写し鏡「愛弟子〜?って、あれ?誰も居ないのかい?」
コンコンと『のっく』をして愛弟子の部屋に足を踏み入れれば、そこにはルームサービスの姿も無く船の揺れる音だけが静かに響いていた。
部屋の主人が居ないのならば出直すかと思いつつ、部屋の中を見れば、懐かしい物が飾られているのが目に留まった。
ちゃんとした福引の景品の隣に俺が作ってあげたコロコロガルク。
小さい頃に強請られて作ったな、まだ持ってたのかと懐かしさに顔が綻ぶ。
その机の上、煌びやかな手鏡がある事にも気付いた。
いつも泥だらけでヤンチャな子供のような愛弟子の成長に感慨深くなりつつ、鏡に写った自分と目があった、瞬間。
閃光玉のようにカッと目の前が白んで、思わず目を閉じた。
目を開ければ、真白の世界。
さっきまで愛弟子の部屋にいた筈だ。
突然変わった世界に驚きつつも、気を鎮め辺りを見渡せば、さっきまで居た愛弟子の部屋が見えた。
摩訶不思議な出来事に早く此処から出なければと駆け寄るが、何か透明な壁のような物があって出られない。
見えない壁を叩いてみるが割れる気配がない。
武器でなら、とクナイに手をかけた時、見慣れた姿が前を横切った。
それは正しく、俺の姿だった。
『なっ…!?俺の、姿!?』
俺は此処にいるのに、一体誰だ?
俺になりすましているのか?その目的は?
様々な神の言い伝えが残るカムラの里ではないと油断した。
まさかこの地にも所謂曰く付きの物があって、それを利用して悪さをする者がいるという事か?
愛弟子が危ない。
手にしたクナイで壁を叩くが傷ひとつ付かなかった。
「そこからは出られないよ」
聞き慣れた俺の声が真白の空間に響く。
顔を上げれば、愛弟子の部屋の景色がぐるりと回った。
俺の姿をした奴の姿は見えない。
『お前は誰だ!目的は愛弟子か!?』
「…俺はお前だよ、ウツシ。お前の本性を鏡に写したお前だよ」
『なん、だって?』
「俺はお前の本性…つまり本当のウツシは俺だって事さ」
ぐるり、映し出される世界が回る。
写ったのは机の茶色。
鏡を机に伏せられてしまう。
『ま、待て!』
俺の叫びは虚しく、愛弟子の部屋が映し出されていた世界は暗闇になった。
あれからどれだけの時間が経っただろう。
使い物にならなくなったクナイが側に幾つか転がっていた。
ギイギイと船が揺れる音だけが聞こえる中、考えつく方法は全て試したが、ここから出られることはなかった。
『何か…他に術は…』
その時、ギイィ、と扉が開く音がして思わず勢いよく顔を上げた。
写し出されるのは変わらず暗闇。だが其処に愛弟子の気配がしてホッと息を吐く。
それと同時に何処からともなくあの俺の気配が現れて、拳を握り締めた。
「あれ?ルームサービスさん居ないなぁ?」
「…愛弟子」
「うわぁ!?教官!?」
俺の声と、驚いた愛弟子の声が響く。
握り締めた拳を壁に叩きつけるが、どうにもならずに拳に血が滲んだ。
「もー、来てたならもっと気配出して下さいよ〜……、教官?」
「なんだい?愛弟子」
「……いえ、別に。あ、お茶でも飲みますか?」
何もない世界。俺のようなものの声と愛弟子の声しか聞こえない世界。
教官だと言いながら、愛弟子の危機に何も出来ない自分。
俺の本性だと宣った(のたまった)、あの男。
『愛弟子!俺は此処だ!その男は危険だ!愛弟子!!』
どれだけ叫んでも喚いても気付いては貰えない歯痒さ。
それは偽物の、……いやずっと隠していた俺の、本性だというのならば、安全な訳がない。
『愛弟子!愛弟子!!』
幾ら声を張り上げても、壁を叩いても届かない。
奴が俺の本性だというのならば、
『愛弟子…っ!』
愛弟子を傷付けたくはない。
この思いも解っている筈だろう…?
「ところで教官」
「どうしたのかな?愛弟子」
「教官ですけど、いつもの教官じゃないんですね」
愛弟子のその言葉に顔を上げた。
「…何故、分かった?」
「勘で」
勘…。
そうだ。愛弟子は昔からそういう子だった…。
「いつもの教官を返して下さい」
「俺もウツシだよ?同じウツシなのに本音も言えない男がいいの?」
「そうですね。いつものウツシ教官がいいです」
「いつものウツシが腹の中で何を考えているか教えてあげよう。本当はキミを…」
「あ、何となく分かってますから大丈夫です」
『愛弟子…』
「教官」
隠しても分かってるんですよ、と笑っている愛弟子には、やっぱり敵わないんだと感じた。
「私はそれでも教官がいいんで、帰ってきて下さい」
「…愛弟子」
「貴方の中にいるんですか?」
「…いや…」
「この鏡?」
「俺に向けてくれ」
「…こう?…うわっ!眩しっ!」
「あ。教か、」
「得体の知れない者と会話しないでよ愛弟子」
「教官でしたよ?」
「俺の本性なんて高難易度のバルファルクより危険だよ」
「そんなに?」
「お帰りなさい、教官」
「…ただいま……早速だけど愛弟子に話があるんだ」
「はい、教官」