい。
古参のSKが「送っといてやるやつ?」「イヤなんか交渉する時の手持ちカードにするから撮っとくだけ」などと会話している声がうっすらと聞こえたが捨て置く。
ずるい奴だ、とすら思う。
これを喰らった俺がこんなにも持て余す羽目になると分かってやっているのか?
世間に打ち明けてやりたい。
お前はこんないじらしい仕打ちをしてくるおとこだと。
こんなものを俺のなかにだけに閉じこめておけはしない。
だというのに――『カワイイ制限』だと? ふざけるなよ。
ならば俺は庭の木にでも喋りかけろというのか?
聞かせる駄賃にパンくずをやっていた雀たちはもう、冬を越すのには充分な程にふくらとしてしまった。
二人で迎えた冬の朝、俺を見送るお前の様に。
――ああ、思い知らせてやりたい。朝、おまえが俺の前でどんなすがたなのか。
そんなお前を俺こそが愛でているのだと。
冬であっても家では靴下も履かずにいるのが好きな恋人は、寒い寒いと言いながらフローリングの上にも裸足で、爪先だけを使ってやってくる。
「おふぁようごぁいます……」
「おはよう。寝癖がすごいぞ」
「えー…?こんなんあなたと寝るときだけすもん……二度と同じにならないんですよ。職人技じゃないすか」
俺の体温で髪がうねるらしく、今朝は右側がぺしゃんこになっているのだが。
それはつまり俺が寝癖の職人だと言いたいのか?
おれに頭を擦り付けて眠りたがるのはお前の癖に。
そのままソファーに座る俺の隣に腰かけたかと思うと両足を伸ばしてみせる。
ひとり、と。俺の腿にふたつの裸足の裏がとまって、さりさりと履いたスウェットのぬくもりを確かめる。その後でするり、すり、と、冷えた裸足を浮かせている側の足首へ絡みつかせてくるのだ。
「はふ……」
スウェットのゴムが入った裾から俺のくるぶしへ乗り換えたところで恋人はほうと息を漏らす。こちらはきしるような冷たさを代わりにあずかることになる。
足を冷やすのは身体に悪いと言ってもこれだ。
こちらの足の甲に乗せてやれるほどのサイズ差がある締まった男のあし。
俺の体温にうっとりと両のはだしが寄り添いながらやってきて、するりとスリッパの先へ潜り込んでくる。
まるですっかりと温もった俺の寝床へ夜這いに来ては、そこ入れて入れて、同じ体温にしてと絡み付いて強請ってくる時の様で。
誘っているのかと思う愛くるしい動きに僅かに下腹を掻きたてられたところで、するりと。あっけなく履いていたスリッパは奪われてしまうのだ。
「はぁーぬくかぁー…」
足湯にでも浸かったような息を漏らしては俺の片足に両足をきゅっと詰め込んで暖をとる。困りものだがありありと体格の差を突きつけられる光景にこみ上げるものがあるのは否定しようもない。
「最初見た時いや嘘でしょって思いましたよ?でっかくて。この先っぽのとこでモルモットくらい軽く飼えそう」「ひと家族くらい余裕で住めますよこのサイズ!」だと俺の部屋履きひとつではしゃいでみせたのを覚えている。
中年の男が履いたスリッパに対してそんなこと言うのはこいつ位のものだろう。
冬の朝はいつもこうだ。
ちゃんとお前のものがあるだろうと言っても聞きやしない。
「だってあなたが履いてたのがあったかいんすもん」
そう言って肩をすくめて縮こまりながら片足で俺のスリッパに止まっている恋人雀を見るのが寒い季節の風物詩になっている。
足癖が悪いと思う。だが――人肌のぬくもりの心地よさをスリッパを奪う張本人に教えられた側としてはきつく言ってやれないのも事実だ。
「そんなに言うならくれてやる」と着ていた寝巻きの上を脱いで被せると「キャー」と黄色い声をあげながらこどもの様に喜ぶ。
首を竦めてうずもる様はふくら雀に似ている。すう、とさっきまで生地が吸っていた俺の匂いをお前が愛でてくふくふと笑む。甘やかな朝。
走りに家を出る前の最後のルーティーンは、ぎりぎりまで俺の背中で暖をとっていたホークスがしゃがみ込んだまま、大きな目を甘やかに細めて俺を愛しげに見つめてくるのを確認することだ。そうすると目尻の痣までも綻ぶ。
なあ、その顔は外でするなよ。許さんぞ。
「行ってくる」と「行ってらっしゃい」をキスの代わりに交換して。
俺が戻る頃にはベッドで二度寝を堪能しているホークスのまろい額に、さて今朝は何をひっつけて起こしてやろうか、と企みながら朝の冷えた空気を駆ける。
結局、「何でキスで起こしてくれないんすかァ?」と拗ねたお前に、その額に似ているな、並べてやろうとつい買った餡まんは寝転がったままかじられた。
「……こしあん。うま」と中身を報告してくるのには笑ってしまった。
――ここまでで分かるだろう。
俺がつい外でこぼしたお前の可愛さ余って小憎たらしい一面は、本当に表面だけを掬い取ったものだと。実際のお前はそんなものでは済まないのだから。
それこそ、俺の発言こそかわいいものではないのかとさえ思う。
もっとも――その弁解はまるで通らなかったのだが。
■
されるがままだ。お前がリボンを解いてくれるまで。
ソファが二人分の重さに沈む。跨がれた左腿が一番深く。
テディベアだと言いつけられ力を抜いて座る俺の首に、ホークスは縋りつきぎゅうとぬいぐるみを抱きしめる子供のような仕草をしてくる。
だが、そこに巻かれた使い古しのリボンを指先が焦らすようになぞり遊ぶのは、どうしたって身体の深くまで教え合った恋人にされる愛撫だ。
可愛がられている。
まるで俺の心ごと。
「ふふ、久し振りのエンベアーさんや」
「…………」
「喋っちゃだめって言ってないのに。もー律儀すぎません? そういうとこですよ」
「ムゥ……」
抱き着いた俺の首筋に顔を埋め、すりすりと猫のように擦り付けて深い息をしてみせる恋人の吐息が、不惑の乾いた肌に染み込んでくる。
俺の上に座るホークスの重みが腰や腿に甘やかにやってきて、鍛え上げた太腿の無骨なラインに寄り添うように恋人の内腿が柔らかく凹む。
いつまで経ってもこの罰への恥は捨てきれないだろう。
娘のままごとに付き合うのとは訳が違う。
父親が外でどんな男であるかを知らぬ子供ではない、トップヒーローであり歳を重ねて立場のある男だとしっかりと熟知している恋人に、それでいてなお、可愛がられ、愛でられるために作られたものの扱いをされる。
恋人の両腕が俺の背中ではしゃぎ回る。だが抱きしめ返してはならない。
分かっていても、甘く苛まれる度に堪える指がぴくりと震える。
それを愛でられて、また。
普段ならば可愛いものだと身も心も余裕をもって迎え入れてやれる愛撫ですら、この扱いでは無性に堪える。
キスしてやりたい唇が好き放題に俺の顔を食んできた。リップ音を立てているのはわざとに違いない。たとえ吸われ舐められ噛まれてもただただ受け入れる他なく。リボンが解かれる前に触れ返してしまえば――刑期が伸びるだけだ。
耳元でくすくす笑いながらツウ…と首から滑り下りた右手が、着ているニットの長い毛先をつまみ遊ぶ。
「今日のお洋服ふわっふわしててクマさんにちょうどいいですけどー……ふふ、ね、ひょっとして俺にこうされるって思ってこれ着てました?」
「そんなことはない……」
「そこは喋るんだ。ほんとですかァ? カラダに聞いちゃおうかなァ……」
「…――、……」
とんだ濡れ衣だ。
そもそも俺はこんなニットなんて持っていなかったのを知っているだろう。
お前が「こういうの着てるあなたも見たいです。似合いますよNo.2のお墨付きですから」と贈ってきたのをもう忘れたのか。
前に着てみせた時はあんなに喜んで離れなかった癖に。思ってもみなかった形で喜んでいるのはお前の方だというのに。
自分の恋人所業を棚に上げたホークスはじゃあ、と悪戯に笑う。
すると今度は、臍の下から胸元までをゆるく開いた掌で毛並みを掻き分けるように逆撫でしてみせる。お前の掌が通ったところだけ毛が逆立って。
はだかであればその指は、下生えから胸に栄えた体毛を弄んでいたはずだ。
焦らされている。
そうじゃない。服の下に隠れた俺そのものの毛並みを逆立てられたい、と。淡過ぎる刺激に雄の付け根が重く疼いた。
思わずぐう、と喉で唸ると顎の髭を湿らせるように吐息で囁かれる。
「違うんです?」
「違うと言っとる……」
「カラダに聞いてまーす♡」
「ヌ…ゥ……、…く……」
胸の上でホークスが緩く指を丸めた。いわゆる猫の手を作ると、力を抜いている為に柔らかい大胸筋を、左右の手でふみ、ふみ、と順々に揉み圧してくる。
子猫が母猫や飼い主に甘え踏みする仕草だ。
じわりと身体の深くから熱が生まれる。耳の後ろで血がごう、と巡る音がした。
目を伏せ口を引き結び、暗闇で甘やかな責め苦に耐える体勢を整えると、瞼の向こうでホークスが蕩けた声を弾ませる。
「そんな顔して。逆効果ですよ? あなたコレ好きですもんね」
確かに弱い。だが、子猫じみた仕草で欲しがってくるお前がどれほど目に毒か。知らないだろうが。
内心で言い返すあいだも子猫じみた愛撫で責めたててくる。
外では鷹だというのに、俺の前では親鳥からふくら雀になったり、こうして子猫になってみせたりとせわしなく化ける。翻弄される年嵩男の無様さ。
夕方にトレーニングで厳しく追い込んだ胸筋がどうしようもなく甘えられ、蕩けさせるような手管との落差に昂るのを止める術など、俺は知らない。
胸の筋肉どころか、俺の身体は殆どが痛めつけられ更に固く膨らむことしか知らず、与えられる情や悦にはこれほど脆いのだと、まただ。また思い知らされる。
年下の恋人の機嫌を得るためにリボンを巻かれ、好き放題にされているみっともない不惑男の無様を思うと、シャワーを浴びた筈の身体には今度は言いようのない熱が体に籠もっていく。
汗に発情を混ぜて汗腺から滲んでいくのが分かる。
「……ホークス…っ、……」
「ハーイ?」
そうじゃない。そう訴える俺に返事をしたかと思うと――
「わかってますよ。ね、ここでしょ?」
「ック…、…ぉ……」
耳孔へたっぷりと蜜を注ぐように囁き、下を向いた乳首を容易く探り当てた恋人の指が、ニット越しにカリカリと爪で甘く引っ掻いてくる。
ぶるりとお前を乗せた腰が震えた。その振動にはしゃぐ細腰。
「あなたは俺の真っ赤になるくらい触る癖に。ずるか。お揃いにしたげます」と吸い付いて口に含んだままむくれられてからというもの、愛でられ感じることを教えられた器官はピリピリと下半身の付け根に向けて、悦の痛みを走らせる。
育てられたそこに触るな、とは、言わない。だが、
テディベアにそんなパーツは、ないだろうが。
苦情を、言っ、て。やりたい。
歯を食いしばっていると、責めたてている小悪魔じみた恋人が、ん、と息を詰め、熱い息を零するのが肌に聞こえた。
「すっごいぶるぶるしとる……ここで感じてるエンデヴァーさん、かわい」
思わずぐう、と呻いた。
歳を重ねて地位や威厳を持ち合わせるようになった男が、そんなものおまえの前では何の意味もないとお前の手ずからそれらを脱がされて。
俺はただ、高いところに実をつけたお前の寵愛をもぐ為に後ろ足で立つのが上手くなった熊にされる。
己の立っている足場すら崩れ去るような恋。
触れたい。
俺を愛でているだけで感じているお前に。
まだ今夜お前に触れられていない掌がじんじんと熱い。
耳の後ろ辺りからもう一人の俺が語りかけてくる。
もういいだろう。
もうこれには公私でみっともない俺を見せているのだから。
そのみっともなさももっと、愛してもらえ、と。
□
あんまりあなたがかわいくて。
エンデヴァーさんが目を閉じるとあの眼力が瞼の向こうに隠れて、整った彫りの深い造りが際立つ。
高い鼻筋の尖った先に昂り汗が滴を作っているのを、ちゅっと吸った。
それだけでも呻くあなた。おっきな身体をぶるっ、ぶるっと震わせながら俺の愛撫をじっと受け止めている四五歳恋人さんのいとけなさといったら。
ぬいぐるみに徹する口数が少ない。律儀なクマさん。イヤリングじゃなくてピアスを俺が落としてもどこまでも追いかけてきてくれそうだ。
目を伏せても眉が所在なげにしているお顔を両手にふんわりと包んで、指の腹で頭皮をくすぐる。両手で抱きかかえて頭を胸に招き入れてぎゅうぎゅう抱き込む。
胸元で悩ましげな鼻息がじんわりとあったかい。チクチク硬い剛毛なので掻き分けてあなたの頭皮に熱は籠らせた息をたっぷりと、ふーっと吐きかける。
「はふ……、ン、ん…――…♡」
「ン……、っ、……く……」
顔中に口付けて壮年の開きがちな毛穴に、俺の情で穴埋めするようにキスを落としていく。でも口にはまだしてあげないのだ。
お互いに触れるだけでも高まってしまう頃はとうに過ぎて、触れてくる手のひらには安らぎを先に感じるほどなのに。
このくらいの愛撫、普段なら余裕をもって受け止めてるのにね。
テディベアの恥じらいからか、俺の手管に普段より色のある反応してしまう。
きっとあなたはもっと堪えられてるつもりなんだろうけど、フッ、フッ、て漏れる獣息が俺の上げた前髪をさっきからそよがせてる。
熱い向かい風。ドライヤーにあてたみたいにそこだけクセついちゃいそうだ。
その気になれば細いリボンなんて指で引きちぎって、あっという間に俺のこと捻じ伏せて制圧できるのに。
それなのにこうして甘やかにいじめられてくれる。
必要のない器官で、ヒロスに時々浮くのが煩わしいくらいにしか思ってなかった乳首で、感じるくらいにもされて。
じんわりと背筋を満足感と、あとなんだろう、征服感?
あまい痺れが這いずって四肢の先端を昂ぶりにぬくもらせていく。
あなたの強い鼓動に負けず、俺ももうどきどきしてる。
ねえ。あなた、俺可愛さにどこまで許しちゃうんですか?
「ん…、ぅ……ね、テディベアってもふもふ柔らかいものですよね……?」
上向いた顎下に潜り込んで、リボンの上からあなたの太い首に吸い付いて。汗ばみはじめた肌を啄みながら、子猫のふみふみを真似した愛撫を胸からだんだん下らせていく。腹筋の上を通って、臍の上にない肉球でスタンプして。
悪戯の行き先がわかったエンデヴァーさんが目を伏せたまま太腿を引き攣らせるのが伝わってきた。その震えすら俺も気持ちよくて。
あ、またリボンちょっと焦がしてる。
ピンク色が焦がされて黒ずんでいく光景に見惚れる。あなたの昂ぶりの証。
「やわらかいはずなんに…なんで、ココだけちょっと硬くなってるんですか…?♡」
「――…、ヌ…、ゥっ…、…――っ、は…、…」
と、すっかりテントを張ってくれたスラックスのフロントを前足みたいにした両手で、ふに…♡ふに…♡と踏み圧して甘えいじめる。
布越しでもあついのわかる。もうかたい。でもこれがマックスじゃないって俺知ってますよ。
「ん、…っ…ん……♡」
もにゅもにゅふみふみ、あなたのを育ててるだけなのに、もう少ししたらこのあなたにされることを期待して感じた鼻にかかる息が漏れてしまう。
ね、これでもまだ、知らん、とか…かわいい意地張りしちゃいますか?
ふる、と震えた瞼の下からゆっくりと窺うようにエンデヴァーさんの青い目が出てくるのが分かって、胸に手をついて猫みたく伸びをして顔を覗く。
深い水のなかにゆらゆらと炎を飼った発情の色。たっぷりと水分を溜め込んで。あなたの目、もうすっかり濡れてる。
歳を重ねてすこし濁った白目は左目のほうがより充血してしまう切なさ。
そこにめいっぱいに映り込む俺の表情も、もうすっかりと濡れていた。
言って。もう言ってほしい。夜をはじめてほしい。
俺の願いに応えるように、かさついた唇が譫言みたいに掠れ呟いた。
「おまえ、に、…」
「俺に…?」
「……かわい、がられた…から、だ」
「――っ…ん…、ぁ……」
じいん、と。響いた耳から頭に届けられて、あなたがかわいくて大変と俺の脊髄に信号が下っていく。腰にまとわりついて離れないよろこび。
堪らずエンデヴァーさんの頭を掌で包むともう指先に感じる頭皮までほかほか。
俺の掌に包まれて、緩慢な瞬きに甘えを滲ませるあなたを、愛しむように頭を撫でてあげながら。
唇を震えさせるだけで粘膜がキスしてしまう距離。うっとりと先を促していく。
「触りたい?」
「さわりたいよ」
「俺のこと可愛がりたい?」
「食べたい」
「――…っ、…ン……」
いい子ですね、って言いたかったけど。
その一言に感じてしまって声が出なかった。
雄をこんなにも凶悪に膨らませながら、素直になるのに慣れてないから、口は幼くなっちゃう俺のだいすきなひと。
「だめ、俺ももう、欲しくなっちゃった……じゃあ、今度から……俺がかわいくてどうしようもないから喋りたい、ってちゃんと言えます…?」
「言う……」
「じゃあ、いいですよ。あなたがあんまりかわいいので許したげます」
素直に言えたご褒美にやっと唇へちゃんとキスしてあげると安堵の鼻息が俺の頬を炙った。
雛鳥さんのしつけおしまい。
そうしたらもう、あとはベッドで仲直りするだけ。
胸に抱き着き直して、そのままあなたの膝の上から降りる。すると、抱っこされるテディベアの様にエンデヴァーさんは俺に合わせて立ち上がってくれる。
ここまでが今晩の前戯みたいなものだ。
だってあなたを可愛がるテディベアの刑は、その後ケダモノいちゃいちゃセックスまででワンセットですから!
ぎゅっと抱きしめたそのまま方向転換。
前も見えないほどおっきなエンベアーさんを抱っこして、寝室までまず一歩。
すると俺が踏み出すのに合わせて息ピッタリに大きな足が、のっしのっしとバックしてくれる。こどもの夢みたいな抱っこをしながらベッドルームまで連れ帰るのだ。
けど。けども。
ふわふわのニットに顔を埋めたまま愛しみの笑いがこみ上げる。
もうあなた、あっつい。
あなたの足がいたところ、あったかい。
こうして微笑ましく抱っこして歩いてるけど、臍のとこにもうごりっ、ごりって当たってきちゃってる。おれだって突かれたくっ、て。そうして腹擦られる度にじわ、じわ、って疼いちゃってて。
かわいい仕草してるのに、お互い頭の中えっちなことでいっぱいになってる。
□
剛翼が開けておいたドアをくぐると、ベッドルームは静かに俺達を出迎える。
電化製品の待機してるあいだも発する微かな電子音とか、時計の針が刻む音もない。
あなたのたてる律動や息遣いのほかに意識を割かないで済む、俺の全部をあなたにだけ向けられる部屋だ。
あなたの体温に炙られて、部屋のなかにはほんのりと、あなたの体臭のなかに俺から滲んだものが少し混じった残り香が匂いたち始める。
体臭を気にしているし元より清潔さをおろそかにしない人だ。頻繁にシーツも取り替えてるだろうに。
もう染み付いてるのだ、ベッドだけじゃなく壁紙に床板に。
耳をつけたら、俺のあられもない悲鳴もまだ芯材の奥で響いてるかもしれない。
ホテルに泊まってセックスした時は、あなたがその部屋を更に三泊とってる。どっちも泊まらないのにだ。
……俺達のにおいが抜けるまでの時間も借り上げてるんだって。
ここでおまえに種を付けたのだと、踏み入れた者に知らしめるほどに。あなたがおれを抱くのに使った部屋は一晩でも濃厚な夜のにおいに満ちてしまうから。
その後下世話なパパラッチが痕跡のない部屋を借りて、妄想逞しいベッド事情を書きたてることもないから、結局おうちセックスが一番安心する。
フローリングの上でののっしのっしが、カーペットの上で足音を消して。あなたの足痕にぺたりと毛が寝ちゃうのすらかわいい。
ようよう到着したキングサイズのベッドへエンデヴァーさんをまず下ろした。
俺の仕草に合わせてリボンをした恋人が深く座ってくれる。
このタイミングで脱がしてあげようかとちょっと考えたけど、結局そのままニットに包まれた胸元を押した。
俺にとん、って指先で押されるまま、大きな背中が少し丸まってごろんと寝そべってくれる。後ろに転がるクマさんだ。
まだまだ真面目にテディベアさんしてくれてる。あんまりいじらしい俺の恋人くまを、そのまま追いかけてあなたの上に弾み乗る。
上等なベッドマットが少しだけ足りないと夜毎待ち侘びていただろう、あなたに俺を足した重みを包むように受け止める。
「エンデヴァーさーん……」
組み敷いた俺の影じゃ隠しきれないほどに逞しい恋人。
肩周りの肌は俺の影との境を一際オレンジにぼやけさせて。翳りの内側にいる青い双眸がぎらついて、瞬きしてそれを堪えて、また滲んで。瞼の白波が打ち寄せてさらおうとしても後から後から溢れてくる。
今にもきつく抱き締めて、俺のつむじに顔を埋めて擦ってしたいだろうにぐっと我慢してるの、大好きすぎるな……
綿の代わりに筋肉がぎっしり詰まって、力を抜くと更にずっしりと重量感のあるエンデヴァーさんの両腕を片方ずつ持ち上げて、俺を抱き締める時みたく背中にのせてあげる。
重たい掛布団をかけてもらうのと同じ安心感。
あなたが自分からは動かせないものの、俺に触れていられることに安堵の息をするのも、あなたが更にベッドに深く沈むのもかわいい。
ちょっとくらいズルしてさわさわしたってもう怒らないのに。
撫でもせずひくつくだけの指。俺のこいびと。
首筋に顔を寄せて、また今日もあちこち焦げてしまったリボンの端を器用に咥えた。
くん、くんっ、て俺の歯が結び目を緩めていく度、悩まし気にフッ、…フッ…って堪え息をもらしてる。
あなたが布と綿でできたテディベアから、血肉でできた雄熊になっていく。
射精欲の高まった太い腰がいやらしく浮いて、それに揺らされた俺が更にリボンを喰い引っ張って。もうほどける。
「そだ……最後にいっこ教えてあげますね」
「なんだ…、…?」
真面目で頑張り屋のあなたに先に謝っておきますね。
ごめんなさい。
「エンデヴァーさん。……本当に怒ってるひとは、まだ怒ってますーなんて、言わないんですよ……?」
「――…ッ…、…の…」
ふー…っと去り際に吐息を吹きかけながら首筋から顔を退く。とうとうはら、っとリボンの形をしていた甘い戒めが解けた。
もう、いいですよ。好きに食べていいですよ。
「この、小僧め……」
「んっ……♡」
その小僧に今から沢山いやらしいことする癖に。