綿毛の君と傘帽子の君⑧第8章
木々の隙間から朝日が顔を覗かせた頃、ぼくたちは 丁度、石造りの階段の半分を登り終えたところだった。
ぼくの身長では、1つの段差が高い。
一段一段を兎が跳ねるみたいに登ったら、頑張って空気を取り込もうとする肺が痛む。
息を切らしながら登り続けると、数段上に
ぼくの背の数倍は有りそうな朱色の鳥居が、そびえ立っていた。
神社だ。
その鳥居の内には、二体の狛犬が並んでいた。
ぼくは、狛犬たちに目が釘付けになった。
向かって左側の狛犬の方は 苔むし、彼の勇ましいだろう表情が 隠れてしまっているのに対して、
右側の方の狛犬は、雨風で多少摩耗してはいるが、その逞しい牙や凛々しい瞳は健在であった。
「ねぇビクター、なんで片方だけ掃除してもらえていないんだ?」
何故か その事が気にかかった。
『もう、そこには誰も居ないので』
左の狛犬を眺めて 悲しそうな笑いを漏らす横顔に、ぼくは聞いてはいけないことを 聞いてしまったのだと悟った。
咄嗟に、早く家で休みたいと、見え透いた嘘をつき、ビクターの服の袖を引く。
焦ったあまりに、力加減を間違えてしまったようで、ビクターが体勢を崩してしまう。
慌てて袖を引く手を緩めたことで、怪我には繋がらなかったけれど、申し訳なさが残り、僕の足取りを、更に重くさせた。
息を切らしながら、もう半分の階段を登りきると、そこには どっしりと構え、歴史を感じさせる本殿があった。
中央の開き戸の上には、大蛇のようなしめ縄がかけられている。
ビクターは開き戸を開け、ぼくに中へ入るように促した。
ここが、ぼくたちの帰るべき場所なんだろう。
ぼくは目が覚めてから可笑しいんだ。
いろんなことを忘れちゃってる気がする。
そんな感覚を振り払うように、頭を振り、本殿の中へ足を踏み入れた。
お社の中は、外装とは異なり、つい最近改築されたような 様子だった。
まだ、心落ち着く 木の香りが残っている。
前を歩く2人は、終わりの見えない木張りの廊下を ぐんぐんと進んでいく。
ぼくの方はというと、落ち着きなく 辺りを見回しながら、よたよたと進んでいた。
先を歩く二人が、突き当たりの部屋の前で止まったに、横ばかり見ていたぼくは気付けずに、そのままビクターの背中に顔面を強打した。
「いてっ」
鼻先がじんじんと痛むことと、よそ見をしていてぶつかってしまった恥ずかしさから、僕は手で顔を覆って隠した。
開かれた襖の中の空間は簡素なものであったが、所々に配置された装飾品が上品に纏まっていて、風情があった。
そして その部屋の中心には、一組の布団が用意されている。
ウィックが 我先にと 布団に潜っていくのに次いで、ビクターも布団の中へ入っていた。
ぼくが案山子のようにつっ立っていると、ウィックが こっちにおいでよ、とでも言いたげに、布団からひょっこり顔を出す。
それでも尚 躊躇っていると、今度はビクターが掛け布団を縦に開き、彼の横をぽんぽんと叩いた。
気恥しさはあったが、それに区切りをつけ、僕も、布団に飛び込むように滑り込んだ。
三人で使うにはやはり小さ過ぎて、お互いの肩や足が、コツりと当たってしまう。
仕方のない事だと分かってはいたが、実際そうなってしまうと 気にかかる。
ぼくはできる限り身体を縮こませようとした。
でも、ビクターの腕が それを許さなかった。
大人の腕が、脇の間に入り込み 持ち上げ、向かい合わせになるように ぼくを横たわらせた。
その隙間に、ウィックが すっぽりと丸まり収まる。
湯たんぽのように暖かかった。
『これなら狭くないですね』
そう言って微笑むビクターの笑顔が、誰かに似ているような気がした。
誰だっただろうか、と考えている内にぼくは夢の中へと落ちていた。