11話「え?」
先程の縋るような期待を打ち砕かれ、まだ夕方だというのに目の前は真っ暗になってしまった。
「そ⋯んな、」
閉めても蛇口から漏れ出す水のような言葉を聞き、少女は申し訳なさそうに眉を曲げる。
「申し訳ないけれど、ウェルーシャは数年前に絶滅していて、この森に住んでいる私も見たことがないわ」
絶滅しているなら仕方がないと、事実を飲み込もうにも喉につっかえてなかなか呑み込めない。
シラーにどう伝えよう、とか、依頼が完遂出来ない、とか頭の中をぐるぐると巡る要因に暫く黙っていたヘルラ。
「⋯じゃあ、私の知り合いに聞いてみようか?」
ばっと顔を上げたヘルラに少女は柔らかな笑顔を見せる。
「ほんと!?」
「うん、見つかる確証は無いけれど、もしかしたら種だけでも見つかるかも」
ヘルラは目をキラキラさせながら少女の手を握った。
「ありがとう!⋯ぁ、名前まだだよね?僕はヘルラ!」
「私は椎葉ミュゲ。じゃあまた明日、お昼を過ぎた頃にここで待ち合わせしましょう。お連れ様と一緒にね」
うん!と合図を打ったあたりで遠くからミュゲを呼ぶ声が聞こえてきた。
「あ、行かなくちゃ。じゃあまた明日〜!」
手を振り上げ、声のする方へと走っていったミュゲを見送った後、ヘルラも自分の名前を呼ぶシラーの元へと向かった。
「うん。随分と上達したな!」
シラーの放つ魔法を打ち返しながらアルベロは叫ぶ。
「ぁ、ありがとうございます!」
暫くの打ち込み合いの後、休憩を挟むことにした二人は木陰の下で未だ打ち込みあいをしているノースとヘルラを眺めていた。
「正直まさかこんな短期間でここまで形になると思っていなかった!よく頑張っているな」
アルベロによってわしゃわしゃと幼子を撫でるように頭を撫でられ、乱れていく髪を気にしながらも、どこか懐かしい感覚に嬉しくなった。
「いえ⋯聖騎士団の方々のおかげです⋯」
「いいや、ここまで上達したのは君自身のおかげだ。努力したのも、工夫したのも、研究したのも結局は君が行動した結果だとも」
それは誇らしいことだ。と付け加え再び頭を撫でてくる。
「ありがとう⋯ございます⋯」
撫でられ終わった髪を整え、心地よさそうに風に吹かれているアルベロを視線だけで見つめた。
「⋯ヴァレンテさんは⋯誰だと思っているんですか?」
「神託のことだな。」
言葉が足りなすぎたか、と反省するのも余計だったようだ。
「正直、私は誰も疑いたくないし、誰も疑っていない。」
もちろん君もだ。とアルベロはシラーの方を見た。
「⋯あぁ、だが、聖騎士団長としては示しがつかんな⋯。」
そう困ったように笑うアルベロの表情にはどこか苦しげな感情が読み取れる。公平性を保つべき聖騎士であるが故、自分の大切な人達でさえも疑う行為にいい思いをしないのだろう。
「だが、きっと犯人は見つかるとも。信託は絶対だからな」
それが安心出来る要因には足りえないだろうが、安心させるようないい様にシラーも眉の力をぬいた。
「そういえばカルヴェさんとお話したいんですけど、あの日から一度も見かけなくて」
聖騎士団の人間とはある程度会話をしたが、彼だけはあの裁判以来一度も話したことがなかった。
「あぁ⋯ヴェロニクは最近忙しい様だしな、遠方に行くことが多いそうだ。数日後の杪夏祭までには帰ってくると思うぞ」
「杪夏祭?そういえば以前も祭りが近いと言ってましたね」
「あぁ!フェーネルリアは季節に合わせた祭りをいくつかするのだが杪夏祭は特に盛大に開かれるんだ!花火も上がるし、中央広場からアスローナへの大街道まで色んな露店が立ち並ぶ予定だ!君達も是非楽しむといい!」
村にいた頃にも祭りというものはあったが、首都で開催される規模の祭りとなると想像もつかない。
聞く限り、その祭りはちょうど予言の日前日のようだ。楽しめるかはさておき、ヘルラに花火だけでも見せれたらと考えていれば、丁度彼らの方の稽古も終わったようだった。
「お疲れ様ヘルラ」
駆け寄ってきたヘルラにタオルを渡しつつ、労いの言葉をかければ彼は嬉しそうに笑った。
「ねぇ!聞いて!僕随分上達したんだって!」
「見ていただけだが、私も君は随分上達したと思う。以前よりも動きに無駄が無くなっている上に、太刀筋も迷いが無くなっている!よく頑張っているな!」
先程シラーにしていたようにヘルラの頭を撫でくりまわしたアルベロは、同じく近くにいたノースにも労いの言葉をかけていた。
「あぁそうだシラーさん花のことだけど、実は手がかりが掴めそうなんだ」
「え!そうなの?」
「可能性があるだけどね、昨日僕が穴に落ちた時に助けてくれた人が知り合いの人を紹介してくれるみたいだよ」
「最近君たちはよく森に赴いているそうだな、なにか捜し物でも探しているのか?」
「はいウェルーシャの花を探しています」
「ウェルーシャの花?それはまたどうしてだ?君たちはただでさえ訓練で忙しいだろう」
「そろそろ生活費がつきそうでして⋯」
「生活費?あぁ!なんだ、言ってくれれば私が融資したのに」
仮にも他人に生活費を渡してくれるほど優しい人がいるのだろうか。目の前の人はさも当然だろうと表情一つ変えずに言っているところを見て、シラーはその発言に目を見開く。
「え!?いや、それは申し訳ないです⋯」
「気にするな、給金なら持て余すほど頂いているからな」
そういえばこの人、聖騎士団長だったなと改めて思い出したシラーは、それでも、と丁寧に断りを入れた。
「そうか?また足りなくなるようなら言ってくれ」
そういうとアルベロはポケットに入っていた懐中時計に視線を落とすと、時間だったのかこちらへ一言残しノースを連れその場を後にした。
「私達もそろそろ行こうか」
鍛錬もひと段落付き、二人の歩みは今日も久遠の森へと向く。