朝の料理当番は先に起きた方、というのが俺たちの暗黙のルール。というより、なんとなく、気づいたらそうなっていた、と言う方が正しいかもしれない。七割くらいは俺の方が早いが、今日は先生の方が早かったようで、リビングのドアを開けると焼き魚のいい匂いが鼻をくすぐった。
味噌汁、白米、納豆、卵焼きが並ぶ食卓につくと、タイミングよく鯖の塩焼きが目の前に置かれる。「いただきます」の声が揃い、味噌汁の碗を手に取り一口啜る。いつもよりまろやかな甘さが舌に広がり、味噌を変えたのか聞こうとしたら、少し緊張した面持ちでこちらを窺う先生と目が合った。
「今日はね、自分で作った味噌を使ってみたんだ。どう、かな?」
「すげー美味い。毎日飲みてえくらいだ」
正直な感想を返すと蒼い瞳がまん丸に開き、その頬がほんのり赤く色づく。先生にしては珍しく返す言葉を迷っているような雰囲気に、小さく首を傾げた。
(…そこまで照れるか?)
美味い。毎日飲みたい。よくある褒め言葉だと……いや、待て。「味噌汁」を「毎日飲みたい」って…プロポーズの決まり文句じゃねえか!?
気づいた瞬間、心臓が早鐘を打ち始め、体温が一気に上がる。否定するのも違うと思い言葉が出ず、そのせいで訪れた言いようのない沈黙の中、黙りこくっていた先生の唇が小さく開いた。
「左馬刻くんが、毎日コーヒーを淹れてくれるなら、私も毎日作るよ」
「…そんくらい、お安い御用だけどよ」
「では、決まりだね」
嬉しそうに笑う先生を見ながら、頭の中で近くの貴金属店をリストアップする。
カッコつかないプロポーズになってしまったが気持ちは本当だと、伝えられる(もの)を贈るために。