いのちのぬくもり病院内の正月飾りが、片付けられていく。
その様子を見ながら寂雷は、年を越せなかった患者の顔を思い出した。さいごまでありがとう、と弱った声帯で絞り出された声を。
(始まりがあれば、終わりがある)
分かっていても、精神を消耗することはある。特に、こんなに寒い日は。
半分開いた廊下の窓を閉めようとした寂雷は、夜空を見てふと、手を伸ばした。
「雪……」
粉雪が一粒、その手のひらに落ちる。血の通わない皮膚と、どちらが冷たかっただろうか。
(ああ、いけない)
沈む思考を断ち切るように、窓をピシャリと閉める。風の音が遠くなり、寂雷は自分に近づいてくる足音に気がついた。知っている音だ。
「お、いた。探したぜ、センセー」
「……左馬刻くん」
「誕生日まで仕事なんて、よくやるぜ。……って、ンだよその顔。まさか……」
「……忘れていました。そうか、九日か」
「ったく、これ飲んでちょっとは休めよ」
差し出されたのは、大きめのタンブラー。飲み口を開けると白い湯気と共に、珈琲の香りが寂雷の鼻をくすぐった。
「また改めて、メシ行こーぜ。奢るからよ」
「これだけのために、わざわざ来てくれたのかい」
「……こっちに野暮用があったついでだ」
言葉とは裏腹に、左馬刻の耳が赤く染まる。照れ隠しなのは一目瞭然で、寂雷の心臓がドクンと音を立てた。鼓動に合わせて、体温が上がっていく。雪の冷たさすら分からなかった指先まで、血潮が通う。
「んじゃ、邪魔したな。……誕生日、おめでとう」
「ありがとう、左馬刻くん」
後ろ手に手を振る左馬刻を見送り、寂雷はタンブラーに口をつけた。香ばしい香りが鼻に抜け、コクのある苦味が舌に広がる。左馬刻の珈琲は相変わらず絶品だ。何より、とても温かい。
(始まりがあれば終わりがあり…終わりがあれば、また、始まる)
ふと、頂き物のお菓子が休憩室にあったことを思い出して、寂雷は廊下を歩き出した。きっとこの珈琲に合うだろうと、やや早足で。
そのリズムは、高鳴り続ける寂雷の鼓動と、ほとんど同じだった。