沢山我慢したよ「……浮奇、俺は昼飯を買ってきて欲しいって頼んだはずなんだが。」
灰紫色の瞳がメガネ越しに怪訝さを顕にしてこちらを見つめる。
その美しい銀糸を軽く結いており、大きめのスウェットという完全にオフな姿でファルガーは物語の世界に入り込んでいた。
そのタイトルは確かSFだった気がする。
「えへ、沢山買ってきちゃった。」
ファルガーがくつろいでいるベッドの上にばらばらとそれらを散らす。
機械で出来た手が色とりどりの小さなそれの1つを取って、小首を傾げた。
「……リップクリーム?」
「そう。ねぇふーちゃん、ちょっとゲームしようよ。」
ベッドに乗り上げてファルガーの手に自分のを重ねて、持っている小説をぱたん、と閉じてやる。
自分の声とその仕草に良くないものを感じたのか、直ぐに距離をとろうとするのを軽く腕を引いて止めた。逃がすわけもないのに。
「リップクリームつけてキスして、その味を当てるってやつなんだけど、」
「なるほどな。」
「ね、やろうよ。せっかく買ってきたし。」
「……浮奇、お前実はこの前の配信、結構根に持ってるだろ。」
「いひひ。」
この前の配信というのはお酒を飲みながらの配信のことだ。
楽しくなって、ふわふわして、ふーちゃんの温もりが恋しくなって、何度もキスをふーちゃんにせがんだのだが『後で』や『配信後でな』などとかわされ続けたのだ。
その後のコラボ配信でも俺からキスすることは許してくれてもファルガーからはしてくれなかった。
もちろん、そんなふーちゃんも配信外では甘やかしてくれるし、あの配信の後でも沢山キスもしてもらったけれどそれだけじゃ全然足りない。
「今日は配信お休みだもんね、この前散々ふーちゃんにちゅー断られちゃったから、寂しいなって思ってるんだけどな。」
「あの後散々しただろ。」
「足りないよ。俺何度も断られたし、呼びかけても無視されたし……もっと貰ってもいいでしょ?」
ねぇ、と顔を近づけてこてん、と首を傾げる。
あざといとは自分で分かっているものの、このわざとらしい表情にふーちゃんが弱いのを知っているので存分に使わせていただこう。
現にファルガーはぐぅ、と押し黙ってその頬を染め上げている。こんな所までかわいい。
「はぁ……降参だ。我慢させたのは俺だしな、いくらでも付き合う。」
「えへへ、ありがとう」
軽く両手を上げて降参の意を表すファルガーにぎゅう、と抱きつきながら散らばったそれらから1つ手に取る。
「ふーちゃんは目をつぶっててね。」
「はいはい」
素直に目を閉じるその端正で無防備な顔に今すぐ口づけたい衝動に駆られながら、手の中にあるリップクリームを自分の唇に乗せる。
馴染ませるようにもごもごとさせて、その薄く、形のいいそれに重ねた。
軽くちゅう、と音を立てて直ぐに離れてしまうそれを少し悲しいなと思っているとファルガーは何度か自分の唇を舐めて、直ぐに呟く。
「スプライトか?」
「ーーー正解。」
「はは、分かりやすかったな。」
すぐに当てられてしまって悔しい気持ちともっと触れ合っていたかった気持ちが顔に出てしまっているかもしれない。
ふーちゃんはそれを見透かしたようにこちらの頭を撫でるのでそれにも少しイラついて拗ねたような声が出た。
「ん、次。1個選んで。」
「分かった。目をつぶれ。」
言われたように目を閉じる。いつ来るか分からないふーちゃんからのキスにドキドキとしていると、
まぁその前に、と言う声が聞こえて軽く自分の唇に柔らかい感触が当たる。
「!?ふーちゃ」
「ほーら、まだだ。」
驚きのあまり、反射で目を開けようとすると、すぐに目元を隠される。
くくく、と楽しげに笑う声が聞こえてきて、ついむっとしてしまう。本当に俺をからかうのが上手い。
「ん、塗り終わったぞ。」
「もう目を開けていい?」
「いいぞ。」
目を開けて、いささか光沢感の増した唇をみやる。
先程より少しぽってりとしたそれに早く触れたいなと考えていると、ファルガーの方から軽くちゅ、と口付けられた。
「どうだ?わかったか?」
「全然わかんない。」
今度は自分から。
何度も角度を変えて、唇の全てを味わうようにその感触を楽しむ。
触れれば柔らかいのに、頑なに俺を拒絶し閉ざされたそこを、根気よく、丁寧に、ねっとりと、自分のそれで弄ぶ。
唇を食むようにして、むにむにとその感触を楽しみながら舌でその皮膚を擽る。
紅い光沢を放つ機械の肩が、時に電気でも流されたみたいにびくりと震えた。
「んぅ、おい浮奇、」
「は、ちゃんと集中させてよ、味わかんないでしょ?」
「だからって、口の中に味はないだろ!」
ぐい、と肩を押されて顔を真っ赤にしながら両手で口元を隠して、こちらを睨めつけるファルガー。
案外初心な反応に気を良くしながら、意味もなさないその手の平に恭しく唇を落とす。
その行動に肩をビクつかせた瞬間を狙って、また唇を奪ってやる。
反抗するその口を塞ぐようにして、脅かさないようにそっと舌を潜り込ませる。
ぬかるんだ粘膜は少し外側の皮膚より温度が高くて、擦れ合う感触が気持ちいい。
より口付けを深めようと後頭部に手を回しながら髪を結いていたゴムをするり、と外してその髪を手ぐしで梳いていく。
舌が届く限り、余さず味わい、自分の体液を覚えさせるように唾液を送り込んだ。
俺の為に開かれる、彼の内側への入り口。
くちゅ、ぴちゃ、とまだ昼の太陽の光が差し込む寝室で水音だけが響いているのが、より官能的な空間を演出していた。
「んっ、ちゅ、じゅる……は、ダメだ、甘いことしかわかんない」
「っはぁ、やりすぎだ、塗り直すから少し待」
塗り直そうと振り返るファルガーをそのままベッドに沈める。
その光に透ける絹のような銀糸がシーツの上に散らばって、その目が丸く見開かれた。
そっとメガネを外してあげてベッドヘッドに置く。
そう、今日はこれも目的だから。
「大丈夫だよ、塗り直さなくて絶対当てるから。」
「……だろうと思った。」
諦めたようにそう口にするファルガーの指と自分のそれを絡めてつなぎ止め、
また誘われるようにもう一度顔を寄せた。
少し薄いファルガーの舌を軽く甘噛みすると、溢れ出す唾液が口の端から垂れる。
綺麗に揃った歯列をなぞって、より快感を引き出すように、両手でファルガーの両耳を覆う。
「う、き!それ、やだ」
「ふふ、これすると音響いて気持ちいいよね。」
こうするとキスの水音がよく響くらしく、分かりやすく腰をくねらせるのでいい気分になりながらまた舌を絡ませた。
粘膜が擦れ合う感覚。ひくつく身体。上がっていく気温と体温。
「ぉいっ、なぁまだ昼間だぞ。」
「っは、またそうやってお預けするの?」
もう待てないよ。
シーツの上に四散したプラスチック同士が、静かな部屋でカチャカチャと音を立てた。