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    SvMe_Eye

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    Hotline miami
    Jacket×Hooker

    Lights in the depths of darkness フーカーをあの地獄から連れ出したのは、喋ることができないのではないかと疑うほど無口な男だった。薬のせいで常にもうろうとしている意識の中で、彼女が覚えているのはこちらを見下ろすいびつな動物の顔だ。彼がフーカーの身体を軽く揺すったとき、彼女は自分が何か言ったような気がしたがはっきりとは覚えていない。彼女の意識はそこで途切れた。
     目が覚めた時、知らない天井が見えた。あちこち軋む身体を起こし、周りを見渡すと誰かの家のようだ。安いアパートの一室のように見えるこの場所は、少なくとも、あの地獄ではないことは確かだ。フーカーが寝ていたソファとテーブル、一台の黒い電話くらいしか置かれていないこの部屋はフーカーの記憶にはない場所だった。まずは、ここがどこなのか把握しなければならない。あの獣が悪いやつではないとは限らない。
     フーカーは立ち上がろうとした。だが、身体は思うように動かなかった。足に力が入らず、立ち上がる前に鈍い音を立てて床に倒れこんだ。なんとか上半身だけ起こすと、ちょうど男が部屋から入ってきた。知らない男だったがどこか見覚えがある。男は何も言わず、大股でフーカーの元へ歩いてきた。この小さな部屋で、彼が彼女の元へ行くには五歩もあれば十分だった。
     フーカーは自分を見下ろすこの男があの獣の男だと確信した。身体がこわばる。目の前であの悪魔を殺したこの男が、自分にとっては味方だとは言い切れない。フーカーは男を睨み上げた。男は動じず、フーカーの身体を抱え起こし、ソファに座らせた。フーカーか男に何か言ってやろうと口を開いたが、喉を通って彼の元へ届く前に彼は部屋を出て行ってしまった。彼はどこかの組織の人間なのか。だとしたら彼にボスはいるのか。薬漬けににされたただの娼婦である自分をどうするつもりなのか。フーカーは短い時間にあらゆることを考えた。彼の正体、殺されたマフィアたち、己の今度。彼女が思考を巡らせていると、すぐに彼は戻ってきた。彼の手には水の入ったグラスとピザが一切れ乗った皿があった。
     彼は黙ってグラスとピザの皿をテーブルの上に置いた。また何も言わず部屋を出た。目の前におかれたピザは冷えているようだった。冷えたピザほどまずいものはない。しかし、彼女は自分が腹が減っていることに気づいた。目の前のピザに手を伸ばす。一気に口に入れたせいでむせた。水で流し込んだ。冷えたピザでも美味しいと思えた。
     それから彼はフーカーに水とピザを届けた。ピザの種類はいつも同じ。いい加減飽きてきたが、彼が何者かわからない以上文句は言えなかった。彼は毎日同じピザで飽きないのだろうか。
     数日もそんな生活をしていると、指の先まで彼女の体を侵していた薬が徐々に抜け始めていった。幸いなことに時折手や足が震えたりするくらいの禁断衆生しか出なかった。体調はあまり良いとは言えない。栄養不足の彼女に毎食ピザというのは、流石に胃が受け付けなくなっていた。また、そのうちに彼はどこかの組織に属している人間ではないと分かっ。毎日彼は起きては新聞を眺め、ピザを食べ、そして寝るということを繰り返しているようだった。
     フーカーは食事の文句くらい言っても構わないだろうと思った。また彼がピザを運んできた時、病み上がりの人間にいつまでこんな安いピザを食わすつもりなのかと言うと、彼は何も言わずに何処かへ行ってしまった。助けられたくせに面倒な注文をつける女だと思ったのだろうか。
     どこへ行っていたのか、しばらくして彼が帰ってきた。彼がリビングの方で何かしている音が聞こえる。なんだかいい匂いがしてきた。それにつられてリビングへ向かう。彼は鍋をかき混ぜていた。
     扉から覗いていたフーカーに気づき、男は振り向いた。一人分の小さい鍋をテーブルの上に置く。茶色い透き通ったそれは、おそらくコンソメスープだ。食事に注文をつけたから彼はわざわざ買ってきたのだろうか。キッチンには先ほどまでなかったのであろう、新品のコンソメの瓶が置いてあった。
     彼は鍋とスプーンをフーカーから近い椅子に少し寄せた。食べろということだろう。あまり感情の読み取れない彼の顔を伺いながら、そっと椅子に座った。フーカーがスプーンを手に取ったのを見て、彼は自室へ戻ろうとした。思わず彼を呼び止めた。彼は振り返った。
    「あんたが作ったんでしょ。あんたも食べたら?それに、あたし一人じゃ食べきれないわ」
     彼はしばらくフーカーの顔をまっすぐ見ていた。フーカーも彼を見つめ返していた。彼は鍋の方を見た。一人では少し多いかもしれないが、二人で食べるにしては少ないのは明らかだ。しかし、フーカーはもう少し、彼と話して見たいと思った。
     彼はやっと動いた。スプーンを皿を取り、フーカーの向かいに座った。フーカーは彼の分のスープをよそった。
    「あんた、コンソメスープってもっと色々入ってるもんじゃないの?」
     手でちぎったのであろう、大きさのまばらなキャベツが漂うスープを見て言った。彼はやはり何も言わなかった。キッチンやこの数日の食生活を見る限り、料理はしないのであろう彼が、せっかく自分のために作ったというのにまた文句を言ってしまって、気を悪くしたかもしれないと思い、彼の顔を見る。深い色をした瞳がフーカーを窺うように見ていた。
    「……別に、味がするんだから、スープとしては良いんじゃない」
     ただの軽口のつもりだったフーカーの言葉を、彼は真っすぐ受け止めたようだった。案外悪い人ではないのかもしれない。あの惨状を見ておきながら、彼女はそう思った。
     時折金属が触れあう音とスープをすする音だけがリビングに響いていた。だが、この空間を苦痛だとは思わなかった。
     フーカーは自分より少ない量のスープを飲んでいるはずの彼が、大きな図体にちまちまスープを運んでいるのを見ていた。
    「あんたの名前は?」
    「ジャケット」
     彼は顔を上げず、短く答えた。その時、初めて彼の声を聞いた。瞳と同じ、静かな深い声だった。
     その日、二人の会話はたったそれだけだった。翌日、ジャケットの元に電話があり、電話があると彼は長い間家を空けたが、必ずその日中には帰ってきた。フーカーがいるからというより、他に行くところがないようだった。フーカーとジャケットが言葉を交わすことはほとんどなかった。フーカーはジャケットが家を留守にしている間、ピザの空箱が散乱する家の掃除を始めた。それに対してジャケットは何も言わなかったから、彼女はそのまま部屋の掃除を続けた。部屋が片付いていくと、フーカーとジャケットの間にも少しずつ会話が増え始めた。フーカーが一方的に話しかけていただけだが、ジャケットはそれを嫌がるそぶりを見せたことはなかった。
     フーカーが彼に夕食を作ったことが始まりだった。彼らの交流は徐々に深くなっていき、互いに気を許していることが、言葉を交わさずとも分かるようになった。フーカーは、ジャケットとは何か言葉で伝え合うよりも、その深い色をした瞳を見つめる方が、彼を理解することができると知った。あまり笑わず、悲しい色をした瞳の彼が細められる時がある。それが笑っているのだと気付いた時、彼への愛情を自覚した。フーカーはジャケットの帰る場所になった。

     フーカーとジャケットの部屋に、二人の時間が増えていった。比例するように、電話がかかってくる頻度も多くなっていった。フーカーは不安だった。彼は隠したがっているようだが、ゴミ箱に捨てられた新聞から彼が最近世間を騒がせている人物であることは、ジャケットと初めて会った時のあの獣のマスクからも予想することは簡単だ。フーカーは彼との幸福をできる限り長い間愛していきたいのに、最近の彼はどこか生き急いでいるようだ。
     夜、ジャケットはフーカーの腕の中でうなされている時がある。電話も最近の彼の様子も彼女の不安を大きくさせていた。今は腕の中で静かに寝息を立て、幼い子供のように眠る彼のブロンドを優しく撫でる。フーカーは彼と、彼とのささやかな幸福の時間を愛していた。悪魔が笑う地獄の底から自分を引き上げた彼を、最後まで愛したいと強く思った。愛すると誓った。等しく救いの手を差し伸べるなどとうそぶく神などには誓わない。誓うとするならあなたに。フーカーは彼の額にキスをした。
     今日も電話が鳴った。フーカーは出かける彼を見送ってから、部屋の片付けをし、彼が帰ってくるであろう時間に合わせて夕食を作り始める。幸福というのは一度手に入れたからといってそう簡単に続くものではない。
     今は、彼が自分の元に帰ってくるのであればそれだけで十分だ。
     玄関のドアが開いた音がした。思ったより早く帰ってこれたようだ。夕食ももうすぐでできる。フーカーは玄関に向かって声をかけた。
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