日曜日が、嫌いだった。
「サボらずに教会へ礼拝に来なさい」と幼馴染に叱られるのだ。
昔から僕は怠惰だったけれど、今となってはもう、一歩たりとも足を踏み出せない。ずっと引きこもっている。絶対に行きたくない。
神の顔なんて見たくない。僕は毛布を被り、朝日に背を向けた。
「ちょっとシーラ? いつまで臥せってるの、シーラも教会に来てってば──」
幼馴染の声が聞こえる。彼女の信仰心は、僕とは雲泥の差。敬虔で、利他的で、真摯。
「……ほっといて」
「シーラ、」
「僕に関わらないで。……礼拝には行かない」
「……天使が見えるから?」
「最低最悪の天使がね」
「なっ……なんて酷いこと言うの! 神の御下に跪いて懺悔しなさい!!」
「僕は君が何と言おうと行かない。君の顔も見たくない!」
耳を塞いだ。目を閉じた。されど幼馴染の声はずっと頭に響いてくる。
「『何と言おうと行かない』? そんなわけない、私が予言してあげる。“本日、教会で出火します”」
「──は?」
『──天使が見える』
幼馴染が、崇められている。
「やっと来た。もう、これからは絶対毎週来てよね?」
* * * *
日曜日が、嫌いだった。
「んー……色が良すぎる。これは薬効薄いな……」
眠気覚ましのレモングラスティーを飲みつつ、魔女の大釜をかき混ぜる。
中でぐつぐつ煮え滾る薬の色は、透き通るような青。これではいけない。
釜で煮ている間は、もっとぐちゃぐちゃな──素人が何色も混ぜて汚くなった絵の具みたいな色が、相応しい色だ。
「……捨てるか……」
「おい」
「ひっ……!?」
「休め馬鹿」
「放して馬鹿!!」
風邪で熱が上がっている時のような気怠さに包まれて、わたしは呆然とベッドに横たわっている。さっきまでのことの、脳の処理が追いつかない。
* * * *
日曜日が、嫌いだった。
隔週恒例の昼下がりの茶会。まだ大して時間も経っていないのに、手にした紅茶はとっくの間に空だ。利き手は無意識に剣鞘を探している。
向かいに座るツインテールの令嬢はパチン、と扇を閉じた。
「貴方、誠実に育ち過ぎですの。リップサービスの一つや二つ、身につけなさい」
「……すまない」
「貴方に謝られる筋合いはありませんの」
愛想笑いが下手な自覚はある。
社交界において、素直さは美徳ではない。厭だ、と思えばすぐ顔に出るのは致命的な欠点だ。
呑み込んで砂糖をまぶすのが、相応しい振る舞いだが。
──甘い言葉なぞ囁けない。
剣を握る手、戦場を駆ける足、団員を奮起させるための喉。零れる笑みは狂気的とまで言われる始末。
──檄は飛ばせるが、嘘は吐けない。
嗚呼、失踪してしまいたい。奸計と謀略の世界に、実直を誇る騎士の居場所はない。
──だのに、家は放っちゃくれない。
剣を振るから、という言い訳も封じられる日曜は憂鬱だ。眼前の彼女に恨みはないが、毎度毎度嫌気が差してくる。
そして──茶会の度に代わる代わる繰り出される令嬢には、涼しい顔で息継ぎをするように皮肉をぶつける女や露骨に距離を詰めて色仕掛けを行う女もいる。次第に、女に近づくのが恐ろしくなった。
「そんなに見合いがお嫌なら、さっさと適当なフィアンセか既成事実を作ればどうですの?」
「それが出来れば困っていない」
「どなたかいらっしゃいませんの? 二つ返事で婚約も背約もしてくださるようなお方」
居るわけがない。
「あ、わたくしはお断りですの」
さもありなん。ひらひらと手を振り、令嬢は
「……あの子はどうですの?」
「は? あの子?」
「細身の女性騎士ですの。ルトストレーム家の養子の……」
「……ヴィオラ・ルトストレームか?」
「ですの」
* * * *
──日曜日が、嫌いだった。
「王女様、」
お行儀良く座って、微笑んで。
王女として振る舞ってさえいればいい。
そこに“少女”は要らないのです。
花顔雪膚、沈魚落雁、星の煌めきを持つ瞳。高い位置で結ばれた黒耀の髪は滝のように流れ落ちます。彼女はまさに、王女と呼ぶに相応しい容貌でした。
もちろん、見目麗しいだけではありません。書庫の蔵書は全て読破したという博学さに加え、品行方正で城の者にいつも微笑んでいます。非の打ち所のない王女です。
「お飲み物をどうぞ、姫」
「ありがとうございます」
何食わぬ顔でカクテルグラスを握らせてくる髭面に微笑みを浮かべながら、故意に手を滑らせます。
──わたしは未成年だと知っている癖に。
淡色のドレスは柑橘色のカクテルで染まり、辺りはアルコールの匂いで噎せ返りました。