クリプトことテジュンと"友達"になってから、頻繁に図書館に赴くようになった。
本当にたわいのない話をしたり、テジュンの作ったというドローンを見せてもらったり。2人で会う時間が日課になるのにそう時間は掛からなかった。
俺も図書館で動画の編集をする時間が増やせているので正直、有難い。撮り溜めてはいるが如何せん昼間に人目に付く所では出来なかったのが難点だった。ただ編集しているのを横で静かに見られるのはちょっとむず痒い。
「…見てるだけで楽しいか?」
「勿論。まだ公開されてない動画を見れて有難いぐらいだ」
「そっか」
最近の悩みと言えば、俺はこいつに友達以上の感情を抱いてしまってるということぐらい。死んでも口にはしないが、一目惚れというやつだった。人生で初めて好きだという感情を抱いた。バレてしまったら終わる気がする。ファンだと真っ直ぐに伝えてくれたテジュンを好きになった、なんて。
「…テジュンさ、彼女とか居ねぇの?」
「…何だ急に」
キョトン、と目を丸める。思っていたよりも感情表現を顔でするこの男を愛おしいと思ったのは、初めて会った時からかもしれない。興味本位と、一応の確認。二重の意味を悟られないように。
「モテそうだから、女には困ってなさそう」
「…居た事も無くはないが、今は居ない」
「へぇ、意外だな」
内心はガッツポーズしてるなんて、思ってないだろうな。昔からポーカーフェイスが得意で良かったと思う。
「オクタビオは」
「俺?」
「居ないのか、彼女」
親のコネと親の持つ金目的でしか近付いてこない女達の顔を浮かべてしまい、眉を顰めてしまった。一方的に向けられるそれは、愛とか恋とか、キラキラしたものでは無かった。どす黒く汚れたものだったように思う。
「…居ない」
「……嫌な事を思い出させたみたいだな、すまない」
はっとテジュンの顔を見れば、心配しているような、顔色を伺うような。優しい声色と、暖かい手が。俺の傷んだ髪を混ぜる。
「いや、ごめん。大丈夫だから」
俺から振った話題だから、と笑ってみせる。頭から手が離れて頬を、撫でた。
「ごめんな」
「……いいって、平気だぜ」
八の字に下がる眉が、心配の目を向けてくれる瞳が、テジュンの優しさ全部が、好きだ。
(女々しすぎるだろ)
昼時の食堂は賑わいが増していて、様々な学科の学生が集まる。購買でいつも買ってるサンドイッチと少し甘めのカフェラテを掴んでレジを済ませる。図書館へ行こうとした所で、女子の群れに塞き止められた。
「シルバくん、良かったらご飯一緒にどう?」
「あー…、悪いけど先客いるから」
あぁ、この視線。苦手だ。シルバの肩書きにしか興味のない、撫で声。フルメイクを施された顔面が、仮面に見えるようになったのはいつからだろう。
「じゃあその人も一緒に、ね?」
見せつけるように俺の腕に絡み付く蛇のような感触。ご自慢の胸を押し付けるように捕まってしまった。ハニートラップにしちゃ弱すぎる。
「やめてくれ」
「オクタビオ」
真後ろから聞こえた、いつもの声。振り向けばテジュンが居た。黒の瞳が見下ろすのは、俺の腕に巻きついた女。
「テジュン…?」
「遅いから迎えに来た、行こうか」
そう言うと俺の肩を抱き寄せて女を剥がす。助かったが、俺は今こいつの胸に飛び込んでる状況だ。待ってくれ、まずい。
「一緒に…」
「…知らねーよ」
聞いた事が無い程、冷たく低い声。女達は怯えて固まっていた。そのまま図書館への道を歩く。もうほぼ支えられながら歩いてる様なもんだった。顔が熱い。
バタン、と閉まる図書館の扉。テジュンの顔を見れない。顔を合わせたら赤いのがバレる。離れて少し落ち着きたい。
「…大丈夫か」
「え、あ…うん、ありがとな」
助かったと言う言葉が、出なかった。正確には塞がれてしまって。テジュンの口の中にくぐもった音を出してしまった。
なんで俺とテジュンがキスしてる?あの柔らかい分厚い唇が、触れてる。
触れるだけでは飽き足らず、俺の口内に入り込もうとテジュンの舌がノックをしてくる。待ってくれ、キャパオーバーだ。思わず胸を叩いた。少しだけ離れる唇。それでも顔は目前だ。
「……何」
「何はこっちの台詞だって……なん、で」
キスした?とは言えずに真っ赤な顔でテジュンを見ることしか出来なかった。
「……白状すると、イラついた」
「…え?」
「女に腕組まれてるのを見て、カッとなったんだ」
あんなに大人っぽいと思ってた男から放たれた言葉とは思えなかった。
それよりも俺が女に腕を組まれたのを見てイラついたってことは、なぁ。
「……嫉妬?」
「…………………」
沈黙は肯定とみなすぜアミーゴ?いつものテジュンとは違った、子供っぽい面。分かりやすく、不貞腐れてる。自分の顔がニヤつくのが分かる。
「……笑うなよ」
「ふふ、ごめんって」
もしかして、ちょっと期待してもいいんじゃないか、なんて。
「もしかして…俺の事、好き?」
少しの勇気で大半を占める恐怖を押さえ込んで、口にすれば。テジュンが真っ直ぐ俺を見据える。
「…好きだよ」
さっきの冷たい低い声と打って変わって、優しく、甘く低い声。自分の心臓が張り裂けるんじゃないかって思うぐらいに鳴り響いてる。
「…俺も、テジュンの事、好きだ」
女みたいに恥ずかしがってしまうのはもうこの際目を瞑ろう。言葉にして伝えてしまったからには腹を括る。両思いってやつだろ、これ。
テジュンのリアクションが無くて恐る恐る視線を上げれば、顔の赤いテジュンが居る。
「…な、んか、言えよ」
「いや、…すまない。驚きと嬉しさとでちょっと…混乱して」
口元を覆う手。あぁ、可愛いな。さっきから煩い心臓の音をBGMに、テジュンの頬を両手で包んだ。
「晴れて両想いだった事だし、さっきの続き、してくれよ」
「……悪いが止まれる自信は無いぞ」
「いいよ、テジュンだから」
俺も飛びっきり甘く、耳元に吹き込んでやった。