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    NWarabee

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    NWarabee

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    辺獄にも星は輝く1開催おめでとうございます!
    カルデアのアルターエゴ道満と立香と棒菓子のちょっとほのぼのした(?)リンぐだ♀
    お互いに好意を向け合ってるけど気付いてない絆8
    明日後編も上げられたらいいな。 →後編上げましたぞ!

    49【完成】「さあマスタァ、ここから一本取って下され」
     マイルームに戻るなり黒っぽい細棒を突き出され、藤丸立香は目を白黒させた。彼女の驚愕を愉しげに見守りながら、マイルームに待機していた蘆屋道満は唇をさらに引き上げて微笑みつつ宣う。
    「一本で十分ですぞ。昨今は二本取る流派もあると聞き及んでおりますが、拙僧一本取りのすたいるなれば!」
     何を言っているのか分からない。立香は口を開きかけ、疑問を放つ直前で止めた。
     アルターエゴ・蘆屋道満は酷くひねくれたサーヴァントだ。直接疑問をぶつけても、のらくらと躱されてしまう。彼とまともに問答するにはコツがあると立香は学習済みだった。
     道満の差し出す細棒に視線を落とす。
     一見黒いが茶褐色にも見える棒が数十本、長さは大体どれも同じ。持ち手がやたらと大きいので小さく見えるが、30cmは優に超えるだろう。装飾のないシンプルな形状は小学生時代、図工で使った竹ひごを思い起こさせた。道満はそれを扇形に広げるようにして持っている。
     ふと脳裏に閃くものがあり、立香は口を開いた。
     「これ、もしかして筮竹!?」
    「ンン、竹製ではありませぬが、ご明察ですな」
     道満が澄まし顔で頷く。彼との問答の第一関門を突破したと知り、立香は笑顔になった。

    ――勉強しておいて良かった!

     カルデアに召喚された数多の英霊たちは、政治に限らず各種技能の指導者だった者も少なくない。何人かはマスターのために特別講義を施してくれていて、特に現役のロード・エルメロイ二世は魔術体系の基本について彼女に丁寧に教授してくれている。最近は殷周時代の軍師・太公望や三国志時代の嚆矢となった道士・張角が召喚されたこともあり、東洋魔術の講義内容が重厚になりつつある。そして、その中には易占に関わる授業もあったのだ。

    ――五十本の筮竹を束ねて、その中から一本取って『根源』のシンボルにする。残りを天策と地策に分け、さらに地策から一本取って人策とし、天地人の卦を得る……だったよね。

     むかし、易辻占い師がジャラジャラと音を立てて細棒をすばやく広げたり取り分けたりしていたのはそういうことかと納得したものだ。
     とはいえ、教師陣の名を口にすると気難しいアルターエゴの機嫌が悪くなりそうなので、立香はそれ以上のコメントを呑み込んだ。
     代わりに尋ねる。
    「道満が占ってくれるの?」
     陰陽師はしたり顔で微笑む。
    「マスタァがお望みとあらば」
    「えへへ、本職の陰陽師が占ってくれるなんて嬉しいな」
     しかも相手は本人ではないにせよ、伝説の陰陽師・蘆屋道満から生まれ出た存在だ。

    ――考えてみれば滅茶苦茶ラッキーじゃない!?

     明日がどうなるかも分からない身の上、これは逃してはいけないチャンスだと立香は手を伸ばす。どれにしようか迷ったが、思い切って指先に触れた一本を引き抜いた。
    「はい、一本取ったよ」
     占者に渡そうと棒を差し出し、そのとたん違和感に気付く。
     細棒が離れない。まるで糊でくっつけたかのように貼り付いて動かないのだ。
     慌てて顔を上げると、アルターエゴがにんまりと三日月型に唇を持ち上げて哂っていた。
    「いけませんねぇマスタァ? 斯様に容易く拙僧のような悪性のサーヴァントを信用なさっては。ほうれ、引っかかってしまったではありませんか」

    ――しまった。

     何の殺気もなかったから油断してしまっていた。立香は唇を噛んで道満を見据える。相手は立香の顔を見下ろすように覗き込みながら漆黒の瞳で見つめ返している。澄んだ硝子のような光沢の瞳に焔色の髪が良く映える。
     視線を交わすうちに立香は奇妙な感覚に捉われた。違和感と言い換えてもいい。
     それが何であるのか少し考え、答えを相手の目の中に見つける。

    ――相変わらず殺気はない。呪いを仕込んで来るときはどこかに殺気の片鱗が浮かんでるのに、それがないってことは……?

    「道満、ちなみにこれ、どういう仕掛けなの? 別に悪い呪いじゃないんでしょ?」
     確認のために問うと、アルターエゴの瞳に喜悦の輝きが灯った。大正解というところか。
    「ンンンンンン、ご明察! 今日のマスタァは冴えていらっしゃる! ご指摘の通り、これなる術は御身を害することはありませぬ。ただ、条件を満たさねば外れぬというだけで」
    「害がないって言われると反論したくなるけど、まあいつものヤバい呪いに比べたら全然軽いってことだよね。それで、外すための条件っていうのは?」
    「食してくだされ」
     一瞬、何を言われたのか分からなかった。
    「しょく……?」
    「その口に含み歯で噛み砕く、そのままの意味ですが」
    「……食べろってことね」
    「はい」
     アルターエゴが特級の笑顔を向けて来るのに立香はため息を返した。
    「確認しておくけど」
    「毒、呪い、病、そのほか貴方の肉体と魂、精神、思考の一切に悪影響を与えることはありませぬ。唯の菓子でございまする」
     先回りしてきた。
     立香は再びため息をつく。目の前の男の目的が分からない。何がしたいのか、何を望んでいるのか、それとも意味なんてないのか。
     じっと細棒に視線を据える。特におかしな点は見当たらない。いや、この陰陽師が何かを本気で隠蔽しようと思ったら立香には到底見破れないが。

    ――まぁ、仕方ないな。

     アルターエゴ・蘆屋道満ははぐらかすような言葉は度々吐くが、誓ったことは律儀に守る。その彼が害はないと言っているのだから、本当なのだろう。

    ――もしかして、ただのプレゼントなのかもしれないし。

     凄まじく不味かったらやだなぁ等と思いつつ口に含んだ棒は、予想に反して香り高く、舌に触れるのは仄かな苦みと混じり合った甘さだった。
    「んん?」
     もぐもぐと咀嚼しながら目を丸くすると、ニヤニヤ笑いの道満と視線がかち合う。

    ――これココアじゃん!? チョココーティングじゃないからポッキーとはいえないけど……亜種ポッキー? 何で? これ、バレンタインのお返しとかそういうやつ?

     頭の中に疑問符が大量に浮かぶ。立香ちゃん、亜種特異点とポッキーを混ぜちゃだめだよと脳内ダ・ヴィンチが人差し指をぴんと伸ばして指摘してきたのを振り払う。

    ――いやいや、そんなことより食べきれるのこれ!?

     忙しく思考をめぐらせる間にも、着実に口を動かして食べ進めていくが、如何せん長い。長すぎる。こんな長さのポッキーは食べたことがない。
     もごもごと口内をいっぱいにして悪戦苦闘していると、つと道満が手を伸ばしてきた。
    「マスタァはご苦労されている様子ですねェ。でしたら、拙僧がお手伝いいたしましょう」
     彼は立香の手を取ると、術で指先に張り付いていたポッキーを軽々と取り外す。そして少し屈むと、顔を寄せて棒の先端を笹紅を引いた唇の隙間に差し入れる。吸い込まれるようにポッキーが白い歯の間に挟み込まれ、かりり、と微かな音が響く。彼が品よく菓子を噛み、咀嚼する感触が細棒の端を通じて立香の口元にも届く。その微かな、けれど生々しい振動は立香の背中にこそばゆい感覚を呼び起こした。
     驚きのあまり動きを止めていると、不意に彼の黒々とした目が立香を捉える。目線だけで早く食べろと催促されているのが分かった。
     要請されるままに、立香も再び口を動かしてココア味を喰らっていく。二つの振動が棒上で重なり合って奇妙な調和が生まれる中、立香は自分と彼がしていることを何と言うのか考えていた。

    ――ていうか、ポッキーゲームだよね、これ。

     ポッキーゲーム。いつの頃からか主に若い男女の集まる場で開催されるという不可思議な遊び。ポッキーの両端を口に含み、両方から食べ進んでいき、先に取り落とした方が負けになるという。
     立香はまじまじと相手を見つめた。この風変わりなアルターエゴはいつも他人を揶揄ってばかりいるが、本質は『悪』を刻印された名高い陰陽師だ。そんな彼が目の前にいて、一本の亜種ポッキーを自分と分け合っている状況そのものがいまいち理解できない。
     この行為には何か罠が潜んでいるのだろうか。まっさらな善意からの行動だとは思えないが、単純な悪意から出たものでもないのを直感的に理解し、立香はますます困惑した。

    ――道満、キミははいったい何を考えてるの?

     問いかけを含んだ強い視線で相手を見据えると、彼の涼やかな目元に笑いを含んだ皺が寄った。
     若草色を繊細なグラデーションで乗せた目元のメイクの丁寧さに感嘆し、彼の顔全体に視線をめぐらせたとき、ふと胸を衝かれたような衝撃があった。

    ――道満て……すごく、綺麗。

     美形だとは認識していた。ただ、普段は個性的な髪型や奇矯な振る舞いに気を取られ、あまりそれを意識することがなかった。しかし、こうして触れればすぐ届く距離で見つめ合っていると何だか別人のように思えて妙に意識してしまう。
     白く整った肌にはシミひとつなく、肌理の細かさは手触りの良い陶器を思わせた。平安時代の日本人としては規格外に鼻筋の通った高い鼻はどの角度から見ても完璧な形をしている。黒い瞳は底知れぬ深淵を湛えて立香の金茶色の髪を鏡のように映していた。その黒曜石を縁取る睫毛は長く、目元に憂いにも似た情感を落としている。瞬きする度に軽やかに揺れる睫毛を見ていると、平安時代とは何と恐ろしい時代だったのかと恐怖した。

    ――こんなに綺麗な人がいるなんて、平安時代怖い。

     カルデアには平安時代出身者が何人もいたし、全員が道満のように睫毛が長いわけではなかったが、至近距離で道満と見つめ合っていると、彼のことしか考えられなくなってくる。
     そこで立香は我に返った。

    ――ダメダメ! こんなところで気を呑まれて道満のペースに巻き込まれちゃダメだ! どこに罠があるか分からないんだから、ちゃんと見張ってなきゃ!

     相手の一挙手一投足に怪しいところがないかと目を凝らす。そうしていると棒菓子を食べ進む速度は次第にゆっくりになっていったが、対する道満は特に気にする様子もなく粛々と自分のタスクを消化していく。

    ――道満、何を考えてるの? 変な感じもしないし……いや、今の状況は十分変なんだけど、それでも一体、これは…

     彼の顔がますます近づいてくる。立香の視界全体が美しく涼やかな顔に覆い尽くされ、白と黒に塗り分けられた特徴的な髪の毛がさらりと額に触れ、その瞬間、繊細な柔らかい弾力の何かが唇に触れ、頬をさらりと呼気が撫でていったのを感じた。
     立香はそれまでにないほど目を丸くした。
     彼女の唇に触れるか触れないかの微かな接触を刻んで離れていったそれは、つまり…。
    「ちょ、ちょっと待って道満! いまの、今のまさか……!?」
     頭に血が上る。頬が熱い。たぶん顔が真っ赤になっているのだろう。反対に思考は真っ白だ。
     赤くなったり青くなったりの百面相を繰り広げている立香の顔を見て、道満は愉悦と嘲笑を含んだ表情で破顔した。
    「おやおやマスタァ、最後まで菓子を咥えて離さぬとは! 残念残念、これでは引き分けですな!」
     そしてからからと笑いながら、思考停止している立香を残して煙のようにマイルームを出て行った。
     我に返った立香が恥ずかしさと混乱の極致で枕を床に思いっきり投げつけたのは、その数分後のことである。



     その日の夜、アルターエゴ・蘆屋道満は自身に割り当てられた私室で式神作りに勤しんでいた。
     ヒトガタを模した和紙を切り抜き、自身の呪力を分け与えて自律行動を可能とする。顔料で描いた目はまだ閉ざされており、主が目覚めよと呼ぶのを待っていた。
     新しい式神に目を描き込もうと指を伸ばした道満は、指先が紅に染まっているのに気付き、おや、と首を傾げた。
    「ンンンン? はて、これは……」
     間近で検分してみれば、それは彼が日頃唇に注している笹紅であった。塗り重ねれば玉虫色の光沢を持ち、遠目には薄緑に見える笹紅は、水分を含んで溶かせば本来の紅色となる。
     道満は自分が無意識のうちに指先で唇を撫でさすっていたことに気付いた。日頃そんなことはしないのに、今宵にかぎって指を動かしてしまったのは、やはり昼間のアレが原因だろう。
     背筋を甘い刺激がひそやかに伝っていく。
    「驚いて、鳩のように目を丸くして、ええ、ええ、実に愛らしく間抜けな表情をなさって……」
     ポッキーゲームというものの存在を最初に学んできたのは誰だったか。現世の女子高生の生態を学ぶ鈴鹿御前だったか、頭にサブカルチャー知識を豊富に詰め込んだ刑部姫だったか。ともあれ、女子サーヴァントたちが話題をしているのを聞きつけ、道満はその奇妙な遊戯の知識を得た。
     莫迦莫迦しいと思う一方で、いつの時代も変わらぬ、とも思った。
     彼の生きた時代にも、農民たちは祭りの日に接吻やそれ以上のものを賭けて歌勝負や博打に興じていたものだ。

     ポッキーゲームをマスターに仕掛けてみたらどう反応するか。
     その思い付きは今朝がた降ってきた。思い立ったら速やかに実行する性質の道満は早速菓子を用意し、そしてマスターの私室で半ば罠にかけるようにして遊戯に巻き込んでみた。
    「ンンン……悪くない経験でしたなァ……」
     懸命に菓子を頬張る少女の目が自分に据えられ、警戒と困惑を宿した強い視線が己を灼いた瞬間を思い出すと背中に喜悦がはしる。
     懐かしい目だ。彼自身の霊基には刻まれていないが、記録として有している。
     カルデアに召喚されて以来、マスターは明るい目で彼を見ることが多かった。正面切って警戒の視線を向けられた経験はあまりにも少なく、その意味で遊戯とはいえ、相対して見つめ合えた時間は素晴らしいものだった。

    ――そして拙僧の行動に気をやり過ぎて、唇を明け渡してしまうとは、何とも間抜けですなァ! ンフフフ、万が一初めてだったとしたら、嗚呼、何ともたまりませぬ!

     昂った気分のままに機嫌よく式神作りに戻る道満の指先が再び己の唇に触れる。彼自身気付いてはいないが、そこに残る柔らかな少女の感触がもたらす酩酊感に、深く酔いしれていた。


    ◆◇◆


     翌日の夜のことだった。
     一日の業務を終えた立香は蘆屋道満の私室の扉を叩き、いくぶん驚いた様子で出迎えた彼に向かって指を突き付けた。
    「蘆屋道満、勝負の続きをしよう!」
     凛々しく宣言するが、返ってきたのは「はァ?」という気の抜けた声。
    「続きと言われましても、拙僧とマスターは勝負なぞしておりましたか?」
    「したでしょ! 昨日、その……ポッキーゲーム!」
     道満の表情が驚きから理解に向かって僅かに変化する。
    「ははぁ、なるほど。つまりマスタァはあれを勝負と捉えられたと」
    「そうだよ! 今日は負けないからね!」

     立香がなぜこんな行動に出たかと言えば、昨日からずっと道満の顔が目蓋の裏から離れず、気付けば指先で唇に触れてはそれに気付いて理由が分からず悶々とし、見かねた清少納言に詳細を伏せて事情を話したところ、「勝負は当たって砕けろ!」と励まされ、その勢いのままここへやって来た次第なのだが。

    ――我ながら、なんか恥ずかしいことになってる気がする!

     深く考えるととてつもない羞恥の沼に沈みそうな気がしたので、それ以上深く考えないことにした。そもそも、道満が変なことをしてきたから自分もおかしなことになっているのだ。道満が悪い。道満が全部悪い。
     頬を紅潮させて睨みつけて来る琥珀色の瞳を覗き込み、アルターエゴは僅かに考え込んだ様子だったが、すぐに唇を形のよい三日月型に持ち上げて笑みを貼り付けた。
    「なるほど、マスタァは拙僧とポッキーゲームの続きをご所望であると。ンンッ、よろしいでしょう。ならば、その勝負、受けて立ちましょうぞ!」
     言い放ち、大仰に差し出された手の中には昨日と同じ、筮竹を模した棒菓子。
     道満の正面で仁王立ちになり、立香は雄々しく宣言した。
    「口を離した方が負けだからね。さあ、勝負だ、蘆屋道満!」

     三分後。
    「何でこうなるのー!?」
     唇を手で押さえて立香が叫ぶ。真っ赤な顔、目尻には何故か涙まで滲んでいる。
    「ンンンン……両者共に食べきれば、まァ妥当な結果では?」
     対する道満は口調こそ揶揄う風だったが、表情にはいつもより余裕がない。
    「マスタァ……」
     道満が手を伸ばすと、それまで意味不明な呻きを上げていた立香は彼の指先から素早く逃れ、入口のところで捨て台詞を吐いた。
    「明日は絶対に勝つから! 覚えてろよー!」
     そして騒々しく退出した主の勢いに気圧され、道満は無意識に唇に手を当てた。そこには上書きされた唇の感触が温かく残っていた。

     また翌日。
    「あああ、また引き分け……」
    「双方勝ちを譲らぬのですから、まァ、そうなるでしょうなァ。いい加減諦めては?」
    「うるさい! また明日来る!」

     さらに翌日。
    「んむーっ!? ちょっと、頭掴まないで!」
    「いえいえ、拙僧、マスタァのために負けて差し上げようと思ったのです。本当ですよ?」
    「違うでしょ!? 道満、私の頭掴んで離さなかったじゃない!」
    「はい。負けて差し上げようと思いましたが、止めました。蘆屋道満の名を持つ者として、勝負での手抜きはいたしかねまする」
    「……うううう、もう、ばか!」

     七日目。
    「……ねぇ、どうして食べ終わった後、すぐ離れなかったの?」
    「はて、何故と問われても、そうですねぇ……特に考えがあったわけではないのですが。お嫌でしたか?」
    「ん、嫌じゃない、けど。何でかなって」
    「何故でしょうねぇ」

     八日目。
    「……何故、いつまでもじっと動かずにおられたのです?」
    「昨日、道満がそうだったじゃん? だから、どんな感じなのか確かめてみたかったの」
    「何か分かりましたか?」
    「うーん、あんまり」
    「では、止めますか?」
    「いや、いいよ。せっかくだし、もう少し確かめてみようよ」
    「はい。では、そのように」

     二十一日目。
    「……おや、久方ぶりですな、マスタァ。儂のことなぞ忘れてしもうたかと思っておりましたが」
    「皮肉はいいよ。キミも知ってるでしょ、レイシフトしたまま一週間帰れなかったんだ」
    「左様で。はい、まあ、存じておりまする。それで? このような夜更けに拙僧に何の御用でしょうか?」
     道満の言葉に立香はもじもじと視線を逸らす。灯明に照らされた頬は赤みを帯びて熱っぽかった。
    「その、勝負、まだ決着が付いてないからさ。どうかな?」
    「……では、七日分まとめて行いましょうか。ああ、心配めされるな。菓子は七本を圧縮して一本にしておきますので」
    「そ、そうなの。それじゃ……」
     いつものように二人して棒菓子を咥え、両側から食べ進める。どちらも取り落とすことはなく、自然に真ん中まで進み、二人の唇が軽く重なったところで素早く離れた。
     立香は拍子抜けした気分で顔を上げた。前回、道満は彼女の髪に指を差し入れ、撫でるようにしながら長いこと唇を触れ合わせていたものだった。それと比べると何て軽い接触だろう。
     彼の顔を覗き込むと、暗い双眸に謎めいた光が宿っているのに気付く。それは肉食獣の剣呑な視線に似ていて、立香は思わず腕で我が身を抱き締めた。
     道満、と呼ぼうと唇を開く一瞬前に彼は動いた。気付けば頬を大きな掌に包まれて、間近で互いを見つめている。
     彼の表情は静かだった。瞳だけが爛々と輝いて、耐えるような、抑えるような、初めて見る表情を浮かべていた。
    「道満……」
    「不足ですな」と道満が喉の奥で唸るように言う。「一週間分を一度でというのは、やはり無理がありました。申し訳ございませぬ、マイマスタァ」
     吸い込まれるような深い瞳、艶のある声。立香は夢見心地に引き込まれつつ言葉を返す。
    「そうだね、足りないから、もう少し続けて、道満」
    「お許しいただき光栄ですな。では……」
     再び彼の唇が立香のそれと重なる。今度はいくぶん強く押し付け合い、感触を確かめるように。
     離れて、重ねて、離れて。
     七回目には濡れた感触が唇を丹念になぞるのを感じた。舐められたのだと分かった。けれど、嫌悪感も拒否感も湧いてこない。身体の芯がほのかに熱を帯び、切ない甘さが背筋を貫く。

    ――ああ、私いま、道満とキスしてるんだ……

     今までは、ゲームに伴う軽い事故みたいなものだと言い訳して自分を騙せていた。でも、そのロジックはもう通用しない。
     熱が離れていく。小さく吐息が漏れる。
     寂しさを精一杯隠しながら、立香は深く思い知った。

    ――私、道満に恋してる。きっと、ずっとそうだったんだ……。

     翌日以降も勝負は続いたが、その内容は当初のものとは少し違って来ていた。
     筮竹風の棒菓子を咥えて二人で一本を食べ切る。それから自然な流れで二人は何度か唇を重ねた。道満は立香の唇に触れるのが好きらしく、指先でなぞったり舌で優しく突いたりと愛撫とでも呼べそうな行為を混ぜてきた。
     その全てを立香は受け容れたが、まだ、舌を絡める勇気はなかった。
     しびれを切らした道満が舌を半ば捻じ込むようにして立香を攻め立て、深いキスに至ったのは三十日目の夜だった。

     四十二日目は珍しく道満の方から立香のマイルームを訪ねて来た。彼は紫の布に包まれた桐の箱を取り出し、無言で彼女に捧げた。中には真っ二つになった髑髏が収められていた。
     これは何。誰の骨。どうして。何のために。
     質問にアルターエゴは沈黙と淡い微笑みで応えた。
     何故だか泣きたい気分になり、立香は道満の身体に腕を回した。そして彼が差し出した棒菓子を口に含み、二人で分け合った。
    ――信頼してくれたことが嬉しい。キミのすべてを理解出来ないことが哀しい。それ以上に、キミが愛おしい。
     想いを込めて、立香は道満の唇を優しく食む。深く、深く唇を重ねて、互いの境界を溶け合わせるような長いキスをした。
     薄目で見上げた彼の頬にさす紅色と、瞳の中で踊る熱を帯びた光に気付いた時、甘やかな多幸感が全身を包むのを感じた。

     四十九日目の夜、訪ねていくと羅刹王姿の道満が出迎えた。
    「部屋でその格好してるの珍しいね」
     何気なくコメントすると、彼は嫣然と微笑んで頭を下げる。
    「今宵が最後になりますので、相応しい装いで主を迎えようと思った次第にて」
     立香はぎくりとして尋ねる。
    「最後って、何が?」
    「最後は最後ですよ。分かっておりますでしょう? 何のために四十九本あったと思うのです?」
     混乱しつつも思考を巡らせ、立香は彼が好みそうな仕掛けに思い至る。
    「……四十九日の法要ってこと?」
    「ンンンンンン、然り! 死者がこの世を離れ、他界へ移る四十九日目、それを記念して四十九日餅を食す風習をご存知ですかな? まぁ、マスタァの時代には珍しくなったかも知れませぬが」
    「うん、餅は知らないかも」
    「時代の流れですかねェ。ンン、仕方なし」
     羅刹王の指先にすっかり見慣れた筮竹風の菓子が現れる。
    「儂は四十九日の間はひとつ事を続けるようにしておりまする。祈祷、儀式、等々。勿論、愛玩も例外ではありませぬ」
     彼は微笑む。菩薩のように穏やかな微笑み。それだけに底知れぬ恐ろしさを感じた。
    「さぁ、最後の一本を食しましょう。そして、このふざけた遊戯を終わりとしましょうや」

     道満の言葉のひとつひとつが砕けた硝子となって立香を切り刻んだ。
    ――道満、嫌だったんだ……
     そんなはずない、と思いたくても心が通っていたような感覚の全てが崩れ落ちていく。
     自信を失い、立香は少し俯く。泣いて縋り付きたい衝動に駆られたが、懸命に自身を律する。

    ――ダメ。道満に迷惑かけたくない。嫌われたくない。だから、泣いちゃダメ。これはゲーム。笑って終わりにするんだ。

     顔を上げて嘘つきの笑顔を浮かべようとして、気付く。
     道満の黒い目が自分をじっと見据えている。喰らい付きたいのを縛って抑えつけるような、切望の眼差し。
     驚愕に続いて歓喜が心の底で湧く。
     くしゃりと相好を崩し、立香は指摘した。
    「最後じゃないよ、道満。キミの持ってきたお菓子は筮竹をイメージしたんでしょ? 五十本あるって言ってたじゃない」
     道満の口元に悪辣な笑みが浮かぶ。獲物が罠にかかったのを確信すると同時に、純粋な喜びを抑えきれない表情で彼は告げる。
    「貴方は時々驚くほど鋭いですなァ。しかし、迂闊でもある。儂が何故、五十本目に触れなかったと思うのです? 四十九は彼岸と此岸を分かつための儀式。戻らねば、彼岸に取り込まれてしまう。せっかく戻れるようにお膳立てしておいたというのに、貴方はのこのこと魑魅魍魎の世界に首を突っ込もうとなさるのですな」
    「魑魅魍魎の世界に興味があるわけじゃないよ。道満、キミがいるところに私は一緒にいたい」
     羅刹王・蘆屋道満の表情が消えた。
    「正気ですか?」
    「うん」
    「本当に理解しておられるので? 拙僧と共に在るということは、冥婚にも似た、正者の道を外れた行いですぞ? ……何故笑っておられる?」
    「えへへ、嬉しくて。つまり、結婚するってことだよね」
     道満はため息をついた。長く、深く呪詛のような文言をぶちぶち呟きながら。
     やがて彼は立香の手を掴み、彼女を引き寄せた。漆黒の瞳と琥珀色の目が合う。
    「そうまで仰るのでしたら、貴方を喰らうて差し上げましょう。魂も肉体も、マスタァ……立香、貴方のすべてを儂のものに」
    「そのために来たんだよ、道満。でも、ちょっとだけ訂正するね。魂と運命は、世界が元通りになった後、ぜんぶ上げる。その代わり今は、心と……身体を、キミに上げる」
     手放そうとしているものの重大さに少しだけ恥じらって頬を赤らめれば、道満は盛大に唸った。
    「貴方は、どうして、こう……! ええい、そこまで言われては、留まる理由はありませぬな! 儂も覚悟を決めましょうぞ」

     道満が差し出した四十九本目の棒菓子を咥え、立香は目を細める。
     神聖な儀式のように二人は菓子を分かち合い、そのまま唇を重ね合う。
     甘いのは菓子の味か、それとも互いの吐息だろうか。
     蕩けるようなキスを重ね、もつれるように寝台に倒れ込む。
     生者と死者。生きる世界を越えて二人の鼓動が溶け合い、ひとつになっていく。

    ――ここが地獄の底だとしたら、なんて幸せな場所だろう……

     痺れるような幸福感に立香は涙した。


     彼の腕に抱かれて微睡んでいると、歌うような声が語りかけて来た。
    「……五十本目は現世では食しませぬ。いつか、立香が本当に地獄に堕ちてきた時に、共に食しましょうぞ……」
     うん、と夢見心地で立香は頷く。
    「約束だよ、地獄でも必ず、一緒に……」


    おしまい。


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    NWarabee

    DONE辺獄にも星は輝く1開催おめでとうございます!
    カルデアのアルターエゴ道満と立香と棒菓子のちょっとほのぼのした(?)リンぐだ♀
    お互いに好意を向け合ってるけど気付いてない絆8
    明日後編も上げられたらいいな。 →後編上げましたぞ!
    49【完成】「さあマスタァ、ここから一本取って下され」
     マイルームに戻るなり黒っぽい細棒を突き出され、藤丸立香は目を白黒させた。彼女の驚愕を愉しげに見守りながら、マイルームに待機していた蘆屋道満は唇をさらに引き上げて微笑みつつ宣う。
    「一本で十分ですぞ。昨今は二本取る流派もあると聞き及んでおりますが、拙僧一本取りのすたいるなれば!」
     何を言っているのか分からない。立香は口を開きかけ、疑問を放つ直前で止めた。
     アルターエゴ・蘆屋道満は酷くひねくれたサーヴァントだ。直接疑問をぶつけても、のらくらと躱されてしまう。彼とまともに問答するにはコツがあると立香は学習済みだった。
     道満の差し出す細棒に視線を落とす。
     一見黒いが茶褐色にも見える棒が数十本、長さは大体どれも同じ。持ち手がやたらと大きいので小さく見えるが、30cmは優に超えるだろう。装飾のないシンプルな形状は小学生時代、図工で使った竹ひごを思い起こさせた。道満はそれを扇形に広げるようにして持っている。
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