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    aoitori5d

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    aoitori5d

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    人狼ゲームに興じるハートの面々とやたら人狼役がうまい♡さん、へたな□ーくんのローコラ小話

    #ローコラ
    low-collar

    影を合わせて この中に裏切り者がいる!

    「えー、では……翌朝、シャチが無惨な姿で発見されました。これにより村人の数が人狼より下回ったので人狼の勝ちです。役職は霊能ベポ、占いハクガン、狩人ペンギン、人狼がジャンバールとコラさんでした」
     イッカクの淡々とした声が告げる言葉に、固唾を飲んで見守っていた面々が一斉に沸く。
    「うおおお! スッゲェコラさん! また人狼サイドで勝ってる!」
     早々に咬まれて退場したペンギンが、照れたように頬を掻く男の肩に腕をまわす。
    「いやあ、偶々だろ、偶々」
     その言葉に、配られた役職カードを回収していたシャチがでも、と割り込む。
    「偶然であそこまで尤もらしい嘘をつかれちゃ堪んないスよ! おれ結局仲間だったウニ吊っちゃったじゃないですか」
    「ああ、はは。ウケるな」
    「いや笑い事じゃねぇんだわ」
     長い航海において、遊びは重要な役割を担っている。船員の気力快復、コミュニケーションによる仲間意識の向上などなど……。ただし、ポーラータング号において船員同士の賭けは禁止されているので、ポーカーやその他のギャンブルはなし。途中立ち寄る島々でそれぞれが面白そうなボードゲームやカードゲームを仕入れてくれば、二日三日、長ければ一ヵ月はそれで盛り上がる。修学旅行生かよ、とは船に慣れ始めた頃のコラソンの言である。以前はワの国から持ち帰った、歌の書かれたカード(百人一首というらしい)を使った“坊主めくり”というもので盛り上がった。いまは複数人の参加者の中から嘘吐きを探す、というゲームに皆がのめり込んでいた。意外にも腹芸の得意な者、嘘をつくと挙動があからさまにおかしくなる者など、それまで知らなかった仲間の一面が見れるとあって、ポーラータング号内で一番熱い遊びとなっていた。
    「しれっと嘘つくんだもん。“あれ? おれが占いだよ。残念だな、ハクガンが人狼だなんて”なんてサ。おれ! おれだったの!」
     ハクガンがポカポカとコラソンの広い背中を叩く。ああそこそこ、気持ちイイなあ、とおっさん臭い声を上げるコラソンに、ペンギンがカラカラと笑う。
    「そうそう。いやあ、普段ドジばっかの姿しか見てねえから、こういうときコラさんって怖ェなって思うよ。潜伏してると本当に気づかねえンだもん。存在感が妙に薄いっていうか、目立たないっていうか……」
    「こんな、ジャンバールの次にデカいみたいな人でしょっちゅう小火騒ぎ起こしてるのにな」
     シャチがペンギンの言葉を引き継いで笑う。
    「コラさんが本当に人狼だったら、おれたち次の日にはみんな死んでるかもな」
     
     ***

     その言葉に、それまでゲーム結果に盛り上がる若いクルーの姿を眺めながら麦酒を飲んでいたコラソンがおもむろに口を開いた。
    「そうだなあ。海軍を辞めたっつっても、海賊相手に内部事情を話すほど零落れちゃあいねェが……」
     赤い眼が、シンと静まり返って自身を見つめるクルーを眺める。ジャンバールだけが面白そうに口を歪めて笑っていた。
    「ま、ローの仲間だし、おまえらも悪いことはしないだろうからいいか」
    「いいのかよ!」
     ごくり、と息を飲んでいたシャチがズビシ、と手を突き出して叫ぶ。
    「おれらの緊張感を返してくださいよ!」
    「コラソンさいてー!」
     続いてハクガン、ベポが非難の声をあげるが、気にした風もなくコラソンは笑ってベポのふわふわの頭を撫でている。
    「はは。まあ、疑われてしまうようじゃ潜入捜査官失格だからなァ」
     その言葉に、イッカクがああ、と手を叩く。
    「そういえば、コラさんって海軍のスパイだったんでしたっけ」
    「え、まじ?」
    「うん。あれ、あんた知らなかったの?」
    「キャプテンの大好きな人とだけ聞いてる」
    「それはそう」
     それはそう。イッカクの言葉にクルーの心が一つになった。突然キャプテンが抱きかかえて連れてきたこの大男の正体について、全員が漏れなく知っていることと言えばキャプテン、トラファルガー・ローの大好きな人であり信じ難いドジを起こす人である、ということだけだ。年長者であるジャンバールや、ローが幼い頃からの関係である者たちはそれ以上のことを知っているようだったが、全員が全員、個人の過去などどうでもいいのだ。いま、敬愛するローとローが連れてきた仲間がいる。それ以上のことなど、本当に。
    「ハハッ、昔聞いたことがある。ある海賊が──そいつらは巧妙にアジトを隠して密貿易をしていたんだが──ある時海軍の一団が前触れなく現れて一味を捕縛、人身売買や麻薬の密売ルートが一網打尽になったと」
     面白そうに話を聞いていたジャンバールが口を開いた。その言葉に、コラソンは暫く記憶を思い返すように視線を左斜め上に向け、そしてああ、と肯いた。
    「ああ、あれ。あれなあ、結構簡単だったぜ。なんせ船長が露骨な金髪好きの好色ジ……いやなんでもない、忘れてくれ」
     もうそこまで言ったら全員わかるよ。おれたちこれでも海賊なんで。という言葉を飲み込んで、ペンギンは何でもない風にそうなんですかァ、と朗らかに微笑んだ。そんなペンギンを、コラソンは酒を飲んでますます白くなった指でさす。
    「ペンギンくんみてェな奴が向いてんだよ」
    「え?」
    「いやさ、潜入捜査官っていうか、諜報員っていうか」
    「地味だから? いてっ!」
     余計な口を叩いたシャチの後頭部を一つ殴ってから、ペンギンは首を大きく傾げて上にあるコラソンを見上げる。酔いの一欠けらも見えない赤い瞳が、普段の朗らかな色を失くしてペンギンを見つめている。──品定めの目だ。ペンギンがどういう人物か、得意不得意はなにか、採用してから成長するまでの過程をシミュレーションしている、そんな目。
    「シャチくんの言葉もある意味正しい。目立った容貌でなく……これはイケメン過ぎても不細工過ぎても、って以上に、判別しやすい傷がないってことだ。顔にでけェ傷があっちゃ、地味でも“ああ、あの人”ってなりやすいだろ?」
    「確かに。その点、ペンギンは顔には傷がないですもんね」
     イッカクの言葉に、コラソンが肯いてペンギンの頬に手を伸ばした。大きな手だ。ペンギンの頭を握り潰せるほどの。だが嫌悪感は微塵もなかった。
    「中肉中背。目立った容貌でなく、声も低すぎたり高すぎたりしない。出しゃばらず、色々なことに気が付く性格でもある」
     いつも空いた誰かのマグにコーヒーをサーブしているだろ、とコラソンが片目を瞑って笑う。
    「あ、ああ……まあ。昔の癖っていうか」
    「それをみんなが自然と受け入れている。それって誰にでもできる芸当じゃない。人ってのは、誰かには必ず嫌われて……ううん、言葉が悪いな。とにかく、その言動に注目しているヤツがいるもんなんだ。それがデカい規模になれば尚更で、どんなに目立たなくしていたって誰かの目に留まっている」
     コラソンはそこまで言って皆を見渡す。皆は黙ってペンギンに視線を向けており、なんだかペンギンは居た堪れないような、気恥ずかしいようなそんな気分になって帽子の鍔をぐいと下へ引っ張った。
    「どこに居たって不自然じゃないってのは、いつどこで何をしていたかみんな記憶しにくいってことだ。機械室に居たとして、“いや、その時は給湯室にいましたよ”と、いう嘘が通りやすい。そういう人間が潜入捜査官に向いてる。おれがまだ海兵で、きみがもう少し嘘がうまかったらスカウトしてたと思うぜ」
     残念だ、とコラソンがペンギンの頬から手を放して大仰に天を仰ぐ。一気に緩んだ空気に、でも、とベポが声をあげた。
    「コラソンってすごいドジじゃん。目立つのって駄目なんでしょ、なんで大丈夫だったの?」
     当然の疑問である。一日に数度は必ず転び、煙草を吸えば燃え、熱い紅茶を飲めば噴きだす、そんな三メートル近い大男。目立たないという方が嘘だ。ベポの言葉に、コラソンはううん、と手を顎に当て首を捻った。
    「バカにされるくらいがちょうどいい時もある。ああ、またドジやってんな、で済むだろ。お前らだって、おれのドジをもう一々確認しねェじゃねェか。三回に一回、ドジった振りして機密文書を盗んだり、ボスの私室に入ったり、取引道具を壊していたって、“ドジったんだな”で済まされる。おれァそういうのにかけちゃ天才的だからよ」
     なかなか、ドジった振りなんてできねえからな。というコラソンの言葉に、全員が深く深く肯いた。今まで壊れた皿や燃えた床、紅茶まみれになったお気に入りのテーブルクロスなどの被害が「嘘でした」なんてことになったら、簀巻きにして三日徹夜明けのキャプテンの寝室に放り込むこともやぶさかではない。
    「いや怖ェよやめてくれよ!」
     ガクガクと震えるコラソンをわき目に、それじゃあ今までのをまとめると、とイッカクが白い紙にキュッキュッと文字を書き込んでいく。
    「目立ち過ぎず、誰からもあまり注目されない、記憶されにくい人物。もしくは、破滅的なまでのドジで何だかんだみんなが許してしまうような人、ってことね」
     読みやすい文字で纏められた紙をぺらりと指先で持ち上げ、コラソンがまあ大体は、と肯いた。
    「逆に向いてないのはローみたいな奴だな。頭が良すぎるし、何も企んでなくても企んでるようなワルい顔をしている。刺青なんか目立つの、以ての外だしな。麦わらくんのとこもだ。みんなが派手だし、目立ちすぎる。ああでも、コックのサンジくんなんかは案外いいかもな。厨房ってのは、意外と思うかもしれないが結構個人情報が集まるもんだぜ。みんなうまいもん食って口が軽くなるからなァ」
     麦わらくんはなあ、そもそもガープ中将からして腹芸は無理だし、諜報ってものとは真反対の人だし、と、かつて養父の胃をしこたま痛めさせていた豪快な人物を思い出しながらフフッと微笑んだ。元気にしているだろうか、今度珍しいせんべいとおかきを送ろう、と考えていたコラソンは、クルーが自分からじわじわと距離をとっていることに気づかなかった。
    「ほう……随分面白そうな話をしているなァ……?」
    「ええ? いやさァ、みんな可愛いんだもんよ。おれなんかに簡単に騙されちゃって……っロー」
    「ああ。諜報員に向いてないローだぜ、コラさん」
     クルーたちが興じていた遊戯に参加せず、船長室で先日手に入れた医学書を読んでいたはずのローがいつの間にかコラソンの背後に立っていた。ぎ、ぎぎぎ、と油の切れた絡繰人形のようにぎこちなく振り向いたコラソンの目に、にんまりと口元を三日月の形に歪ませたローの顔が映った。笑顔である。ひえ、と部屋の壁側から小さな悲鳴が聞こえた。
    「おれもその話、聞きてェなァ……ドンキホーテファミリーに潜入していた、ドンキホーテ・ロシナンテ海軍本部中佐さん……?」
    「いやァ……つまんねえ話ばかりだもんよ、三十億の首の方に話すなんて、そんな……」
     ジリジリと近づいてくる身体を、顔を背けながら正面に向けた両手で抑える。クソっ! ちっとも揺るがねえ! じわりと冷や汗が伝う。ちらりと壁際に視線を向けると、それまでワイワイと盛り上がっていた連中が揃って手を合わせていた。冥福を祈るな! 薄情者ォ! そう無言で抗議していると逞しい、刺青の入った腕がスッと腰に回され、そのまま担ぎ上げられた。ちなみに寝たきり生活から恢復したばかりとはいえ、コラソンの体重は三メートル近い体躯に見合ったものである。驚愕に目を見開くコラソンを置いて、ローは事も無げに言い放った。
    「部屋に戻る。各自当番について、緊急以外は近づくな」
    「アイアイキャプテン!」
     ベポがビシッと敬礼を決めた次の瞬間に、ローと担ぎ上げられたコラソンが遊戯室から姿を消した。
    「ふう、焦ったわ」
    「それな。キャプテン、なんか怒ってなかった?」
     石のように固まっていた面々が次々に息を吹き返す。おれこれから甲板掃除、おれはボイラー室の点検、と散っていく中、ぽつりとペンギンが呟いた。
    「いやあ、あれは怒っているというより……」

     ***

    「あんた、嘘がうまいな」
     船長室に備えている、年代物のウイスキーの瓶を手に取りながらローが楽しそうに言った。
    「……そうかあ? 普通だと思うぞ」
     ロックグラスに琥珀色の液体が注がれる。氷が溶けて、カランと涼やかな音が鳴った。
    「ああ。何度も騙された。最後まで、な」
     
    ──弟なんだ、殺されやしないさ。

    「あれは……。いや、悪ィ。そうだな、おまえには嘘ばかりついてた」
     ボリボリと後頭部をかきながら、放り出された寝台の上から起き上がる。落とすなよ、という言葉と共に渡されたグラスを受け取り、一口舐める。スモーキーで上等な香り。いつだか、ハートの海賊団に喧嘩を売ってきた海賊から奪い取ったのだと話していたことを思い出した。
    「人狼ゲーム、だったか? そういや、ドフラミンゴのところでも似たようなゲームをやっていたな」
     あっちはギャンブルありで大荒れだったが、というローの言葉に、コラソンもまた頷いた。
    「ああ。結局ドフィが勝っちまうから、やらなくなったけどな」
    「あいつは議論がうまかった。最後にはあいつの望む結果に誘導されてる」
     認めがたいが、ドフラミンゴには強烈なカリスマ性があった。人心というものをよく理解し、それぞれの自尊心を擽っては自らに注目を浴びさせる。
    「ドフィは潜入捜査官にゃ向いてねえが、ハニトラには死ぬほど向いてる。おれはあいつに、「頼りにしているぞ」「おまえだから言ったんだ」と囁かれて落ちなかった男を見たことがない」
    「は、あいつらしいことだ」
     ローが手に持ったグラスを呷り、空になったそれを机上に置いた。そうして体の前で手を組み、指先を数度擦り合わせる。
    「あいつは」
     ローの声は平坦だった。色濃い隈の上、鋭い眼光がコラソンを見据える。
    「あいつは裏切り者の存在に気づいていた筈だ。撒いたと思ったら現れる海軍、それを何度も繰り返されて内通者に気づかない間抜けじゃない。疑り深いトレーボルのクソ野郎にしたってそうだ」
     そりゃそうだ。コラソンはちびちびとウイスキーを舐めながら頷いた。実兄がそんな間抜けなら、コラソンは潜入捜査なんて危険な橋は渡らなかっただろう。
    「それもあんたがファミリーに加入してからの話ときたもんだ。よくおれを連れて逃げるまで隠し遂せられたもんだな?」
     ギラリと金の瞳が輝く。薄暗い、船長室の蝋燭の灯りが彫りの深いローの顔に黒く影を落としていた。コラソンはああ、とその言葉に首を横に振った。
    「嘘をつくにもコツがあってな。“本当”の嘘を言えばいいんだよ」
    「本当の、うそ?」
     ローがキョトンと目を瞬かせた。子供の頃を思わせる仕草に緩む口元を押さえながら、ローに向かって尋ねる。
    「海賊になった理由はなんですか?」
     突然の問いかけに、ローが一瞬固まる。そして間を置いてから口を開く。
    「ベポの兄貴を探すためだ。自由航海は世界政府から認められていない。なら海賊になっちまった方が楽だ、情報収集も捗るしな」
    「なるほど。友達の兄弟を探すために海賊になったんですね。それが理由ですか?」
    「……あとは、まあ。オペオペの実の能力者が一所に長居してちゃ面倒もあるだろう。あんたが言ったんだぞ、海軍からも海賊からも追われるって」
     大体なんだ、その面接官みてェな喋り方は。目を吊り上げたローがトンとコラソンの胸を指で押す。それに悪い悪いと苦笑で返してから、グラスを寝台横のチェストに置き、物騒な言葉が彫られたローの手を握り込んで膝の上に置いた。そうして、ぼんやりとされるがままに手に視線を落としていたローに向かって囁く。
    「嘘だろ、それは」
    「……は?」
     ポカンと口を開けたローに、同じ言葉を繰り返す。
    「ベポの兄貴を探すのは本当、一か所に留まれないのもまあまあ本当。だけどそれがすべてってわけじゃねェ。おれに隠していることがあるな? ええ、おい。元王下七武海、トラファルガー・ローさん?」
     握り込んだ手首から、ドッドッドッと早く脈打つ鼓動が伝わる。
    「嘘を……ん、嘘っつうか、本心じゃない話で相手に深く追求されたとき、聞いてもいないことをベラベラ喋ったり理屈を後付けしてきたりする場合がある。それは最初の理由に自信がないから。嘘だから。だから、尤もらしい話で嘘を補強しようとする。だからこそ、理由はシンプルでいい。たった一つ筋が通ってりゃ、相手がいいように勘違いしてくれる」
     
    ──なぜ、おれのところへ?
     ──ドフィをたすけたいから。

    「もちろんこれがすべてってわけじゃねえぜ? あくまで、そういう場合もあるってだけ。……ふふ、それにしてもロー、おまえ表情に出過ぎ!」
     パッと握っていた手を放す。お道化たように両手を顔の横でひらひらと揺らし、それからボスンと寝台に仰向けで倒れ込んだ。
    「大体、おれはドフィに嘘なんて言ってないぜ。喋ってねえンだから。あっちが勝手に勘違いしただけだ」
     子供染みた語調に、硬直から抜け出したローの、乾いた笑いが船室に響く。
    「っは、ハハ……。そう、あんたってそういう人だったな」
     弟は心理的外傷により声がでない。ドフラミンゴはいつまで経っても口を開かず、メモを投げて寄越す弟をそう判断した。コラソンがそれを否定したことはない。肯定したことも。兄に嘘を言ったことはない。いや、兄が自分を疑おうとしなかった。血の繋がりがあるから。“家族”だから。
     ──あいつは“バケモノ”だ。心優しい父と母から、なぜ。
    「……ドフィはおれの嘘にとっくに気付いていたさ。ただそれを認めなかった。“家族”の裏切りを認めたら、あいつの論理が破綻するからだ」
    「破綻?」
    「そう。家族は裏切らない、家族は赦しあう、家族は見捨てない。ドフィがファミリーに求めたのは“絶対に自分を愛してくれる”ことだ。だからあいつは幹部たちの失敗を笑って許し、助けに行き、裏切りを認めなかった。“家族”だからな」
     天井で揺れるカンテラを見つめていると、ギシっと寝台を軋ませてローが顔を覗き込んできた。眉根を寄せた表情は大人びて見えた。当然だろう、もう、彼は二十も半ばを過ぎたれっきとした大人の男なのだ。十三歳の少年ではなく。
    「……なに?」
     コラソンの問いかけに、ローはいや、と口籠り、そうして再び向き直る。
    「……そうだな。家族は、疑うべきじゃない」
     たとえその愛が欺瞞と詭弁に満ちた歪なものだったとしても。
     尊敬する両親。愛する妹。彼らが生き延び、世界政府に復讐を望んだなら。ローは彼らを止めただろうか。無意味だと、己の破壊願望のために無辜の人々を犠牲にするなと身を挺して止めただろうか? 彼らはそんなことをしない、望まない。そんなのはローの想像で、彼らが生きていたらどうしたかなんて永遠にわかりはしないのだ。ただ、この人のようにはならなかっただろうと思った。自分と家族に嘘をつき続けるなんて、ローには決してできない。
     
    もう道化の化粧のない顔に手を伸ばす。派手で不気味。諜報員としてはドジすぎる。なによりあのドフラミンゴが信頼している。──ほかの諜報員ではなし得ないことだ。あの男から真の信頼を得る人物は、両手の指程にも満たない。その信頼を利用し、血縁を利用し潜り込んだ。あの男から一身の愛を注がれながら、何食わぬ顔で海軍と通じていた。
    「……そんなにあいつを愛していたのか」
     視界が滲んだ。揺らめく世界の中で、小さく口を開け、呆けた顔のコラソンがくしゃりと顔を歪ませた。
    「ばかだな。愛してなんかいねェよ、あんなクソ兄貴……」
     そのまま目の前の身体を抱き締める。強く、強く。消毒液の匂いが染み込んだ身体。かつてのように折れてしまいそうな細さとは縁遠い、しかし簡単に腕の中に納まり大人しくされるがままになっている男。

    「コラさん……ずっと傍にいて、どこにも行かないで、おれを置いていかないで……」

    自由を願った子供は愛に殉じた。そんな生き方をしてほしかったわけじゃない。おまえがおまえでいられるならそれでよかったんだ。自由でいて、幸せであって、たまに思い出してくれるくらいで。

    「うそがへたで、ごめんなァ……ロー……!」

     嘘をもっとうまくつけたならよかった。自分の心まで騙せるほどに。

     ***

    「ええと、翌朝になりました。ウニが無惨な姿で発見されたので、人狼側勝利です。役職内訳は霊能イッカク、占いキャプテン、狩人ジャンバール、人狼がペンギンとコラさんでした」
     ハクガンの声にああ~と脱力した声が上がる。
    「やっぱり? 途中から疑ってたんだけど」
    「マジで? おれ全然。てかキャプテン、占いでコラさんが騙りに出たのになに論破されてンすか⁈」
     シャチの悲痛な声に、ローがぎくりと肩を竦ませる。
    「いや、おれが真だっつってんのに信じなかったのはお前らだろうが……!」
    「あんたが白打ちしかしないからっすよォ!」
     ワイワイと盛り上がる若者たちを遠巻きに眺めながら、コラソンは着信を告げる電伝虫の受話器を取った。
    「もしもし? こちらハートの海賊団」
    『あら、その声はコラソンさん? あたしよ、あたし! ナミ』
    「おお、ナミちゃん。どうしたんだ?」
    『チョッパーが、ああうちの船医がね、珍しい医学書を手に入れたのだけど、分野違いで難しいんですって。そこで、トラ男くんに教えてほしいみたいなんだけど……あら、随分賑やかね』
     年若い航海士の女の、跳ねる鈴のような声にフフッと笑みが零れる。
    「ああ。今まで人狼ゲームしてたんだ。珍しくローが参加したから、みんな張りきっちまってよ」
     まあローは負けちまった側だが、と続けると、電話口の向こうでええっと驚いた声が聞こえた。
    『えーっ! 楽しそうね! うちもやるときあるんだけど、ルフィもゾロもルールをちっとも覚えてくれないのよ』
    「ああ、そりゃまあ、想像はつくよ」
    『でしょ! それにロビンと……意外なことにフランキーが手強くて。……あら、いいこと思いついた!』
    「おや、なんだい?」
     女が楽しげに笑う吐息と共に手をパンと叩く音が聞こえた。
    『合流したら、うちの最強メンバーとゲームしましょ! 元々教えてもらう謝礼は渡すつもりだったし、勝ったら報酬に上乗せってかたちで』
    「お、面白そうだなァ!」
    「騙されるなコラさん、こいつがそんな気前のいい話をするわけないだろ。大方負けたら報酬無し、こっちの宝総取りってとこだろうよ。……おい、ナミ屋。教えるくらいタダでいい。うちのコラさんを誑かすな」
     ローに聞いてみるぜ、と言いかけたコラソンの手から受話器を奪い取り、眉間に深く皺を刻んだローの言葉にも怯まずナミはあらあ、と意地悪げな、悪巧みをしているような声で返す。
    「負けるのが怖いのね、トラ男。しょうがないわね、好きな人の前で格好悪い姿、見せられないものねェ」
     あからさまな挑発である。ロー、さすがに乗らないよな、十近くも年下の女の子の挑発になんて、乗るわけないよな コラソンの視線の先で、ローが受話器を強く握りしめている。額に太い血管が浮き出る様なんかは、兄によく似ていた。
    「……クッ、安い挑発だな、ナミ屋。生憎とおれは……」
     おっ! いいぞ、耐えた! いやおれはゲームしてもいいんだけど。
    『おっ、なんだトラ男、勝負か いいぜ、勝った方が格上な! にしし!』
    「はっ? おい、麦わら屋! おれは勝負に乗るとは一言も……! っ! ったく!」
     ガチャン! と勢いよく通話が途切れる音がした。それきり沈黙した電伝虫を暫くの間睨みつけていたローだったが、振り返ってクルーに向かってそのよく通る声で叫んだ。
    「麦わらと合流する! 方角は南南西、向こうはおれたちとの勝負をお望みらしい! てめェら、絶対負けるんじゃねえぞ!」
     おおっ! とクルーが揃って拳を掲げる。おおー、と小さく己も手を上げると、コラソンに向き直ったローの睥睨した視線とかち合った。
    「コラさん、あんたにも責任は取ってもらう」
    「せ、責任って……?」
     えへ、コラさんわかんねーや、と舌を出せば、チィッと激しい舌打ちが鳴る。
    「可愛い子ぶるな! ゲームだよ、ゲーム。お得意の人狼ゲームだ、必ず勝ってもらう」
    「あ、アイア~イ……」
     でもコラさん素村だと弱いんだけど、という声は、舵をとるハクガンに向かっていくローには届かなかった。ジャンバールが、ドジを踏んだな、と肩を叩く。
    「……ま、ゲームの中でくらい、いくらでも嘘をつくさ」
     この船に裏切り者はいない。内通者はいない。“家族”ではなくとも、それを信じられる。
     
     ──なあ、ドフィ。騙し通したかった。おまえが大切にしていた“ロシナンテ”を殺して、おまえの前から去りたかった。今度も同じだ。自分を愛していると公言してやまない男の願いを、叶えたままにしてやりたい。

    「ずっとそばにいて、愛していると囁いて、どこにも行かないでいてやりたいんだ」
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