「撫でろ」
「こ、こうですか」
おそるおそる頭を撫でられて、意識がぼんやりする。
実際にこんなふうにされたことはないはずだが、愛之介の夢のなかではいつも優しい手が頭頂部から毛先へと繰り返し動き、指先が髪の間にわけいって頭皮をくすぐった。
あいのすけさま、おじょうずです。
その言葉は愛之介にかけられた、数多の呪いのひとつだった。たぶんあの打ち捨てられたプールで、忠のトリックを初見で真似てみせたときに言われたのだ。少年期の愛之介はベッドのなかで、その言葉を何度だって飽きずになぞった。
別に自分が特別に好色な十代だったわけではない、と愛之介は誰にともなく言い訳してしまうのが常だった。はじめては忠だ、とかつての愛之介は一途にも決めこんでいたのだ。手や脚や、罪のない部位が自分に触れるたびに頰をわずかに染める忠を見て、その場で転げ回りたいほど浮かれて、信じて疑わなかった。セックスとはなんなのか、一体どうするのだかはっきりわかっていないころから。自分が最初に一緒にベッドに入るのは忠だ、と。
性というカテゴリに属するあれやこれやをはっきりと理解してからは、忠はいつも夢のなかに現れた。幻の忠はいつもやさしく微笑みながら愛之介の身体を滅茶苦茶に暴いて、呆然とする愛之介を抱き寄せて髪を撫でながら「おじょうずです」とささやいた。
褒めであり、いたわりであり、睦言でもある。
実際にはそうはならなかったものの、愛之介にとって、夢だけはいつでも自由だ。
「……おまえは嫌がるかもしれないが」
嫌がることなんてありませんと言いたげな、心外そうな顔で見つめられて、愛之介は頬を染め上げた。
「子どもの頃みたいにしてくれないか」
「……わたしはそんなに変わりましたか」
「変わった」
いまさら何を言うんだ、とつっけんどんに言い放てば、納得していないような沈黙が降りる。
髪をかきあげて、顔をあらわにする。翡翠色の目で見つめられると、身体が腹からとろけていくような心地がする。
「でも、おまえの顔はあまり変わらないな。あのころの、僕が好きだった顔のままだ」
「わ、わたしの顔がお好きだったのですか」
それは想定していなかった、と言いたげな忠に妙にいじらしく胸のうちがきゅっとせばまって、それを打ち消すようにからかった。
「おまえは美少年だったもの。なんとなくさみしげで、儚げで、女の子みたいにかわいくて……」
「それは愛之介さまのほうです。あなたは本当におかわいらしくて……いまもかわいらしいですが」
慌てたように付け足されて愛之介はすこし笑った。
「愛之介さまは、いまのわたしではお嫌でしょうか」
「わかれよ。変わらないって言っただろう」
詰る声は妙に掠れてしまって、切実さを浮き彫りにした。愛之介としては決まり悪いことに。