裁つ 弟は兄から裁ち鋏を受け取ってみたもののどうしたものかと思案している。
それはハサミにしては大きく分厚くずっしりと重い。
持ち手の穴に指を入れ動かすとジャキジャキと音がする。
これで切れというのか、こんなのハサミではなく凶器だろう。
それに、いくら芸術のためとはいえ、洋服をスーツを切り刻んでも良いものなのだろうか。
しかも人が着たままで。
いや、芸術のためだからこそ良いのかと思い直していると、兄が早くやれと催促してくる。
今度は兄の顔とハサミを交互に見て、思わず本当にいいのかと確認してしまう。
再び促され意を決した弟は、紺のスーツの袖口に少し切り込みを入れた。
目の前で仁王立ちしている大男は、年甲斐もなく所謂リクルートスーツと呼ばれるものを着ている。
その左袖をつまみ、のぞいているワイシャツにハサミの下の刃を滑らせスーツの袖だけをジャキッと一裁ちしたのだ。
30センチメートルはいった感触だったが、よく見ると3センチメートルほどしか切れていない。
なんてことだ、思い切りよくいったはずなのにたったこれだけとは。
これは自分が思っていたよりも厄介な事を頼まれたと後悔し始めた弟はそのまま止まってしまった。
兄のためにもっと続けなければならないのはわかっているが、どこか服を切るという行為に抵抗がある。
自分でも意外に思ったが、弟は常識人なのだ。
そんな迷いのある様子の弟に手本を見せることにした宇髄は、彼の手からハサミを取り上げ、自ら己のスーツを切り始めた。
洋服を切るなんて良くないことかもしれない、でも悪いことって楽しいだろうとばかりに豪快に切っていく。
上着の裾を短くし、中のワイシャツもドンドン切っていく。
そして左袖がなくなってから、お前も楽しめよと裁ち鋏を弟に返して、宇髄はまた部屋の真ん中で仁王立ちになった。
左側だけ半袖になったスーツからのびる太い腕がやけにまぶしく感じる弟は、本来なら隠れているはずのものが暴かれていくことに少しの興奮を覚えた。
そして乱雑に切り取られた左袖から目が離せなくなったいた。
弟は手に持った裁ち鋏をジャキジャキと音をさせて、宇髄にこれから起こる事を宣言した。