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    DdCLvzSYBoJ8tY7

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    DdCLvzSYBoJ8tY7

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    狐として産まれた晴明のその後の話。
    ざっくり史実や安倍晴明物語等を混ぜ込みつつ、勝手に歴史を作って書きました。
    晴明が狐前提だから、なんでもいいよ!という方向けです。
    まぁ暗い。

    狐晴明「さて、今回は拙僧が勝ちましたな。」
     弟子に負けるのは師匠としてどうなのかと晴明は思ったが、ただただ勝ち続けるよりは勝ったり負けたりの関係が晴明にも道満にも心地よかった。
     お互いに負けず嫌いな為、勝負をする度に新しい術をこさえており、お互いの探求心に再び火が付く繰り返しとなっていた。
     二人で大怪我をした時は、晴明は嫁からお小言を貰った。
    「首は落とさないので大丈夫ですよ。」
     そういう問題ではないと更に怒られた晴明は、嫁が本当の自分を見えない事を良い事に耳をパタリと伏せて耐えた。


     晴明と道満は常に一緒にいる訳ではなかった。晴明は晴明の仕事があり、道満は道満の仕事があった。晴明は道満と一緒に居られる時間を増やそうと自分に回ってくる仕事の中で外注出来て割のいい仕事を道満に回した。道満の懐が潤えば、弟子として学ぶ時間が増えて自然と自分の屋敷に居る時間が増えると考えたのだ。
     初めは「申し訳ない」と断った道満だが晴明が人手が足りないと半分本当の事を言えば受ける様になった。それで晴明の屋敷に居る時間が増えたかと言えば、全く増える事はなかった。
     不思議に思った晴明が道満の後をつけてみることにした。いつも通り決まった時間に町へ出て民を相手に説法を説き、祈祷を行い、時には医師の真似事をする弟子を見る。
     貰う報酬は様々だったが貴族から人扱いのされない民達の報酬はほぼないに等しかった。それでも道満は嫌な顔一つせずに骨と皮だけの手を、病で黒ずんだ手を、折れ曲がった手を、膿んだ手を、小さすぎる手を、伝染病にかかった手をとった。
     道満を嗤う貴族連中を思い出して、道満に感謝して涙する民を見て、懐の金を隠しながら道満を蔑む声を聞く。人とはそんなモノである。そんなモノであるはずなのだ。しかし晴明は締め付けられる想いがした。
     彼らが正しく人ならば、道満は一体なんであろうか。
     屋敷に帰ってきた道満を迎えて、じっと見つめる。
    「なんですか。病避けの術をちゃんと施したので、病など持ち込んでおりませんよ。」
     ひらりと振った手は大きくて白い暖かそうな手だった。


     雪が降った庭を眺めるのが晴明は好きだった。もう子供ではないから駆け回る事はしないが真っ白い景色に足跡をつけてみたい衝動に駆られる。その度に自分はやはり狐だなと晴明は自覚した。
    「おや?庭に出ないのですか。」
     では失礼して。と庭に自分の足跡をつけだす道満に晴明は目を丸くした。
    「んんんんん!まさか足跡をつけたいのがご自分だけとお思いで?」
     にんまりと笑う弟子を追いかけた晴明は、結局師弟揃って雪の中で盛大に転ぶことになった。
     遠くから「くすくす」と笑う嫁の声が聞こえる。


     晴明はよく夢を見る。内容は様々だが明日の先を見る事もある。
     晴明は耳がとてもいい。聞こうと思えれば何処までも聞けるほどだろう。
     夢の内容と、占いの結果と、よく聞こえる耳と、自分の現状を考えれば大抵の事は理解が出来た。
     そして今回の自分の見解に晴明は満足していた。自分はこの平安を守り存続させる機関である。大切な父が、仲間のような嫁が、愛した道満が居るこの京を守る為の存在。きっとこれは運命なのだ。
    「道満。明日の先が楽しみですね。」


     晴明は俗にいうヘソ天状態で日がな一日転がっていた。
    「諦めなされ。」
     ため息交じりに道満が言えば力なく尻尾でパタリと返事をした。
     唐(中国)への留学を申し付けられた晴明は最初は涼しい顔をしていた。式神に生かせる気満々だったからだ。しかし嫁からも師匠からも上司からも苦言を言われ、挙句の果てに道満が旅の志度を整えている始末であった。
     そんなに私が邪魔かと臍を曲げた晴明は精一杯の抗議を道満にしていた。
    「貴方の家も妻も京も拙僧が守ります。ですので安心していってきなされ。」
     フスーッと鼻息を立てる晴明の腹を道満の大きい手がポンポンと叩いた。
    「御心配でしたら梨花殿には近づきませんよ。」
     元より嫁に近付いた事のない道満と術師は嫌いだと公言する嫁の何を心配すればいいのかと晴明がジトリと道満を見れば、見た子のない淋しそうな顔で笑っていた。
    「早く行って、早く帰ってきてくださいませ。」
     飛び起きた晴明に荷物を括りつけて道満は屋敷から叩き出した。
    「…こういう時は、もっとロマンチックなものでは?」
     ほんの少しだけ、屋敷から出なくていい嫁が羨ましくなった晴明だった。


     あっという間に三年たった。
     そんな長いする予定の無かった晴明は、ちょっとだけショボショボと項垂れて歩いていた。屋敷の前で入るかどうするか少し迷う。
     三年前に自分を叩き出した道満を思い出して、もしも嫌な顔をされたらどうするかと考えた。
     自分の事をすっかり忘れて嫁と仲良くなっていたら…ありもしない事と解っていても旅先で伝え聞く「夫の居ぬ間に」が生々しすぎた。
     ガラリと突然開いた扉に晴明はびっくりした。しかしそれ以上に驚いた顔をした道満が目に入った。
    「た、ただいま……?」
     声を絞り出した晴明の首に道満が抱き着いた。何時だって師匠を立てる道満の行動に晴明は驚いて固まった。
    「長旅、ご苦労様です。」
     毛皮に顔を押し付けたまま話す道満に帰ってきたんだと晴明は嬉しくなった。
    「えぇ。長かったです。」
     その日、食事も酒も上等で晴明はたいそう気分が良かった。そんな晴明を見た道満は言い辛そうに話し相手がいない晴明の嫁にせがまれて自分の式神を話し相手にしていると報告した。自立式で決して晴明の嫁は見ていないと重ねる道満に、あの式神嫌いの嫁がよく許したなと驚いた。
     他には何かありましたかと問えば、道満にしては珍しく口ごもりながら嫁と文友になった事を聞かされた。
     晴明は駄々をこねた。
    「私も道満からの文が欲しいです!」
    「子供ですか!」
     道満の式神はちょっと晴明の本体に似た白い狐だった。

     
     じっと晴明は手紙を見つめた。深いため息を吐けば不思議そうに道満が首を傾げた。手には唐からの伝来品である医療の本が握られていた。
     道満の伝手では手に入らない高価なソレは道満が人を助ける手立てになっている。全ては等価交換で、伝手があるからこそ晴明も手に入れられる。そして伝手を作る為には嫌な仕事もしないといけなかった。
    「気が進まないのならば、断ればよろしいのでは?」
     弟子の言葉に笑って晴明は「仕方がない」と零した。何よりも晴明は京を守らねばならないからだ。京という世界を守るには、何かを犠牲にしなければならない。
     この胸糞悪い依頼が巡り巡って京を良き方向に導くならば晴明は、この依頼を受けなければならなかった。
     嫌そうに依頼をこなす晴明は、道満がどんな目で晴明を見ているかまでは気にしなかった。


     流行り病が貴族にまで蔓延してきた。後手に回らぬ様にと提案した案は途中で破り捨てられていたのか、思った以上に材料がない。これは薬が足りなくなると踏んだ晴明は道満に薬の持ち出しを禁止した。
    「もとより御師様の物です。致し方ありませぬ。」
     美しく弧を描く口元に晴明は寂しさを覚えた。もっと悪感情を出してほしいと思うのは我儘だろうかと思いながら民の元へ行く弟子の背中を晴明は見送る。
     貴族の生活が悪化すれば、余裕のなくした貴族たちによって民が酷い目に合う。万人に渡す薬はないのだ。取捨選択を迫られた晴明は京の存続に必要な人間の名前を書きだした。


     道満は自分の無力さを噛み締めていた。助けて欲しいと伸ばされる手は既に末期の症状が見て取れて、もはや死ぬのを待つしかなかった。そんな人間がそこら中に溢れている。
     道満は恥じた。人の為にと学んだ力を私利私欲の為に使い、弟子ではあるが晴明と同等の力がある好敵手であると思いあがっていたと項垂れた。
     晴明から学ばなければ、道満にはこの伝染病がどう進行していくか、どう薬を作るかを知らなかった。晴明に頼らなければ、薬の材料さえもまともに調達が出来なかった。
     自分は晴明の足元にも及ばないのだ。そう痛感した道満は病を治せない自分を罵倒する民の怒りはもっともだと目を伏せた。
    「法師様。ありがとうございます。」
     何人目かの時、道満はそう告げられた。法師様のおかげで成仏できるだろうと。一人寂しく死ぬことにならなかったと。そして、死後の世界はさぞ素晴らしいだろうと死んでいった。
     死後の世界を知らない道満は、その言葉にどう返せばいいのか解らなかった。


     伝染病が収まってきた頃、道満の元に呪詛の依頼が来た。初めての事ではないし法師陰陽師をやっていれば割とよくある内容だった。
     道満の目を引いたのは、手紙の最後に違った部分があったからだった。「晴明殿」と確かに書かれた依頼書に持ってきた人物を見れば、まだまだ年若い男だった。大方、晴明の屋敷から出てきた自分を晴明と間違えたのだろうと思った道満は考えた。
     不可抗力で読んでしまった内容は、以前晴明が嫌そうにしていた依頼内容と被っていた。確かに気持ちのいい依頼ではないが、晴明よりも悪意に晒される事に慣れている道満にとってはわりと見る内容だった。
     師匠である晴明は凄い。だからこそ、こんな些事である依頼をこなすよりは晴明にしか出来ない依頼をこなすべきだ。
     道満は男に微笑みかけて依頼主の元へ連れて行くようにと声をかけた。


     晴明は道満からする臭いに顔を顰めた。呪詛の独特な臭いと人の悪意が混ざった臭いだ。また慈悲を出して変な依頼を受けたか。それとも懐が寂しくなったか。
     道満を必要とする民は多い。だからこそ、一人の愚かな者の為に時間を消費して、呪詛に濡れるよりは大勢の為に説法を説いてほしいと晴明は思った。
    「道満。一に拘るのはお前の悪い癖です。」
     しかし、晴明は一人一人を見る道満を好ましいと思っているのも確かだった。


     晴明が指示をして道満が薬を作る。もう随分と見慣れた光景だった。相変わらず道満は呪詛の臭いを纏っていたが、道満を抱き込むようにして伏せをし、手元を見るのが晴明は好きだった。
    「そうしていると本当に狐のようですよ。」
     道満の言葉に尻尾で抗議をした晴明は、道満の指先がほんの少し黒くなっているのを見た。


     掃除をする道満の髪が少しだけ巻いていた。それをみて晴明は道満の首根っこに噛みついて引き倒した。
     師匠のいきなりの横暴に何事かと睨みつけた道満は、ぐるると低く獣の様に唸る晴明を見た。
    「その呪詛をどうにかしなさい。」
     その次の日から呪詛の臭いも道満の匂いもパタリとしなくなった。


    「また私の勝ちですね。」
     晴明が言えば、道満は口を固く引き結んだ。道満が晴明に勝てなくなって、それなりの時間がたった。貴族の間でもその噂が広がって道満の立場は悪くなっていく一方だった。
     道満の真っすぐだった髪はクルリと巻き始めており、髪に呪詛や悪意が残っているのが見て取れた。葛の葉を母に持つ晴明にとって、呪詛や悪意の力をどうにかするのは得意だった。
     以前の、身の内に悪しき物が溜まる前の道満の方が晴明にとっては強敵と言えた。
     道満を見てせせら笑う者たちに晴明は腹が立った。道満を弱くしたのは欲に濡れたお前たちだろうと。言葉に出来ぬ代わりに、そしてそんな道満を止められない自分に、失望した様なため息が零れた。


     晴明に勝てなくなって久しい道満は焦っていた。力自体は呪詛によって強まっている筈なのに拮抗していた晴明との実力はどんどん開いていっている様だった。
     道満は焦った。晴明よりも弱いとなれば、自分に来ている依頼がまた晴明に戻ってしまう。今しばらく、今しばらくは自分が請け負えば呪詛は道満に頼めばいいという風潮が出来るはずだ。しかしその前に晴明より実力がないと断じられれば、また晴明へ呪詛の依頼が殺到するはずだ。
     何故、どうして、どうすればと自問自答する道満の耳に失望した様な晴明のため息が届いた。


    「見聞を広め、実力を積もうと思います。」
     師弟の関係を解消して欲しいと言ってきた道満の言葉に晴明はどう引き止めればいいのか解らなかった。どんな忠告の言葉も道満には響いていない様だったからだ。だから素直に想いを口にした。
    「お前を愛しているんだ。」
     呪詛に濡れた道満は、しかし相変わらずこちらを見据えて微笑んでいた。
    「御冗談を。」
     あまりにも落ち着いた透き通った声と美しい笑みに晴明はそれ以上何も言えなくなった。
     後にも先にも、この時ほど誰かに強く拒絶された事はなかったと後の晴明は振り返った。


     道満が出て行った日、晴明は嫁に怒られた。
    「今すぐ追いかけなさい!後悔するから!後悔するから!!」
     ボロボロと涙を零す嫁に、道満に惚れていたのかと問えば鏡が飛んできた。
    「惚れてるのは貴方でしょう!」
    「えぇ。すみません……梨花。」
     そのまま伏せって泣き出す梨花を見て、そういえば初めて名前を呼んだと晴明は思い至った。


     晴明に勝てない道満は力を求めた。しかし力だけではどうにもならない。それは力が増したのに負けた道満自身が一番痛感していた。
     何が違う。何を変えられる。晴明の家で見た様々な本の内容を思い出し、様々な英雄の話を思い出した。
     パチリと閃いた。
     晴明が「誰にも内容を話してはいけない」と道満に見せた厳重に封がされた唐より持ち帰った本。あれには秘術が書いてあった。そうあの秘術を使えば古今東西の英雄の戦い方が出来る。
     人の身である道満がより強くなれる戦い方が出来る方法が。


     会う度に道満は力を強めていた。人の身にあまる力は道満の髪を徐々に白く染め上げ、京の悪意を浴びた髪はぐるぐると巻いて道満に絡みついている様だった。
     しかしどんなに強くなろうと晴明とは相性が悪かった。勝てない処か晴明が圧勝する時が増えていく。
     そのうち道満も気付くだろうと晴明は待った。何時かまた、自分の屋敷に戻ってきて「御師様」と呼んでくれるだろうと。そんな晴明の淡い想いは、道満から生物の匂いが消えた時に打ち砕かれた。
    「……”お前”は何処だ?」
    「んんん。目の前に”あり”ますでしょう?」
     こてんと首を傾げた道満は今までと違い捨て身の戦法を取るようになった。今までとは勝手の違う肉薄した戦いに、晴明はうっかり道満の首をはねてしまった。
     慌てふためく周りを他所に、晴明には予感があった。
     あの子は天才で、あの子は努力家で、あの子は研究肌だった。
     首を跳ねられた道満が消えれば、後ろから五体満足の道満が覗き込んで来た。
    「お前も、疑似的な不死を手に入れたのですね。」
     晴明の言葉を正しく受け取った道満は「お揃いでしたか」と晴明に言った。
     本を見せたことを晴明は激しく後悔した。


     道満が自身を使い捨てる様になると、また二人の実力は拮抗した。頻繁に衝突するようになった二人だが晴明は道満に屋敷に来るようにと、よく誘った。道満が屋敷を訪れる事はなかったが、たまに梨花は元気かと問うてきた。
    「お前の式神はそのままにしてありますよ。」
     晴明の言葉に道満は俯いた。
    「捨ててくだされ。」
     それ以降、梨花の事を道満が聞くことはなかった。


     呪詛に濡れた道満は、それでも民達から必要とされた。より広く、よりひどくなった流行り病に打つ手がなかったのもあるが、病を貰う事を恐れた人々は誰に対しても隔てなく接する道満に「好きでやっているのだから」と病人を押し付けた。そして感謝をしなくなるばかりか、そのうち法師様が病を持ってくるのではと遠巻きにするようになっていった。
     自分で伝手を持っても晴明の様に数が手に入らないと道満は嘆いた。妖からも、病からも、救える人間のなんと少ない事かと道満は京に張られる結界を見た。
     もっと自分が強ければ、妖から救えた命があっただろう。もっと自分に知識があれば、病から救えた命があっただろう。もっと自分が陰陽道に造詣が深ければ、晴明の代わりに京に結界を張れただろう。
     晴明の負担を少しでも減らせればと考えた道満だったが、自分も晴明を頼ってばかりだと痛感した。しかし、もう人の身を捨てた自分が晴明の元へ帰るのは許されないと思った。
     晴明の失望した溜息が、眼差しが道満には一生忘れられそうになかった。


     毎日、毎日、人を看取った道満は人の死にも無感情になっていった。また死んだ。隣も死ぬ。向こうもこっちもあそこも死ぬ。これが、この地獄のような光景が人の住む世の姿なのかと道満は溜息をついた。
     道満は死を待つ民に救いとは何かと問うた。黒い色だけだった瞳に光が宿った。
    「死ぬ事ですよ。法師様。」


     道満が薬の材料を工面する為に訪れた貴族の屋敷では病が移ると門前払いをされ、ようやく屋敷の外で待てと言われた先では晴明に負ける道満を嗤うだけ嗤い、まともな物はもらえなかった。
     材料が不足して高騰しているのは解っている。そのせいで貴族たちも気が立っているのだ。
     仕方がない事だと道満は自分に言い聞かせる。
     貰えないのならば貰える様にすればいい。少し脅せば出せる相手は出すものだ。
     嗤われるなら嗤われない様にすればいい。晴明に勝ちさえすれば嗤われないし、厄介な呪詛の依頼は自分にくる。
     勝てないならば勝てる様にすればいい。晴明にも考えつかない術を組み、力を、呪詛を磨けばいい。
     そう。全ては力があってこそ主張出来るのだ。


     晴明は夢を見た。道満の首を刎ねる嫌な夢だった。何時もなら夢を見たら占った。それがどんな内容でも万が一があるからだ。
     しかし晴明は占う代わりに道満が使っていた部屋へと行く。もう匂いも残っていない其処に身を横たえて晴明は再び眠りについた。


     道満は黒く変色した自分の腕を見た。晴明に勝てない事が続くようになってきた。
    「何故。何故だ。何故勝てぬ。」
     勝った晴明の瞳に浮かぶ色を思い出す。自分はそんな目で見られる対象ではなかったはずだ。対等だった。師弟であるが対等にお互いを見れたはずだ。
     一度だけ聞いた晴明の溜息が耳元で聞こえた気がした。腹の底がカッと熱く煮えたぎる。
    「っっおのれ晴明!!」
     自分は弱くなどない。弱い自分に意味はない。道満は何としてでも晴明に勝たなければならなかった。
     己に来る依頼を、晴明の目に触れさせたくはなかったのだ。
     あの人より人らしい晴明に、人の醜い部分を見せたくはなかったのだ。


    「最悪、晴明を贄にすればいい。」
     偶然聞こえたソレは貴族同士の戯れだった。しかし道満の体温は一瞬で奪われた。
     笑い話だ。しかし笑い話にするには、あまりにも的を得ていた。晴明ほどの力ある者を神の贄として捧げれば神は京を守るだろう。あるいは、晴明が命懸けで京に結界を張れば、今まで以上に完ぺきに京を守るだろう。
     もし、もしこのまま流行り病が収束せずに、もし時の帝が、もしくは貴族達が我が身可愛さに晴明に贄を命じたらどうなるだろうか。
     そして何より、この話を晴明が何処かで聞いているかも知れないのが道満には辛かった。


     流行り病が収束しても道満は忙しかった。髪の色が半分抜け落ち、半分は呪いを纏って変質した。そんな気味の悪い男でも実力は高い為、晴明が断る様な依頼を回すのには最適だと判断されたのだ。
     この頃の道満は、自分によく手を貸してくれた貴族の顕光と懇意になっていた。無能だなんだと囁かれても道満にとっては物資や金銭をかき集めて貰った一番の信頼出来る貴族だったからだ。
     しかし晴明は、ただでさえ貴族から嫌われている顕光と共にいる道満を心配した。
     道満には貴族間の厄介事に巻き込まれて欲しくないと思った晴明は苦言を告げた。それが道満には酷く腹が立った。他の貴族がいう様な無能ならば、顕光は道満に何一つ手助けを出来なかったはずだ。晴明が言う様な無能ではないと道満は晴明を睨み付けた。
    「貴方には関係のない事です。」


     晴明は今日も道満に勝った。しかし、もうかつての高揚も喜びも楽しさもそこにはなかった。ただただ呪詛に濡れていく道満が人の悪意に絡め捕られていくのを見るのが忍びなかった。
     死に行く民に心を砕く男が人を殺める呪詛は吐く。碌に報酬も払えぬ者を助けようと奔走する男が力をつけようと悪意を取り込む。
     歪で美しい道満が失意に暮れる姿が映る。そんな道満の考えを正せない己に晴明は心底失望した。
     きっともう伝わらない。それでも言わずにはいられなかった。
    「道満。一に拘るのはお前の悪い癖です。」


     道満は考えていた。顕光の最後の頼みである京を呪う行為は救おうとした民を師である安倍晴明を害する行為であった。
     顕光の嘆きを思い出す。貴族間の争いではよくあることだ。そんな醜い争いの真っただ中に晴明はいる。
     貴族達の晴明への態度を思い出す。媚びてすり寄るのに晴明を狐の子と蔑んでいた。何時か必要とあれば晴明を贄にでもするであろう。
     民達の祈りを思い出す。辛く苦しいだけの生が続くならば早く死んで苦のない世界に行きたいと病人とは思えない力で道満の手を握っていた。
    「……死は、救いである。」
     口に出しても、それが事実なのかは道満には解らなかった。しかし自分の呪詛で晴明が死ぬ事はないだろう。貴族も民も居なくなれば、晴明はどうするだろうか。
     思い出す晴明は、何時だって道満に失望した視線を寄越していた。


     晴明が煎じた薬を持って内裏を歩いていれば珍しく道満と出会った。晴明が声をかける前に、その薬はどうするのかと問われた。病に伏せったという貴族からの依頼の品だと言えば怪訝そうな顔をされた。
    「殺せと言われたのですか。」
     使った薬草の匂いと施した呪いで気付いたのだろうか。眠る様に死ぬ事が出来る薬だと道満にバレた様だった。
    「治せとの命令ですが、もう手の施しようがありません。」
     そして延命をすればするほど本人の苦しみが延びるだけだった。体を内から蝕まれた相手にしてやれるのは何だろうかと考えた晴明が思い出したのは、死に行く者の為に最後まで経を説く道満とそれを聞いて穏やかな顔で死ぬ民だった。
     自分が寄り添ってもあんなに穏やかな死は与えてやれない。ならば出来る範囲で穏やかな死を渡そうと薬をこさえた。そうきっと。
    「死こそ、救いでしょうから。」


     晴明には解らなかった。道満が何故、こんな事をしたのかも。何時の間に道満にここまで恨まれていたのかも。
     晴明は悲しかった。京を出る道満を遠くから見る。この後、自分が内裏に呼び出される事を知っていたからだ。
     何時かの夢を思い出す。
    「嫌だなぁ。」


     梨花は夫が気の毒でならなかった。愛する人を手にかけて、それでも愛する人を殺す原因になった場所を守らなければならないなんて。自分だったら耐えられないだろう。
     何も言わずに普段通りに過ごす夫が碌に物をたべなくなったのを知っている。自分が持ってる道満が作った式神府を悲しい顔で見ているのを知っている。
     梨花は考えた。考えに考えて、屋敷の外へ出た。自分に正しく価値があると知っていた彼女は死後の自分を対価にして毒を手に入れた。
     何も知らない晴明に毒を盛ればパタリと倒れて動かなくなった。晴明を愛してはいないが運命共同体だと思っていた梨花は一人で死なすまいと残った毒を飲み干した。


     ふと晴明は目が覚めた。
     何故か痛む体を不思議に思いながら部屋が暗くて寒い事に気が付いた。梨花が風邪をひいては不味いと身を起こせば体の上に乗っていた重たいモノがごとりと落ちた。
     何が乗っていたのかと見れば、冷たくなった梨花がいた。
     晴明の遠吠えは、虚しく屋敷に響いて消えた。
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    DdCLvzSYBoJ8tY7

    DOODLE遅くなってしまった結月さんへの誕生日プレゼントになります。(本当に遅い)
    「道に振り向いてもらおうと必死な道にベタ惚れ最優と、別に現時点で既にベタ惚れな道の甘い晴道」でしたが、甘い晴道が書けなくて謎の仕上がりになりました。
    お誕生日おめでとうございます!という気持ちだけはふんだんに込めたので許されたいです。
     安倍晴明という男は、恋に落ちるという表現が理解できない男だった。
     それは単純に恋をした事がないという事でもあり、恋をしたいとも思った事がなかったのだ。自分と他人の感覚が違うと気付いてはいたが、問題ないと高校三年生になっても恋人も作らず過ごしていたし、恋に身を焦がす人間を何処か物語を見ている感覚で眺めていた。興味本位で恋をしてみたいと思った事もあったが次の日にはコロリと忘れる程度の願望だった。
     そんな晴明は友人に「恋はどうするのか。」と興味本位で聞くのは至極当然の事だったし、恋に浮かされた友人は「まさしく、落ちるという表現がピッタリだ!」と答えるのも至極当然だった。

    「転校生の蘆屋道満だ。」
     担任の声は聞こえたが、晴明は全く転校生を見ていなかった。見た処で面白味も何もないからだ。せいぜい思った事は、この時期に転校してくるなんて大変だな程度だった。
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