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    kurutta_ore

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    創作小説③

    戦闘訓練「よし、じゃあぼちぼち始めますか」
    「ええ」
    後ろを向いて三歩。それがはじめの合図。
    一、二__
    「さんっ!」
    同時に、地面を蹴った。

    ◆◆

    ことの始まりは、いつもの朝の挨拶の後に風間くんから発せられた言葉だった。
    「八代って幼い頃から訓練とかしてたのか?」
    「急にどうしたの」
    「いや、ふと思って…お前の昔の話知らないから、世間話だと思って付き合ってくれよ」
    昔の話。昔の話か。
    「正直言って、俺は昔から鍛錬してきて自分に自信が多少なりともあった」
    だから、とはにかみながら風間くんは続ける。
    「だから、お前がウチに入ってきた時「あぁ、こいつには勝てねぇ」って思っちまったんだよ。すんげぇ悔しかった」
    ちらりと風間くんが上目遣いで私と目を合わせる。俺は昔の話をしたからお前もしろよ、と言わんばかりの目だ。

    「…はぁ」
    わざとらしくため息をついて、昔のことを思い返してみる。
    「私が小さかった頃…」
    「小さかった頃は…?」

    急に胸の中が曇りだした。
    モヤモヤして、チクチクして。呼吸が少し浅くなるのを感じる。

    「……」
    「八代?」
    「嫌なこと思い出した。話したくない」
    つい子供じみたことを口に出してしまった。
    「そっか」
    風間くんは変に茶化すことなく私の意を受け取って、
    「じゃあ気晴らしに訓練でもするか?丁度俺暇なんだよ。お前も今日はオフだろ」
    …なんで私の予定を知ってるの。

    ◆◆

    そんなこんなで、中庭の使用許可を叔父様から頂いて一対一の戦闘訓練を行っている。
    前に話したと思うが、風間くんは自分が思っているよりもポテンシャルが高い。

    「なぁんでこれが当たらねぇんだよ!」
    __ただただ、実践不足。
    「じゃあ、これならどうだ!」
    __今まで積み上げてきた基礎の部分だけで戦おうとするが故に、応用がイマイチ効かない。
    「お前も避けてばっかじゃなくてちゃんと戦えよ!訓練だぞ!」
    分かってるわ。だから、あなたを試すね。

    右手に持っていた木刀をおもむろに投げ捨てる。
    風間くんの視線はもちろん、私の投げ捨てた木刀に釘付けになっている。その一瞬の間に左手で首元のチップを触り、一気に風間くんとの距離を詰める。
    彼がそれに気づいた時にはもう、私の身体は地面にはなかった。風間くんの頭上を通り過ぎ、地面と逆さまになったまま彼のうなじ目がけて、矢を__

    弓を引き絞る力を抜き、そのまま空中で一回転して風間くんに背を向け着地する。
    しばしの沈黙。

    「そう、その反射神経が大事」

    「私たちが相手する奴らと基本的に行われるのは、命のやり取り。そこで大事なのは?」
    振り向きながら問う。
    「…スピード」
    「正解。そして」
    木刀で目の前をガードしながら尚警戒を解かない風間くんに私は淡々と続けた。
    「咄嗟の判断に基づく行動」

    彼はあの一瞬の空気から「背後を取られる」と察知していた。私が弓を引き絞り攻勢に転じる前に、瞬時に真後ろを向いて身を守る体勢をとったのだ。
    彼は無意識に「これ」をやってのけたのか。つくづくポテンシャルの塊だと思わされる。

    「あなたはきっと、基礎の部分を幼い頃に沢山叩き込まれたのね。シンプルな反射神経が並じゃないわ」
    私が弓を仕舞い、捨てた木刀を拾いに行こうとするところでやっと風間くんは構えを解いた。
    「…小さい頃から「場の空気を感じ取れ」って特に言われてたからな。にしても、ホンモノの武器を取り出すなんて聞いてないぜ」
    「言ってないからね。話が戻るけど、あなたの攻撃は正確が故に基礎に囚われてる」
    私は拾った木刀を使って先程の風間くんの動きを再現しながら、彼の弱みを指摘していった。
    彼は嫌な顔ひとつせず、真剣に私の話を聞いてくれていた。

    ◆◆

    しばらく経って。
    「…つまるところ、俺の動きには隙が多いってことか、なるほど」
    「逆にそこまでは私も見習いたいところ、沢山あるわ」
    「八代が!?」
    「なによ」
    「いや八代ってなんでも出来るイメージあったから、俺なんかの何を見習うんだろうなと…」
    「ひみつ。基礎のことだけど、今回風間くんは一度だけ「応用」にシフトチェンジしたタイミングがあったはず」

    風間くんは少し考えた後、「あぁ」と手を打った。どうやら本当に全て無意識下で行っていたらしい。
    「そう、私があなたの背後を取った時。あなたは「場の空気を感じ取るという基礎」から「その状況から如何にして自身を守るかという応用」に身体が対応していったみたいね」
    「基礎から応用…」
    私はその言葉に頷き、続ける。
    「正直驚いたわ、こんなに反射神経が鋭いなんて」
    「八代が…俺を…褒めた…!」
    風間くんがまるで乙女がするように両手で口を覆った。

    「調子に乗らないで。応用が出来たとしてもまだ1回だけ。いい?」
    「へいへい、反復練習だろ?じゃあ今日みたいに八代に特訓に付き合ってもらおうかな」
    「空いてたら、ね」
    「よし!じゃあ三日後!」
    「だからなんで私の予定把握してるのよ…」

    ◆◆

    風間くんと別れ自室に戻ってきた私は、ドレッサー前の椅子に座り、目の前の鏡を見つめていた。

    なんでも出来るイメージがあったから__彼に言われた言葉を頭の中で繰り返し呟く。
    「なんでも、できる…」
    昔からたくさんの人にたくさん言われてきたフレーズ。口に出してみると、当時の記憶が鮮明に蘇ってきた。

    りつなってなんでも出来るよね__りつなちゃん、私たちのこと下位互換だと思ってるのかな__きっとそうだよ__。

    お姉ちゃんは、りつなのこと誇りに思ってるよ。たとえ見えなくなっても__。

    手を伸ばすと、鏡の向こうの私もこちらに手を伸ばしてくる。
    「…消えちゃえ」
    心の中のシャボン玉が、ひとつ弾けた。

    鏡の向こうの私が、「見えなくなった」。
    モヤモヤが、チクチクが、止まらない。止められない。
    シャボン玉はひとつ、またひとつととめどなく溢れては弾けていく。その度に部屋の光という光が、チカチカ点滅する。眩しい。目が、頭がおかしくなりそうだ。

    そして__

    パリン…ッッ!
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