吐息「うわ、何この混雑」
学校からボーダー本部へ向かおうとした犬飼は駅の改札口にできた人だかりに目を丸くした。
「事故でしょうか? 」
隣の辻も周囲を見渡している。駅員のアナウンスや掲示の情報を探すと、雪によるポイント故障のため運休になっているとわかった。
「とりあえず本部に連絡してみようか」
人混みを離れ、雑音の少ない所から電話をかけると、事務の女性が出て
『了解しました。本日はそのまま帰宅してください。他の隊員には本部から通達します』
と対応してくれた。二宮や氷見にも同じ内容のメッセージを入れておく。氷見はまだ学校にいたようで、親に迎えに来てもらうと返信があった。
「帰っていいって言われてもなぁ」
辻と一緒に駅前のバス乗り場に移動してみたが、こちらも電車に乗れなかった人々でごった返している。
「歩きますか? 」
辻の提案に犬飼は少し考え込んだ。学校から自宅まで数キロある。ここで待って電車かバスの混雑が解消されるのとどちらが早いかは予想もつかない。
薄く積もった雪で足元は悪いし、まだ空からちらちらと降ってくる。
「とりあえず、駅経由じゃない路線のバス停まで歩こうか。そっちなら動いてるかもしれない」
「はい」
二人でぐちゃぐちゃの歩道を歩き出す。すぐに足元が濡れそうで憂鬱な気持ちになる。道路も車で混雑していて、夕方のラッシュ時が近づくこれからはもっと混乱が広がりそうだ。
大通りへ出てしばらく歩いていると辻が、
「あの、どの路線のバスに乗りますか? 俺と一緒だと、犬飼先輩の家と方向が違いますよね?」
と聞いてきた。
「んー。とりあえず辻ちゃんをバスに乗せてから別のバス停まで移動するよ」
歩道も駅を離れるにつれ、雪が解けたぐちゃぐちゃの水溜まりから踏み固められたデコボコの圧雪に変わっていく。
「そんな、だったらウチまで来てください。可能なら、親に頼んで送ってもらえますし……」
「それは親御さんに悪いけど、辻ちゃんの家には寄せてもらおうかな。その頃には、うちも誰か帰ってきてるかも」
犬飼の言葉に辻の表情も少し緩む。
「はい。こんな天気の中、犬飼先輩だけ残して帰るわけにいきません」
「ありがと」
ひとまず目的のバス停についてみたが、周囲に人の気配はない。
アプリで運行状況を確認すると、やはり大幅に遅延しているようだった。
ただ立ってバスを待っている間も冷たい風が吹きつけて、歩いている時は気にならなかった寒さが二人の体温を奪っていく。
「辻ちゃん、寒くない?カイロとか持ってくればよかった」
「さすがに冷えますね」
そう答えた辻の唇は紫色とまでいかないけれど、いつもより血の気がない。
なんとか温めてあげたくて、自分の腕を擦っていた両手で辻をコートの上からさすってみた。
「ふふ、先輩、全然暖かくないですよ」
じゃれるように笑った辻が、犬飼の両手を自分の手で包みこんで、そこにはーっと息を吹きかける。
「こっちの方が、温かいですよ」
冷え切った指先が触れ合って、じんわりと温かさが伝わってくる。
その温もりに犬飼もほうっと息を吐いた。
END