願い ――悪魔召喚プログラムは使用者を幽世へと近づける。
それは、アオガミが所持する情報の一つであった。
神たるナホビノであれば不要な技術。人間である少年にとっては、必要な技術。己にとって唯一の半身が生き残る為に、必要な手段。
正しくは、手段の一つであるが。
少年は契約を結んだ仲魔達を好いており、東京で余暇を過ごす際に彼らを呼び出すことが多々あった。出会ってしばらくの間、悪魔召喚プログラムの弊害を知りながらも「彼の望みならば」と見逃してきたアオガミであったが、ここ最近は様子が変わっていた。
(大丈夫だ。少年は、人間だ)
数度、ナホビノとして刃を交えた八雲の黄金に染まった双眸。それに対して、ジャックフロストと戯れる少年の瞳の色は緑灰色。己の姿を楽しそうに見つめるメフィストフェレスの視界に映りこまぬように、聞こえないように努めつつ、アオガミは小さく息を吐くのであった。
「――あっ」
そんな日々の中の或る日。
朝食の前に顔を洗おうと手洗い場へと向かった少年。そちらから聞こえてきた、彼の息を呑む声。
瞬間、アオガミは己の息が、心臓が止まったように感じた。己は神造魔人であるというのに。
「少年!」
無意識の内に叫び、アオガミは狭い室内を掛けた。
僅か数歩の距離が酷く遠くに感じる。アオガミが少年の元へとたどり着くと、彼は鏡に向かい合っていた。少年の後頭部が鏡面に映る彼の顔をも隠してあり、アオガミは半身の瞳の色を把握することが出来ない。
「アオガミ……」
不安に揺れる、少年の声。
ゆっくりと振り返った少年の、瞳の色は――。
「腫物が出来た」
前髪で隠れているから他人には見えないけど、と片手で前髪をかきあげている少年の姿。目じりが下がったその双眸の色は、緑灰色。
「こういうの、潰したくなっちゃうんだよね」
もう片方の手で、額に出来てしまったニキビに触れようとする少年。
「少年」
そんな彼の片手を静止し、アオガミは冷静にアドバイスを述べるのであった。
「潰すと痕が残る可能性がある。違和感を感じて辛いかもしれないが、耐えてくれ」
「勿論」
アオガミを見上げる少年の双眸が柔らかさを取り戻す。
黄金の双眸には少年の姿が、緑灰色の双眸にはアオガミの姿が映し出される。
いつもと変わらぬ、彼らが過ごす日々の色。
――ああ、どうか。
祈る先などないというのに、アオガミは≪祈って≫しまうのであった。
少年の色が、己の黄金に冒されることがないように、と。