広場で北村さんのことを見かけた。図書館の近く、公民館や役所や体育館なんかがひとつにまとまった大きな公園のような場所の一角だった。広大な敷地の中には庭園が、さらにその一部には公共の貸し茶室があり、私はそちらに用があって来ていた。
北村さんは一組の親子と一緒だった。見たところ小学校に入る前くらいの子どもは、北村さんから小包を受け取っていた。
北村さんは、親子越しに私の姿に気がつく。
「あ、九郎先生ー」
部外者が混じってもいいものか迷ったが、北村さんがこちらへ手招きするので行ってみることにした。
私が挨拶をすると親御さんは会釈されたが、お子さんの方はその陰に隠れてしまった。顔だけ出してこちらの様子を窺っている。
「ここの図書館で知り合ったんだー。バレンタインにお菓子もらったからそのお返しを渡してたんだよー」
北村さんは屈んで「僕の友達の九郎先生だよー」と私のことを紹介なさった。私もそれにならい、視線を合わせて話しかけてみる。
「はじめまして。清澄九郎と申します。貴方のお名前は?」
するとお子さんは顔を引っ込めて、親御さんの背後へ完全に隠れてしまった。
「ふふ、緊張しちゃったみたいー」
親御さんはお子さんのことをせっつく。
「ほら、お兄さんにご挨拶して」
「ああ、いえ、お構いなく。知らない大人は怖いでしょうから」
「慣れるとおしゃべりなんだけどねー。九郎先生も、もっとリラックスして接しなよー」
「は、はい。では……おいくつですか?」
「ご」
顔を親御さんの足にくっつけて、くぐもった声で短く答える。
「ええと……」
私が困っていると、「五歳なんです」と親御さん。
「五つですか。来月から小学校に通うのですね」
「うん」
再びこもった声で返事をなさる。
「ランドセルはもう選ばれましたか?」
「うん」
「何色でしょうか?」
「しろ」
そんなやり取りを何度か繰り返すうち、ひょこりとお顔を見せてもらえた。しかしちょうどそのタイミングで「ああ! もうこんな時間!」との声が上がった。
「すみません、この後予定があって……お話ししていただいてありがとうございました。ホワイトデーのお菓子も、丁寧にありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ。お話できて楽しかったです」
「バレンタインの美味しかったよー。また話そうねー」
お二人とも別れを惜しみつつ、手を振りながら行ってしまった。
「じゃあ僕たちも行こっかー」
「ええ……」
後ろ姿を見送りながら、私はなんだかしみじみとした心持ちでいた。
「どうしたのー?」
「いえ、どうにも不思議な感じがしまして。北村さんは私の知らない時間を過ごしていたんだな、と。あたりまえの事なのですが」
「それって嫉妬ー?」
「まさか。これまで共通の知り合いばかりでしたから、新鮮に感じただけでしょう」
「なるほどー」と北村さんは一応納得してくださる。しかしその次には「でもさー」と、にまにましながら続ける。
「九郎先生に知らないことがあるのと同じで、九郎先生しか知らないこともあるかもしれないよねー?」
やはり揶揄われているのだと私は気づいた。けれど返す言葉はなくて、ごにょごにょと口ごもってしまう。
「それは、その、そうかもしれません……」
「ふふっ。やっぱり嫉妬してるー」
「……そうおっしゃる北村さんはどうなのですか」
「僕も九郎先生と一緒だよー」
さらりと答え、「じゃあ僕は図書館に寄ってくねー」と歩いていく。
取り残された私は、北村さんの答えをイエスかノーかいまいち判別しかねながら、この会話も私しか知らないのだと満ち足りた気持ちでいた。