一夜の情け 零話 『急襲』一夜の情け 零話 『急襲』
薄桃から茜色、紅、濃紫。これを着物に仕立てたらどんなに素敵な事だろう。美しい夕暮れ空の目まぐるしい移り変りをゆっくり眺めていたくはあれど、家路を急ぐ私はその様をちらりと目に写し胸にしまい込み歩みを続けた。
父から言いつけられた届け物の使いが長引き、予定よりも帰りが遅くなった。晩秋の空はあっという間に暮れてしまう。急がねば。母はもう夕餉の支度を始めている頃だろう。
遅くなったのは届け先のおかみさん達の暇つぶしにあれやこれやと尋ねられ引き留められたからだ。もう十九、年が明ければ二十にもなるのに、まだ縁談の一件も来ない私は姦しい人たちの格好のからかい相手だ。
「まだいいお話はないの」と何度も聞くなら、誰ぞ一人でも紹介してくれればよいのに。胸の内ならこうして言い返せるが、実際には黙って我慢する他ない口下手と内気な性分。嫌ならさっさと席を立てばよいものを、人に反して悪く思われるのが怖い小心者。これでは嫁の口もないのは当然ではある。
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