選択肢は与えない「トリックオアトリート」
「ハッピーハロウィン!はいどうぞ!」
「トリックオアトリート!」
「ハッピーハロウィン、お菓子をどうぞ」
商店街の一角でひときわ賑やかな一角に気付き、生駒は足を止める。三角帽子に黒い服を着た子供や、白い布を被った子供、ツノがついた飾りをつけた子供達が浮き足立った様子で並んでいるのが見えた。
その近くにある立て看板には[ハロウィンパーティー!『トリックオアトリート』といってボーダーのおにいさん、おねえさんからおかしをもらおう]と書かれているのを確認すると、看板の先、列の先頭に目を向ける。よく知る男女二人が並んでいる子供達に次々とお菓子を渡していた。それを見て生駒は最後尾の紙を持つ男の方へと歩み寄る。
「佐鳥、お疲れさん」
「オワッ!?生駒さんじゃないですか、おつかれさまです」
「これ、いつ終わんの?」
「時間的にはそろそろですけど。次から次に来て終わる気配なさそうなんですよねー」
「大変やなあ」
と、生駒は子供達に笑顔でお菓子を渡していく男を見つめる。
「俺もいうたら菓子貰えんの?」
「むしろ配る方の手伝いお願いしたいんですけど」
「俺があそこ立ったら子供寄り付かんようなるやろ。片付けやったら手伝うで」
無事イベントも終了し、片付けをしている最中だった。
「生駒、助かるよ」
設置されていた長机を一人で運んでいるとその重みが偏った。後ろを振り向くとさわやかな笑顔の嵐山が長机を掴んでいて、生駒はほんの少し手を前の方へと移動させる。偏った重みがマシになったところで前へと進む。
「男二人で運ぶほど重ないけど」
「これを逃すと夜まで話せそうになかったしな」
「ンマー広報さんホンマお忙しいのね」
ふざけた物言いに怒ることなく嵐山はそうだなと肯定する。
「だから」
「ん?」
「トリックオアトリート、だ。生駒」
「なんで?」
商店街の脇に停めてあった軽トラックの荷台へ運んでいた長机を積みながら、生駒は後ろを振り返った。
「お菓子、持ってへんけど」
「そうかならトリックだな」
「まって、なんかポケットひっくり返したら飴ちゃんとか出てくると思うねん」
慌てた様子でばたばたと両手で上着やズボンのポケットを叩く生駒の手が嵐山の手に捕まった。
「無いだろ」
「いやある、はず」
「無いよな?生駒」
有無を言わさぬ圧に、生駒は小さく嘆息した。
「……今日の夜10時には寝よおもてたんやけどなぁ」
「努力する」
「絶対嘘やん」
嵐山の誠実な声は寒空の下、虚しく響いた。