「はー、だめだ、全然繋がんねえわ」
獅子王は携帯型移転装置の電源を落とし、長くため息を吐き出した。
時代は平成、浦島と二人での遠征任務。とは言っても簡単な見回りとお使いを頼まれた程度で、半分は息抜きも兼ねている。無事に任務を終えて皆への土産を買い込み、人目につかないよう路地裏へ入り、さあ帰ろかと装置を起動させた所で不具合が起こった。いつものように転送装置が起動せず、何度試してもエラーの表示が出てしまうのだ。
本丸との通信を行っていた浦島の方へと目をやった。ちょうど通信が終わったようで、こちらを振り向き、眉を下げて困ったような笑顔を浮かべる。
「どうだった?」
「うーん、やっぱりだめみたい」
だめだっただろうな、と思いながら問いかけると、予想通りの答えが返ってくる。
「本丸の転送ゲートが壊れちゃったんだって。急いで修理手配してるみたいだけど、明日の朝まではかかるって」
「げっ、まじか。俺達はいいけど、他の奴ら大丈夫なのかよ……。今日出陣の予定も入ってたんじゃねえの?」
「ちょうど出陣してた部隊が帰ってきた時に壊れちゃったんだってさ。だから帰れなくなったのは俺達だけみたい。主さんすっごく申し訳なさそうにしてたから、適当に泊まるから大丈夫だよって言って通信切っちゃったんだけど……」
「問題は俺達の所持金がほとんど残ってないってことだよなぁ……」
財布を取り出し、中身を確認する。全くの無一文という訳ではないが、この時代の宿に二人で泊まり、食事もするとなると少し心もとない。時刻は午後七時を過ぎた所。今から空いている宿を探すのも骨が折れる。普段の任務のことを思えば野宿でだって何とかなるけれど、皆への土産やお使いの品もあり荷物も多い。できれば安全な寝床を確保したいところだ……。
と、考え込んでいると、隣に並んだ浦島が不安げな目でこちらを見ていることに気付いた。獅子王はできるだけ心強く笑ってみせ、そっと頭を撫でてやる。
「まぁ、この時代この場所なら何とでもなるだろ。最悪荷物だけどっかに預けて、二人で夜通し遊んでよーぜ!」
「……うん! 獅子王くんと一緒なら何とかなるよな!」
浦島も頷いてにこりと笑う。頭をくしゃくしゃと撫でてやると、くすぐったそうに首を振る。しばらくそうしていると、浦島がぱっと顔を上げた。
「そうだ、獅子王くん! 俺良い所知ってるよ!」
「本当か?」
「うん! 前に来たのはもう少し前の時代だったけど、確か場所はこの辺りだったと思うんだ」
頼りになるな、と言えば胸を張って笑う。もう一度だけその髪をかき混ぜ、浦島に案内されるまま歩き出した。
「……ここ……?」
「そうそう、ここ~! 安く泊まれて楽しいんだ!」
ビルの隙間と人波の中を歩くこと数十分。たどり着いた先を見上げ、獅子王は呆然と立ち尽くしていた。西洋の城を象った建物、キラキラと光る電飾、派手な色彩の大きな看板。これはどう見ても、ラブホテルというやつだ。ちなみにこの辺りはそういったホテルの多い立地らしく、似たような建物が周りにいくつか並んでいる。
「パーティープランってやつで脇差の皆と前に来たんだけど、部屋も綺麗でご飯もお菓子も美味しかったよ! 周りに同じような所たくさんあるから、どこか一部屋くらいは空いてると思うし」
「脇差の奴らとここに来たのか? お前らその見た目でよく入れたな」
「色々面倒だからって、成人済の身分証主さんが用意してくれたんだよー。特に確認されなかったけどね!」
こにこにと話していた浦島だったけれど、獅子王の顔を見るとはっと笑顔を引っ込める。
「ちょうど良いかと思って来ちゃったけど、嫌だったかな」
獅子王と浦島は仲の良い友達同士のようでありながら、恋仲でもある。身体を重ねた経験も何度もあって、だから二人でここに泊まろうとも何の問題も無いはずだ。……けれどまさか浦島にラブホテルに連れて来られるとは予想だにしていなかったので、少しばかり面食らってしまったのである。
「ごめん、今から他の所探そうか」
そう言って立ち去ろうとする浦島の手をぎゅっと握る。
「びっくりしただけで、嫌じゃねぇよ。部屋埋まっちまう前に早く行こうぜ」
そのまま手を引いて歩き出せば、浦島も笑ってついてくる。
「うん! あのね、ロビーでゲームも借りられるんだ」
「いいな、せっかくだからいっぱい遊んでこうぜ!」
ぎゅっと繋いだ手を大きく揺らして、チカチカと電飾の光るホテルの扉を開いた。
ロビーの液晶画面で部屋を選ぶ。幸いまだ若干の空きがあったので、一番料金の安い部屋にした。鍵を受け取り、ゲーム機を借りる。全てが自動化されていて、どこかに居るであろうスタッフと顔を合わせることは無い。そのままエレベーターに乗り込み部屋にたどり着くまで、他の客とはち合わせることもなかった。
二重になっている入口の扉を閉め、二人してほっと息を吐き出す。顔を見合わせて小さく笑った。部屋の中はベージュとブラウンですっきりとまとめられ、どことなく甘い良い香りが漂う。清潔感もあり、普通のホテルの一室のようだった。
「普通の部屋だな」
獅子王が呟くと、靴を脱ぎながら浦島が笑った。
「前に脇差の皆と行った部屋、天井がガラス張りになっててミラーボールがあったよ」
「そんな部屋あるのかよ、すげえな」
「ウォータースライダーが付いてる部屋とか、ベッドが回る部屋とかもあるんだってさ」
「それで盛り上がるもんなのか……?」
備え付けのクローゼットに荷物を片付け、一息つく。部屋をキョロキョロと見て回る浦島を眺めて頬を緩めた。
「とりあえず風呂入るか? 宿見つかったって主に連絡しとくから、浦島先に行ってこいよ」
「任せちゃっていいの? ありがとう~! じゃあお先に失礼します! すぐ出てくるね!」
「おーおー、ゆっくりでいいって」
風呂場へ消えていく背中にひらひらと手を振って、本丸との連絡に使う端末を手に取った。そのまま何となく後ろを振り向き、ぎょっとする。
中の灯りをつけると、連なる脱衣場と浴室がガラス張りのようになり、こちら側から丸見えになる。浦島は気にした様子もなく引き出しを開けてタオルを手に取っているので、あちらからは見えていないらしい。マジックミラーというやつだ。本丸の大浴場では皆で一緒に風呂に入っているのだし、お互いの裸だって見慣れたものだ。けれどこれでは何だか覗き見しているみたいではないか。獅子王は慌てて風呂場へと向かった。
「浦島、ちょっと出て来れるか?」
「なーに? どしたの?」
「こっち、ちょっと来てみ」
顔を覗かせた浦島に手招きをして、丸見えになった風呂場を見せてやった。
「わー! 何これ! 中からは普通の鏡みたいに見えたのに、どうなってんの?」
おもしろいね、と浦島が笑う。
「わざわざこれ教えに来てくれたのか?」
「だって、覗き見してるみたいでなんか悪いだろ」
「別に俺は気にしないよー」
でも教えてくれてありがとう! とにこにこと笑う浦島の頭を撫でてやった。
「ま、気にならねえんだったらゆっくりしてこい」
「はーい! じゃあ行ってきまーす」
浦島は再び風呂場へ消えて行ったかと思うと、脱衣場の中から大きく手を振った。
「獅子王くーん、見えてるー?」
物陰に隠れて、ひょこりと顔を出す。それからまたこちらへ手を振った。随分楽しそうに笑うものだから、つられて獅子王の頬も緩む。顔が見たくなった。鏡越しではなく、もっと近くで。
「浦島!」
端末を机の上に置いて、風呂場へ駆け込んだ。
「やっぱ一緒に入ろうぜ」
「うん!」
浦島が一際笑顔を輝かせた。