『AM8:25』AM0:15
「はあ、はっ」
「はあ、ふふ、は、どうだったー?」
すごく、良かったです。
答えようとしたが声が出ず、はあはあ肩で呼吸しながら頷いた。
「片付けなきゃいけないけどー、ちょっと、動けないから、九郎先生、先にシャワーどうぞー」
北村さんも途切れ途切れに言う。
「……て、手荒くしてしまいましたか?」
やっと声が出せたので、いつもの心配事を訊ねる。
「ううんー。セックスってこんなものだよー」
「そうでしょうか……。お辛いようでしたら、いつでもおっしゃってくださいね」
「心配性だねー」
「心配ですから。その、経験のないことなので」
「ふーん」
北村さんはにまにま笑う。しかし、私にとっては笑い事ではない。力加減さえ分からないのだから、お体に障ってはいないかと不安なのだ。
「ほら、早くシャワー浴びてきなよー」
「あ、はい。ではシーツ持って行きますね」
「かごに入れておくだけでいいよー。深夜だし、明日洗濯するからー」
シャワーで体に着いたものを洗い落す。行為中は全然気にならなかったのに、今はうっとうしく感じるのは不思議だ。私は妙に冷静に、そんなことを考えながら浴室を出た。
北村さんを待っている間、もう一組の布団を敷いた。今までは枕ひとつ分の間を空けていたが、今日はぴったりくっつけて。前回北村さんが先に入浴して、彼が布団を敷いた際、二組の布団は隣り合っていたのだ。
AM4:46
まず、変な時間に目が覚めた、と僕は思った。部屋が微妙に薄明るい。時計を確認すれば四時四十六分。そろそろ始発が動き始める頃だ。耳をすませば、電車の音が聞こえるような聞こえないような。
隣では九郎先生が、こちらを向いて眠っている。兄さんが以前使っていた、今は来客用の布団で。ボーナスでベッド一式を買い揃えたのはいいものの、元が取れるほど使っていない。
昨晩(もう『今日』になっていたけど)、部屋に戻ってぴったり並んだ布団を見た時、僕はうれしくなった。あてもなく流したボトルレターを拾われ、便箋の丁寧な返事をもらったみたいだった。心の底の淡い期待をすくい上げてくれるところを、僕は好ましく思っている。たまに、とばっちりでこちらが恥ずかしくなることもあるけれど。
そっと手を伸ばし、顔にかかった髪を除ける。九郎先生は変わらず寝息を立てている。
鼻筋をなぞってみる。やはり起きない。
何にも反応がないと、面白くない。僕はどうにも物寂しくなる。
九郎先生の方に枕を寄せる。布団と布団の溝は少々居心地が悪いけど、まあこれはこれ、それはそれ。
目を覚ました時、九郎先生はどんな反応をするだろう。びっくりするだろうか。
AM7:13
気がつくと、北村さんと同じ布団にいた。わっと声が出そうになるのを抑える。寝起きでぼうっとしていたのから一転、途端に目が冴えた。
いつの間に、こんな近くへ。
息遣いも届く距離だ。じっと見ていると、寝息に従って体もゆっくりと上下するのがわかった。
彼は自分の布団からははみ出しているので、私の掛け布団を分けてやる。その分、私たちの距離は縮まり、肌が触れ合うようになり、どぎまぎしてしまう。
落ち着こうと、枕元の時計を見る。七時十三分。なんと、いつもより一時間半も遅い。ああ、でも、ゆうべはその分……
「んー……?」
北村さんが、やおらに顔を上げた。
「すみません、起こしてしまいましたね」
彼は目をこすりながら枕元の方を見る。
「二度寝しようよー。まだ七時だし」
「もう七時ですよ、北村さん」
「ああ、九郎先生は早起きだもんねー」
そう言って北村さんはまた目を瞑った。
「北村さん?」
「あと、一時間ー……」
ふやけた声を出しながら私の腕をつかみ、顔を埋める。
「は、はい」
何だか目のやり場に困ってしまって、私は天井を仰いだ。昨夜あんなに見つめ合って、触れ合ったというのに。
北村さんの寝息と、時計の動くジーという微かな音と、たまに届く鳥のさえずりと。
左腕があたたかい。私は、本能的な安心感を覚える。するとまた、どこかへ行ったはずの眠気が帰って来て、私の瞼はみるみる重くなっていった。