焼き芋で誓う未来の話「こういうとき、危険区域内って便利だよね」
「絶対禁止されてる使い方ですけどね」
「まぁまぁ」
そう言いながら、二人で足で落ち葉を集める。準備万端で軍手も装着済み。適当に小枝も拾って薪がわりにして。
「あ、先輩、まつぼっくりあります? あったら持ってきて欲しいです」
「え? まつぼっくり?」
「はい、よく燃えるんですよ」
小さい頃、よくキャンプをしてたから、と、辻から男兄弟が多い家庭にぴったりなエピソードが飛び出して、自分の知らない辻をまた一つ知ったなと犬飼は枝を拾いながら思う。少し離れたところに大量にまつぼっくりが落ちていて、嬉しくなって両手に抱えて持ってきたら、辻は「そんなにいいのに」と少し引かれてしまった。不服だ。
「じゃあ」
そう言って、辻が家から持ってきたチャッカマンで新聞紙に火をつけた。それを、落ち葉の中に放る。
「……あれ? 案外いかないね?」
「まぁ着火剤もないですし、最初はそんなに……あ、さっき取ってきたまつぼっくり入れましょう」
支持されて犬飼はまつぼっくりをか細い種火に投げる。と、半信半疑だったが、火が移ればボッと勢いよく燃えた。
「わー! 本当だ! 辻ちゃんすごい!!」
声を弾ませる犬飼に、辻はまんざらでもない顔を見せる。火は徐々に燃え広がり、危険区域の空き地に、小さな焚き火が出来上がった。
本当のところ、危険区域は火気厳禁だが、誰も注意する人がいないこともあり、夏場はボーダー関係者がこっそり花火をしていたりする。息抜きも必要だと、本部も目を瞑ってくれているのだろう。
「花火が良いなら、焚き火とかしちゃダメかな?」と言い出したのは犬飼で、止めると思っていた辻が「…………焼き芋……」と言い出したのがこの悪行の発端だ。
芋は辻が用意してきて、この焚き火の下に、合計五個のさつまいもが眠っている。「ねっとり系とかほっくり系とか、色々あるんですが……ここはやっぱりねっとり系で」と芋チョイスについて熱く語っていたのはこの空き地に来る前だ。
焼き芋自体、一度火が着いてしまえばやることはない。二人しゃがんで並んで、パチパチと弾ける火をぼうっと見つめていた。大きくなった火を見た犬飼が「あっ」と声を漏らし、辻がそれに視線を送る。
「せっかくならマシュマロ! 持って来れば良かったね。ほら、クッキーとチョコと挟むやつ」
「あ、スモアですね。確かに」
お互い頭にそれを浮かべ、思わずごくりと唾を飲む。熱々のとろけるマシュマロにチョコレート、それをサクッとしたクッキーで挟み込む、なんて。
「えー、絶対美味しい……」
「美味しい以外の何物でもないですね」
焚き火の向こうに、その景色を思い浮かべる。さながらマッチ売りの少女だなと、犬飼はぼんやり思った。マッチにしては、些か火力が強すぎるが。
――マッチ売りの少女はなんだっけ? マッチの火に幸せな夢を見て、そのまま死んじゃうんだっけ?
犬飼は朧げに、童話のあらすじを思い出す。あぁそうだ、確か幸せなまま死んだから、少女は救われたんだって話を聞いて、でも結局死んでるから意味ないじゃんと思ったような気がする。……でも、今なら少し分かる。
「……確かに幸せなまま死ねたら、それは幸せだよね」
「? ……先輩って、時々脈絡なく不吉なこと言いますよね?」
犬飼の発言に、隣の恋人は呆れながらそう言った。辻ちゃんとこのまま死ねたら幸せだねって話なんだけど。それを飲み込んで「えー?」と笑って誤魔化した。
「じゃあ辻ちゃんは、何考えてたの?」
「俺は……」
話を振られた辻が、犬飼から目を逸らして真っ直ぐ火を見つめる。あたりは少し暗くなってきて、炎の明かりが彼の輪郭を色付けた。その顔はどこか真剣で、冷たい空気が余計張り詰めたものに感じた。
「来年持ってくるものを考えてました」
「ん?」
辻の返事に、犬飼は思わず間抜けな声を出す。思っていたものとは全く違う内容に、思わず肩透かしを食らった。辻は続ける。
「来年。……スモア絶対したいし、それなら竹串とかも要りますよね? あと思ったより火の着きが悪いから、やっぱり着火剤いるなとか。それから軍手今使っちゃったから、食べる時も同じやつだし、次は二つはいるなとか、あぁあと焼き芋できてみないと分からないですけど…………? 犬飼先輩?」
「あ、いや…………」
辻がふと犬飼の方を見れば、犬飼はにやける顔を押さえて、少し俯いていた。辻はそれを不思議そうに見つめる。目が合った辻にもう一度「なんですか?」と声を掛けられると、犬飼は「いやさぁ……」と口籠る。
「だって来年の約束なんか、してないのに……」
これだって、たまたまの思いつきで。それを当たり前みたいに、『また来年』なんて、未来の話をされるなんて。辻の未来には当たり前に犬飼がいる。その未来が彼の中で続いている。そんなの――喜ぶなっていう方が、無理だ。
「? やらないんですか? 来年」
「やる! 絶対やる!!」
「ですよね」
犬飼の言いたいことは理解していないが、同じ答えが返ってきたことに辻はふふふと得意げに笑う。
「まだ出来上がってないですけど……もう既に、かなり楽しいですもん。……こんな楽しいこと、またやらないなんて損です」
そう言って、いつも人形みたいに綺麗な顔を、キラキラに綻ばせて辻は笑った。
「ね?」
その声が甘えていて、そこに含まれている『一緒に』の言葉に気付く。楽しいことは何度でも、一緒にまたやらないと。
「そうだね。……あーあ! 完敗!」
そう言って、犬飼は痺れ掛けた足を理由に勢いよく立ち上がって伸びをする。いつ終わっても良い。幸せの中そう思っていたけれど、幸せだから、もっともっと欲張って未来に手を伸ばすのだ。
「まずは焼き芋、美味しくできると良いなー!」
「はいっ」
その日、辻が最初に食べた芋は、特大のハズレ芋で、涙目になりながら「次は絶対に成功させる……」と闘志を燃やした。
犬飼は笑う。
「来年はきっと、大丈夫だよ」