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    sousemesemeriba

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    ゆるい本編後オルグエ
    グエルくんのスパダリぶりにどうにかなってしまいそうなオルコットさんのお話。健全ではないけど全年齢

    『どうにかなってしまいそう』 アスティカシア学園の理事長を務めているグエルは先日、地球の学校と提携した就学支援プランを打ち出した。
     もともと優秀な地球人の受け入れは行われていた――地球寮で過ごしていたニカのように――が、今回その間口をもっと広げようとなったのだ。
     一部の秀才だけが成り上がる仕組みだったものを、全てのこどもに教育が行き届くようなシステムを新たに作ろうと。
     グエル本人の発想ではなく、教育に携わっているという昔馴染みのアイデアを受け入れた形らしいが……まあ、べつに何でもいい。オルコットには直接関係ない話だ。
     この新制度のおかげでセドが「おれも兄ちゃんと同じ学校に行ける」と喜んでいたし、何も問題視する点のない美談だ。

     そんなわけで、日頃は宇宙で激務に追われているグエル理事が、提携先の学校を視察するために地球へ降りてくることになった。

    『場所が近いからオルコットさんのところにも顔を出すよ』

     ごくたまに稼働するトークアプリにそんなメッセージが届いたので、オルコットは『分かった。迎えに行く』と、短く返答した。
     アーシアンの難民支援を行うかたわらナジの農園で働いているオルコットは、今日だけ半休を取ってターミナルへ向かった。
     小一時間ほど待って、ゲートからわらわら出てきた群れの中にグエルがいた。
     まもなくその海色の瞳がオルコットを認めて、きゅっと瞳孔が窄まる。

    「久しぶり、オルコットさん」

     自然な笑顔が浮かび、小麦色の手のひらが振られる。
     パーカーにデニム、スニーカーというラフスタイルだが、周囲より頭一つ抜けているからかやたらと目を惹いた。周りの喧騒が薄れて、こちらに近付いてくるすらりとした身体が浮き彫りになる。
     細められた目元には少し疲れが見えたが、肌艶はよかった。

    「ああ。早速だが、仕事先まで送っていこう――」

     言いかけたオルコットの胸に、ドンと軽い衝撃が起こる。
     顎まわりに桜色の髪が触れて、やっとハグされているのだと気付いた。
     硬直しているオルコットの腰に軽く手を添えて、グエルは満足げに微笑む。

    「会えて嬉しい」

     伏せられた黒い睫毛を見つめていると、目元のほくろが目に留まった。
     マナーとして抱き返すべきか迷う間もなく、すっと体が離れていく。
     去り際に自分の頬から『ちゅっ』と軽やかなリップ音が聞こえて、ぎょっとした。

    「おい」
    「車で来たのか? 案内してくれ」

     まるで定番の挨拶のようにあっさりと流したグエルは、半歩前に出て出口に足を向けた。
     オルコットは異議を唱える機会を逃し、仕方なくそのままグエルを目的地まで送り届けたが――このとき覚えた違和感は、思い過ごしじゃなかった。

     用事を終えたグエルに「夕食でも」と誘われて付き合うことにしたのはいいものの、通されたのはあらかじめ予約されていたらしきレストラン。
     ドレスコードはなく過ごしやすい雰囲気の店だが、価格帯はちっとも快適じゃない。
     にこやかに近況を話すグエルの前でオルコットは密かに口座残高を確認していたが、会計になると「経費で落とすから」とにこやかに奢られてしまった。

    (はたから見たら、まるで老父をねぎらう出来た若者じゃないか?)

     親子関係ではないと知っているオルコット自身は複雑な気持ちになる。
     せっかくだから二人きりでゆっくり飲もうと彼が泊まるホテルに通されたときも、グエルはぞんぶんにその孝行息子ぶりを発揮した。
     段差のあるエントランス前でさりげなく手を握られ、開いたエレベーターに先に入るよう促される。
     部屋の電気をつけるなり爽やかな笑みを浮かべたグエルに「どうぞ」と招き入れられた先で、ベッドに赤い薔薇の花びらが撒かれているのを目撃したあたりでオルコットの忍耐が尽きた。

     ……こいつ、まさか俺を淑女(レディ)のごとくリードしてるわけじゃないよな?

     恐ろしい仮説が一瞬脳裏をよぎったが、オルコットは軽く頭を振ってそれ以上考えないようにした。

    「おい、俺をなんだと思ってる」
    「えっ?」

     自分に次いで部屋に入ってきたグエルは、問いかけに顔を曇らせた。

    「恋、人……」

    『じゃないのか?』と傷付いたような目で見られるが、言いたいのはそこじゃない。

    「よかったよ、お前にその認識があって。日本式に敬老の日のお祝いでもされてるのかと思ったが」
    「は? 何言ってんだ、あんた」

     こっちの話が要領を得ていないみたいな表情をされるのは不服だ。

    「ディナーだの贈り物の花だの、親か女にしかしないようなもてなしをされたもんでな。戸惑った」

     グエルは「ああ」と当たり前のように手を打つ。

    「愛する人にはこうするもんだろ?」
    「……はあ」

     以前、何の気なしに『グエル・ジェターク』とネット検索をかけたときのことを思い出した。
     CEOとしての華々しい活躍ぶりと合わせて、学生時代の記事も出ていた。
     花嫁争奪戦の王者だった彼が、相手の挑戦者に大胆なプロポーズをしたという話だ。
     キザっぷりは大人になった今でも健在で、それはオルコット相手にも存分に発揮されるものらしい。

    「あんたこそ、今日一日ずっと他人行儀すぎないか? 半年ぶりに会えたのに」
    「それはお前が」

     多忙すぎるからだ、と言い返そうとして口をつぐむ。
     父親の会社と学園を維持したいグエルと、地球に残りたい自分。何度も同じ押し問答をしてきた。
     そうして遠距離で関係を続ける今に至っているのだから、藪蛇はつつきたくない。
     代わりにオルコットは、しかめ面になったグエルの顔に手を伸ばした。溝ができた眉間を右の親指で揉んでやりながら話を切り替える。

    「お前が、そんなに俺と会うのを楽しみにしてたとはな。仕事のついでだって言うし、てっきりこっちの学校の教師がめあてなんじゃないかと思ったくらい…………」
    「教師? スレッタのことか?」

     藪を避けようとして側溝に足を突っ込んだ。
     オルコットは急いでかぶりを振る。

    「いや違う。違わないが、そういう意味じゃない」
    「なんでそこであいつの話が出て――オルコット?」

     言葉を重ねるほど深く足が泥にはまっていく感覚だ。
     たどり着いてほしくない結論に至ったグエルは、意外そうに大きく目を見開いた。その瞳がキラキラと輝きだす。

    「もしかして、妬いた?」
    「違う!」

     そんな馬鹿げた話があってたまるか。
     両手でも足りないほど年が離れた男と恋愛してるだけでもおとぎ話なのに、相手の過去に嫉妬までするなんて。あっていいはずがない。

    「なんだ……俺、なんか理由がないと会いに行っちゃ迷惑かなって思ってたのに。それなら、もっと時間作ってこっち来ればよかった」
    「そうじゃないと言ってるだろう、話を聞け」
    「大丈夫だよ、オルコットさんが心配するようなことはないから」
    「本当に……」

     勘弁しろ、と言いかけた唇を塞がれた。
     誤解が解けるまで昏々と弁明したいけれど、得意そうに笑っているグエルを見て諦める。

    「仕事は大事だけど、オフの間はオルコットさんとの時間を満喫しようと思ってきたんだ。まじで」
    「……明日は何時に出るんだ」
    「午後にチェックアウトすればいいから、ずっとこうしていられるよ。――朝まで」

     瞼を下ろしたオルコットは、年上としてのプライドや羞恥心を一旦捨てる。
     それから、数ヵ月ぶりの甘やかな時間に身を委ねた。


    ・・・


     ひとしきりお互いを貪り合えば少しは落ち着くかと思ったが、グエルの庇護欲は次の日も収まるところを知らなかった。

    「おはよう。ルームサービス取っておいたから、先にシャワー浴びてこいよ」
    「オルコットさん、今日は俺が運転するよ。農園まで送ってく。ついでにセドたちの顔も見たいし」
    「あ、今ドア開けるから待ってて」

     若い恋人の運転で重役出勤してきたオルコットは、同僚たちからの突き刺さらんばかりの冷やかしの視線を大量に浴びる羽目になった。
     さすがに車から降りるとき差し出された手ははねのけたが、しれっと腰に回してくる腕まではかわせない。
     逞しい腕に『これなら老後も安泰だなぁ』と白目で現実逃避しはじめたところに、ナジが笑いながらやってきた。

    「しばらく見ないうちに立派になったなあ、ジェタークの御曹司くん! 今は若社長か」
    「お久しぶりです。いつもうちの人が世話になっています」
    「はははは! なんのなんの、奥さんの職場でも見ていくか?」

     グエルは畑を見て回るあいだの世間話でも良夫ぶりを爆発させていたが、もう何も口は出さないことにした。
     時々こちらを見ては微笑むグエルの横顔を眺めるだけに留めていたが、ふと昨晩見た光景と重なる。
     オルコットを夜通し抱いていたような顔をしているが、白いシーツの上で赤い薔薇の花びらを纏いながら泣いていたのはグエルのほうだ。
     ずっと自分の下で頬を紅潮させていたのに……いや上に乗せた場面もあったが……一晩中抱いたのは、間違いなくオルコットだ。

    「このジャガイモ畑は去年敷地を広げて――あ、そこは土が緩いから嫁さんの足元気を付けてな」

     ナジの軽口に笑っているグエルの耳元で、オルコットはぼそりと呟いた。

    「――ベッドじゃリードされてるのはお前のくせにな」

     長い睫毛がしばたたかれて、蒼玉がまんまるになっていく。
     オルコットの囁きでゆうべの情事の記憶が一瞬で蘇ったのか、グエルの動きがぎこちなくなった。
     短い髪がかかった耳が真っ赤に染まっていくのを横目に見ながら、オルコットはやっと溜飲を下げる。ようやくこっちのペースに持っていけた。

     と、思ったのに。


    「ヒュ~~~~!」


     畑を手伝っていたセドがすぐそばで口笛を吹いて、眩暈がした。

    「セド、そこにいたのか……」
    「恋人ができたら言ってみたい台詞ナンバーワン!『ベッドじゃリードされてるのはお前のくせ』痛てっ! 今どきビンタとか流行んないぞオルコットぉ!」

     声真似のつもりか、わざと声を低くして囃し立ててくるセドに軽く手を上げて、ファウルを狙うサッカー選手よろしく転げまわる少年に背を向けた。
     のぼせているグエルと、こちらを見てニヤけているナジがいて頭痛がした。

     ――ああ、息子ほど年が離れた男と交際してるだけでもイカれてるってのに。
     堂々とノロケてるみたいなことまでやらかした。
     どうにかなってしまいそうだ……いや、もうどうにかなってるのか?

    「つ、次は俺がリードするから! ベッドでも!」
    「大声で言わんでいい!」

     顔を真っ赤にして明後日の方向に決意を固めたグエルに、青い顔でツッコむオルコットの悲鳴じみた声、ナジの大笑いする声がジャガイモ畑に響き渡った……。



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