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    MASAKI_N

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    クローゼット⑦
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    #クローゼット
    closet
    #ホ室長
    headOfTheEChamber
    #ギョンフン
    #サンウォン
    ##クローゼット

    同調 小さな水滴が顔にかかった気がして、目を開ける。
     見慣れた寝室の天井と、心配そうなギョンフンが見えた。
    「アジョシ、ごめん」
     戸惑うギョンフンの顔に、何が起こったのかぼんやりとわかる。
     ミョンジンの記憶に同調した時と同じだ。
    「……同調したんだな」
    「僕の霊力とハーブの効果で――意識が繋がってしまったみたいだ」
     ミョンジンの辛い記憶や異界の重苦しい感じと違い、夢の中は心地好かった。
     心が通じていると思えたし、嘘の無いギョンフンの気持ちが聞けた。
    「別に謝ることじゃない」
    「二人とも同じ酒で酔っていたのもあって――油断してた。あなたは病み上がりなのに」
    「わざとじゃないならいい。イナには効かないんだろ?」
    「媒介するのは僕と煙だから、大丈夫」
     よっぽどギョンフンとは波長が合うらしい。
    「現実と同じに思えた。明晰夢みたいに都合のいい展開で――はは」
     ふと思い出して、笑ってしまう。
     ――そんな都合のいいエロ漫画みたいな話あるわけない
     だが何も嘘じゃない。全部、現実だった。
    「アジョシ、僕は」
     髪はまだ湿っているが、もう真夜中だ。
     脱衣所に置いておいたパジャマを着せられ、頭の下にはバスタオルが敷かれていた。
     ギョンフンは広いベッドの半面で、呪術の資料のようなものをいくつか読み込んでいたようだ。サンウォンが目を覚まさない可能性も想定してのことか。
     身体を起こし、渡された水をゆっくり飲み干した。なんとなく、手のひらの傷を見つめる。
    「ハーブが合法だからって、条件が揃えば何も起こらないわけじゃないってことか」
     そもそも儀式に使っているのも特別な物ばかりではない。問題は組み合わせとタイミングで、それが偶然はまってしまったということだ。
     花の香りは薄くなり、部屋の空気も入れ換えられたようだ。ギョンフンも着替えている。事態を引き起こした要因を処理したなら、浴槽の湯を抜いてシャワーを浴び直したのだろう。
    「要因はできるだけ減らした。まず、あなたの同調力の見積もりが甘かった。僕は死者と夢で話すことはあっても、夢であんなに――現実みたいに触れ合うなんて初めてで」
     サンウォンの意識が戻ったら出て行くこともできただろうに、外出着ではなく部屋着だ。そういう選択の一つ一つに、彼の気持ちを察する。
     まだ自分の身体からは、ほんのり花の匂いがする。ギョンフンと目を合わせたまま、無言で二人の左手の傷を合わせるように握ってみた。
     さっき夢の中で感じたのと同じ引力を確かめる。
    「お互い、したいことが同じだったからだろ。こんなことで証明されるなんて不本意かもしれないが、俺を遠ざける理由は無くなったはずだ」
     言葉で伝えても信じられないなら、言い訳できない状況になってしまえばいいと思っていた。
     執着が強いのは、サンウォンだって同じだ。
    「アジョシを巻き込むつもりはなかった」
     せっかく想いが伝わったのに、ギョンフンは青い顔をしている。
    「巻き込まれたのは君の方だ」
    「僕のせいで」
     むしろ身体は前よりすっきりしている。悩みもさっき無くなった。
    「誰のせいでも別にいい」
    「アジョシ」
     ギョンフンの顔の傷に触れ、夢と同じように額を寄せる。
    「見た目が好きなだけでもいいし、身体目当てでも金目当てでも何でもいい」
    「むしろ、それが全部揃っちゃってるのが問題でして」
    「それ以外にいいところもないし――抗わず欲求に従え」
    「できたらとっくにやってる」
     ――アジョシは僕の見た目が好きなだけでしょ
     中身が拗れている自覚があろうが、サンウォンには関係ない。
    「娘が悪霊に連れ去られ、犯人だと思われて途方に暮れたところに、ちょっと胡散臭いけどキム・ナムギル似の国内ナンバーワン退魔師が助けに来て、娘も無事に異界から連れ戻せたら――ハ・ジョンウだって落ちるかも」
     ふざけてみたら笑いが込み上げて、また、はははと声が出る。
    「僕――あなたのそういうところ好きだけど、今は凄く嫌」
    「じゃあ、ふざけるのはやめる」
     それでも顔は微笑んだまま、拗ねるギョンフンに軽く口付けた。
    「――夢でもいいと思ったのに」
     納得いかないという顔でまだゴネようとしている。
     無かったことにせず、わざわざサンウォンのところまで確かめに来た。もしあれが自分だけが見た夢だったとしても、同じことが起こるのかを。
    「夢と同じになるか試したかったから、来たんだろ」
     今度はもっと甘く、深く唇を重ねて交わる。
     生身のせいか、引き合う感覚はどんどん強くなっていく。
    「……そうなんでしょうね」
     ギョンフンは浅はかだったと悔いているようだが、感情と行動が直結していることが、サンウォンには羨ましい。それだけ嘘の無い気持ちなのだとわかる。
    「俺が入れ墨ばかり気になるのは、そこがホットスポットだからなんだろうな。急所に入れるんだろ?皮膚に傷を付けてるってことでは俺の傷も同じ扱いみたいだ」
     血が集まる感覚とは少し違う。触れることで互いに何か交換するように行き来する流れを感じる。これが、ギョンフンの言う霊力というやつなのだろうかと思う。
    「それ、僕がめちゃくちゃ不利なやつでしょ」
    「あぁ……性感帯みたいなもんか」
     とはいえ、今まで恋愛の最中に感じていた緊張も高揚も煩悩にぐらつく戸惑いも同時に来るから、恋愛感情があるのはわかる。
    「思っても言わずにいたのに!婚歴があるからって、よくもまあ余裕でそんな平然と」
     怒り以外の気持ちのほとんどを淡々とのたまう自分を変えるのは難しい。
     ギョンフンはやはり、サンウォンが既婚者であることが気になるようだ。
     時間をかけて育まれた恋心ならまだ、彼がこんなに迷うこともなかったのかもしれない。
    「君、本当にさっき煙草を渡してきたのと同じギョンフンか?」
     今思うと、恋する相手に対して中々に攻めてきていた。反撃しないとわかっているからできたのだろうが、後でもバレれば意味は同じことだ。
     サンウォンがスンヒを愛している事実が揺らがないのを知ってこそのことだが、それを知ってもなお支えようとしてくれることが、悪いことだとは思えない。
     スンヒを失ったことでできた縁なのだし、どんな意味でもギョンフンは今のサンウォンに必要で、大事な人間だ。
     おそらくギョンフンは、サンウォンにはスンヒとイナが一番で、ギョンフンはその次でもいいという思いやりと、自分がサンウォンの一番になりたいという欲求の間で葛藤している。だったらサンウォンは、その葛藤ごと彼を受け入れればいいだけだ。
    「いつの間にか名前で呼んでるのも憎たらしい」
     思わず呼んでしまってから、そのままだった。素の彼のもっと奥に隠された感情をもう知ってしまったから、名前で呼ぶ方がしっくりくる気がする。
    「自分だって、敬語じゃなくなってる」
    「えっ」
     どうやら無意識だったらしい。また戸惑って頬が染まるのを眺める。
     飄々と胡散臭くて憎たらしい男だと思っていたのに、それは『退魔師 ホ室長』に必要な部分が強調されていただけで、素のホ・ギョンフンは絆されやすく、恋愛に臆病な善人だ。
    「しばらくはハグくらいにしとくか?」
     軽く手を広げるジェスチャーをする。
    「逆にやらしい」
     もうサンウォンが引かないと観念し、拒む台詞も尽きたのか、あからさまに拒否はされない。GOサインか、それとも、疲れてしまったのか。
    「んー……エロ漫画の未亡人って、どんな感じだ?」
     肩を抱き、顔を覗きこんで首を傾げると、ギョンフンはやっと緊張を解いた。
    「別に、未亡人だから好きなわけじゃない」
    「うん」
     さっきまでの熱と緊張感も、ほどよく落ち着いた。その代わり今までより少し甘い空気を共有している。
    「この人には自分がいなきゃ駄目なんじゃないかって思わせるのが上手いんだ」
     恵まれた人間なのは自覚している。家庭を持ち、出世して、娘の成長とともに老い、引退後は悠々自適に過ごす人生を選んで進んできた。自分が男であることを真剣に悩んだこともないし、努力すればそれなりに結果を出してきた。
     自分と関わることを厭わなかった人々は、ギョンフンと同じように、そういう関わり方をしたいと思っていたのだろう。
     まさか突然、妻を失い、自分がこんなに惑うとは思わなかった。混乱と喪失感に、自分がどれだけ人を愛せていたのか初めて自覚した。
     その後、ギョンフンに出会い、自意識を手放すことばかり上手くて世間からの評価でしか自分を表現できない、空っぽの自分に気付いた。
    「俺も今、君に対してそう思ってる。上手くできるかどうかは別として」
    「確かに、補い合うものをお互い持ってはいるけど――それが無くなったら?一人でも満ち足りるようになったら?僕以外にもその空白を満たす誰かが複数現れたら?」
     そうなったら僕は不要になるのでは?
     ギョンフンの強い目がそう問いかけている。
     そうかもしれないと思ったらそう言うのが誠実だが、サンウォンの答えはもう出ている。
    「その空白を埋めたいからじゃない。今、君がそこを埋めてくれているから気付けた。君を失ったらまた、そこには空白ができて――喪失感に絶望するんだろうな。君のおかげで、スンヒを失った時よりは自分の弱さにうまく向き合える気はしてる」
    「――アジョシ、強くなったね」
     強くなったのではなく、弱さを認めて頼ることを覚えたのだ。これまでも人に頼ることができていたつもりだったが、間違っていた。どう頼るか、何故頼るかが本当の意味でわかったのは、ギョンフンのおかげだ。
    「イナのことが気になるなら、色恋はリフォームが終わって君が出て行けるようになってからやり直してもいいし、無かったことにしたいなら、明日出て行っても自由だ。気になることとか、条件とか、確かめたいことがあるなら、俺も一緒に考えたい」
     自分がどんな気持ちで行動しているのか、何故そうすることを選んだのかも全然わかっていなかったのだと思う。
    「あなたは僕がいなきゃ駄目って感じには見えない」
     自分は、スンヒと同じように人を思いやれる人間にはなれないと思い込んでいた。実際向いていなかったのは確かだが、結果が出せないとわかっていることに積極的になれないと自分を甘やかして、努力を怠った。
    「逆に、俺がいないと君が駄目になるって思いたいだけかもしれない。出会う前はともかく、出会ってからの君は、少し弱気に見える」
    「母の事件が解決して仕事へ向ける執念みたいなものが減ったのは確かに、あるかも。弟の病気が治るのかはわからないけど、家族にとって良いことなのは確かだ。でも、あなたに言った通り、僕が原因の可能性があるなら、それをどうにかしないと」
    「それがわかるまで人と離れているのが安全だと思うのは、間違ってないと思う。でも、君が本当はそうしたくないなら、悪いことが起こってからでも遅くない。ここにいる間、お母さんから警告はあったか?無いなら多分、少なくとも現時点ではここが安全なはずだ」
    「ああ――確かに。僕が逃げたいだけの口実だったか」
     サンウォンが異界に行っている間にギョンフンに起こったことは後から聞いた。母親のヒントでミョンジンの呪いが解けたことも、その方法も。
    「十七、八からほとんど独りで闘って、失いすぎたんだ。そうなっても仕方ない」
    「そうかな」
    「もしお父さんと弟が君を拒んでも、俺がいる。いつでも待ってるから、ここに帰ってくればいい。今までは待たせる方だったのに――こんな風にスンヒの気持ちがわかるなんて――生まれ変わったみたいだ」
     異界に行って帰って来たのだから、その喩えもあながち的外れではないだろう。
    「……アジョシ」
     また揺らいだギョンフンの表情に促され、悲しみとは違う感情の波が急にサンウォンを揺さぶり、目からこぼれた。
    「愛してくれていたのに、何も返せないままだ。イナと君にはせめて、何か返せるようになりたい」
     ギョンフンはサンウォンにタオルを渡してから、抱き寄せた。
    「そう言ってもらえるなら、もう怖くない」
     苦しい涙ではない。気持ちを軽くするようにさらさらと流れて、止まった。
    「君が待つ方で、俺が会いに行く方が良ければ、それでもいい」
    「……両方かな」
     ギョンフンは少し考えてからそう答えると、やっといつものように笑った。
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