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    A_wa_K

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    A_wa_K

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    出逢ってくれてありがとう。

    春よ、 ミマンの体躯の色は、赤。
     崩れた建造物と砂塵の中で目立つ色であるが、彼ら/彼女らは隙間や死角に隠れている事が多い。チロンヌプに『案内料』を払った後、そこは通ったことがあるとナホビノが悔しがった回数は既に二桁に到着していた。
     ――故に。
     ナホビノの瞳が無意識の内に赤色を追うようになってしまったことは、致し方ないのである。
     この時もそうであった。
    「全然違った」
     ナホビノが目に留め、砂埃を巻き上げながら停止したのは崩れたマンションの直ぐ横。
     確かに赤色を見たのだと、露出した鉄筋を足場に数回跳ねたナホビノの目前に現れた赤色は、ナホビノの手の中に納まっている。
     赤色の表紙。厚さのある本であった。
    『大学の名前が記載されているようだ』
    「うん、そうだよ。大学試験に向けた参考書……みたいなやつかな」
     ナホビノには見覚えのある装丁である。
     参考書を買いに行けば必ず目に入るし、進路相談の際には教師の背後に陳列されていた赤色の本。高校の三年生になったものの、進路を決めていない少年が未だに真剣に手に持ったことのない本だ。
     表紙に記載されている西暦は約18年前。ここは学校などの教育機関ではないマンションの一室だ。この本が落ちているということは、悪魔が持ち運んだのではない限り、自分と同い年の『誰か』がここに生きていたのだろうとナホビノは察する。
     ふと、そんなことを考えながらナホビノは輝く指先でそっと、本を開く。所々に付箋が貼られていた形跡が認められた。マーカーで染められている問題も幾つか目につく。
    「進学、かぁ」
     ぱたんと本を閉じ、ナホビノはゆっくりと本を元の場所に戻す。なんとなく、ギュスターブの元に持参する気にはなれなかったのである。
    『少年。確か、君は高等学校の三年生だったな』
     ぎくり、とナホビノの肩が小さく揺れる。
     繰り返すが、少年は進路に思いを馳せたことも、真剣に考えたことも未だにない。
     体育の実技は些か――否、相当問題はあるものの、他の勉学は学年内でも上位に数えられる方であった。縄印学園の大学部に推薦で行くことも可能だと、教師からは太鼓判を押されている。
    『どんな未来を見ていたのだろうか』
     ぽつりと。ナホビノには、アオガミのその言葉は『ぽつりと』呟かれたように聞こえた。アオガミもきっと、あの赤色の本の持ち主のことを考えているのだろうと。
    「アオガミ」
    『何かあったか、少年?』
    「俺……」
     ――未来のことなど、考えたことはなかった。
     思ったことをそのまま口に出そうとして、飲み込む。対象は自分達ではないものの、未来に視線を向けているアオガミに伝えるべき言葉ではない。ナホビノは、少年は、そう思ったのである。
    「勉強、しなきゃなぁ」
     勉学だけではない。自分が歩む先で、自分が選び取れる道は何があるのかを知る必要があると。
    『少年、君は成績に悩みがあるのか?』
    「あるといえばある」
    『私に協力できることがあるならば、何でも言ってくれ』
    「本当?アオガミが家庭教師になってくれるなら、俺、凄く成績のびちゃいそう」
     青く輝く髪を揺蕩わせながら、ナホビノは軽い身のこなしでマンションから飛び降りる。
    「アオガミ、俺の卒業式に来て欲しいな」
    『私が?そのような祝いの式に、私が足を運んで良いのだろうか』
    「良いに決まってるよ。それで、一緒に写真を撮ろう。良い思い出になる」
    『そうか』
    「うん」
    『……そうか』
     ――楽しみだ。
     約10カ月後の未来に向けて、アオガミが向けてくれた言葉。
     時間は止まることなく、流れ続け、次の春もからなずやってくる。
     ナホビノとなってダアトを駆け抜けるまで、目先にあっても考えたことがなかった未来。いつか来るその日に目を向けて、ナホビノも口元に笑みを浮かべるのであった。
    「俺も、楽しみだよ」
     アオガミに出逢うまで知らなかった幸せを噛み締めながら。
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