まだ名付けない「アーシェングロット先輩!」
考えごとをしていた上に、およそ自分に向けられたものとは思えない溌剌とした呼びかけに、少々反応が鈍った。アズールが二拍ほど遅れて顔を上げると、食堂のごったがえした人混みをすり抜け、デュース・スペードが駆け寄ってくるところだった。あたりにはバターの香りが漂っている。
「……もしや、あなたも」
「はい! 月に一度の麓のベーカリーの出張営業、今日の目玉商品はクロワッサンなんですって。この香りをかいだら花の街でのこと思い出して、食べたくてたまらなくなって。アーシェングロット先輩もそうですよね」
人懐っこい笑顔で言うデュースは、微塵もアズールが否定する可能性を考えていないようだった。虚勢を張っても仕方ないので、アズールは認めることにした。
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