書庫にて 任務のあと世話になっている、ここ藤の家紋の家を宇髄は気に入っている。何故なら、広い書庫が備わっているからである。
尋常小学校の校長をしている主人が、児童書から流行りの雑誌まで幅広く揃えているのだ。読書用の机と電灯、椅子も据え付けてある。
それに本棚はいつもきれいに整頓されていて、出しっぱなしになっていたり、順番が違うなんてこともない。
何より本だらけのこの部屋でインクや紙のにおいを嗅いでいると、任務後の昂ぶった意識を平穏な世界へと変えてくれるのが良い。
他の柱や隊士たちには本など読まないと思われているだろうが、宇髄はこう見えてかなりの読書家だ。
鬼殺隊に入る以前、忍びの稼業では様々な階級の人に会ったり潜入していたので、それなりの素養がないと渡り合えなかった。バカではやっていけないのである。そう言う専門知識や教養を得るには本が手っ取り早く最適だ。
という訳で幼少の頃より読書は生活の一部である。実家の蔵にある書物を持ち出しては読み耽っていた。下の兄弟にはまだ難しいのに読んでとせがまれたものだ。
本棚の間を歩き回っていると、あいつにもよく読んでやっていたと記憶が蘇ってきた。すぐ下の弟は犬が出てくる物語を好んだ。中でも、親の仇を討つ、あれ何だっけか、そうだ、こがね丸だ、あの話は奴の気に入りで繰り返し読み聞かせた。父犬が殺され母犬も死ねば涙をポロポロとこぼし、仇の虎を討てばよかったよかったと号泣していた。
「―かわいかったな。」
思わずそうこぼすと、知らず口角が上がっていた。
久しぶりに昔を思い出し、少し感傷的な気分を振り払うように宇髄は大袈裟に伸びをした。
さあ今日のお供は何にしようかと背表紙を眺めるが、どれも今ひとつだ。ここら辺のは全部読んだな。うーん、何だか落ち着かないからたまには詩集にでもするかと、宇髄は「藤村詩集」を選ぶと椅子には座らずその場に立ったままページをめくった。
しばらく読んでいた本からふっと意識が浮上した。やはりどうもいつもみたいに集中できない。
それに、さっきから何となく胸がざわつき、頭も痛くなってきた。さらにキーンと耳鳴りがして、全身をゾクゾクと寒気が襲う。風邪の引き始めかと思いきや、どうも違うようだ。
耳鳴りに気を取られてたが、パシッパシッっと部屋にはラップ音が響いている。波打って止まらない鳥肌に、頭の中で鳴るラップ音。
ーこんなの幽霊以外ないだろ、なんだよ誰か死んだのか。
そう意識した途端に全てが止んだ。
そして先程とは反対に静寂が広がっている。
ふと机を見ると一冊の本が出ていた。
宇髄が書庫へ来た時からこの机の上には読書用の灯りだけが置かれていて、他には何もなかったはずだ。
誰もいない誰も出してない、何の気配もしない、おかしい何なんだこんなことあるかと思うものの不思議と恐怖は感じなかった。彼は不審がるも机に近づき題名を確認した。
「こがね丸」
―そうか、お前か。
宇髄は机の上に置かれているその本を手に取ると、じっと見つめそっと開いた。
そしてそれから静かに読み上げ始める。
書庫には彼の誰かに語りかけるような優しい声が染み渡っていった。
了