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    aoitori5d

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    aoitori5d

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    生存Ifローコラ小話。軽度のドフヴィオ、ドフコラ要素があります。惜しみなく与えられた愛はある種暴力だという話。

    #ローコラ
    low-collar

    愛を読む  愛を読む

     ドレスローザ王宮の内宮奥深くに、国王ドフラミンゴただ一人だけが入れる部屋が存在した。悪魔の実の能力で何もかもを見透かすことのできる王女ヴィオラ……ドフラミンゴファミリーのヴァイオレットでさえもその部屋の内情を知ることはできない。重厚な海楼石の外壁と扉が視界を阻み、ドフラミンゴもまた、その部屋の持ち主について口を開くことは終ぞなかった。彼の信頼する、家族の前でさえも。
     その部屋はドフラミンゴの私室に繋がるかたちで隣接しており、前々から存在には気づいていたヴィオラと王城を取り戻したリク王の知るところとなった。“天夜叉”ドフラミンゴが天から墜ちたその日の夕刻。リク王はドフラミンゴの私室──派手好きと思われた彼の外見からは想像もつかないほど簡素で、数多の本に埋もれた──から見つけた海楼石製の鍵で、その重々しく閉じられた扉を開けた。

    「……これは……」
     壁から床、天井まで海楼石で出来た部屋は、能力者であるドフラミンゴにとって耐えがたい圧迫感と苦しみを与えていたであろう。現にリク王に付き従っていたヴィオラは一歩足を踏み入れるなりぐらりと立ち眩みを起こし、後ろの兵に支えられている。口元を押さえ、色を失いながらもヴィオラはそれでも立ち上がった。十年、知り得なかった真実が目の前にある。
    「なんという」
     海に面した側にのみ設けられた窓からは、ドレスローザ近海に沈む夕陽が差し込み部屋を赤く染めていた。冷たい海楼石の感触を和らげるためか、床には柔らかなラグが一面に敷かれ、壁も上から漆喰のようなもので覆われていた。悪趣味なまでに華美で豪奢。そんなドフラミンゴの評判からは想像もしえないほど、この部屋は簡素で、生きる者の気配のしない美しい白で覆われている。
    「お父様……」
     ヴィオラが震える指で示す先をリク王が見る。広い部屋の中にポツンと、窓辺に沿うようにして大きな寝台が置かれている。ドフラミンゴの私室で見たものと同じように思えるそれに、ひとりの男が横たわっていた。
     くすんだ金髪に、色の抜け落ちた白い皮膚。青い静脈が浮かぶ手の甲には点滴の針が刺さっている。静かに上下する胸から、呼吸をしていることがわかった。だがそれだけだ。昼間の、言葉通り天地がひっくり返るような騒ぎがあったにも関わらずこの部屋は、男はあまりにも静かで、何も起こっていないかのような静寂に包まれている。短く生えそろった睫毛が揺れることもなく、薄く開いた唇はすこし乾き始めている。だがそれは言い換えれば、今までは潤んでいたということだ。喧騒にも気付くことなく眠り続ける男の唇を、皮膚を清潔に、瑞々しく保つようされていた。
     ──誰が? 
     ヴィオラはそこまで考え、今度こそぺたりと座り込んだ。海楼石が触れる面積が増え、身体を蝕む倦怠感は強いというのに床は柔らかく温かい。寝台の淵に手をかけ、まじまじと眠る男の横顔を見つめた。スッと通った高い鼻梁、彫りの深い顔立ち。柔らかな金髪に、三メートル近い恵まれた身体つき。
    「ドフィ……」
     あの悪魔のような男が! 毎日毎晩、この男の唇を濡らしていた……! 関節が固まることのないよう、皮膚が乾いて割れることのないよう。寝台脇のチェストをリク王が開けた。そこには柘植の櫛と油、保湿剤と思わしき小瓶、それから寝たきりの男を介護するための品々が几帳面なほどきっちりと仕舞われていた。奔放で享楽的に見えて、その実無口で神経質だった男の面影が過る。
     彼はどんな風にこの男に触れていたのだろう。目覚めることのない、自分に似た面差しの男に。あの大きな手の、驚くほど器用な指でそっと触れていたのだろうとヴィオラは思った。触れれば壊れるような、そんな繊細な手つきで。ヴィオラを抱いたとき以上の、優しい力で。じわりと涙が浮かんでいた。憎い男だ。ヴィオラの誇りを、尊厳を粉々になるほど打ち砕いた、憎くておぞましい悪魔のような男だった。
     ──だが。
    「かわいそうな男(ひと)……!」
     すべてが計算だったとしても、すべてがヴィオラを逃がさないための計略だったとしても、ヴィオラはドフラミンゴを心の底から、姪や父や義兄のように憎むことはもう、できなかった。
     眠ることができない男。わずかな浅い眠りでさえも魘され、冷や汗をかいて飛び起きる。人前では決して外すことのないサングラスの下を知っている。落ち窪んだ瞳の下に薄い隈を作り、荒い息が落ち着くと眠るふりをしているヴィオラの腰を抱き寄せ、腕に抱いて何をするでもなく再び瞼を閉じるのだ。その逞しい背に腕をまわしながら、図体ばかり大きく育った、迷子の子供のようだと思った。無垢というのは善とイコールで繋がるわけではない。無垢が故の悪辣さばかり大人によって磨かれた、そんな男が。どんな気持ちで、どんな顔で、眠る男に触れ、あまつさえ甲斐甲斐しく世話をしていたのだろう。もう知る術のない問いかけを口に出すことはできなかった。小さく震えるヴィオラの肩を抱きながら、リク王が背後の兵に告げた。
    「この男を空いている部屋へ。……くれぐれもほかの誰にも知られることのないように」

    ***

     海軍大目付……元元帥センゴクが、養い子の忘れ形見を見送って暫く後のことである。大将藤虎が面目ないと(まったく悪びれた様子もなく)詫びながら戻り、おつる中将が仕方のない子だねとため息をつくのをワハハと笑っていると、王宮付の兵士がなにやら神妙な様子でトンタッタ族の姫君を迎えに来た。こそこそと、センゴクたちの目を憚るようにマンシェリー姫に何事かを尋ねる。その様子に、元帥の座を退いたことで元来の悪戯心が湧いたセンゴクはにやりとほくそ笑んで見聞色の覇気をその方角にちらりと向けた。
    「ええ? 意識のない大人間を回復できるか、れすって?」
    「ええと、試したことがないのれすが……」
    「一度その人を見てみないと」
     戸惑ったようなマンシェリー姫の声に、兵士はそれで構わないと答えた。
    「国王からは内密にと厳命されています。一度姫に診てもらい、それから判断したいと」

     ふむふむ、なにやら重要人物のよう。それも海軍の目を憚るような。とはいえ、ドフラミンゴファミリー壊滅の責を担った主だった海賊たちはすでに出航した。ならばファミリーの残党? それなら海軍に隠す必要はない。むくむくと湧きあがった疑念と好奇心に、ひょいと彼らの背後から声をかけた。
    「私もついて行っていいか? 治癒の力が必要なら何人分だって提供するぞ」
     ヒィッ、と噛み殺すような悲鳴を上げる兵士とは裏腹に、マンシェリー姫は手を叩いて喜んだ。
    「まぁ! おじさまの治癒力なら治せないものはないれすね!」

     ──結果として、センゴクは思わぬかたちで養い子との再会を果たすことになった。幾度となく撫でた丸い頭に、そっと手を伸ばす。柔らかな、癖のある金髪はかつてと寸分も違わない。
    「ロシナンテ……」
     みっともなく声が震えていた。死んだと思っていた。喪ったと思っていた。あの日送られてきた写真付きの報告の通り、ドンキホーテ・ロシナンテは……ドフラミンゴファミリー幹部“コラソン”は、ミニオン島で死んだはずだった。動揺から立ち戻ったセンゴクが遺体の収容を命じたときにはすでに雪に覆い隠され、見つけ出すことができなかったとの報告を最後に、愛した子供の死を受け入れるほかないと諦めたはずだった。
    だが、とすぐさまセンゴクは思い直した。収容を命じた部下はなんと名乗った? あの日あの夜、島にいたのは。おつる率いる部隊はドフラミンゴを追っていた。彼女の目の届かない場所で、ロシナンテをセンゴクの手から引き離した者がいたとすればそれは。
    「センゴク殿。その者とはどんな関係で?」
     黙り込んだままのセンゴクに、リク王が静かに声をかけた。その声にハッとセンゴクは深く沈んだ思考の海から浮上する。
    「……ん、ああ、申し訳ない。お恥ずかしながらあまりのことに驚いて固まってしまった。……この男はロシナンテという。ご想像の通り、あのドフラミンゴの実弟で……」
     弟、という言葉にリク王の後ろに付き従っていた王女が目線をセンゴクに向けた。その強い視線を受け止めながら、センゴクは一拍置いて言葉を続ける。
    「十三年前、兄の愚行を止めようとファミリーに潜入捜査をしていた海兵でした」

     ***

     トラファルガー・“D”・ワーテル・ロー。ロシナンテが命を投げ棄て救った子供は、センゴクの問いかけに淡々と、淀みなく答えた。いつかこうなる日が来ると予見していたかのように話す姿に、センゴクはこの男の過去に思いを馳せた。何度も何度もその優秀な頭脳で反駁し続けたのだろう。あの日の出来事を。ロシナンテの突然の背信と死の理由は、彼が救った少年の命だった。
    「二人で逃げるはずだった……あの日、おれがへまをしなければ」
    「へま?」
    「コラさんはこの国を救えたはずだった。おれが密書をヴェルゴにさえ渡さなければ……いや、彼のもとへあいつを連れて行かなければ」
     ギリ、と握りしめた拳が震えていた。帽子を深く被り直し、ローは絞り出すような声で叫んだ。
    「あのひとは……! 一度だってあんたを裏切ったことなんてなかった……!」
     ずび、と鼻を啜る音が潮騒に紛れて聞こえる。肩を震わせ、唯一の寄る辺のように長刀を抱きしめ立つ男に、センゴクは小さく嘆息した。悪名高い海賊が、自尊心の塊のようなこの男がこの場で何に怒り憤っているのか。それはただ一人の海兵の名誉のためだった。センゴクが愛し慈しんだ子供が吐いた、最初で最後の嘘に対する。
    「わかっている……わかっているとも」
     ロシナンテは海軍を裏切ってなどいない。センゴクを裏切ってなんかいない。彼にとっての正義とは兄を止めることであり、兄の手によってもたらされる悲劇を食い止めることであり、兄と同じ目をした子供を救うことだった。いや、救うなんて思い上がりはしていなかっただろう。ただ兄のもとから逃がし、命を、心を蝕む病から逃がし、自由に生きてほしいと願っただけだ。
    「あの子は自分の正義を全うしたのだ」
     ぐ、とローが唇を噛み締めた。海賊に正義はない。彼が今日したことは恩人の本懐を果たすという仁義であり愛であり、間違っても正義ではなかった。しかしてロシナンテは海賊ではなく海兵だった。自身の心のうちに掲げていた正義を、誰にも語ることがなかったとしても。

    ***

     ──フッフッフ、そうかなるほど。おまえがロシーを海兵なんぞに仕立てた張本人か。まったく、おれのかわいい弟をよくもまあ、誑かしてくれたものだ。フッフ、“海のクズども”だったか? うちの弟に悪い言葉を覚えさせるんじゃねえよ。おかげであいつときたら、兄上に向かって“悪魔”だとよ。フフ、フフフフフ……! 海賊相手に銃もろくに撃てねえ、ドジばっかりの海兵をよく送り込む気になったな? あの甘ったれで、反吐が出るほどの偽善者を。おかげであいつは死んだぜ。小せェ、痩せっぽちのガキを抱えて、このおれに愚かにも歯向かってな。
     ……フフ、そうか見つけたか。いいんだ、あれには飽きた。もういらねェ。おれには必要のないモンだ。好きにしろよ、あいつは海軍にとっても裏切り者だろ? ……ハ? なんだよ。センゴク、おまえの悪い癖だぞ。何でも知ってございというその態度が、あれを無謀に走らせたんだ。

    「あの子は私を裏切ってなどいない。おまえはそもそも裏切られてもいない。ドフラミンゴ、おまえは恐れたんだ。ロシナンテが再び自分のもとから逃げだすのではないかと。だからマンシェリー姫の能力も使わなかった。目覚めたロシナンテが、自分を否定するのを聞きたくなかったのだろう」

     ──おまえはロシナンテを愛していたはずだ。だからこそ裏を洗わずファミリーに迎え入れた。ロシナンテも同じだ。愛していたから、おまえを止めようとしたのだ。

    「……智将ってのは、気分がいいなァ? 勝手にひとの心を読んだ気になって、訳知り顔で悦に入りやがる。違うか? センゴク」
     海楼石の鎖に雁字搦めに囚われた男の、静かな声が響く。にわかに船室の外が騒がしい。電伝虫が緊急事態を告げていた。百獣海賊団が無謀にも大将や元元帥の乗る艇に襲撃を仕掛けてきたらしい。白髪の老人の背が船室から完全に消え去り、空いた椅子には代わりに見知った顔の、ピンと背筋の伸びた老女が座る。呆れた顔で、揺れる船体をものともせず文庫本を取り出した彼女に、獄中の男は静かな声で呟いた。
    「どいつもこいつも愛、愛……愛がなにを救う? 愛でなにができる」
     ぺらりと紙面を捲りながら、老女……おつるが誰に言う風でもなく応えた。
    「今日、おまえがここにいることがその答えだろう」

     ***

     トラファルガー・ローが恩人の本懐を果たしてから──“D”の名を持つ破天荒な海賊が天夜叉を地に墜とした日から数年の月日が経った頃のことだ。あの麦わら帽子を被った少年が青年になり、一時期同盟を組んだローもまた海の支配者の一角と目されるようになって久しくなった頃──当の本人たちは“海は誰のモンでもねェ、支配するなんて面倒くせェこと誰がするか”と言って憚らず、自由気ままに海を、島々を巡る日々の中で一羽の配達カモメが手紙を運んできた。
    「キャプテン、誰からです?」
     立ち寄った夏島の、通常の船なら立ち入らない島の裏手に浮上し溜まった洗濯物を干していたペンギンが、ローの手の中に納まった白い封筒を指さした。
    「珍しいですね、手紙なんて。七武海だった時以来じゃないですか?」
     海賊稼業で郵便物が届くことなどほとんどない。麦わらの一味とはなんだかんだ、トナカイの船医と薬品や専門書のやり取りがあるが、それは例外と言っていいだろう。今回は麦わらの一味とは無関係のようだった。指の股をくぐらせながら全体を観察し終える。なんのデザインもない、ただの白い封筒だ。ただ紙は上質である。スキャンしてみても、中は一枚の便箋があるだけのようだった。
    「あれ、おいしい匂いがする」
     スンスン、とローが背もたれとしていたベポが鼻を鳴らした。
    「甘じょっぱい……ワの国でいっぱい嗅いだことある。なんだっけ……そう、おせんべいの匂い!」
    「ええ、普通こういうおしゃれな封筒ってこう、お花の匂いがするもんじゃね?」
     三十路を過ぎてなお妙にロマンチックなところのあるペンギンの言葉に、ベポがなにそれ、と笑う。それからやいのやいの、キャプテンへのラブレターだの悪の組織からの果たし状だの好き勝手なことを話し始めた彼らを置いて、ローはドクンと心臓が大きく跳ねるのを感じていた。
     (センゴク? いまさら何を。こんなサインもない、捨てられても文句の言えねえやり方で、なにを)
     自室から“シャンブルズ”でペーパーナイフを取り寄せる。スパッと美しく切れた断面から、一枚の折り畳まれた紙を取り出した。
    「…………ッ!」

     ──宝箱を取りに来られたし。ドレスローザにて待つ。おじいちゃんより。

    「……なぁに、これ。キャプテン、おじいちゃんいたの?」
     黙りこくったままのローの背後からベポが紙面を覗き見、そして口元に手をやって首を傾げた。その横でペンギンは、数年前自分たちをゾウに置いて旅立った年下の船長の横顔を思い出していた。失くしたものが見つからない、子供の横顔を。あのときは置いていかれた。仕方のないことだと諦めがようやくついたのは、ついこの間のことだ。おれたちはあんたの弱みか? シャチとともに問いかけたその答えは、そうだ、というシンプルなものだったから。おまえらはおれの弱みだ。絶対に失いたくない。大事なものは、仕舞っておかないとダメなんだ。その声に、その瞳に、二人で顔を見合わせ、ならしょうがないかあ、とため息を吐いた。なにせ二人にとってローは、愛おしい、愛してやまない年下の生意気なガキでもあるので。今回もまたペンギンはスッと短く息を吸い込むと、何でもないような声でローに向けて口を開いた。
    「……あんたさ、海賊のくせに宝箱を忘れてきちまったんですか? しょうがない、ドレスローザに行きますよ! まったく、おれたちがいないと本当、ダメなんだから」
     そうしてやや高い位置にある肩をポンと叩き、不思議そうな顔のベポを引っ張って艦内に向かう。
    「おおいみんな! 出航だ! 場所は“新世界”ドレスローザ!」
     後ろ手にばたんと甲板の扉を閉める直前、ぐすっと鼻をかむ音が聞こえた。

     ***

     男が目覚めると、世界は一変していた。凍えるように冷たい雪の上に倒れ込んでいたはずが、柔らかで温かな寝台に横たわり、星灯り一つない真っ暗で雪の降りしきる夜の闇だったはずの空は雲一つない晴れ渡った夏の青空であった。ぎこちなく瞼を数度瞬かせると、妖精のような愛らしい女の子がにっこりと微笑み、そうして涙を一つ零した。その涙の粒がぽたりと頬に落ちると、気怠かった呼吸がすこし楽になった。そこでようやく、寝台の横に座る女の姿に気が付いた。母とは正反対の、濡れるように輝く黒い髪。利発そうな瞳が大きく見開かれ、そうしてゆっくりと微笑んだ。
    「おはよう、ロシナンテさん。あなたが目覚める日をずっと待っていたわ。……ずっと、ずっとね」
     それはどういう意味か尋ねようとして──声がうまく出ないことに気が付いた。ドジって“凪”をかけていたかと思ったが、どうやら物理的に喉がうまく動かないせいのようだった。そうこうしているうちに、なんだかめっきり老け込んだ──これはあとでたっぷりと説教を食らった感想であるが──養父が部屋に駆け込んできて、その後ろからまた屈強な隻足の男やなんだか威厳のある老人、桃色の髪を結った女の子やらが部屋に押し寄せ、そこからはもう大騒ぎだった。自分をかき抱き、わんわんと大声をあげて泣く養父の姿を初めて見た。何がなんだか、傍らの黒髪の女性へ縋るような視線を向けると、彼女は一瞬懐かしそうな、悲しそうな笑みを浮かべ、諦めなさいとでも言うように首を横に振った。
    「せ、ンゴクさ……お、おれ、ドジばっかりで……」
     衰えた喉から何とか言葉を絞り出す。そのうちに何故だか今度は自分まで涙が次から次へと溢れだし、どうにもできないほど胸が熱く、苦しくなって、記憶にあるよりすこし薄くなった養父の背に抱きついた。
    「会いたかった……ずっと、会って、あや、謝りたかった……! あ、愛してくれたのに、おれは、おれ、おれは……!」
     死の間際まで、己の行動を悔いることはなかった。ただ自分が死んだあと、本部近くの広い家に養父がひとり残されることだけが申し訳ないと思った。
     
     ──ロシナンテがいつ嫁さんをつれてきてもいいように、デカい家を建てたからな!
     ──婿に行ったらどうするんだい。ロシナンテ、このジジイの言葉なんて気にしなくていいからね。好きに生きるんだよ。
     ──孫ができるんだったら広い方がいいだろう、おつるちゃん。
     ──ワッハッハ! 儂の孫も連れてきていいか
     ──ダメだダメだ! ガープ、貴様の孫なんぞ連れてきたら家が壊れるだろうが!

     かつて見た光景が、まるで昨日のことのように思い出された。幸福だった。こんなに幸福でよいのだろうかと恐ろしささえ覚えた。そしてそんな幸福を与えてくれた養父が最後に知るだろう己の死に、僅かばかりの罪悪感も。

    「あい、あいしてくれて、うれしかった……」
     涙が溢れて止まらなかった。視界はとうにぼやけて、縋りついたシャツがギチチッと悲鳴をあげるのも構わず懐かしい匂いのする体に無我夢中で抱きついた。それに応えるように、センゴクもまた痩せ衰えたロシナンテの身体を強く優しく抱き締め返す。
    「当たり前のことを言うんじゃない、ばか者が……!」
     涙で濡れたシャツに顔を埋め、ロシナンテは何度も何度も肯いた。死にたくなかった。生きていたかった。オペオペの実を食べて苦難の道を歩ませることになった小さな子供を、ずっとずっと見守っていてやりたかった。自分が愛されたように、ローを愛してやりたかった。いずれ来るだろう大きな苦しみや悲しみから、出来得る限り守ってやりたかったのだ。
    一頻り、息もできないほどに泣き喘いだあと、目を真っ赤に腫らしてロシナンテが言った。
    「センゴクさん、ロー……珀鉛病の子供を知りませんか。小せェ、守ってやんないとすぐに死んじまいそうなほど痩せたガキなんです。病気が治ったのか、どこにいるのか知りたい」
     その言葉に、親子の十余年越しの再会にもらい泣きしていた部屋の面々、そしてセンゴクがピシリと固まった。
    「え、なに? この空気」
     コホン、と隻足の男が一つ咳払いして部下からなにか紙を一枚受け取り、それをロシナンテの前に差し出した。気をしっかり持て、という気遣いに満ちた言葉と共に。
    「…………エッ?」

     その数日後のことである。王宮の一室に、くっきりと濃い隈を浮かべた、筋骨逞しい身体のあちこちに恐ろしいまでに刺青を入れた、厳つい、どう見ても小さくか弱く、風が吹くだけで折れて死んでしまいそうには見えない、三十億の賞金首が現れるのは。そうして驚愕に身を固めるロシナンテにがっちりと抱き着き、国中に響き渡るかのような大声で叫んだ。
    「おれも愛してる、愛してるぜコラさん‼」
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