約束の朝「海とは、青いのだな」
朝日が差し込むアーマンの宿の一室にて、ぽつりとアオガミが呟いた。
龍脈での移動の最中に迷い込んだ異世界にて、ナホビノがふたりとなる機会は非常に少なかった。
『君に何かがあってはならない。故に、合一を解くならば、第三者が居ない場所を推奨する』
少年の身を案じるアオガミからの提案であり、願いである。
ふたりになる時間が短いのはやはり不満であるが、少年は大人しくアオガミの言葉を受け入れた。そして、今がその僅かな機会である。
「うん、凄く青い」
東京は海が近い都市ではある。しかし、少年が東京の海を目的に足を運んだ事はない。人間界ではモノレールの窓越しに眺める程度で、寧ろダアトの赤黒く蠢く海の方が見慣れた光景となっていた。
「東京の海とは全然違う」
色鮮やかな花と青々とした木々、色彩に満ち溢れた海の都。
東京ともダアトとも全く異なる景色を見下ろしながら、少年はやはりと納得してしまうのだ。ここは、自分達が生き続ける場所ではないのだと。
「アオガミ」
半身の名を呼び、少年は黄金の双眸を見上げる。
「東京に戻ったら、一緒に海に行こう。ここの海みたいに、心惹かれる景色じゃないかもしれないけど……」
アオガミをがっかりさせたらどうしよう、とだんだんと小さくなっていく少年の声音。
「少年」
己の半身の不安を察したのか、アオガミははっきりと少年の名を呼んだ。
黄金の双眸に映るのは美しい街並みでも、青々とした海原でもない。
「君と一緒に見るのが楽しみだ」
アオガミだけを映している緑灰色の瞳を持つ、唯一の半身だ。
「……うん」
約束だよ、と少年はアオガミに手を伸ばす。同時に、アオガミの手も少年の手へと触れ――。
「ナホビノ!起きてる~?」
ノックの音と同時に、扉の向こうから聞こえてくる『仲間』の声。
「起きてるよ」
直ぐ行くと言葉を続けるナホビノは、朝日を浴びて輝く青色の髪を揺らしながら、扉へと手を掛けるのであった。
今日も一日、世界樹の迷宮を巡る冒険が始まるのだから。