Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    029to5han

    @029to5han

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 19

    029to5han

    ☆quiet follow

    晴道と金酒。死にネタあり。

     ゆらゆらと心地よく揺られている。軽く上下して、ふわふわと。そして身体は何か大きくて暖かいものにへばりついている。
     ふっと意識を取り戻した少年は自分が何者かに背負われて移動しているという事実に気が付いて目を開けた。
    「……誰?」
    「おや、お目覚めですか。拙僧は蘆屋道満と申す陰陽法師にて。貴方は源頼光殿の所の金時殿でよろしいですかな?」
    「オレっちの事、知ってるのかよ……。
     ! そうだ、あいつらは」
     穏やかな声で淡々と語る男に、金時は意識を失う前の事を思い出し慌てて身を離す。
     物売りの子供がタチの悪い大人に売り上げを奪われそうになった所を助けに入って、ボコボコにされた所まではしっかりと記憶に残っている。
    「ご安心を。被害はなく皆、帰られましたよ」
    「アンタ、陰陽法師って言ったな。なんかしたのか?」
    「いえ、特には何も。お助けしようと近づいた所、拙僧はこの体格ですのであちらが勝手に逃げて行っただけにございます」
    「そっか……」
    「金の髪、青い瞳。あなたはとにかく目立ちますので、どこのどなたかを知るには苦労ございませんでした」
    「助けてくれたんだな、ありがとさん。ええと、道満法師。もういいよ、下ろしてくれ」
    「御無理なさいますな。折れてはいない様子ですがひどい打撲。拙僧も頼光殿のお邸方面に用事がございます故、ご遠慮召さるな」
     言われてぐっと言葉に詰まる。全身は確かに痛み、あちこち熱を持っている。
     なによりも男の背中は広く暖かく、小さく揺られる振動が心地が良かった。父を知らぬ金時にとってはとてつもない誘惑に満ちていて、恥ずかしいから降ろせと駄々を捏ねる事叶わなかった。
     金時は同年代の子供よりは発育も良いはずだが、それを軽々と負ぶっている男は先ほどからの丁寧な言葉使いからは想像が付きにくいが、言葉の通りかなり体格がいいのだろうと分かる。
     華やかな香ではなく、地味な抹香臭さもひどく心を落ち着かせた。
    「すまねェ。……くっそ、強くなりてェなァ」
     再び男の背に身を預け、自分ひとりではどうにもできなかった事を思い誰に聞かせるまでともなく呟くと、背中が揺れた。声もなく道満が笑っている。
    「ではよく学びなさいませ。学を修め知を得て、武を極め、色々なものを見て経験を積み、世の中がどう形作られているのか、自分とどう繋がっているのかを知る──。すぐに結果が出る訳ではございませんが、それらはきっと、貴方を強くするでしょう」
    「お説教か? 確かに軽率に飛び込んだオレっちが悪かったけど」
    「貴方はいつの日にか人々の心に光を与える者となるでしょう。その日の為に必要な事を述べたまで。お気に障りましたらどうかご容赦を。
     決してご自身を過信していた訳ではないでしょうに、それでも弱き者を救うべく飛び込んだ今のまま、まっすぐお育ち頂きたいという拙僧の願いでございますよ」
    「なんだよ、照れくさい事いいやがる」
    「悪しき者をくじく者──。晴明殿ほどではありませぬが、拙僧の目は金時殿が見事な武者となられます未来を幻視した。貴方は強くなられる資質と環境をお持ちだ。どうぞ励みなさいませ」
     正義を体現する事にかけて異論はない。そうあるのが武者であり、源氏武士である。だが自分はそんなに人から期待される人間だろうか。
     この男との会話は自信を持つというよりも、却って迷いを持ってしまう、そんな気がした。
     だが貴族という特権階級ではないこの男の願いを聞き届けるのも、きっと正義に繋がる道だろうと感じた。


     邸につくと義母ははが出迎えてくれた。背負われて傷だらけの金時を一目見るなり鬼の形相を浮かべた所、道満法師が事情を説明してくれた。
     感謝の言葉を述べている義母を後目に、背から降りた金時は初めて自分を運んでくれた男の顔を見た。
     晴明殿も人間離れした美しさを持つがこの男もまた随分と整った顔をしていた。自分の身体を支えていた腕の逞しさが嘘のように端正でありながら身体は実に大きく、群衆の中にいても頭が飛び出すというぐらい身長が高い。迫力ある体躯故に、僧兵かと勘違いしてもおかしくはないこの男に近寄られたら、力に頼る者は間違いなくびびって逃げるだろう。美しくはあるが、屈強な体とちぐはぐな笑顔もどことなく怖い。
     とは言え、長く伸ばされた髪はひとにまとめて前に垂らされ、金時に触れないようにしてくれていたと初めて知り、こまやかな心遣いに関心もした。
    「では、拙僧はこれにて」
     ぺこりと頭を下げ立ち去ろうとする法師の袖を、金時の手は反射的につかんでいた。
    「ありがとう、道満法師。アンタの願う者になれるかはわかンねぇけど……言った事は試してみるよ」
     黒い瞳は嬉しそうに細められ、頭を撫でるような優しい視線は無言で頷くと夕闇の中に去っていった。
    「なんですか金時、道満法師の願う者というのは」
     金時と共に長身の後ろ姿を最後まで見送ってから母が問うてきた。一瞬「内緒」と言おうとしたが、そんなことを口に使用ものならこの母がどんな態度をとるかわかりゃしない。ここは素直が一番だ。
    「弱い者を助け、誰かに光を与えられるぐらいに強くなるって話」
    「まぁ! それはとても良い事ですね。では精進いたしましょう、金時。まずは放り出している漢字の練習手習いをですね......」
     ……本当にこんな事でオレっちは強くなれるのか?
     信じていいんだな、道満法師??



     あれはいつの出来事だったろうか。
     道長様に呼び出された場所で、安倍晴明と共に任を受けた瞬間、あの記憶が蘇ってきた。
     下されたのは蘆屋道満を捕えよとの命。
     オレっちはアンタの言いつけを守ったっていうのに、アンタはどこで変わっちまったんだ。
     悔しさに、握った拳に力が入った。
     記憶の中の温かい背中は、挫けそうになった時、いつも優しく力強く金時オレを支えてくれていたというのに。



     捕えた罪人との接触は禁じられている。だが金時は道満と面会を希望した。
     捕縛の当事者であるという事を考慮され許可が降りたが、提示された条件がひとつあった。同じく捕縛を担当した安倍晴明を同席させる事。
     晴明は任を受けた時からこの件について何も言わなかった。行動を共にする事も多かった蘆屋道満とは同僚であり友人でもあっただろうに、情が動いた様子も一切見せず。最近ではバチバチにやりあっていたとは聞くが、内裏で二人を見かけた際、楽しそうに笑い合っていた姿からは想像もできない程に淡々と捕縛の任務に当たった。
     そんな晴明と一緒でなければ面会不可というのはいただけないが、それでも道満に問いたい事があった。なにせ道満は捕えられる際に抵抗もせず至って大人しく、何一つこの件について語ろうとしなかったのだから。
     観念したという素振りでもなく、否定も肯定もなく、ただただ沙汰が下されるのを待つ身であると聞き及んでいる。濡れ衣を着せられでっちあげで犯人にされるかもしれないというのに、弁明の言葉も恨み言もないとはあまりにも不自然すぎる。
     だから真実を聞きたい、直接会って話を聞きたい。それが自己満足であるとは考えもしていなかった。
     牢屋の柵越しではなく、狭いながらも別の部屋を用意され、そこに刑吏によって連れられてきた彼の姿は痛々しいものだった。術封じの為か、口元には雑に札が貼られており、五指を組む事もできないようにぎりぎちに縛られている。
     晴明が無言で道満に近づき、耳元に何かささやくと口元の札を剥がした。
    「お久しぶりにございます、金時殿。内裏でお姿をお見掛けする事は幾度かございましたが、こうしてお話するのはあの時以来ですか。大きくなられた」
    「大きくはなったが立派にはなってねェんだよな。背だってアンタの方がまだ高い」
    「十分に立派な若武者でございますよ。拙僧の呪が効いたようで何より」
    「呪って……」
    「申したではありませんか、まっすぐお育ちいただきたいと。あれはすでに呪いの言葉。まっすぐすぎるが故に、内裏の腹黒さに辟易しているのではございませんか?」
    「金時、その男の言葉に耳を貸してはいけません」
    「おやおや、ひどい言われよう」
     捕えられている状況だというのに、道満はひどく楽しそうに笑っている。逆に晴明の声には苦々しさがふんだんに織り込まれている。まるで立場があべこべだ。
    「……道満法師、聞かせてくれ。アンタは捕らえられたこの件に関して何もしゃべっていないそうだな。本当の所を聞かせてくれ」
    「そんな事を聞きたいが為に晴明殿まで動かしたので? いいでしょう、お答えいたしましょう。貴方が動いた事が全ての答えであると」
    「どういう……意味だ」
    「悪しき者をくをくじく正義。それが貴方、それが全て」
    「道満!」
     晴明の鋭い声が道満を叱責する。愕然とする金時を見もしないで、晴明は冷たい声で金時へと語りかけた。
    「金時、聞きたい事がこれ以上ないのならば帰ります。この男を抑える為に呼ばれましたが、私も暇じゃない」
    「ええ、拙僧もこれ以上言う事はありません。どうかお元気で、金時殿。活躍を期待しておりますぞ」
     その先の事はよく覚えていない。無罪であるかもしれない道満を救う事すらできない、胸の内を知る事ができないのに、なにが正義なんだという気持ちだけがぐるぐると頭の中で回っていた。
     助けたい。だが道満は助けを必要としていないのだと苦い気持ちを抱えたまま、彼と別れる事になった。
     金時に救われる……それは自らが弱者であると認めてしまう事と同じ意味を持つのだから、道満がそれを受け入れるとは到底思えなかった。



     京の都から播磨へ流されたはずの道満法師が死んだと噂されたのはしばらくたってからだった。晴明が討ち取ったという噂とセットでそれは金時の耳に届いた。
     当然の事ながら金時は晴明に食って掛かったが、一蹴されて終わった。
    「私とあれの間の事。何人たりとも立ち入る事は許さない」
     金時はこの日初めて、晴明の本気の片鱗を目にした。そして武者として成長し大抵の事には動じずに鍛え上げられたはずの肝には、全身が凍りつき指一つ動かせない、言葉すら奪われる恐怖を刻み込まれた。
     この男なりに道満法師と向き合い、それはこのような目をさせる覚悟を持ったものだったのだと分かったした気がした。
     平安京最強の陰陽師と謳われる安倍晴明をしても、そうあらねばならなかったのだと。



    「そりゃそうやわ。アンタなんか完全部外者やもん。お呼びでないっちゅうことや」
     可憐な少女に見えて、妖艶なる笑みを浮かべた鬼はそう笑った。その笑みは毒を振りまき周囲を血と死で彩るもの。今ではその事を誰よりも金時がよく知っている。
     どうやら自分金時よりもこの鬼の方がはるかに彼らの心境を理解しているらしい。彼女もまた、安倍晴明の関係者と言えばそうであるのだから、自然な事なのかもしれない。自分だけが、置いてけぼり──。
    「そんなに他所ヨソのモンを気にかけるとは妬けるわぁ。わざとやろか? 本当にいけずやねぇ、堪忍してほしいわ。
     ……アンタの相手はうち。忘れたらアカンよ」
     ふふふと笑う鬼はかつて焦がれた相手でもあった。
    「つまらん他所の話なんでどうでもええ。さぁて、ウチらはどないしよか? 殺しやりあう以外の道はあらへん気ぃするえ? アンタもそのつもりで来はったんやろ?」
     殺気なぞまるでなく、飄々しとした彼女の言葉。だがほんの瞬きの間に豹変すると金時は知っている。
     そしてようやく。ようやく金時は理解した。
     蘆屋道満と安倍晴明。彼らもまた、自分と彼女と似た境遇にあったのだと。
     愛しているからこそ、殺すしかなかった。他の誰でもなく、自らの手でもって殺め、その罪と共に相手のいない空虚を抱えて残りの人生を生きていく。もうどこにもいないのだと背負う事、それが唯一許された行動であり、恐ろしい程の覚悟が必要だった。
     ……やっばアンタおかしいわ晴道殿。
     真正面からこんなものに挑めるなんざ、正気の沙汰じゃねぇ。オレっちは……こんなに内心で震えているってぇのにさ。
     一体「悪しき者をくじく」正義とは何なのだ。正義に準じれば誰かひとりを愛する事すら満足にできないのか。これが正義であれと望んだ道満法師の呪いだというのか。
     違う──これは彼が憎んだ世の中、運命というものだろう。その中で貴賤なき人の道正義を渇望したのが彼だ。
     ……道満法師。アンタはオレに呪いもかけたが、同時に『正義を成す為』という言い訳逃げ道を作ってくれたんだな。正しき道を進む事の辛さ苦しさを知っていた法師殿──優しい背中の暖かさは、あの日の言葉は偽りじゃなかった。
     負ける訳にはいかねぇ。
     選ばなければならない。
     ああ、こんなの、正気じゃやってられねェわ。
     顔を歪めながらも金時は獲物を握る手に力み込めた。
     言葉が通じるはずなのに、もはやそんなものでは何も解決できないのだと、あの人達が身を以て教えてくれていた。


     かくして金時は資格を得る。
     正義を持ちながら、「狂化」の力を秘めた英霊となる資格。
     だから彼は憧れる。
     迷い悩みながらも、最後には全て消化し打ち勝ち、ハッピーエンドを迎える事ができる「現代の御伽噺ヒーロー」というものに。


    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😭😭😭😭😭💖💖💖💖😭💖💖💖👍👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works

    kanamisaniwa

    MAIKING晴道+息子(吉平)+息子(吉昌)『アー、てすてす!こちら安倍晴明の座経由で通信中!安倍吉平の弟吉昌ですがー!兄さーんまたへんな男ひっかけてないよなー?』
    「……突然の情報過多に色々と追い付けない僕マスター。誰かヘルプ…!!」

    ふいにノウム・カルデアの食堂に現れた五星が描かれた掌大の人形の紙がそんな声を発して、立夏は盛大に頭を抱えた。
    いきなり未召喚ならぬ未実装の英霊から通信が飛んできたことも異常だし、それが安倍晴明の息子で吉平の弟というのも驚くしかない。そして、その紙が飛んできた食堂の状況もまた悪かったのがいただけない。

    「んお?なんだなんだまた日本の魔術師かぁ?」
    「こいつらやたら紙を使う術が好きだな。男なら正々堂々直接乗り込んでこいよー」
    「ひっく!そんな紙切れ気にするな!ほら飲め吉平!シンシン秘蔵の酒だぞー!」
    「んー、…ごくん」

    カルデアきっての酒好き達が集合し、やんややんやの飲み会の真っ最中だった。


    「おわぁぁっ!吉平さんもうやめよ?!顔真っ赤だから!!ってこれ奇奇酒?!誰が持ち出したの?!」
    『…まあ、予想の範囲内だが。おーい、カルデアのマスター!父上か道満法師様は呼べないか?』
    「ついさっきま 1690