お付き合い初日「ランちゃん、好きです」
「ああ、俺も好きだぞ」
「その、俺と付き合ってください!」
「うん」
頷いて、いつもと同じ零れるような笑顔を見せてくれたから、その瞬間から俺はランちゃんと恋人同士になったんだ。
――と、思ったけど。
「ヴェイン、皿出しておくぞ」
そう言って大皿をテーブルの上に置いてくれたランちゃんは、全くいつも通りの顔をしている。いつも通り、綺麗で可愛くて、カッコいい。
鼻歌を歌いながら、洗っておいたレタスを大皿の上に敷き詰めてくれた。
幼馴染みのランちゃんとは、色々都合がいいだろうと合意して、数年前から同居をしている。
休みの日は朝から一緒にキッチンに立って、こうやって朝食の準備をするんだ。休日の午前中はふたりで家のことをやろうって決めている。朝食後は、シーツや毛布の洗濯、家中の窓拭き。
元々好きな家事をランちゃんと一緒に出来る休日は、俺が何より大切に思っている時間だ。
――今日からは、「幼馴染みと同居」じゃなくて「恋人と同棲」って雰囲気になるのかなあって思ってもいたけど。
「ありがと、ランちゃん!」
「んー! 今日もいい匂いだな!」
「こらあ、摘み食いはダメだって!」
「ふふっ、味見だって」
ランちゃんは爪の形まで綺麗な指で、大皿へ移した唐揚げを摘んで口に放りこむ。いつも通りのやり取り。
「ウマい!」
俺の料理を幸せそうに味わっている。これもいつも通り。
いつも通り過ぎて、びっくりだ。
今日の予定もいつも通り午前中は家中の掃除。その後、一緒に庭で鍛練をする。
午後からは「新作が入荷したから行きたい」と言っていたので、ランちゃん馴染みの武器屋へ行く予定。きっと帰りは本屋に寄るだろ〜。
途中、オープンしたばかりのカフェで休憩をしたいな。タルトケーキが滅茶苦茶ウマいって評判なんだ。きっとランちゃんは気に入るし!
……今日って、いわゆる「お付き合い初日」ってヤツだと思うんだけど……。
昨夜、夕飯後の寛ぎタイムに告白して。
ランちゃんが快諾してくれたから、幼馴染みから恋人へ昇格した筈なんだけど、少しも普段と変わらない。
休日の朝のランちゃんは寝坊助だ。普段は早起きで朝からキビキビ鍛練してるけど、休みの日は俺が起こしに行くまで寝てると決めているらしい。
だから俺はランちゃんの疲労具合で起こしに行く時間を変えている。
今朝は普段の起床時間より十分遅くした。
「寒い」と言って毛布に包まるランちゃんを毛布ごとリビングへ運んだら、「こらっ!」と言っていたけど、「お前は早起きしたんだな」と暖まってる部屋に満足げな顔をして、それからおはようのキスをした。
それもいつも通り。
恋人になったからって、おはようのキスが濃厚になったりしないのか〜。
俺はランちゃんが初めての恋人になるから、よくわかんねえけど……、ほら、おはようのキスを何度もしているうちに……とか……。
いやいや、朝から妄想が過ぎるぜ、俺。
とにかく、あんまりにも普段と変わらないので思わず聞いてしまった。
「ランちゃん」
「どうした、神妙な顔をして」
「俺たち、恋人になった? 今日、『お付き合い初日』?」
ふたつ目の唐揚げを摘み食いしようとしていたランちゃんの手が止まる。
碧い瞳を大きくして俺を見ているランちゃんは、探るようにのぞき込んできた。ヤメテ、可愛いから!
元々、ランちゃんの顔は可愛いのに、のぞき込まれると上目遣いになって、しかも距離が近くて、ドキドキしちまう!
恋人なら、このタイミングでキスしてもいいのかなあ。
ランちゃん、可愛いなあって瞬間に「キスしたい!」って思うけど、今まではグッと手のひらを握って耐えていた。
今もまだ耐えないと駄目なんだろうか?
だってあまりにも普段と同じで、もしかしてランちゃん、俺の「好き」を「幼馴染みとしての好意」と捉えた?
「付き合って」って、今日、俺の行きたい場所へ「付き合う」ってさ。
……あり得る。ランちゃんなら、あり得る。
人から向けられる恋愛感情に疎いランちゃんだもん。俺の想いも、告白も、恋愛だと思ってねえのかも。
だからこんなにも「いつも通り」なのか?
「なるほど、いつもと俺の態度が変わらなくて、『もっと恋人らしくしたい』と思ってるんだな?」
俺をのぞき込んでいたランちゃんは、俺の考えを読取ってそう納得すると、ひとつ頷いてから唐揚げの摘み食いを続けた。
「ランちゃん……?」
あれ? ちゃんと「恋人になった」って思ってくれてた? それなのに、普段と全く態度が変らないの
俺は朝から浮かれて早起きしたり、抱き上げる腕に力が入ったり、おはようのキスが長くなったりしてるのに
「実はさ、ヴェイン」
ゆっくりと唐揚げを咀嚼した後、ランちゃんが躊躇いがちに口を開いた。視線を彷徨わせてから、ひたと俺を見つめてくる。
「うん?」
「……ふふっ、恥ずかしいんだけど」
「え、何が……?」
俺と恋人なのが
いや、でも、照れくさそうに首を傾げて、徐々に頬がピンク色に染まっていくのが可愛いです!
「実は、俺、ずっとお前と付き合ってる気持ちでいたんだよ」
「………………いつから」
衝撃的な告白を受けた後、朝食を取りながらランちゃんが説明してくれた。
「お前さ、以前、告白してくれただろ」
「うえ 覚えてるの」
「覚えてるよ。ヴェインの言ったことは」
そう、俺は、ランちゃんが騎士団に入団する直前、一度告白をしていた。
でも、その時の告白は、「幼馴染みとして、ランちゃんを想っている」という体で伝えたから、まさか正しく受け取ってくれていたなんて思っていなかった。
「その後、お前は幼馴染みとしての態度を崩さなかったけど、俺は密かに『恋人なんだな』って思っていたんだ」
「へ それって、十年以上ってこと」
こくりと、恥ずかしそうに頷く。揺れる黒髪さえ愛しい。
「そんな……」
俺の初告白の直後、ランちゃんは騎士団へ入団し、暫く会えなかった。
ランちゃんも俺を好きだったなんて知らなかった俺は、「幼馴染み以上に好きなんだ」なんて告げる勇気がなくて、入団を果たし、再会した後も、ずっと幼馴染みとして接していた。
昨日まで恋を告げる勇気がなかった。
その間、ランちゃんはどんな気持ちでいたんだろう。
「……って言うけど、お前の態度は幼馴染みの域を超えてたし、俺を好きなのは分かっていたから、ずっと恋人気分でいられたぞ?」
だから、気にするなとランちゃんは言った。恋を告げられなかったのは、お互い様だと。
「なにそれー! なんだよ、もう〜!」
子供の頃から俺の世界はランちゃんだけで、そのまま男だらけの騎士団へ入団し、女性と関わりがない環境にいた。
女性との出会いがあれば俺の気持ちも変わるかもしれないと、ランちゃんはずっと胸に秘めてきたらしい。
ひとりで、心の中で、恋人ごっこを満喫出来ているだけでも幸せだったから、なんて言う。
勘弁してくれ、愛しさで胸が苦しくなる。
「でも、お前は女性にモテても俺を好きだったなあ」
「全然モテてねえし! ランちゃん、俺の気持ち読み過ぎだし〜!」
「お前がダダ漏れなんだよ」
最後の唐揚げを食べ終えて、「ご馳走様でした」と手を合わせ、微笑むランちゃんは、いつも通り満足そうだ。
――そっか。
ランちゃんがいつも通りだったわけが理解できた。
俺の想いを初めて告げてから、「恋人気分でいた」って言うランちゃんは、ずっと恋人に対する態度だったんだ。
そりゃ、今日も「普段通り」だよなあ。
休日に出掛けるのも「デート」だと思っていたと言うし。
ランちゃんはとっくの昔に「お付き合い初日」を経験してるんだ。
「ランちゃんだけズルいぜ〜……」
一緒に食器を洗いながら、自分の勇気のなさを棚に上げ思わずそう言ってしまった俺を、ランちゃんはやっぱり可愛い過ぎる顔でのぞき込んできた。
「仕切り直すか?」
そんな可愛いくも優しい提案をしてくれたので、思いっ切り頷く。
「ふふっ、どこから仕切り直したい?」
「ランちゃんを起こすところから! おはようのキスを恋人のキスで!」
力いっぱい言うと、ランちゃんは眉を下げ、困惑の顔を見せる。
「それは、あれだ……、唐揚げを食べた後だし……」
「初めてする恋人のキスは、もっと甘い方がいい」なんて更に可愛いことを言われて我慢できるほど忍耐力のなかった俺は、おはようのキスと言えない濃厚な口づけをしてしまった。
初めての「恋人のキス」を唐揚げの味にして、涙目のランちゃんに仕切り直しを要求されたのだった。