殻いりたまご「──乃乃佳ちゃん!!」
キッチンから旦那様の叫び声が聞こえて、私はスリッパの左右を履き間違え足を縺れさせながら駆けつけた。
「どうしたの史郎、また牛乳が爆発した?」
「ホットミルクは突沸して以来レンジが怖いからやってないよ……! そうじゃなくて、見て、ほら」
片手で突き出されたのは、プラスチックの小さいボウル。勢いで中身が溢れそうになる。手前側を素早く持ち上げて、惨事を阻止した。実に危なっかしい。子供を見ている時よりも不安かもしれない……。
私の心配をよそにきらきらと目を輝かせる彼は、感慨深く拳を握った。
「僕、やっと──卵、割れました!!」
生卵は、傷ひとつなく──そして殻ひとつなく──ボウルの中に佇んでいる。
卵を割ればこうなるのが普通、けれどこの卵を割ったのは史郎だ。卵を握らせたが最後、そのまま握り潰したのかと聞きたくなるほど凄惨でご無体な生卵らしき物体が出てくる史郎だ。
「す、すごいよ史郎……! 正直一生かけても無理だと思ってた」
「僕もそう思ってました!! この世全ての雌鶏と養鶏農家の皆様に呪われて死ぬんだろうなと……」
犠牲になっていった卵たちのことを思うとフォローできない。
とにかく割れるようになったんです見ててください、と捲し立てられる。
「角でひびを入れようとするから駄目だったんです、平たいところで叩いたら、変に割れずにちゃんと──あっ」
ボウルに殻が降って、私は顔を覆った。
「……調子に乗るなってことですね……」
結局、綺麗に卵を割れるようになったのはおおよそ二割くらいの確率だったけれど、史郎にとっては立派な進歩だ。