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    kurutta_ore

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    kurutta_ore

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    創作小説⑦

    ルーティン・ビギニング新しい朝は希望の朝だ、とよく言ったものだけれど、毎朝挨拶をしに歩みを進める俺の足の重さを考えるとそうは思えない。

    「おはよう、隼斗」
    「…おはよう」
    大広間に着いた俺は親父からの挨拶にぶっきらぼうに返事だけして踵を返す。全く、面倒な慣習だ。
    親父の顔を見るふりをしてういの姿を探したが、見当たらなかった…しばらくういと会えていない。

    廊下への扉を再び開くと、水色の髪の少女が目の前にいた。八代だ。
    明らかに気分が上がったのを悟られないように毅然と振る舞う。だが所詮は人間。
    「八代、おはよう」
    「おはよう風間くん」
    ご機嫌ね、と付け加えた彼女はそのまま大広間へ入っていく。
    簡単にバレてしまった。
    「…俺って分かりやすいのかなぁ」

    何をする訳でもなく、何か理由がある訳でもなく。八代が大広間から出てくるのを廊下で待つ。
    最近の八代は物腰が柔らかくなった気がする。今まではロクに挨拶も返してくれなかったので、挨拶を返してくれたという事実だけで嬉しくなってしまう。なんて単純なのだろう。

    ういは、俺の前には現れないのだろうか。
    親父は俺とういを兄妹のくせして、何故か出来る限り会わせないようにしている。何でだよ。
    八代は今、親父と何を話しているのだろう…分からないことだらけだ。

    分厚い扉のせいで部屋の中の音が全く聞こえないのを若干恨めしく思っていると、ガチャリ、という音と共に八代が戻ってきた。
    「…どうしたの」
    「あ、いや…」
    「もしかして、私が戻ってくるのを待ってた?」
    親父とういのことを考えていたことでいっぱいいっぱいで、言い訳を考える暇がなかった。
    お陰で頭は真っ白で、しどろもどろな反応しかできない。

    「私、これから弓の訓練しに行くから」
    「あ、待っ、待って!」
    八代を引き留めるのに必死で、その後のことを微塵も計画していない。
    「その…」
    しばしの沈黙。
    「……」
    「…一緒に来る?訓練場」
    「えっ」
    結局、助け舟を出してくれたのは八代だった。
    「もしこの後予定がなければ、だけど」
    「ない…ない!全然ない!行きたい!」
    思いがけぬ提案につい声が大きくなってしまった。八代も少し驚いたような表情をする。
    はっ、と急いで口を手で覆う俺を見た彼女は少し笑い、そのままくるりと俺に背を向け歩き出した。

    その後ろ姿はとても華奢で、身長も俺が少し見下ろすくらいの高さで。傍から見れば守ってあげなければならない存在のように見えるのに。
    「置いていっちゃうよ」
    「あ、あぁ!ごめん、今行くよ」
    実際は、俺の方が守られてばかりだ。

    ◆◆

    ストッ。
    独特な、耳心地の良い音が訓練場に響き渡る。俺は八代の訓練を後ろからあぐらをかいて眺めていた。

    「どう?」
    ふう、とひと呼吸置いた八代がこちらを振り返り、感想を求めてくる。
    「どうって…真ん中ぶち抜いてんじゃん、完璧じゃねぇか」
    「…みんなそう言うのよね」
    そう言うと、八代はわざとらしくため息をつく。見たまんまの感想を言っただけなのに勝手に残念がられても。

    「逆に何を求めてるんだよ」
    「そりゃ、アドバイス」
    「んなこと出来るやつ、いないだろ。余程お前の動きを把握してないと」
    俺が他人事のように言うと、八代は意外な反応をした。
    「…てっきりあなたがその役を担ってくれるのかと思ってたのだけど」
    「え?」
    「あれ、違った?あなた、私のことよく見てるじゃない」
    いきなりの発言に心臓がドクン、と跳ねた。

    「…好きな奴の言動なんて、そうそう目離せるモンじゃねえよ」

    思わず自分の想いを吐露する。平静を装いながら言ったつもりだったが、こういう時口を手で覆ってしまうのは分かりやすいクセだ。
    確かに彼女の動きのクセや所作は、誰よりも把握していると自負している。
    ただそれは副産物であって、本当は。

    …本当は、お前をずっと見ていたいんだ。ずっと俺の隣にいて欲しい、そんな我儘な考えを持ちながら見つめていたんだ。
    いいだろう、それくらい。好きなんだから。しょうがないじゃないか。
    沈黙の中、言葉にした想いがどんどん心に溢れて止まらない。

    「それ、本当…?」
    弓を傍らに置いた彼女が、ゆっくりと近づいてきた。

    ◆◆

    「風間くん。私のこと、好きなの?」
    もう一度聞く。少しずつ、彼の元に近づきながら、念入りに。
    「…分かってて言わせただろ」
    ばか、と付け加え、隠すように顔を背ける風間くん。
    特段、驚きはしなかった。彼が私を好いているような素振りは度々彼の方から見せていたし、そういった話もうい様から聞いている。
    ただ私が聞きたいのはそういう事じゃなくて。

    「それ、本心からの気持ち?」
    「は?」
    風間くんの目の前まで来て、目線を合わせるようにしゃがみこむ。
    「私を好きっていうあなたの心は、本物なの?」
    「何を言ってるんだよ、八代…。なんでそんなこと聞くんだよ」
    勿論、こんなことを聞いているのには理由がある。でも。
    「まだそれについては説明出来ない。でも、覚えておいて」
    せめて、これだけは言っておかなければ。

    「風間くん、あなたのソレは好きって気持ちなんかじゃない。だってあなたは__私自身なんだから」

    そう言い放つと、驚きと動揺で満ちた顔をする風間くんを置いて立ち上がり、弓を立て掛けた場所へと戻る。
    「は…?」
    数秒の後に絞り出した彼の声は驚きと困惑に満ちていた。
    振り返りそうになるのをなんとか堪えて弓を首元のチップに戻し、彼の表情を見ずにわざと淡々と話しかけ続ける。
    「それと、明日以降私の訓練を見ていて欲しいの。改善すべき点を見つけて指摘してくれるのは、あなたしかいないから」
    「おまえ、ちょっと…待てよ…っ!」

    彼の静止を無視し、私は訓練場を後にする。
    私って…最低だ。

    ◆◆

    翌日。
    朝の挨拶を済まそうと大広間へのドアを開けると、丁度挨拶を終えた八代が向こう側からドアを開けようとしていた。
    「おはよう、風間くん」
    「……」
    顔色一つ変えずに、さも昨日のことなんて無かったかのように、八代が俺に声をかける。
    彼女から挨拶をしてくれた事に嬉しさを感じると共に、俺は多少の苛立ちを覚えていた。

    というのも、昨日のあの言葉を受けた日の夜自室に帰った俺は、ブツブツと独り言を呟きながら考えていた。
    「これって俺、フラれたってやつなのかよ…。なんだよ、なんなんだよ…俺の気持ちごと否定しやがって…!」

    __好きって気持ちなんかじゃない。

    自分の気持ちを流されるどころか、否定された。この事実だけが混乱する頭に、針のように突き刺してくる。
    胸が痛い。苦しい。思わず手で胸を抑える。
    「…クソっ」
    服の皺がいっそう刻まれる。苦しいのは、まだ彼女に恋焦がれているからなのか。
    悔しいのは、自分の気持ちを否定されたからなのか。
    「分かんねぇよ、教えてくれよ…八代…」

    __そんな複雑な想いを抱えながら夜を過ごしたのだ。よく眠れなかったし、機嫌なんて良い訳がない。
    そのままドアを開ききり、彼女に先に部屋を出ろと無言で促す。それを察したのか彼女も無言で俺の横を通り過ぎ、大広間を出て左に曲がった。訓練場、か。
    彼女を見送った後、いつも通り大広間へと足を踏み入れる__ところで足が止まった。
    「やっぱり俺、考えるの向いてないな」

    __気づけばその場でUターンをし、親父への挨拶を放って走り出していた。

    決めた。何がなんでも、ちゃんと彼女に気持ちを伝えるんだ。ぐちゃぐちゃでもいい、まとまってなくたっていい。
    今のこの「俺」を、八代にぶつけるんだ。

    「…話がある」
    訓練場に着いた頃には、八代が弓を取り出し訓練を始めようとしていた。
    鼓動が早く感じるのは、さっきまで走っていたせいか、それとも。
    「風間くん。やっぱり来てくれた。じゃあ…」
    始めようか、と話し終わらない内に語気を強めてもう一度繰り返す。
    「話が、ある」
    「……どうしたの」
    「昨日のことだ」
    「あぁ…あれね」
    そう言って八代は少し目を伏せた。

    昨日自分の気持ちを否定されたことに、自分が思っている以上にショックを受けていた。あの時の彼女の目は、俺に「諦めろ」とでも語りかけてくるような__そんな強い意志を感じさせるかのようなものだった。

    それでも…俺は、諦めたくない。

    「俺は…お前が好きだ。八代」

    一つ深呼吸をしてから、今度ははっきりと、ビー玉のような水色の瞳を見て自分の気持ちを改めて伝える。
    「…だから昨日言ったでしょ。それは本物じゃないって」
    八代が弓を仕舞いながら予想通りの言葉を返してきた。改めて昨日言われたことは現実で起きた事なのだと実感させられ、少し苦しくなる。
    「それは、分かったよ。お前がまだ何かを隠してることも分かったよ」
    俺の言葉に、八代が目を逸らす。
    「でも、俺からしたら全く訳が分かんねぇんだ…お前の中で勝手に解決すんなよ…。それに…」
    「それに…?」

    「俺、お前のこと。諦めたくない…!」
    目頭が熱くなってきた。おまけに目の前が少しずつ霞んできた。
    「お前が俺の気持ちを否定するってんなら、俺はそう言うお前を否定する」
    口が、喉がカラカラに乾いて上手く声が出ない。胸がきゅう、と締め付けられているようで苦しい。ぼやけた視界の中で、胸に手を当て必死に息を吸う。
    「この気持ちは、本物だ…お前にどんな理由があろうとも、それを否定されたくない」
    「……」
    「これから…お前が否定した俺の気持ちは本物だってことを見せてやる!感じさせてやる!俺の気持ちを否定することを、諦めさせてやる…!お前のことが好きで好きでたまらないってこと、お前に分からせてやる…!」

    一気にまくし立てたせいで呼吸が浅くなる。視界もぼやけて何も見えない。それでも視線は八代を掴んで離さない。離す訳がない。
    目元を拭うと、さっきまでぼやけていた世界がはっきりと見えた。

    八代は少し黙った後、口を開いた。
    「そんなにはっきり言われるなんて…。流石というかなんと言うか」
    「それくらい本気なんだよ」
    「…気持ちは伝わったわ、充分過ぎるほどにね」
    そう言った彼女は手を口元にやって。
    「…少し、自惚れてしまうわ」
    恥ずかしそうに俯いた。
    「自惚れていいんだぜ、だって俺が好きだって言ってんだから」
    「あなたさっきからだいぶオープンになってきてるわよね」

    「それで?お前は俺の宣言にどう返すんだよ、八代」
    さっきから平静を装うとしているが、内心はバクバクで今にも心臓が口から出てきそうだ。

    「そうね…あなたの言うとおり、私は自分の中で答えを見出していた。時期尚早だったわ。それについて、まず謝らせて…あなたを傷つけてしまったことを」
    ごめんなさい、と彼女が付け足す。
    「いいんだよそういうのは、もう。それより__」
    「少し考えてみたの。私があなたの気持ちを感じるには、遠くからでは無理だって」
    そう言い、彼女が少し自分との距離を詰める。

    「これから、しばらく一緒に居ましょう」
    「…へ?」
    「出来るだけ、空いてる時間はあなたと過ごすってこと。どう?」

    一緒に居る?一緒に居ると言った?今?そんなの…つ、つつ、つ。
    「付き合ってるみたいじゃねぇか…」
    耳元まで熱くなる感覚を覚え、即座に身体を百八十度逸らす。
    「私の親友がね、言ってたの。「あなたはもっと他人に心を許してもいいんだ」って。今がそのチャンス、なのかも」
    背後に八代の声を感じながら無言で頷く。

    「あなたにはお姉様のことまで話してしまっているし、もう隠し事なんて…いや、あるか…」
    「あるんじゃねぇか」
    その一言で、すっかり毒気を抜かれてしまった。浮かれていたのは俺だけだったか、と思わずふふっ、と声が漏れる。
    八代の心にはまだ鍵が掛かっているのは分かっている。今はまだ、そのままでいい。
    彼女の方から教えてくれるまで、この関係を続けていたい。
    俺が彼女の隣に居ることが出来るのなら__。

    「元々お前の訓練には付き合うつもりだったんだ、どうせなら日課にでもしたらどうだ?」
    「それ、賛成」
    「ついでだし、交換日記とかもやっちゃう?」
    「それは反対」
    「なんでだよ」
    「だって直接会って話せばいいじゃない。どうしてわざわざ書き起こさなければならないの?」
    「おまえなぁ…はぁ…そういうとこだぞ」

    こうして、俺達のルーティンが始まった。
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