溶け落ちるアイスブルー「ほんとだ。いたッスね」
運転席で双眼鏡を覗かせてから、やっと新田は納得した。
「だからそう言ったでしょう」
七海は助手席でフゥーと細く長い息を吐きながら、一番濃い闇のように真っ黒なパンスネ・サングラスの位置をくいと直した。
ついさっきまで、どこにいるっていうんスか、気のせいでしょ、と散々減らず口を叩いておいて、かつ自分が間違っていたとわかっても悪びれもなく「いや、結構距離あるッスよコレ」と尚も反駁する勝気な性格の補助監督だが、ほとんど七海専属といっても良いぐらい行動を共にしていた。
明け透けな物言いは七海も嫌いではないし、一定の尊敬を前提としているから本当の意味で失礼なわけではないし、仕事も素早い。何より、彼女は唯一、七海の話が通じる相手なのだった。
「フム、銀髪に碧の瞳。噂通りっスね」
新田は1kmほど向こうにいる、制服姿の集団で最も目立っている一人を観察しながら独り言ちた。瞳の色まで見える距離ではないと思うが、そこは捨て置くこととする。
噂も何も、新田は七海からの情報しか知りえない。東京呪術高等専門学校において、今2人が接触を試みようとしている学生は、スカウト対象でもなければ保護対象でもないのである。
「呪力、ほとんど感じないッスけど…距離があるから?七海サンは視えるんスか?」
「ええ。ほんのわずかですが。恐らく霊感はある、と思っているタイプでしょう」
七海はゆっくりとサングラスを外し、彼を視た。
他の非術師とほとんど変わらない程度の薄い薄い呪力。それでも、間違えようもない。あの呪力のいろ、形、波動は正に。
「____本当にあの子が、五条悟なんスか?」
七海は静かに頷く。
新田は尚も疑うが、無理もない。前の記憶がある者からすれば、五条の放つ呪力は無意識でもそれとわかるほど圧倒的で、絶大だったのだから。
それが今や、七海の持つ六眼を凝らしても、ほんの微かにあるかないか感じられる程度の些末な力しか持って来ていない。
「もし仮にそうだとしてもッスよ、七海サン。あの子の持ってる程度の力じゃ、補助監督にすらなれないッスよ。ほんっとに行くんスか?」
「新田さん。記憶を持つあなたには何度もご説明差し上げたはずです」
「いや、まあ耳タコッスけど…そもそもそれも理解できてないっていうか…」
「そんな状態でご協力いただいて感謝しています。彼は今どうしていますか」
淡々と感謝を述べてから質問すると、新田はしみついた補助監督根性で、いったん離していた双眼鏡を素早く覗き込む。彼女のこういうところを、七海は評価していた。
「あっ、今、友達と別れたッスね。一人ッス」
「そうですか。では、行きましょう」
そう言って七海はサングラスを掛け、車の扉をさっさと開けて車を降りる。新田は慌てて荷物をまとめた。ベージュのチェスターコートを翻して、七海は颯爽と対象へ向かって歩く。未だに慣れない氷色の六眼には、微かな呪力も入り込んでとても煩わしい。これは自分が持つべきものではないのだから、身体に合わないのも当然だ。
やっと見つけた。何の因果か、またこの世界に産まれ落ちてからずっと探し続けてきた相手。記憶と呼んでもいいのかどうかも曖昧な、こびりついて離れない、圧倒的な存在。
さあ、私の瞳を返してもらいますよ、五条さん。
七海は珍しく逸る心臓を抱えて、走って追いかけて来る新田のことも顧みることができずに、歩く速度を速めた。