【ヴェラン】Betrunkene Vorschläge.「ランちゃん〜! ランスロットさん〜! 結婚しよ〜!」
酒気を帯びたヴェインが俺を羽交い締めにして、大きな声で言う。悔しいが、俺の倍はある腕を回されると、もう俺の力では外せない。
明日はふたり揃って休みだから、ヴェインが酔っても問題ない。ここは俺の家で、他に誰もいないから、醜態を晒しても目撃するのは俺だけだ。
それに俺は飲まないから……こほん、ちょっとアルコールの分解が苦手なだけで、弱いとかではないぞ。まあともかく、騎士団の方で何か問題があっても、俺が素面でいれば、対処できるしな。
ヴェインには好きなだけアルコールを摂取して欲しいと思っている。心に溜まったアレコレを、適度に発散するのは大事だからな。
しかし、ヴェインはアルコールの力を借りて、仕事の愚痴を言うでも、下ネタを言うでもなく、俺にプロポーズの言葉を告げてくる。
それが発散なのか?
通算二十五回目だ。前回は一ヶ月前だった。
プロポーズを受け、俺はいつもと同じ返事をする。
「結婚したらなにをするんだ?」
ヴェインは俺から腕を離すと、指を一本ずつ立てて、カウントをしていった。
その仕草が、ちょっと子供っぽくて、可愛いんだよな。昔と全然変わらない。
「えっと、ランちゃんに毎日ご飯を作って、お弁当も作って、部屋の掃除に洗濯、ランちゃんがお風呂の後、髪の毛も乾かすし、疲れて帰ってきたらマッサージもします!」
何故か両手のひらがパーになっていて、笑ってしまうんだ。あと四個はなんだったんだ? 毎回省略されている。
「うん、それ、結婚しなくてもやってるよな、ヴェイン」
「ええ〜? ご飯作って〜、弁当も……、わはは、そっかあ〜? やってるなあ?」
流石に毎日作って貰っているわけではないが、ヴェインは時間があれば飯を作ってくれるし、弁当も差し入れてくれるし、部屋の掃除や洗濯も手伝ってくれるし、髪を拭いてくれる夜も、マッサージをしてくれる夜もある。
昨日作ってくれたふわふわのオムライスも絶品だったよな〜。
ヴェインの作ってくれるものは、なんでも美味しくて、俺の顔には満面の笑みが浮かんでいると思う。
俺が笑っていると、ヴェインも笑うから、俺はなるべく笑顔でいたい。
そもそも、ヴェインの「結婚したらやりたいこと」が、今挙げたものだとしたら、お前にはなんの利点もないじゃないか。
一生、俺の召使いのように過ごすつもりか?
そう伝えると、アルコールで頬を赤く染めたヴェインが、キョトンとして首を傾げた。
「利点? ランちゃんと結婚したら、俺が幸せになるだろ?」
「? そうなのか?」
「そりゃあ、そうさ〜! だって、大切な人と、ずっと一緒にいられるんだもん〜!」
「別に結婚しなくても、俺はヴェインの傍にずっといるけどな?」
幼馴染みで親友の俺たち。ヴェインが生まれた時から傍にいて、離れたことなどないのに。もうずっと、家族のように過ごしてきた。
ヴェインの望んでいることは、結婚なんてしなくても叶えられるだろう。
「でもでも、家族じゃないもん!」
「え? ……家族じゃ、ない?」
意外だった。ヴェインがそんなこと言うなんて。
俺の両親は、ヴェインを「息子」と呼ぶし、ヴェインだって俺の実家へ戻った時には、「ただいま」と言うのに。
ヴェインは、俺を家族だと思ってないのか。
俺は今までヴェインを弟のように可愛がって――弟がいないから、本来はどんな風に可愛がるのか分からないけど、可愛がってるつもりなのに。
「家族じゃねえよ! 俺はランちゃんの弟じゃないし、ランちゃんは俺の兄貴じゃ、ねえから!」
「そ……、そりゃ、そうだけど……」
そんなに強く否定しなくてもいいだろ。
「そりゃー、ランちゃんは、カッコよくて〜、兄貴みたいに頼り甲斐あるし、優しくて、包んでくれるけど……」
今まで、兄の気分で接する時もあったけど、もしかして不満に思っていたのか?
ヴェインに不愉快な思いをさせてたのか? と、心配になったけど。
「兄弟は結婚出来ねえから!」
「男同士も出来ないからな」
思わず強い口調でつっこんでしまった。
まさか、俺と結婚したいから、兄弟はイヤだって言うのか? 家族じゃないっていうのは、『結婚して』家族になりたいからか。
だが、俺の世話をする為だけに結婚するなんて、それで本当にヴェインは幸せなのか?
……ヴェインなら「うん」って言うんだろうけど。
「ちがうの〜」
小さな泣きそうな声を出して、ヴェインが再び俺に抱きついてきた。フワッとアルコールの匂いがして、それだけで俺は酔いそうだ。
「ちがうの、ランちゃんを俺だけのものにしたいの」
「お前のものに?」
「誰にもあげたくないの。俺がランちゃんを幸せにしたいの」
ヴェインが俺を幸せにしたいって言うなら、それも、もうとっくに叶えられてる願いだけどな?
ヴェインが傍にいる人生で、俺がどれだけ幸せを貰ってると思ってるんだ?
ヴェインが隣の家に生まれて来てくれたこと。
それが、俺の幸福の始まりだと思う。
ヴェインがいない人生を、俺は考えられない。
「それに……」
「それに?」
「ランちゃんをいっぱい抱きしめて、キスもいっぱいしたいって、思うから……」
「今も抱きしめてるだろ」
酔ったヴェインは、いつだって俺を抱きしめる。酔ってなくても、抱きしめられる時もあるぞ? もしかして、スキンシップが激しいという自覚がないのか?
「キスは……、まあ、確かにしてないけど」
唇に、は。挨拶や慰める時に、頬やオデコへキスをする時はある。
「うん、ランちゃんがしてもいいなら、する」
「あー、こらこら!」
顔を傾けたヴェインが近づいて来て、慌てて手のひらで口元を覆った。湿った柔らかい感触を、手のひらで受け止める。俺たちの唇の間には、俺の手のひらがあるだけだ。鼻の頭が触れ合ってるぞ。
距離が近い!
「ふぉらあ、けっこんしらいと、チューできらい〜」
酔いのせいか、口を塞がれているせいか、両方か、ヴェインがモゴモゴと訴えてきた。
「違うだろ。結婚しなくてもキスは出来るだろ」
「じゃあ、しよ?」
「あのな、それ以前の問題だ。お前はいつも言い忘れてる」
「なにお〜……」
言い掛けたヴェインの口がゆっくりと閉じていく。瞼もとろりと下がっていった。酔っ払いが睡魔に攫われていく様子を眺めてしまう。
意識を手放したヴェインの身体を、両腕でしっかり受け止めた。酒を飲んだ身体は、普段より体温が高い。子供の頃の体温みたいで、懐かしい気持ちになった。
ヴェインは完全に寝入って、ズルズルと体重を預けてくる。
「重いなあ……」
それは愛しい重たさで、厚みのあるヴェインの身体を抱きしめた。
ヴェインが小さな時から知っている。
季節がまわるたびに、大きくなって、抱えきれないほど逞しくなった。傍でずっと見てきた。
抱えきれなくなるほど大きくなったのは、何もヴェインの身体だけじゃない。
約束がなくたって、俺はずっと一緒にいるつもりだけど、ヴェインは約束が欲しいのか?
「ランちゃん、ランスロットさん、俺と結婚して!」
翌朝、目覚めたヴェインが俺を抱きしめたまま、そう言った。夢かと思ったけど、空耳でも、寝言でもなく、ヴェインが俺に向かって言ったらしい。
これは、抱きしめてると言うのだろうか。
昨夜は、眠ってしまったヴェインの重い身体を抱えたまま、俺もその場で眠ってしまった。ヴェインを抱えて移動するのは重すぎるから、だいたいいつもその場で眠る。
目覚めたのはソファーの上で――正確には、ソファーに仰向けになったヴェインの上だった。
俺がヴェインを抱えていた時は、俺が下だったはずだ。いつの間に入れ替わったのか。一度目覚めたヴェインが、自分の重さを気にして入れ替わったのだろう。
伝わる体温と、柔らかな筋肉を感じつつ、間近にあったヴェインの顔を眺めていた。
起きている時はくるくる表情が変わって、時には大袈裟にも見えるけど、黙ってれば端正な顔だよな。つい忘れるけど。
男らしい輪郭を指でなぞっていると、不意に瞳が開かれて、エメラルドグリーンに真っ直ぐ見つめられた。
俺が触れたから、目が覚めてしまったのか。よく眠っていると思って、つい触れてしまった。
「……よく、眠れたか?」
囁くような小声しか出なかったけれど、そう聞いてみると、俺の腰に回されている腕に力が篭った。
これ、抱きしめられてるよな?
酔ってないヴェインに?
そう思っていたら、プロポーズをされたんだ。語尾に力が入っている。
数時間前に聞いたのとは、口調が違ってちょっとドキっとしたぞ?
目は覚めても、きっとまだ酔いが覚めていないのだろう。そんなに深酒だったか?
二度もプロポーズをするほどに。
「……俺と、結婚したらなにをするんだ?」
酔ったヴェインに返す言葉を、また口にする。通算二十六回目が来るのは早かったなあ。
「ランちゃんと結婚したら、俺がランちゃんにしたいこと全部する」
いつもと違う返答だ。
指折り数えないのか?
「……? それは料理とか……」
「それもする」
省略されたが、いつも言ってることはするんだな。料理、弁当、掃除、洗濯……。
「それから、ランちゃんに毎日愛してるって伝えて、キスとエッチなこともいっぱいして、一緒に眠って」
「……っ」
ヴェイン、酔いは覚めてるのか。
ヴェインの指が三本立てられた。
「結婚したらやりたいこと」を数え終えた時、ヴェインの指はいつも十本になっていた。
口にしたのは六個の願いで、口にしない願いが四個あったんだ。
やっと、言葉にしている。
そして四本目の指が上がる。
「寿命が尽きたら、同じ場所で眠るんだ」
俺は目を見開いた。
――ヴェイン。
「だから、俺と結婚してください!」
「――ははっ、それは、うん。結婚しないと出来ないな?」
思いっきり、俺もヴェインを抱きしめた。
ヴェインが飲み込んでいた残りの願いは、酔いが覚めてから告げられて。
俺は、やはりヴェインに満面の笑顔にしてもらってるんだ。わかるよ。
だって、ヴェインが笑顔になってるから。
「ランちゃん、愛してる。生涯、俺と一緒に、幸せに暮らしてください!」
「もちろんだ……!」
当然、俺もヴェインを幸せにするからな!
聞きたかった言葉を、抱擁と共にプロポーズ二十六回目で手に入れたんだ。