五乙@或る補助監督と同期の話「こないださぁ、例の子の補助監督として任務に同行したんだけど」
「誰?」
「五条せんぱ…、五条さんが見つけて来たっていう、乙骨術師…だっけ?」
珍しい名前だから覚えていた。禪院術師や狗巻術師も珍しいといえば珍しいけれど。
でも、あの二人は家柄が有名だから、そんなに違和感はなかった。だけど、乙骨術師は極めて珍しかった。
高専に来た理由もだけれど。
親戚って本当だって…言おうとして顔を上げたら、食い入るように身を乗り出してきた。
「えー!いいなぁ!!俺まだ当たった事ないんだよね!五条先輩の従兄弟興味あるー!!」
キャッキャとはしゃぐ様を見て、どこから突っ込んだら良いか悩んだ。こいつ、学生時代から五条さんのシンパだったけれど、変わらない。いつまで先輩と呼ぶのかしら。
私はあの人は正直苦手なところがある。性格ではなくて、〝色〟が。
「従兄弟じゃないよ、遠縁、従兄弟関係はアンタでしょ。世間全ての親戚が従兄弟ばかりだと思うな」
「従兄妹だけど妹だもん。こないだ小学生になってさぁ、写真見る?金取るけど、可愛いから」
「今、細かい持ち合わせないからいい」
要らないと返したらそれはそれで煩いので、曖昧にはぐらかした。
話が進まないから、単刀直入に言うことにする。
「いい子だったよ、級友大好きみたいで始終その話してた」
「へー、確かにパンダ君も狗巻君もいい子だもんね!真希さんもいい子だけど、正直言って妹がああ育ったら泣く自信がある」
「話を戻すな、あと、ちゃんと術師って言いなさいよ」
指摘すると、ごめんと真顔になり、「いやでも、カッコいいから寧ろアリか…?」と考え始める。横っ面を殴りたくなった、話聞いてないわ、これ。
本当に、五条悟絡みの人間に対するこの寒気がするまでの心酔はどうなんだろうか。
彼や彼女らがいい子なのは否定しないし、賛同する。あの人の生徒にしては常識が備わっている。
でも、私はあの人は好きになれない。容姿は絵に描いたような高スペックだけれど。
「いい子なんだけど、戦い方が怖かった」
「強いもんね?特級だっけ。こないだ四級から返り咲いたらしいけど」
「動き方や攻撃方法や術とか、全く違うのに、五条さんと全く同じでさ」
彼は不思議そうに首を傾げた。無理もないと思う、私も言っている意味がわからない。
でも、それ以外言えなかった。
「刀使うんじゃなかったっけ?あと、式神みたいの」
全然違くない?と首を傾げられた。そうなんだけれど、姿がダブって見えた。上手く言えないのだけど、同じものを見て、同じ先を見ている、みたいな。
或いは、乙骨術師が五条さんをなぞっているのか。…所謂、師弟関係なのだから似てくるのは分かる。同じく生徒である他の三人にも随所にそれが見える時はあった。
でも、乙骨憂太はそれとは違う。動きも戦術も違うのに、あの子は完全に五条さんと同じものだった。
「なろうとしてるのか、五条さんがそう〝育て〟てるのかって思うぐらい」
どちらもゾッとしない。それは単なる教師と生徒じゃない、親兄弟、夫婦間ですらそこまで互いに入れ込むのは稀有だ。或いは、共依存。
私が五条さんを苦手に思うの理由もそこにある、あの人は表面上と内側で、完全に違う人間だから。
何故なら、私は生まれた時から何故か感情が〝色〟で見える。本当に色がついているわけではなく、身体を纏ってる靄みたいなもので。
五条さんは青みを含んだどろりと濁った黒色を、以前からずっと纏っている。
乙骨術師は真っ青な澄んだ色をしていた。ちょうど二人の目の色を反対にしたような感じで。
それが、五条さんにしろ乙骨術師にしろ…互いに向けた時に色が変わる。それは綺麗な色ではなく、五条さんの纏ったどろりとした黒から青みすら失われた、深淵を思わせる虚無の黒。
「そんだけ伸び代あるって事?俺も足引っ張らないくらい強かったら、そうして欲しかったたなー」
返った言葉にハッとして、我に返る。彼があまりにも能天気な表情をしているので、拍子抜けした。
本当に、信者って周り見えないくらい洗脳されてるもんなんだね。五条さんにしろ夏油さんにしろ、容姿も行動力も、生まれ持った能力も、そのカリスマ性も。教祖の素質有り余るほどだ。
こんなこと言ったら同僚達から嫌な目で見られそうだから言わないけど。
「逆に、君なんでそんなに五条さん苦手にすんの。学生の頃から避けてたじゃん」
「ありゃ避けるでしょ。今は割ととっつきやすくなったけど、学生の頃なんか触るものみな傷付ける感じだったし、あんな怖かったのにヘラヘラしてられるアンタが奇特」
そっかなー?と首を傾げる間抜け面を見ていたら、何だか毒気を抜かれて、全てが馬鹿馬鹿しくなってきた。
「てかさ、五条さんの話じゃなくて。アンタのせいで話そうとしてたこと全然話せてないじゃん、そんな好き?」
「好きだね!こないだ資料室の掃除させられたじゃん?あれから更に尊敬したかな」
「…あぁ、そういや学長に締められて掃除言いつけられてたね。手伝ってでもくれた?」
いや?と彼は首を振る。少し困った顔をして、五条さんは嫌かもしれないけどと続けた。
「つい、昔の報告書読み漁っちゃってさぁ、ああいう人もキツいこと経験して今があるんだって思ったら、何か身近に感じた。感じただけだけど」
珍しく神妙な顔をした。そういやこいつ最近、親兄弟と叔父叔母に至るまで一気に亡くしたんだっけ。
何が思うことでもあったのかもしれない。そう考えると、今までの暴言が少し申し訳なくなった。
「そんで、その資料コピーしてトンズラしようとして、また学長に大目玉食らったんだけど」
「いつか五条さんの為に死ぬわよアンタ」
前言撤回する、なんか気持ち悪いわこいつも。
「死ぬのは嫌だけど、せめて死ぬ前に役には立ちたいなぁ。妹置いてくわけにはいかないから、まだ死ねんけど」
「ロリコンうぜー」
(そうだね、長生きしなよ)
「ロリコンじゃないし?!せめてシスコンって言えよ!」
「ごめん、逆だった」
「逆とは」
憤慨して文句付けてくるのを受け流して、本当に話進まないなと溜息を吐く。もう、問答無用で言ってしまおう。
それでも聞いてなかったら、もういいや。
「勝手に話進めるけど。担任とはいえ生徒の任務先に逐一連絡するもの?」
「そりゃ、対象の呪霊が強かったりしたら心配するんじゃ?アドバイスとか後方支援とか」
「特級だよ?あの子。しかもしゅんころだったし。なのに逐一電話かSNSしてた」
「暇なのかな」
いや多忙だよ、特級の上教師じゃない、言っても無駄っぽいから言わないけど。
あれはなんか、女友達と出かけた彼氏に逐一連絡入れてくるめんどくせー彼女臭がした。
「乙骨術師を監視してるみたいで、気持ち悪かったんだけど。当の乙骨術師は凄い嬉しそうに電話対応してるから、どうなのかなって」
「距離近いからね、従兄弟って」
「遠縁だよ、あと従兄弟じゃないから。いい加減に親戚は従兄弟という概念を正して」
「大事な子とかなんじゃない?君、警戒されてんじゃ?変な遊びや趣味教えたりしそうだし」
散々な言われように鼻白んだ。私の事、何だと思ってるのかしら。聞いたらその言葉通りって言ってきそうな気しかしないけれど。
「乙骨君もオネェになられたら嫌だと思うし、いくら五条さんとはいえ」
「誰がオネェだコラ。私はただ可愛いが正義なだけだから」
どうしても、この男と話していると話題がずれる。そして、大事な話が笑い話になってしまう。長所でもあって短所でもあるから、なんとも言えない。
「そういうんじゃなくて…」
「じゃあ、乙骨君にちょっかいかけないかとか?」
絶句した。それはこれから私が言おうとしていたことだったからだ。そう考えていたなら最初から言えと思う。
「そう、監視は乙骨術師もなんだけど、私達みたいに関わる人間の方に強い感じなのよ」
後で聞けば、一部の人はみんな同じ洗礼にあったらしい。しかも、その対象となった誰も彼も〝同じ行動〟をした。
「ちょっかいかけるからそう思うんじゃん?」
「かけてないよ、綺麗な顔って思ったし、性格も可愛いなぁとは思ったけど。頭撫で回したいくらい。」
あれは人としてではなくて、子猫や子犬を前にした感じに似てる。撫でて甘やかしてあげたくなる。
「それじゃね?俺、妹にそれやったら暴れるし、威嚇するし、電話で探りいれるもん」
言おうとしてたのを、簡単に次々と返された。…親戚ってそんな関係だったっけ?こいつらが変なだけじゃなくて?
「私いないからさ、親族。そんな可愛いもんなんだ…親戚の子って。親しく話しただけで片っ端から睨まれたり威嚇したり、圧かけてくるんだって。たまに一緒にいたら割り込んでくるってよ」
以前からこの話はあったのだけど。
「噂話でしょ」
「さあ?妙に信憑性あるし何とも言えないわ」
私もこないだの任務で、たまたま乙骨術師の携帯の着信に出たら、力士みたいに低い声で「だあれ?」って言われた。あれは軽いホラーだったな、深夜だったし。
そう笑いながら言ったら、
「いやそれ、親戚じゃなくて恋人じゃん」
…と、ドン引きの表情で見られた。何だこいつ、何でいきなり正気に戻った。こっちが常日頃はアンタをドン引きの目で見てるわ、ロリコンのシスコンが。
「え、怖…。完全に俺のに手ェ出すなってやつじゃん。え?五条さんの親戚って聞いてたけど、婚約者とかそついうやつ?」
「乙骨術師、男の子だから」
あぁでも安心した、自分がおかしいんじゃなかったんだ。
そう、中性的で女の子に見えるってわけではないのだけど、綺麗な顔をした子だから自然と目を引く。
本人に自覚はないのか、或いは自分の容姿に興味はないのかもしれない。
五条さんがいる時にそれをやってしまうと、さり気なく威嚇してくるか圧を掛けてくるというのは水面下で知らされてた暗黙の了解だった。
思えば少し前、気に入ったのか仕切りに可愛い可愛い言って何かに付けて声を掛けていた術師が居たって聞いたけど。
シメられたって話を噂で聞いた。昔から悪い噂が先走りする五条さんだから、またかと思ったけれど。
…そう言えばあの人最近見ないな。それに気付いて少しゾッとする。
「だから、近付かない方がいいよ」
「いいなぁ、ますます会ってみたい」
声が重なった。今までの話聞いてそれ?!と思って、つい凝視する。
ふわふわ笑いながら、彼は言った。
「五条さんがそんだけ大事にするんだから、きっとものすごいいい子なんだろうね」
「いい子ではあったけど…」
そう、掛け値なしにいい子だった。だから逆に、五条悟なんかに気に入られて可哀想…って思ったけれど。
信者からしたら、五条さんが幸せなら他はどうでもいいのかもしれない、我が親友ながら胸糞悪い話だけど。
「…世界中で一人だけになっちゃったって自覚した時の孤独って、表現しようがないからさ」
返す言葉に窮した。…確かに五条さんも別の意味では、たった一人と言える。抜きん出て、並ぶ人なんかいないから。…いや、今はいなくなってしまった、か。
そしてこの彼もそうだ。
「そんな時に、自分と同じ子を見つけたり、そんな子が寄り添ってくれたら、それだけで生きようと思えるんだよ」
じっと見つめる中、彼は穏やかに微笑んだ。私も天涯孤独ではあるけれど、最初から無いのと途中で失ってしまうのでは、感情の差が違う。哀しい話だけれど。
「きっと、五条さんもそうなんじゃないかな」
「本当に、アンタは五条信者よね」
そう茶化した。あの五条悟が?って笑い飛ばしたかったけれど、それも出来なかった。
ただ、このきな臭い界隈では、こんな風に物事をプラスに捉えて明るく生きてく人間ほど若くして死ぬ。
…そんな言いようのない不安だけがあった。
****
報告書のファイリング中に、不意に目に入ったものがあった。よく知った名前ばかり書かれている。
「あー…、凄い喜んでそうだなぁ」
思わず呟いた。数カ月前に先に逝ってしまった親友で同僚の名前、それと彼が心酔する術師の名前。
彼の家系が所有していた建築物に、変な噂があるのは小耳に挟んだ。それと…これは親しい人間しか聞いていなかったけれど、少し特殊な状態になってしまった彼の妹の話。
もしかしたら、あれだけ過保護だったのだから彼が呪いになってしまって、被害を出しているのではないかと心配していたけれど。
(杞憂だったみたいだ、よかった…。流石に、親友を祓うのは目覚めが悪い)
軽く目を通した中に、彼の名前はなく、彼の妹の話もない。ただ、古くから溜まった呪いに、たまたまこの世に未練を残して死んだ女性の思念が引っ張られた…的な内容だった。
まぁ、呪いになるような奴じゃないけど。人助けはしても、負を抱えたり、人を呪えたりする男じゃなかった。
(とは言え、何か理由があったらなら、大人しく成仏するタマでもないけど)
少ししたら、観光がてら行ってみようかと報告書を閉じた。そう言えば、これを提出してきたのは乙骨君だった。でも内容は五条さんが書いている。
もしかして一緒の任務だったのか…?狂喜してそうだな、もし、本人が成仏せずそこに居たんなら。
それとも、彼が二人を喚んだんだろうか。どちらか片方でも、きっと無事解決してくれたろうし。
「そんで、呪霊にケーキ入刀してたりしてな」
乙骨君のメイン武器、刀だし。そんな馬鹿みたいなことを考えて、一人笑った。
そういや、この間も補助監督として仕事一緒にして、親しく話していたら睨まれた。以前と違って、笑うことが出来た。苦手意識も、怖さも。
五条さんも乙骨君も、随分と丸くなった気がする。以前見えていた、深淵を思わせる虚無の黒。それが、青みを含んだ上品な黒色に変わっている。
最近になって理解した、黒は感情がマイナスという意味ではない、あれは〝安らぎ〟だ。疲れて眠る、夜の闇。だから、きっとお互いの側なら気張らず休める…という事なんだろう。
(それ知ってからかな、何となく…〝術師〟とか呼ぶの、他人行儀で嫌んなっちゃった)
今ならわかる、二人が全く同じなのは二人で生きていこうとしているからだ。
例えその先がどんなに過酷なものだとしても。
それでもあの二人は、どんな過酷な状況や悲惨なものが待ち構えていたとしても、手を繋いで笑いながら歩いて行くんだろう。
幸せなんて、人其々だ。