「あの、北村さん。折り入って頼みがあるのですが……」
九郎先生が深刻な面持ちで話しかけてきたのは、スタッフさんに配られたロケ弁を食べている時だった。
「は、はいー。何でしょうー?」
九郎先生は一世一代みたいな真剣さで、悩み事でも相談されるのかとちょっと身構えしまう。
「こちらのしいたけを、食べていただけませんか?」
「しいたけー?」
仰々しい話ぶりとの落差に拍子抜けして、僕はつい聞き返した。
「別にいいけどー。苦手なのー?」
「はい、子どもの頃からどうしても食べられなくて……」
そう言って九郎先生は弁当の容器ごと僕に差し出す。右端の方には、確かに肉厚で大きなしいたけが手付かずのまま残っていた。
「じゃあもらっちゃうねー」
ひょいとつまんで口に入れる。僕は苦手でも好きでもないからこれまで意識してこなかったけれど、ぐにぐにした食感を噛み締めるとぎゅっと凝縮されていた濃い味が口中に広がった。確かに、この独特な風味は苦手な人は苦手かもしれない。
「ありがとうございます」
僕が食べ終えたのを見て、九郎先生はほっとした表情を浮かべる。それにしても、九郎先生に苦手な食べ物があるなんて少し意外だ。九郎先生だったらダンスでも何でも苦手なものは全部克服しようとしていそうなのに。
「北村さんにも苦手なものはありますか?」
「僕ですかー? 僕はせんべいが苦手かなー」
そう答えた後、思いついたので付け足してみる。
「ケータリングなんかで出てきたら、代わりに食べてくださいねー」
「ええ、もちろんです」
そしたら九郎先生の表情はちょっと明るくなって、ふわふわしたあどけなさを滲ませた。
事務所の先輩であることとクリスマスライブの一件とで、彼のことは年上のように思っていた。だから不意に覗いた幼い一面に、驚きつつも親しみやすさを感じた。ケータリングでしいたけかせんべいが出るのってなかなか稀なことだから今日の約束は当分先の話になるのだろうなーと考えながら、僕は自分の弁当のしいたけに箸を伸ばした。