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    遠野108toya327

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    遠野108toya327

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    煉夢『一夜の情け』シリーズ
    🔥さんと夢主の初邂逅の話。この後、支部の『一夜の情け』一話に続きます。よかったらそちらもお読みください。支部の話は全てR18です。
    https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=18146352

    一夜の情け 零話 『急襲』一夜の情け 零話 『急襲』

     薄桃から茜色、紅、濃紫。これを着物に仕立てたらどんなに素敵な事だろう。美しい夕暮れ空の目まぐるしい移り変りをゆっくり眺めていたくはあれど、家路を急ぐ私はその様をちらりと目に写し胸にしまい込み歩みを続けた。
     父から言いつけられた届け物の使いが長引き、予定よりも帰りが遅くなった。晩秋の空はあっという間に暮れてしまう。急がねば。母はもう夕餉の支度を始めている頃だろう。
     遅くなったのは届け先のおかみさん達の暇つぶしにあれやこれやと尋ねられ引き留められたからだ。もう十九、年が明ければ二十にもなるのに、まだ縁談の一件も来ない私はかしましい人たちの格好のからかい相手だ。
    「まだいいお話はないの」と何度も聞くなら、誰ぞ一人でも紹介してくれればよいのに。胸の内ならこうして言い返せるが、実際には黙って我慢する他ない口下手と内気な性分。嫌ならさっさと席を立てばよいものを、人に反して悪く思われるのが怖い小心者。これでは嫁の口もないのは当然ではある。
     両親が最近私を方々へ使いに出すのは、私が出先で見初められないか、何かしらの縁に繋がりやしないかとの無言の期待があっての事だ。もっと見目良い娘ならともかく、十人並以下の私の容貌では望み薄だ。
     かくしてやっと解放された私は、人気ひとけの絶えた小道を一人ずんずんと歩んでいた。
     美しかった夕空はあっという間に藍色に沈んだ。今夜は満月だけれど時々雲が流れ月明かりが陰る。提灯を借りてくればよかった。少しでも早く帰りたくて、近道をしようと道を外れて雑木林沿いを進む。
     しばらく行くと草むらに白いものがうずくまっているのがぼんやり見えた。長くかさついた白髪の蓬髪が丈の高い草に幾筋か絡まっている。
    「大丈夫ですか」
     お婆さんが困っているものと思い声を掛けると、見上げた顔は存外若く三十路ばかりの女のひとだった。三味線らしき包みを抱いている。
    「はらがすいて、ふらついたところを足を捻っちまって」
     蓮っ葉な物言いをする。門付かどづけの人だろうか。うちの近くなら足の手当ても、おむすびの一つなりとも上げられるが、こんな誰もいない場所では如何ともしがたい。それでも同じ女の身、こんな暗い夜道に放って行く訳にもいかない。肩を貸せば少しは歩けるだろうか。
     そう言いながら身を寄せると、
    「嬢さん、いい匂いだね」
    「え、そうですか。香水も匂い袋も付けてはいないけれど」
     そんな褒められ方は初めてだったので、どぎまぎと照れ隠しに女の腕を肩に回そうとした。
    「いい匂いだよ。そんなもんより、ずうっと、美味そうな匂いだ」
     長くて冷たい舌に、べろりと頬から耳を舐め上げられ、ひいっと声が出るより先に飛び退いた。足裏は土に半分埋まった丸石を踏みつけ、がくりと身体が大きく傾ぐと、さっきまで私の首があった空を女の鋭い鉤爪が引き裂き空振った。
     一体何が起こったのかわからない。足を挫いたと言っていた筈の女が、いや、形相の変わった『何か』が立ち上がり迫って来る。転んで腰を強かに打ち付け痺れ、恐怖に竦み上がった私は、固まり動けなくなってしまった。
     『何か』が何が可笑しいのかケラケラと耳障りに笑いながらまた大きな爪をかざした。死ぬのか。何の前触れもなく、この異形の者より他に看取る者もなく。ギュッと目をつむる事しかできない、その時。
    「炎の呼吸壱ノ型、不知火」
     不意に男の声がした。耳元で囁かれたように耳を満たすのに静かな声と共に、熱風の塊が目の前を吹き抜けた。
     ぼん、と頭に当たって落ちた物がある。さっきの鉤爪の手首だ。わあっと叫ぶ間に、それは燃え上がる紙のように散って消えた。『何か』は手首から血を吹き出し、口汚く喚いている。
     目の前に火炎柄の脚半、同じ裾模様の白いとんび外套を纏い、黄色い髪の人が立ち塞がった。その背と肩は広さのみならず体躯の分厚さまで窺わせた。なんて大きな、派手なひと。外国人だろうか。歌舞伎役者みたいだ。余りの現実感の無さに場違いな考えが浮かぶ。
     血を吹いていた異形の手首の断面からまた指先が生え始めた。あり得ない。気持ち悪い。
     じゃり、と目の前の人の草鞋が小石をにじると、
    「弐ノ型、昇り炎天」
     逆さ袈裟懸けに下から上へと撫で上げ、手首の生えかけた腕を今度は肩から切り飛ばす。息つく暇もなく、返す刀の刃が閃き、月明かりを反射する。
    「伍ノ型、炎虎」
     赤い日本刀から生き物のように大きくうねる火焔を放ち振り下ろした。『何か』は先程の比ではない甲高い断末魔の悲鳴だけを残し散っていった。
     その人は赤刀を一振り、血を払うと、峰を鞘走らせ納刀した。血なまぐさい所作の筈なのに、神前に舞を奉納するかの如き気高い一連の動きだった。最後に柄頭をそっと押さえ、鍔をチンと鳴らした。微かな音だが残響が長くて、夏の風鈴にも、仏壇のおりんにも聞こえた。全く違うものなのに、妙な連想だ。しかしそれは化け物に荒らされた場の空気を洗い清めたように一新した。

    「——君、君、お嬢さん、大丈夫ですか」
     一瞬放心していたようだ。彼の人が満月を背に立ちこちらを見下ろしている。いつの間にか雲は吹き去り、まんまるの月光が彼を背後から明るく照らす。顔は月の影に陰り、その眸と髪の縁が光る。お月様と同じ色だ。切れ長で濃い眉の下、月とそっくりな丸い目で私を見つめているような、それでいて何処か遠くを見ているような。顔の造作はおそろしく整っているが、今まで見た誰とも異なる型の容貌。見ようによっては恐ろしげにも見えるかもしれないが私は見惚れてしまっていた。
    「怪我は……打ち身と足首の捻挫か。折れてはいないので大丈夫だ」
     そのふくろうみたいな目をぐるりと巡らすと、まだ自分でも把握していなかった怪我を言い当てられる。捻った足首は途端にズキズキと痛み出した。
    「要!隠を呼んで来てくれ」
    「承知」
     天を仰いで誰かに呼ばわると、高い所からいらえがあった。声の主の姿は見えない。枝葉がたわみ大きな羽音がして、月を掠めて鴉が飛び去ったのみだ。
    「後から俺の仲間達が来るので、怪我の手当てと事後処理は彼らに任せるといい。俺は先を急ぐので失敬する」
    「ま、待って!置いて行かないで!」
     現れた時と同じく飛び去ろうと翻る白い外套の裾を慌てて掴んだ。さっきの化け物は消えたがここで一人になるのは怖い。いや、彼が行ってしまうのが怖い。会ったばかりの人に頼り縋る。いい年をしてみっともなく半べそをかく私を見て、その人は目を丸くしたが、ふ、と少し微笑み、私の前に片膝をついた。
    「怖かったな。俺が来るまでよく生き延びた。偉いぞ。鬼は斬ったから君はもう大丈夫だ。だが情報ではもう一体いるんだ。他の人が君のように襲われる前に急ぎ斬らなくてはならない。わかってくれるね?」
     幼児に言い聞かせるように優しく囁き、裾を握って離さない私の手を軽く握った。熱いほど体温の高い、硬い剣だこのある手だ。
    「炎柱!こちらでしたか。遠くからでも聞こえる悲鳴が」
     今度は四、五人の集団が走り寄ってきた。彼と同じく黒い揃いの和洋装に刀を差している。彼らは軍人なのだろうか。
    「ああ、一体斬った。だがもう一体いそうだ。俺が斬ったのは小柄な女形だった。情報にあった一丈もの大男とは違い過ぎる。暫く人を喰っていなかったようだし、流れ物か縄張争いに敗れた鬼だと思う」
    「襲われた恐怖の余りに鬼の容姿が大袈裟に伝わったのでは」
    「そうかも知れぬが、早合点して取り逃す訳にはいかない。今少し確認すべきだ」
    「承知しました。お供いたします」
     口早に交わすと、引き留めを諦めた私の頭にポンと手を乗せ、にかりと口角を上げ立ち上がった。
    「ではな、お嬢さん。もう夜道を出歩くなよ」
     二人きりの時よりも快活な声で告げると、部下達を連れ、くるりと踵を返す。
    他の人達も去り際、口々に私の無事をねぎらってくれた。
     集団の後ろに一人女子がいた。他と同じく剣を差している。深紅の紐で一つに結えた長い黒髪を揺らし、付き従う姿を見送った。
     彼らが去ってから、命を助けてもらったお礼も言えていなかった事に気付く。
     まもなく中年男女の二人連れが着いた。同じ黒装束に加えて頭巾と面布を付けて顔を隠している。
     普段なら怪しい事この上ない姿だが、隙間からのぞいている目は優しく笑い、命が助かって良かったとまた私の無事を喜んでくれた。お二人は以前お子さんを襲われ亡くしたのだと言う。
     一人は私の足首に湿布を当ててくれつつ、もう一人は襲われた時の様子などを詳しく聴き取り書き付けている。
    「さっき私を助けてくださった方は」
     優しい目尻の笑い皺に心を許し尋ねてみた。
    「隊士の名かい?さて、大勢いるからなあ」
     入れ替わりもよくあるし、とポツリと言い添えた。
    「黄色と赤の髪と目で、白い変わった外套を着た方です。そういえば、えんばし……さんとか呼ばれていました」
    「ああ、そのなりなら間違いない。炎柱だ。煉獄槇寿郎様だよ」
     パッと破顔した。
    「しばらく任務を休んでるって話だったが、復帰なさったんだな。そいつはよかった」
    「それ、多分違うんじゃないの」
     手当てをしてくれていた方の女性が口を挟んだ。
    「最近柱の代変わりがあったと聞いたよ。代々世襲で続いてるのは炎柱くらいだろう?」
    「ええ?じゃあ、御長男の杏寿郎さんがもう柱に?随分若いな。今いくつだろう」
     十八だった。これは後で知った事だ。この時の私には二十代半ばに見えていた。立派な体躯に堂々たる指揮ぶりが、自分より年下の、まだ少年期を脱したばかりの人だとは到底思えなかったのだ。
     れんごく、きょうじゅろう、と小さく唱え胸の奥に刻んだ。なんと華々しく雅びな名だ。名は体を表すとは正にこの事だ。あの人にはこれ以外の名は似合わない。
     手当てと事情聴取が済むと二人は私をおぶって家へ送ってくれた。家族への説明と口止めも余念なく行った。両親はおろおろと狼狽するばかりだったが、祖父母は意外にもすぐに飲み込んだようで、「鬼狩り様」と深々と頭を下げて孫娘を助けてくれた礼を述べた。
     二人が立ち去ると、私は両親の前へ手をついた。
    「父さん母さん、お願いがあります」
     縁談の申し込みを、鬼殺隊の煉獄杏寿郎様と。聞き知ったばかりのあの人の名を口にした。鬼に襲われたりしたばかり故、気が昂って転倒しているのではと心配された。
     身元を調べるまでもなく、あの人と私では釣り合わない。あの人はきっときちんとしたお家で育った、世が世なら口もきけない人だ。それでも。上手く纏まる縁とは元より思っていない。助けてくださったお礼を申し上げたい。いえ、それすらも口実に過ぎない。ただもう一度会いたいのだ。
     普段自分の意見を強く言う事の無い私の我儘に、両親は困惑したようだ。しかし父は自分が言い付けた使いのせいで私が鬼に襲われたと責任を感じたらしく、方々に頼んで伝手を辿り、煉獄家へ縁談を申し込んでくれた。
     煉獄家の内情はよく分からなかった。普通は人が暮らしていれば何かしら話が漏れ出るものだ。しかし近い人程口が固かったり、濁して話をすり替えたりされたようで苦労したらしい。ようやく煉獄家の奥方の親戚に繫り、お見合いが出来る事になった時は念願叶い本当に嬉しかった。
     その日母は私に華やかな振り袖で精一杯の拵えをさせたがったが、先方の指定した見合い場所は歌舞伎座だ。隣り合った桟敷席で偶然出会った風を装う、仮の見合い。破談になった場合に断られた娘に傷が付かぬようにとの心遣いだ。余り目立ってはいけない。
     亜麻色の小紋と白地の帯に身を包んだ。帯締めは臙脂色。余り合わない色合わせだけれど、何か娘らしい赤い物を身に付けなさいと言う母の希望と、煉獄様のお髪の差し色を気持ちだけ真似た。
     仲人に案内された席の隣には既にあの方がいらしていた。
     嬉しいのに泣きたい。身のうちがむず痒く燃え上がる。千鳥の群れが胸の中から一斉に飛び立ち騒ぐ心地がするのを懸命に抑える。頬は赤く火照り、苦虫を噛みつぶした顔になっているに違いない。
     彼はぴんと伸びた背筋に軽く握った拳を膝に置き、真っ直ぐ舞台へ顔を向けている。近付くとゆったりと振り向き、黙って目礼した。
     泥染めの大島紬の袷に揃いの羽織、緋赤の縞の入った黄八丈の半巾帯を締めている。
     やはりというか、想像以上に良いお家柄の方だったらしい。こんな高価な着物をさらりと着こなして平然としている。
     しかしなぜ女物の帯を身に付けているのだろう。だがそれは彼の髪と瞳の色に似合い、大きな体躯が周囲に威圧感を与えさせない絶妙の効果を持たせた。
     同行者はいない。御父上様は、先日の『隠』の二人がお仕事を休んでいたと言っていたが、具合がお悪いのか。それとも私に会うまでもなくお断りになるおつもりなのか。
     わかっていた事だ。今日こうやって会うだけでも難しかったのだ。舞台が終わるまで、お顔を盗み見て、ご様子を目に焼き付けて、御礼を申し上げられるだけで満足すべきだ。
     幕間にようやく一言お話しする機会が持てた。たどたどしく命を救ってくれたお礼と、あの時お礼が言えなかった事、その為に今日お見合いまで申し込みお呼び立てしたお詫びを申し上げた。
     煉獄様はこちらを見ているようで、どこを見ているかわからない視線を向けている。いえ違う。座内の客席中広い範囲を、どこもかしこもを見ていた。昼間でも鬼の探索を、情報を探っているのだ。明るい声で当たり障りのない挨拶をしながら、いつでも鬼殺の事を考えている。
     私の事は全く覚えていなかった。覚悟していたのにチクリと痛んだ。私には一生に一度あるかないかの大事件、一方煉獄様にとっては日常茶飯事。当然なのだともう一度自分に言い聞かせた。
    「ただ」
     煉獄様が言い添えた。
    「縁談まで正式に持ち掛けて来られた方は初めてでした」
     恥ずかしくて死ぬかと思った。更に真っ赤になり俯いた私に、煉獄様は薄く笑んで謝った。
    「申し訳ない。もう覚えました」
     このお言葉を一生の宝物にしようと思った。この先嫁入りは出来ないかもしれないけれど、それも大いにあり得る事だけれど、こうして恋焦がれる人に出会えただけで私は幸運なのだ。これきりお目に掛かる事はありませんが、どうかお元気で。陰ながらご無事をお祈り申し上げております。
     そんな切ない気持ちでお別れした後日、仲人を通じて縁談を承諾する旨の返答を戴いた時は、絶対何かの間違いだと言い切った。そんな訳は無い。煉獄様はそも私を覚えていなかったし、実際改めて会ってみても見初めて貰えるような器量ではないのは百も承知だ。家同士の繋りも、ごく平凡な商家のうちとでは何の得も無い。
     お見合いを申し込んだのは、ただもう一目会う口実が欲しかったに過ぎない。断られる前提だったのだ。
     仲人はそちらから申し込んでおいて何をと笑い、承諾御礼のお返事をしておきますよと引き上げてしまった。呆然とする。
     父は良縁だ玉の輿だと無邪気に喜び、母は今更だけどと心配しだした。家格違いの家へ嫁いで、私が苦労しやしないかというのだ。母もこの縁談ははじめから無理だと踏んで、そこまでは考えずにいたのだろう。しかし祖父母は大丈夫だと請け合った。
    「惚れたお方と添い遂げられるんだ。多少の苦労なんて何程のことさ。よくお仕え。鬼狩り様をお支えする事で、お前も人助けをして恩を返すんだ」
     そして良かったね、幸せにおなりとしみじみ言い添えてくれた。
     幸せに、私が、あの煉獄様と。まだ信じられない。何故縁談を承諾なさったのだろう。
     でも煉獄様にまた会えるなら私は何でもする。自分が煉獄様の嫁になんてまだ全く想像も追いつかないけれど、あの方の為に出来る事なら何も厭わない。
     この時の決意を改めて思い出したのは、婚約後しばらく後、煉獄様の視線の先を見てしまった、あの時。
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     薄桃から茜色、紅、濃紫。これを着物に仕立てたらどんなに素敵な事だろう。美しい夕暮れ空の目まぐるしい移り変りをゆっくり眺めていたくはあれど、家路を急ぐ私はその様をちらりと目に写し胸にしまい込み歩みを続けた。
     父から言いつけられた届け物の使いが長引き、予定よりも帰りが遅くなった。晩秋の空はあっという間に暮れてしまう。急がねば。母はもう夕餉の支度を始めている頃だろう。
     遅くなったのは届け先のおかみさん達の暇つぶしにあれやこれやと尋ねられ引き留められたからだ。もう十九、年が明ければ二十にもなるのに、まだ縁談の一件も来ない私はかしましい人たちの格好のからかい相手だ。
    「まだいいお話はないの」と何度も聞くなら、誰ぞ一人でも紹介してくれればよいのに。胸の内ならこうして言い返せるが、実際には黙って我慢する他ない口下手と内気な性分。嫌ならさっさと席を立てばよいものを、人に反して悪く思われるのが怖い小心者。これでは嫁の口もないのは当然ではある。
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