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    pixivでアップした『国宝級イケメンの推しが俺にガチで告白するわけがない!』の続編の一部です。

    キャラの基本設定と多いに異なる設定があります。零さんは親バカで、母親健在。
    親子仲はそこそこいいという設定で書きました。色々と捏造しています。実際のイベント内容とは異なります。

    国宝級イケメンの推しが俺にガチで告白するわけがない2前回までの話。
    俺は山田一郎。アニメのキャラに似てるって男の情報がウザすぎて、名前をミュートする前にツラを拝んでやったら······
    「は?カッケェ···なんだ、このイケメン!?」
    想像を絶する程の顔面と、歌声に惚れて俺は気が付けば左馬刻の沼にハマっていった。初めてのリリースイベントに当選した俺は、初めて左馬刻と接触したらあまりのビジュの良さにキモオタ全開しちまった。
    周りで自前のカメラで撮影する女の人達の行動が気になってSNSを見れば、イベントの写真がアップされてた。
    けれど、あまりいい表情が撮れてねーな···。そう思った俺は、カメラを購入して俺だけの左馬刻を撮る事の楽しさと感動を覚えた。
    俺の撮った写真は評判が良くって、いつの間にかマスターって言われる人種になっていた。
    左馬刻の誕生日にいつものカフェにカップホルダーを置くって本人に言えば、左馬刻が当日店に買いに来ると言い出した。
    そんな、まさかな···。
    俺はただのリップサービスだって思ってたけど、言われてた通り待っていたら···
    「よォ、遅れて悪かったな」
    おいおい、マジかよ!?冗談かと思ってたら、本人が現れちまった!混乱してる間に車に乗せられて、行き着いた場所は左馬刻の住んでるマンションだった。
    推しのプライベートゾーンに踏み入る大罪を犯したくねえと必死に抵抗したが······
    「ンン!?んぅ!んんんん!?」
    あろうことか、左馬刻にキスされちまった···。そして目が覚めて夢かと思えば、隣には半裸でタバコを吸ってる推しの姿に俺の脳内はパニックになる。
    左馬刻のマネージャーで俺の知り合いである簓さんが現れると、俺が左馬刻が所属している事務所の社長の息子だってバレちまった。
    「社長の息子だからってなんだよ?俺はコイツに惚れてんだ。外野がどんだけ騒いでも知らねえよ」
    簓さんと左馬刻が言い争ってる最中、俺のスマホに親父から連絡がかかってきた。
    うわ、マジ最悪なタイミング……。
    全員親父の事務所に呼び出されて説教な流れだと思いきや······
    「一郎、二郎、三郎。俺の息子達で結成されたグループ、Buster Brosだ」
    「······は?」
    なんでおれがアイドルに!?しかも俺達のデビューと、左馬刻のグループのカムバを被らせて条件付きの勝負をさせるってどういう事だよ!
    ?左馬刻が勝てば俺との交際を認められて、俺はオタ活が出来ない。
    俺が勝てばオタ活が継続できる。この勝負は拒否出来ねえし、デビューは半年後!?

    マジかよ!俺はこれから先、どうしたらいいんだよ!?


    ■■■■■


    「それで、話ってなんだよ?」
    親父の部屋から出て行こうとしたその時、 少し話があると何故か俺だけ呼び止められた。何なんだよ一体···。こっちはさっきの話で頭の整理がしてねえつーのに。更にまだ話があるって言うのかよ。本当に勘弁してくれ。
    今日は正直親父の話なんて聞きたくはねーけど、聞いておかないともっと厄介になるって決まっている。俺はソファーに腰掛けると、渋々耳を傾けた。
    「アイドルにハマってMTCを追っかけをしていたのも聞いてたが、まさか左馬刻くんの家にお泊まりする仲にまでなっていたなんてなァ······」
    「勘違いしてっけど、俺と左馬刻はそういう関係じゃねえから!オフで会ったのも今日が初めてだしよ。それに家に行くつもりも、泊まる予定も会う約束もしてなかったしよ!」
    「ほぉ······」
    疑うような親父の視線に、思わず顔が引き攣った。きっと今の俺が何を言っても、親父は疑うだけだ。じーっと見つめてきて、まるで俺が嘘を言ってるような反応じゃねぇか。俺は純粋に推しとして見て、そして左馬刻を応援してきた。
    そもそも俺は、自ら気に入られる為にアピールしたりするタイプのオタクじゃねえ。いつだって遠くから見守りたいタイプなんだよ······本来は!やましい事なんてしてねえのに、なんだよこの居心地の悪さは。
    「一郎、お前···左馬刻くんの事が好きなのか?」
    「俺は推しとして左馬刻が好きだ。それ以上は何もねえよ。てかよ、左馬刻が言ってたけど、ここのアイドルはバレなきゃ恋愛してもいいんだろ?だったら親父が干渉することじゃねえと思うんだけど···?」
    「確かに、そうだがなァ······」
    俺の言葉を聞いて、親父は眉間にシワを寄せて難しい顔をしていた。親父には複雑な心境なんだろうな。そりゃそうか。人気アイドルグループのリーダー碧棺左馬刻が、自分の息子と付き合いたいと言ってきた訳だからな。
    俺自身はそもそも左馬刻の事は推しとて好きなだけで、付き合う気なんか全くねえ。それに俺と左馬刻では住む世界が違い過ぎる。
    てか、あの左馬刻だぞ?俺みたいな平凡な奴を、本気で選ぶわけがねえだろ。普通に考えて。そもそも、左馬刻はなんで俺の事好きなんだ?そんな事を悶々と考えていると、親父が俺の横に座ってきた。すると突然親父は勢いよく俺の肩を掴んできた。
    「ウチのタレントはバレなきゃ交際OKだがな······いちくんが恋人を作るなんてまだ早いし、ちゃんと結婚前提に考えるような相手じゃねえと俺は許せねーんだよ!」
    「······はァ??!!なに言ってンだよ!つか、結婚ってなんだよ!?話がぶっ飛び過ぎて意味がわかんねェ!」
    いきなり親父の突拍子もない言葉に俺は呆気に取られた。結婚前提って···今時の女の子だってそんな風に言われて恋人作らねーだろ!親父は遂に頭が沸いちまったのか?いや頭が可笑しいのも、過保護過ぎるのは今に始まった訳じゃねーけど···。
    親父は昔、仕事が多忙のあまり家にほとんど帰れずにいた。
    それは仕方ないことだと思っていたし、ガキの頃は寂しさを感じていた。俺が中坊になった頃には親父の存在は更に遠くなり、滅多に話すこともなくなり疎遠になっていった。それがいけなかったのか、始まりだったか。
    もっと一緒に過ごしてやりたかった、家族らしいことをしたかった。そんな親父の感情が爆発したのか。
    ある日を境に親父は俺達に対して、過剰なほど愛情を持つようになった。俺達のことが心配なのは分かるが、限度ってもんがある。
    俺はもう19歳だし、一番下の三郎だってもうすぐ高一だぜ?子供扱いすんなって何度も言ってんのに、一向に止める気配はねえ。弟達も嫌がってんのに、親父の溺愛っぷりは簓さんと盧笙さんにドン引きされる程だ。
    「だって、いちくんは俺のいない所でずっと左馬刻くんの話しばっかしてるって聞いたしよ······それに母さんも最近理鶯くんがお気に入りとか言って…ッ!!母さんの一番になるのは俺なんだよ!大事な息子と嫁さんを、あんな若い男達に渡すつもりはねえからなァ!?」
    「いやいや、待ってよ!なんでお袋の話が···つか、落ち着けよ!」
    周りに語る相手がいないから左馬刻とMTCの話は、いつもお袋と弟達に聞いてもらっていた。
    特にお袋は、バラエティ番組に出てるMTCが好きでよく一緒にリアタイしている。この間も三人がキャンプしているやつを見て、肉焼いてる理鶯さんみて『息子にしたいくらい可愛いわ理鶯くん!』って言ってたし、曲のフリで腹チラした時に『あらあら』って言いながら喜んでた事は一生黙っておこう。
    自分以外の男にお袋があるって知ったら、ガチで事務所解雇とか有り得るわ。弟達はルックスって言うより、メンバーのスキルを見て好感を持っていた。
    よく見ると細かい振り付けがあって、MTCのダンスは奥が深えって二郎はダンスが好きで。アレンジや曲のピッチの変え方が面白いと、三郎も興味津々で見てるとか。
    俺が布教したせいで親父以外の家族がハマってしまった訳で、まさか親父が嫉妬するなんて予想できなかった。
    それにしてもマジうぜぇ。深いため息を吐きながら親父の肩を掴んだ。
    「左馬刻には推しとしての感情しかねぇし、恋愛感情なんてこれっぽっちもねぇから安心しろ!それに俺は恋愛なんてするつもりはないから!あと、いい加減子離れしろよな!」
    「何を言ってんだ?いつまでも子供の成長を見守っていくのが、親の役目だろうが!俺は子離れする気は一切ねえ。大切に育てた自慢の息子なんだからな!」
    駄目だ、話になんねえ。前々なら何言っても聞かねえのは知ってたが、ガチで面倒くせえ。俺は頭を抱えながら再び大きなため息を吐き出した。
    「大切だと思ってンなら…なんで何も俺に相談しないで勝手にアイドルにしようとすんだよ?」
    俺が言葉を漏らすと、親父の身体はビクッと跳ね上がった。俺の好きな相手とライバル関係にさせるように仕向けて、俺のオタ活を邪魔するような行為。
    推しと争わせるなんて、なんの嫌がらせだよ。自分がアイドルなんてなったら、オタクとして今までみたいに応援なんて出来ねえ。俺の言葉を聞いた親父は、少し考える素振りを見せた後にゆっくりと口を開いた。
    「それは···いい頃合だと思ってな。俺の息子達がどれだけ実力と、可能性を持っているのか知りてえってよ。一郎···お前達三兄弟には、才能が眠っている。それを見つけ出し開花させるのが、親の務めだと思ってる」
    さっきまで泣き言を言ってた態度から豹変して、親父はいきなり真剣な眼差しを向けてきた。実力と可能性?才能なんて俺には···。
    俺達は小さい頃から歌う事と、ダンスをする事が好きだった。遊び半分で始めていつの間にか夢中になって、気付いた時には習い事として本格的にレッスンをしていた。
    ただプロになろうとまでは思ってなく、あくまで趣味の範囲に留めていた。だけどテレビから流れる音楽番組で、キラキラと輝くステージで歌って踊るアイドルの姿を見て心が震えるような感覚を覚えた。
    俺もあんな風に、いつか歌って踊りたいと思った。だけど俺にはずっと子役時代から大きな壁があった。有名な親父を持つと、いつだって周りから期待をされていた。それは仕事場だけじゃなくって、学校でもそうだった。
    あの天谷奴零の息子だから歌が上手い。お父さんに似てイケメンで、将来が楽しみだね。そんな周りからの期待やプレッシャーは凄まじくて、子供の俺は次第にアイドルになりたいって気持ちが消えていった。
    「それにオマエも思っているんだろ?いつかこの世界に自分の力を見せつけたいってよ?」
    「······」
    親父にそう言われ、思わず目を逸らした。踊って歌う事は、オタクになった今でも変わらず好きだ。
    感じた事をリリックにして、曲を作ってアレンジすんのもだ。けれど、作るだけでどこにも披露はした事はなかった。見せた所で、俺はその先をどうしたらいいか悩んでいたからだ···。
    確かに俺は心のどこかで思っていたかもしれねえ…。自分の力がどこまで認められて、通用するのか試したいと。それに、二郎と三郎の才能を見出したいと思っていたのも事実だ。あいつらには、俺に無いものを沢山持っている。二郎は運動神経がいいし、ダンスのセンスもある。アイツのダンススタイルは、軽やかなステップを踏みながらも激しい動きで見る人を魅了させるに違いねえ。
    三郎は俺よりも音楽の知識が豊富で、どんなジャンルでも歌える声は唯一無二で誰にも真似出来ない。
    そして曲に対する感性も鋭く、作詞も作曲も出来る天才的な能力を持ってる。まだ15歳だっていうのに、大人顔負けな程の知識と表現力がある。
    きっとこれからも成長していくであろう二人には、もっと上を目指して欲しいと常に思っている。だけどいつも不安が頭を遮る···。子役時代の俺と同じ、弟達には親の七光りと呼ばれたくねえと。
    アイツ等は誰にも比べられるような奴等じゃねえから。
    二郎や三郎の可能性をもっと引き出してやりてえ。きっとアイツ等が舞台の上に立てば、他のアーティストに負けねえ存在になると俺は思っている。二人の為なら、俺は全力でサポートしてやりてえ。······そう思っている。
    その未来の光景に自分が立つ想像なんか出来ねえ。今の俺には、アイドルになるって実感も自信も湧かねえよ。
    「···悪い、今は自分がアイドルになるって考えられねえわ……」
    そう言って部屋から出て行こうとする俺を、親父は止める事はしなかった。
    事務所を去って電車に揺られながらSNSを開けば、とんでもない数の通知が表示されていた。
    わかっていたっつーか、まあ当然って言っていうか······。
    俺達のデビューが親父の事務所から発表されたって事は、MTCのファンも当然情報を知ってる訳で。って事は、サイン会に来てたファンの人達に、俺は顔バレしてるわけだ···。間違いなく俺の表のSNSは炎上していると思ったけど。
    「やっぱこうなる····よな」
    特定されて垢バレしてるのは予想していたとはいえ、面倒な事にため息しか出てこなかった。とりあえず表垢に鍵を付けてから裏垢でエゴサをすれば、やっぱりMTCのファンからも叩かれまくってた。
    『やっぱりねー。イベでよく見かけたけど、あんなイケメンがただのファンなワケないと思った』
    『この子って左馬刻様のマスターしてた人だよね?は?』
    『いつもサイン会全通して凄い運があると思ったけど、社長の子供とかコネかよー。ウザぁ』
    『そりゃ社長の子供だから左馬刻も媚売って神対応するよね?マジ萎えたんだが』
    『あの天谷奴零にこんな大きな子供が居たのも驚いたわ。どうせコイツ、親の威を借りていい思いしてきたんでしょ?』
    『碧棺左馬刻のガチ恋勢なんで、父親の力で近づかんで貰えます?ウザ』
    『てか、山田一郎、二郎、三郎って名前ダサくね?wwww』
    『親の金使ってアイドル追っ掛けて、それだけじゃ物足りなくなって自分もアイドルになった感じ?サイテー!』
    多くの非難の声に、これはメンタルにくるもんがあった。俺が親のコネを使ってるって疑われんのは分かるけど、二郎、三郎の名前までディスられてんのは腹が立つ。
    親父のコネで推しに会うようなクズだと思われてるなら心外だし、スゲェムカつく。俺はコネなんて使わずに推しと会ったし、俺自身の力だけで推しに会いに行ったんだ。
    親父の金を使って左馬刻に課金してねえし、全部バイトで稼いだクリーンな金を使ってた。
    そりゃ、入りと出待ちの時は簓さんの力を借りたりはしたけれど。俺の事を非難するのはいいが、何も関係ねえ弟達と左馬刻の顔に泥を塗るような発言はして欲しくねえ。
    左馬刻ってかMTCメンバーは俺が社長の息子って知らねえであんな神対応してくれてた。そもそも左馬刻のキャラってか性格的に媚びだなんて売るわけねえってファンが一番わかんだろ···。
    もし弁解しても、俺の事を何も知らねえ人間には言い訳にしか聞こえねえ。俺が何を言っても、火に油を注ぐだけだ。こんなん状態で、俺達マジでアイドルになんのかよ?正気か?そんな事を考えているうちに家に着くと、玄関を開けた瞬間にクラッカーの音が響き渡った。
    「一郎!デビューおめでとう!」
    「おわっ!?」
    目の前に現れたのは満面の笑みを浮かべたお袋と二郎と三郎で、手に持ったクラッカーからテープと紙吹雪が舞い落ちてきた。俺が目を丸くさせていると、嬉しそうなお袋が両手を広げて俺の方に駆け寄ってきた。
    「一郎がアイドルにデビューするって聞いて、お母さん凄く嬉しい!みんなで沢山レッスンしてたもんね…うふふ、やっとみんなの努力が報われて良かったわ……」
    俺の肩に手を置いたお袋は目に涙を溜めていて、本当に喜んでくれている事が分かった。すると横からひょっこりと顔を覗かせた弟達が、目を輝かせながら話しかけてきた。
    「兄ちゃん、遂に俺達もアイドルになっちゃうんだぜ?すげーよ!!」
    「一兄!!僕はずっと待っていました。一兄の実力が、やっと世界に知られる日が来るだなんて夢のようです!!」
    興奮しながらそう話す二人を見て思わず苦笑いを漏らした。喜んでいる皆には悪いが、この先待ち受けているのは俺達の望む未来とは程遠い現実が待っていると思う。
    俺達のメジャーデビューは、俺のせいで色々と問題が起こるはずだ。
    きっと今はまだ火種に過ぎないけど、これからは更に大きな問題になっていくに違いねえ…。
    「····そうだな、これからも頑張って行こうな」
    だけどその言葉とは裏腹に、俺の心の中だけはどんよりとしていた。その後お袋が用意した俺達の好物だらけの祝いの飯を食べ終えた後に、俺は部屋のベッドの上に寝転がっていた。正直今は、何かをしたいという気持ちになれねえ。
    アイドルになる事を喜んでいる二郎や三郎の可能性を引き出したいと思っている。だけど今の俺があいつらにしてやれる事は何だ···? 枕に顔を埋めながらそんな事を考えていれば、ドアがノックされる音と共に扉の向こう側から声をかけられた。
    「兄ちゃん······話したい事あるんだけど入ってもいい?」
    「おう、入れよ」
    静かに入ってきた二郎と三郎の姿に起き上がると、二人は並んでベッドに腰かけた。どこか緊張しているような二人のツラを見て小さく息を吐いてから口を開いた。
    「話しってなんだよ?」
    「そのさ…兄ちゃんは、アイドルになるのってどう思ってんのかなって気になって···」
    「帰ってきてからずっと表情が暗い気がしたので、少し心配になりまして···」
    「悪ぃな···気使わせちまって。突然の事だから驚いて······」
    「嫌、なんだよね?アイドルになるの···」
    歯切れ悪く話す弟達に、どう返答すべきか迷った。本音を言えば、これから先の事が不安だらけで、どうすれば良いか分からずに悩んでる。
    俺の答えを待つ二人の真っ直ぐに見つめてくる視線を感じる。黙っててもしょうがねえと思い、意を決して重い口をゆっくりと開いた。
    俺のせいでこんな形でデビューする事になってしまった事、現在進行形で炎上している理由を掻い摘んで説明した。
    俺の話を聞き終えると、暫く沈黙していた弟達は揃ってため息を吐いて、眉を寄せながら呆れたような目線を向けられた。
    「なんだぁ……そんな理由であんな浮かない顔してたの?兄ちゃんがMTCを推してイベントに参加してんだから、こうなるってのは俺でも分かってたぜ?」
    「このタイミングでデビューをして、いち兄に非難の声が寄せられるのは想定内の事態ですよ。寧ろ、これは好都合なんですよ?」
    「····は、はぁ?好都合ってどういう意味だよ?」
    おいおい、二人がもう俺が炎上してる事を知ってたとかマジで言ってんのか?想定内ってなんだ?意外な弟達の言葉に聞き返せば、二人は顔を見合わせるとニヤリと笑いながら同時に口を開いた。
    「炎上している今の状況こそ、僕達三人の注目を集めるチャンスだって言ってるんです。なんせ、僕達はあの有名な天谷奴零の息子以外の情報を世間の人は知らないんですからね?」
    「チャンス……なワケねえだろ!下手すりゃオマエ等にまで被害が及ぶかもしれねえんだぞ!?」
    「確かにそうかもだけど!まずは知名度を上げて、人の注目集めないと何も始まらないんじゃねって?兄ちゃんが帰ってくる間、三郎と話してたんだよ!」
    二郎と三郎の発言に思わず目を丸くした。まさか、こいつらがそんな事を言い出すだなんて夢にも思わなかった。確かに二郎の言う事も一理ある。
    アイドル業界は流行りで入れ替わりが激しいから、どう売り出すか、人に注目されるかが重要だ。ある程度の知名度は確かにあった方がいいと思うが、こんな注目のされ方で果たしていいのか?
    「こんな方法で名前を売るとか間違ってんだろ···!」
    「そうですね。けれど今の僕達は、まだ弱小の存在でしかありません。だから、この機会を利用して一気に駆け上がるしかないです。それに僕はいち兄の力になりたいです!いち兄の為なら、どんな批判も受け止めてみせます!」
    「俺も兄ちゃんの為だったら何でもやるぜ!それに、批判なんて俺達の実力を証明したら文句も言われなくなるだろうし、ファンだって増えていくんじゃね?」
    「オマエ達······なんで俺の為にそこまで必死に······」
    俺が疑問を口にすると二郎と三郎は何も言わず俺の手を握る。突然の行動に驚くも真剣な眼差しで見つめられて、言葉が詰まってしまった。
    「あのさ、兄ちゃん…俺達ずっと知ってたよ?兄ちゃんが本当はアイドルになりたかったんだって事を」
    「·······えっ?」
    「昔から歌もダンスも大好きなのも、本当はテレビに映っているアイドルのように歌って踊って、大勢の観客の前でパフォーマンスがしたかった事。そしていつか自分もステージでスポットライトを浴びたいっていう憧れを抱いていることも······だけど、僕達の為にその夢を諦めてかけてたのも」
    三郎の言葉に、俺は大きく目を見開いた。俺の脳裏にはガキの頃の記憶が蘇った。小さい頃から俺の将来の夢は、親父のような大勢の人に愛される歌手になることだった。親父の歌とメロディーは一度聞いた人間を虜にする魅力があって、歌声やパフォーマンスは見る者を惹きつけるものがあった。
    だけど大きな期待に比例して重圧も大きく、それに押し潰されそうになった俺は自分の気持ちを奥底に仕舞い込んで隠していた。二郎と三郎には自由に将来を決めて欲しかったのに、俺の考えとは裏腹に二人は俺の夢を叶えようとと同じ道を選んで一緒に歩もうとしている。
    俺の気持に気付いていた二人に驚きを隠せない表情のまま固まっていれば、二人揃って握っていた手にギュッと力が籠められた。
    「兄ちゃん…俺達は世間のプレッシャーとか非難なんて、怖くねえよ。俺達は兄ちゃんの実力と魅力を大勢の人達に見せつけてやりたいんだ。兄ちゃんがどれだけスゲェ存在なのかって!それに、俺も踊るのスッゲー好きだし!」
    「不本意ながら、二郎の言う通りです。例え非難の声を浴びようとも、僕達は絶対に折れたりしません!僕も作曲と編集するの大好きです!だからいち兄、僕達と一緒に夢のステージに立ってくれますか?」
    「二郎……三郎……お前ら·····」
    真っ直ぐな瞳を向けられながら告げられた二人の想いを聞いて胸の奥に熱を感じた。それと同時に鼻先がツンとした感覚に襲われた俺は、涙が零れそうになるのを堪えながら二人の頭を撫でた。
    本当は左馬刻のオーディション番組を見た時、俺もあんな風に舞台に立ちたいと思っていた。でもそれは叶わない願いだと思い諦めかけていたのに、弟達が一緒に叶えようとしている。
    こんなの······腹括るしかねえじゃねえか。二郎と三郎の決意を俺は無駄にしちゃいけねえよな。
    「ありがとうな、二郎、三郎…………分かった。これから色々と大変だとは思うけど、よろしく頼むぜ!」
    「うん!」
    「はい!」
    満面の笑みを浮かべながら元気よく返事をする弟達に俺もつられて頬を緩ませた。決意を固めた瞬間、俺の中でモヤモヤとしていたものが一気に吹っ切れたような気がした。本当に俺には勿体ないくらいの良い弟だよ、コイツ等は…。
    「うんうん。家の息子達の絆は深いし、いい子に育ってパパは嬉しいぜ···」
    「え、お父さん?!」
    「父ちゃん!?」
    「親父!?いつの間に居たンだよ!?てか、スマホでなに撮ってんだよ!?」
    「んー、一郎が自分のせいで炎上してるー言ってるあたり?それとこれはオマエ達の成長記録的な?」
    突然背後から声をかけられて振り返れば、そこには親父がスマホ片手に持ちながらニコニコと笑って立っていた。
    相変わらず気配を消すのが上手いってか、心臓に悪い登場の仕方しやがる。俺が炎上してるって言ってたあたりって…最初っからじゃねーかよ!? 親父はスマホ画面を指差すと、俺達三人のやり取りを撮影した動画が流れていた。その映像を見て俺達は呆然としながら固まる。
    まさか最初から俺らの話を盗み聞きしてやがったのか?俺と目が合うとニヤリと笑う親父に対して、俺は怒りを滲ませながら睨みつけた。
    「テメエ、親父!成長記録ってなんだよ!?つか、さっさと消せよ!」
    「そりゃ聞いてやれねーお願いだな。せっかくの感動の場面を残さねえ訳にはいかねぇだろ?」
    「は?名場面??」
    「オマエもオーディション番組で見て知ってるだろ?デビュー前の練習生が、宿舎とレッスン場でどんなドラマが展開されて見せ場があったかよ?」
    「……はぁ?」
    どんなって…。オーディション番組では、毎回色んな展開が起こっていた。そんでその様子をプライベートなんてないんじゃね?ってくらい密着されていた。
    毎回放送でファンの投票によって、順位が変動していくって仕組みだった。ファンにアピールする為に、毎回番組では課題曲を与えられてパフォーマンスを披露していた。順位によって曲や、一緒にパフォーマンスをする他の練習生を選ぶ事ができる。そしてグループを組んでからも誰がセンターをやるのか、リーダーを務めるのかで毎回揉め事が絶えなかった。
    左馬刻と銃兎さんも毎回理鶯さんと曲の取り合いでバトってのカメラに抜かれていたもんな。左馬刻って経験者じゃねーから誰よりも努力をしていて、靴の底が擦り減るくらい夜な夜な一人でレッスン場で踊っているのも撮られていた。
    そんなオーディション番組と今の盗撮が何が関係があんだ?
    「実はな、この日の為にずーとお前達の成長をこっそり撮ってたんだよ。レッスン場と盧笙の車にカメラを設置してな。勿論、プライベートゾーンには置いてないぜ?」「は?ずっと?」
    「マジかよ···俺、全然気づかなかった」
    「流石に僕も···」
    「そんな盗撮した映像を何使うんだよ!?」
    「ん?それはコレだ···」
    いつの間にかテレビのリモコンを手に持っていた親父がポチッとボタンを押せば、スマホの画面がミラーリングされた。
    そして動画サイトのアプリを起動させると、画面には『三兄弟がアイドルになるまでの道』ってサムネとタイトルの動画が映し出された。は?……これってどういうことだよ?! 唖然としながら固まっている俺達にお構い無しに、そのまま再生ボタンをタップした。
    そして画面に映ったのは、見慣れたレッスン室で俺が踊っているシーンから始まっていた。見た目的には多分中坊の頃か?こんな時からこっそり撮られてたのかよ!?
    「わぁ、スゲェ懐かしい!この時の兄ちゃん、今の俺より若いのにキレがすげぇ!!」
    「いち兄の動き、本当昔から変わらないですね」
    「おい、親父!なんでこんな時から動画を録画してんだよ!?」
    「まあまあ。続きを見ようぜ?」
    親父のペースに巻き込まれながら再び動画へと目を向ける。どうせ止めろと言っても聞くような人間じゃねーし、とりあえず今は見るしかねえのか。
    そう諦めた俺は再びテレビ画面へと視線を移した。画面の中の俺は今よりもガキ臭さが残っていて、自分が見るとなんとも恥ずかしい気持になってくる。
    後から二郎と三郎が加わって三人並んで踊り出した。こうやって見ると、まだぎこちなくて動きが固いな。それに歌の方もまだまだ練習中のベルって感じで、声量も足らない部分が所々目立っていた。
    『一郎くんはダンスや歌う事が好きやのに、アイドルになりたいって思わへんの?小さい頃はお父さんみたいな歌手にないたい言っとったんやろ?』
    『うーん…そうなんっすけど、もう俺自身は···。弟達二人には才能があるから、それを生かして欲しいって思ってるンっすけどね···。けれど、昔の俺みたいに、周りのプレッシャーに押し潰されて苦しむんじゃないかって心配なんっすよね』
    レッスン場から突然盧笙さんの車に映像が切り替わったかと思うと、運転席に座っている盧笙さんの質問に戸惑いながら答える俺の声が聞こえてきた。
    盧笙さんはいつだって俺達の事を気にかけてくれる優しい大人だ。いつも真っ直ぐで、人に嘘と隠し事が出来ねえ不器用な人だ。
    そんな人だから、つい俺も心を開いて悩みを打ち明けちまうんだよな。ぶっちゃけ、親父なんかより遥かに頼りになる人だ。
    『一郎くんはホンマ優しい子やね。自分の気持ちを抑えて弟達の未来を優先しようとするなんて。せやけどな、人生って一度きりしかないもんや。例え失敗したとしても後悔せんように行動した方がええんちゃうかなって、俺は思うねん!やりたいと思ったら、まずは挑戦してみてもいいんちゃう?』
    『ははっ、盧笙さんはいつも前向きっすね』
    『当たり前やろ!俺がいつでも相談に乗ったるから遠慮なく言うてくれな?』
    俺と盧笙さんの笑い声で画面がブラックアウトすると、予告とデビュー日までのカウントダウンが画面に映し出されて動画終わった。
    「なんだよ…毎週金曜日19時に更新って?まさかコレ、ずっと続くのかよ?」
    「おう。もちろんだぜ?」
    「は?何の冗談だよ?なんでこんな…」
    「いち兄!この動画のコメントが凄いことになってますよ!」
    慌ててパソコンを弄っていた三郎の後ろから覗き込めば、そこには『感動した』『兄弟愛に涙が止まらん』『この三兄弟のやり取り尊すぎる』『毎週この時間になった瞬間、チャンネルを開く私がいます』『一郎くんって中学生の頃からアイドルになりたい思ってたんだ…』『左馬刻様のファンになる前からアイドルになるかって考えてたって事?続きが気になる!』数時間前の俺に対しての非難コメントよりも、応援メッセージばかりが目立っていた。
    SNSも覗けば動画に対しての評価が高すぎて、好意的なコメントばかりが寄せられていた。一体何が起きてんだよ?
    「俺が息子達の為に何もしないワケないだろ?こんな事もあるかと思って、やっぱり動画撮っといて良かったぜ」
    「いや、俺達の許可なく動画撮ってアップしてんのに良いわけないだろ!」
    「まあ落ち着けよ。確かに無断で撮った事には謝るがよ、お前達にとって悪い結果にはならなかっただろ?それに、今は俺の事務所のタレントになったんだ。これからは、もっと活躍してもらう予定だぜ?そして来年の春にはお前達全員、事務所の宿舎となるヨコハマのマンションに住んでもらうぜ。先に一郎と二郎に住んで貰うぜ。ちな、三日後な?」
    「……は?」
    「いやー、皆が居なくなってパパ寂しい」
    「は?おい、なんて?」
    親父がわざとらしく嘘泣きをしているが、今はそんな事よりもとんでもない言葉が聞こえたぞ?ヨコハマ?しかも事務所の宿舎って?あまりにも衝撃的な出来事の連続に思考が追いつかない俺とは対照的に、弟二人は既に知ってたのか平然としていた。どういうことだ?なんで俺だけが置いてきぼりにされている感じになっているんだよ!?
    その後、困惑した状態の俺を置いて話は進んでいった。
    タレントになった以上、警備の強い我が家にもファンが押し寄せる可能性が少なからずある。そうなるとお袋に危害が加えられるかもしれない。
    なので、事務所の宿舎として利用している設備と警備がしっかり整っているマンションへ引っ越せと。まあ理屈は分かるが、急過ぎて納得出来ねえ。
    だけど、もう仕方がないと割り切るしかなかった。それに、二郎と来年は三郎も通う高校がヨコハマにあるから引っ越し先としては最適だ。まさかこの日の為にわざわざブクロからヨコハマの高校に通わせたんじゃないだろうな……。
    そうして住み慣れたイケブクロを離れて暮らすという現実を受け入れねえまま、荷物をまとめてヨコハマのマンションに引っ越すことになった俺と二郎。三郎は中学卒業まで実家で暮らすことになり、休みの日はハマで過ごすという条件になった。
    引っ越す時に移動で盧笙さんが車を出してくれる事になって、会った瞬間『ずっと隠していてゴメンな!』と全力で謝罪した。
    いや、これは親父が勝手にやってた事で、盧笙さんが謝る必要なんか全くねえ。寧ろ隠し事出来ないタイプの人なのに、今まで良く頑張って俺達に隠してきたと思う。
    「あっ、もうすぐ宿舎に着くで!」
    「おおっ!あれが宿舎のタワマンか!?スゲェーでっけぇー!」
    「へぇ···上の階だと眺めが良さそうですね!」
    「············」
    港近くにあるタワーマンションを見て興奮している弟達を横目に、俺は内心冷や汗が止まらなかった。親父の事務所の宿舎って事は、そこに所属しているタレントが住んでるワケで…。
    俺の推し左馬刻も此処に住んでいるのを知ってるし、なんなら強制的に中に入れられた。数日前の事が頭の中で鮮明に蘇った瞬間、顔が熱くなっていくのを感じた。
    ダメだ。平常心を保とうとしても、左馬刻とキスした唇の感触を思い出して身体中が沸騰したみてえに火照って頭が回らねぇ。
    そうこうしているうちにマンションに着いて、説明を受けながらエレベーターに乗り込んだ。流石親父の事務所ってか左馬刻達のVlogでなんとなく気付いていたけど、設備が半端ねえ…。ジムにレコーディングスタジオ、ダンスレッスン場にプールまであるし……。他の事務所のアイドルは一つの家に一緒に住むむっていうのに、ここのアイドルは一部屋ずつ用意されてんのかよ。二郎と三郎がまだ未成年って事で二人が高校卒業するまでの間、俺達は共同で暮らす事になった。
    親元を離れて兄弟三人で暮らす事が新鮮だし、ちょっとだけワクワクしてんのも事実だったりする。飯はお袋の手伝いをしていたし、飲食店のキッチンでバイトもしたことあっから飯を作るのはなんとかなるか?寮は事務所所属のタレントと、マネージャーと会社関係の人間以外立ち入り禁止。親族でも基本的には出入りが禁止だとか。マジか···それなのに俺、よく左馬刻の家に入れたな?
    「わぁ、スゲェ!めっちゃ広いんだけど?」
    「三人で暮らすには十分すぎるくらい広いですね?」
    「ははっ···そうだな」
    「荷物はもう運んであるから、みんな自分の部屋を確認してくれな。俺はリビングで家電のチェックやらしとるから、なんかあったら呼んでな!」
    「はーい!」
    元気良く返事をする二郎と、小さく会釈して部屋に入っていく三郎。その様子を見届けてから俺も自分にあてられた部屋に足を踏み入れた。流石に三日で荷造りは無理な話で、とりあえず服と気に入ったラノベとマンガを詰め込んできた。そんな量もねえし、すぐに片付けは終わんだろ。
    「へぇ···随分荷物が少ねえじゃねーか?」
    荷解きをしていると、聞き覚えのある声が背後から聞こえてきた。ん?幻聴か?ここ最近色々あったからって、推しの声が鮮明に聞こえちまうとか俺の耳ヤバイんじゃね?
    「おい、一郎。無視すんじゃねえぞコラ」
    「…え?」
    恐る恐る振り返ると、左馬刻が不機嫌そうな表情を浮かべて立っていた。
    嘘、だろ……!?本物?え、ちょ待て。何でここにいるんだこの人は?確かにカムバ期間終わって、オフなのかもだけど!?夢か?意味が分からなくてパニックになっていると、左馬刻は無言のまま距離を縮めて近付いてきた。
    「さ、さまとき?なんでここに居るんだよ!?」
    「ああ?ンなの、ご近所さんが越して来たらよォ、手伝いにくるに決まってンだろ?」
    「ゴキンジョ…?」
    「ここ、俺達と同じフロアだぜ?お前、知らなかったのか?」
    そんな事知るわけねえだろうが!?つか近え!そんな近寄られっと俺の心臓は持ちそうにねぇんだけど!?さっき左馬刻とキスした時の事思い出してたか、ツラ見ただけで心臓バクバクしてきちまった···。そんな俺の心境を知らねえで、どんどん距離が縮まるにつれて鼓動が速くなっていった。おいおい、このままだとマジで死者が出るぞ!?
    「さ、まとき…ち、かい!!」
    「ははっ、ツラ真っ赤にさせてよォ···なーに思い出してんだ?なァ?」
    混乱して言葉が上手く出てこねえ。
    ニヤリと笑みを深めた左馬刻に顔を掴まれて、そのままグイッと引き寄せられた。なっ、なんつー力だよ!?ビクともしねえ……。
    俺より細身に見えるのに、なんでこんなにも力強いんだよ。ってかこれ、完全にキスされる流れじゃね?睫毛マジ長いし、酒とタバコしてんのに肌のキメ細かくね?
    いやいや、そうじゃねーし!これ以上近寄られたら無理!もしまたキスされたら、俺はきっと―――。 
    「おい、そこのド阿保。俺達が居ない隙になーにイチャイチャしてんだよ?」
    「···あァ?チッ······っぜーな、クソ眼鏡。折角いい所だったのによォ、邪魔しやがって」
    「え、銃兎さん!?」
    「少年、引っ越しの手伝いに来たぞ?」
    「理鶯さんも!?」
    背後から呆れたような声が聞こえて後ろを振り向くと、そこには銃兎さんと理鶯さんがいた。え、ウソだろ……!?今俺の目の前でオフの姿のMTCがいるんだけど!?
    ラフな姿の二人ってかMTCが眩し過ぎて尊死する……。推しグループのメンバーが近くにいて嬉しい反面、複雑な気持ちもあった。俺…ずっとこの人達に謝りたい事があった。俺は意を決して頭を下げて口を開いた。
    「あの···俺、ずっと謝りたい事があって!今回俺の件で皆さんに迷惑かけて…本当、すみませんでした!」
    「おいおい、いきなり誤ってどうしたんだよ?」
    「俺が社長の子供だって事隠してMTCのファンに紛れ込んでたせいで、色々とファンの方にも嫌な思いさせちまって……」
    俺のせいでMTCのメンバーが社長の息子に媚を売るような人間だと、世間と一部ファンに勘違いされて叩かれたりしていた。
    全部俺の軽率な行動が原因で、無関係なこの人達に迷惑をかけてしまった……。MTCのメンバーは、絶対そんな事しねえっていうのに。
    「その事でなんで俺達に謝る必要があんだよ?」
    「同意です。全くお馬鹿ですね、一郎くんは···。そもそも私は、初めて会った時からただの一般人だとは思っていませんでしたよ?」
    「うむ。貴殿が気に病む必要なんてなに一つとして無いぞ」
    三人共SNSとファンクラブの掲示板で散々書かれていたのに、俺に対して怒っても責めたりしなかった。それどころか、全く気にしてないと言わんばかりに優しい眼差しで見つめられた。あぁ……やっぱこの人達を推して良かった。
    「そもそも。俺達がシャチョーさんのガキに、媚び売るような真似をすると思ってんのかって話だ。そんなクソ思考野郎が居なくなるなら、逆にせーせーするわ。俺達のファンは、俺達を信じてるヤツだけいりゃいいンだよ…な?」
    「ええ。それに、私達はファンを大切にしているからこそ、期待に応えられるよう努力しています。それをわからない馬鹿は、ファンでいる資格なんてないと思っています。だから、君が気にする必要は何も無いんですよ」
    「小官達は同じ事務所の仲間でありライバルだ。共に切瑳琢磨し合える関係になれればと思っている」
    俺が深々と頭を下げると、横に立っていた左馬刻にポンと優しく頭を撫でられた。その手つきがあまりにも優しくて、思わず涙が出そうになった。
    「······ありがとうございます!」
    俺が憧れていた存在が仲間だと言ってくれて、一緒に競い合ってくれるライバルだと言われて嬉しくないはずがない。この人達に認めてもらえるように頑張ろう、改めてそう思った。
     「あーっ!なんか声するなって思ったら、MTCのメンバーがなんで…って、兄ちゃん!?」
    「二郎!うるさい······って、おい!碧棺左馬刻!気安くいち兄のお身体に触れるな!離れろ!!」
    「チッ……面倒臭ぇのが来たな。別に俺様くっ付いても、一郎は構わなねーよなァ?」
    「えっと……」
    ドタバタと足音がしたと思ったら、二郎と三郎が勢いよくドアを開けて駆け込んできた。左馬刻と目が合うと、二人はキッと睨みつけて俺の腕を引っ張った。
    「俺達はまだアンタと兄ちゃんが付き合うの認めてねーんだからな!」
    「そうだぞ!僕達はまだ認めたわけじゃない!大体、お前みたいな顔だけの人間が、いち兄に相応しいとは到底思えない!」
    「あァ?なんだとガキ共?一郎の弟だからって調子乗ってんじゃねぇぞ?」
    「ちょ、ちょっと待ってくれ!何で三人共、喧嘩腰なんだよ!?」
    俺を挟んで火花散らして、バチバチと睨み合いながら言い争っていた。俺が仲裁に入っても全然収まる気配が無くって、どうしたらいいのか分からず困惑していた。すると、横から銃兎さんが呆れたように溜息を吐いた。
    「全く、これでは引っ越しがいつまで経っても終わりませんよ?ほら、貴方達がそんな態度じゃ大好きな一郎くんも困っていますよ?好きな人を困らせていいんですか?嫌でしょう?」
    そう言われた瞬間、三人共ハッとした表情を浮かべてピタッと言い争いを止めた。流石いつも冷静にチームを支える銃兎さんだな。本当に頼りになる人だ。
    その後MTCのメンバーも手伝ってくれて、なんとか大きな家具の移動作業を終える事が出来た。
    後から来た簓さんが引っ越し祝いにパーティーする言って、飲み物やお菓子を両手に沢山持って来てやってきた。『こんな買うてきてどうするんや!?』って盧笙さんに怒られたけど、その後デリバリーでピザを頼んで皆で食べたりして、めっちゃ盛り上がった。
    まさか推しに引っ越しの手伝いをしてもらって、一緒に飯を食ったりする日が来るなんて夢にも思ってなかったな。
    後片付けをしている途中でベランダの方に目を向ければ、左馬刻と銃兎さんがタバコを吸ってる姿が見えた。入り待ちしている時に何度か見かけたことあったけど、素ってか完全オフで吸ってる姿見たのは初めてだったから新鮮味があった。
    あぁ、スゲェー自然な笑顔してるな、左馬刻……。あの二人が並んで立ってるとパリコレモデルっていうか、まるで一枚の絵画みたいなんだよな。
    そう思いながら眺めていると、俺の視線に気付いた左馬刻が手招きしてきた。マジか。俺は誘われるがままにベランダの方へ向かった。銃兎さんは俺と入れ替わるように中へ入って来ると『外は冷えるのでお気を付けて』そう言って去って行った。
    外に出ると夜風がひんやりしていて、確かに肌寒かった。
    だけど今はそれよりもドキドキの方が勝っていて、それどころじゃなかった。ヨコハマの夜景をバックに、黄昏れながらタバコを吸っている推し。ヤバいくらい尊過ぎるし、カッコ良すぎて目眩がしそうになった。
    「あの…今日は色々とサンキューな」
    「あぁ?別に礼言われるような事なんざ、何もやってねーよ」
    「それでも、嬉しかったからさ」
    「···あっそ」
    左馬刻の顔を見上げれば、フッと口元を緩めて優しく微笑んだ。なんだよその顔?!俺が女の子だったら完全ノックアウトしちまうだろ、こんなの!男の俺でもこんなに胸が高鳴って、心臓が破裂しちまいそうになってる。
    この人って、マジで少女コミックから飛び出して来た王子様みてえだよな。まァ、口悪ぃけど。きっとアイドルになる前は、いっぱい女の人に告られたりしたんかな?相当モテていただろうな…それは、今もだけどな。てか今絶対、耳とか首まで真っ赤になっている自信がある。こんな情けない顔を左馬刻に見せるわけにもいかねえ···!俺は慌てて顔を逸らした。
    「おい、こっち見ろ」
    「は、ぇっ……!?」
    不意に肩を抱き寄せられてグイッと顎を掴まれて、無理矢理正面を向かされた。えっ、ちょ、近っ···!左馬刻の顔が視界いっぱいに広がった。「ふっ···なんだオマエ、照れてンのか?顔があっちーな?」
    「そ、そ、そりゃこんな近かったら誰だって……」
    「この間のキスの事、思い出しちまうからか?なァ、一郎くん?」
    「ッ!?」
    左馬刻の指が俺の唇を撫でた瞬間、忘れようとしていたあの日の感触を思い出して全身の毛が逆立った。俺が口をパクパクさせていると、左馬刻は満足げに笑みを深めて更に距離を詰めてきた。
    「はっ、かーわい…」
    「え…ちょ……ッ!?」
    そして頬に手を添えたかと思うと、そのままゆっくり顔が近づいて来た。
    これって、またキスの流れ···!?おい、待ってくれ!ここはベランダで、部屋の中には他にも人が居て、もしかしたら誰か見てるかもしれねえのに!?
    頭の中で色々な思考が駆け巡ってる内に更に距離は縮まって、もう鼻先が触れる寸前まで迫っていた。思わずぎゅっと目を閉じれば、左馬刻がフッと小さく息を吐いた気がした。
    それから暫くしても、なにもされねーけど…どういう状況?不思議に思って恐る恐る目を開けると、鼻の先をギュッと摘まれた。
    「ぶっ!?痛って!」
    「ははっ。期待させて悪ぃけどオマエの弟達にガン飛ばされながらキスすんのは、流石にムードもクソもねーわ」
    「へ……?」
    左馬刻の視線を追うように振り返ってみれば、二郎と三郎が物凄い形相で左馬刻を睨みつけていた。アイツ等のあんな顔、初めて見た······。
    「オマエ、ずっとアイドルになりたかったんだな。動画、見たぜ?」
    「あっ、あれ……見たのかよ」
    「歌もダンスも、なかなかいいセンスしてんじゃねーかよ。 いつもイイ声してると思ってたけどよ、歌うとますます良い声になるのな。惚れ直しちまったわ」
    そう言って頭をクシャクシャと撫でられると、それだけで嬉しくて心がじんわりと温かくなった。
    「あんな動画見せられちまったら、今のオマエがどんだけ成長してるか見たくなっちまったわ。だから、オマエ達のデビュー楽しみにしてンぜ。コーハイくん?」
    「……ッス!」
    差し出された左馬刻が手を、俺はギュッと握り返した。なんだか不思議な気分だ。握手なんてサイン会で何度もしてきた筈なのに、今はそれがすごく特別で大切なもののように思えた。
    胸の奥が熱くなるような、それでいてどこかむず痒いような気持ちだった。この人とこうして向き合える日が来るなんて、ちょっと前のただのファンな俺には想像すら出来なかった。本当に人生って何が起こるかわかんねーもんだな。
    そんな事を考えながら左馬刻の顔を眺めると、握手をしていた手が腰に回されてぐいっと引き寄せられた。
    うぇっ!?と変な声を出しちまったと思った時にはもう遅く、左馬刻に抱きしめられると耳元で低く甘い声が響いた。
    「勝負の事だが…忘れてねえし、手加減してやる気も一切ねぇから覚悟しとけよ?俺は勝って、テメェを手に入れてやる」
    「っ!?」
    宣戦布告とも取れる言葉が鼓膜を揺らすと、耳が燃えているんじゃないかというくらい一気に顔が熱くなった。
    心臓もうるせえぐらい鳴っているし、体中の血が沸騰しそうで今にもぶっ倒れてしまいそうだ。
    え、え、えええ……?マジで俺を殺すつもりかよ!?これ以上はもう勘弁してくれ!!頼むから早く離れてくれ!匂いとか体温とか感じすぎて、なんか色々ヤバい。
    あの時のキスの感触を、嫌でも思い出してしまう。このままだと、本気でどうにかなっちまう…っ。
    「まァ、キスは今は口にはしてやれねぇけどよ。その代わり、これで勘弁な?」
    「ひぇっ……!?」
    何が起こったか理解するよりも先に、俺の口から変な声が出た。左馬刻が俺の額に軽くキスをして、最後にもう一度ギュウッと強く抱き締められた。
    そのせいで完全に腰砕けになって、俺はその場に座り込んじまった。不意打ちでキスされた額に手を当てて呆然と左馬刻を見上げれば、左馬刻はヒラリと手を振って背を向けて、そのまま歩き出した。
    え?え?えええ?? 混乱して頭が追いつかねえうちに左馬刻は部屋の中に入って行っちまって、俺は一人ポツンとベランダに取り残されていた。
    ……なんだ、今の?あれか?新たなファンサとか?いやいや、それにしては過剰じゃね?そもそも今はイベントでもなんでもねえから、俺にファンサしてどうすんだ? 左馬刻の唇の感触が残って、そこだけが妙に熱い。
    さっきまでのドキドキとは違った意味で、今度は違う意味で胸が苦しい……。これじゃ、まるで……あの人に惚れてるみたいじゃねーかよ。
    違え、しっかりしろ俺!あれだけ憧れてたアイドルが急に近くに来て、きっと気が動転しているだけだ。
    これは、ただの錯覚だ。こんな感情は絶対に間違っている。だって俺は……推しを恋愛対象に見る趣味はねえから。
    けれど、左馬刻が触れたところがまだジンジンと熱を持っていて頭から離れてくれない。おまけに、さっきから体が熱くて落ち着かねえ。なんでだよ、どうしてこんな風になっちまってんだよ。意味がわからねえよ…。この胸の苦しさは……気の迷いで間違いだ。
    そう自分にそう言い聞かせていても……頬が火照る感覚も心臓の高鳴りも消えてくれなかった。

    □□□

    翌日も引っ越しの片付けをしていると、左馬刻やMTCのメンバーが差し入れを持ってやって来た。オフだから暇だと言って今日は料理作ってくれるとか。
    マジで?MTCが俺の家のキッチンでカレー作ってるとか、どんな徳を積んで俺はこの光景を拝んでいるんだろうか。
    こんなバラエティー番組の企画でしか見たことねえし、なんか理鶯さんと左馬刻がなんか笑っていて、銃兎さんなんか恐る恐る包丁握っていて微笑ましいんだけど。
    マジなにこの空間?俺は本当に金を出さねえで見ていいのかよ?こんなオフな姿レア過ぎて、写真に収めたいオタク心が疼くんですけど!そんな気持ちをグッと抑えながら、目の前に広がる尊い風景を眺めていた。途中でサボってねえで早く片付けろ!って左馬刻に怒られちまったけど。
    ひと通りの引越し作業が終わると、丁度いいタイミングで飯が出来たと呼ぶ声が聞こえた。リビングに行けばテーブルの上には、カレー以外にも所狭しと美味そうな料理の数々が置かれていた。
    「うわぁ、スゲェー…!」
    思わず感嘆の声を上げちまったけど、本当にスゲー。この短時間でこの品数…確か理鶯さんは料理を作るのが趣味って言ってたもんな。
    左馬刻はよく母親が仕事で遅い時は、代わりに作って妹さんに食わせてやってたから慣れているとか。銃兎さんは全く料理が出来ないけど、最新家電だけは家に揃ってるって左馬刻に馬鹿にされてたのを思い出した。
    皆でテーブルを囲みながら、いただきますと手を合わせて早速カレーを口に運んだ。うめえ……!スパイスの味が効いていて、家で食うカレーとは違う本格的な味わいでめちゃくちゃうまい。
    理鶯さんと左馬刻は料理が上手いって聞いてたけど、こんなのプロ級じゃねーかよ!MTCの手料理を食う夢みたいな展開に感動して噛み締めていると、左馬刻にジッと見つめられていることに気がついた。なんだ?と思って首を傾げると、左馬刻はふっと笑みを浮かべて口を開いた。
    「おう一郎。どうだ?俺様達が作った特製カレーは」
    「うす!すげぇ美味いっす!」
    素直に感想を伝えると、左馬刻は満足そうに目を細めて笑った。クソかっこいい…なんだよその顔!こんな笑った顔テレビ番組とか、ライブですら見た事ねーから正直ドキッとしちまう。また顔が熱くなってる気がして、なんだか調子が狂っちまう。
    「あー、今日でオフが終わりか…」
    「ええ、少し短かったですね」
    「明日からまた忙しくなるが、頑張ろうではないか」
    左馬刻がポツリと呟いた言葉に、銃兎さんと理鶯さんが答えた。ん?MTCって最近やっとカムバの期間が終わったのに、いくら人気のアイドルだからって酷使しすぎだろクソ親父!
    「もうオフ終わりって…流石に早くないっすか?」
    「マジでそれなー。俺様達、エンペラーに出演する事が決まったんだわ」
    「え…エンペラーって!?」
    現役ボーイズアイドルグループが頂点を決める、あのサバイバル番組エンペラーにMTCが!?どんな番組かは調べた事がある。
    過去二回行われたこの番組は、一次、二次、三次と生放送でステージを行って評価を高く獲得したグループがエンペラーの称号を手に入れる事ができる。
    評価をするのは出演者と、スタジオに来ているゲスト。観覧と配信で見ているファンに、パフォーマンスをした動画の再生回数で順位が決定する。
    出演するだけで注目度も人気も、一般知名度も上がる。だけど評価で勝敗が決まるだけに、出演したアイドルは多くの時間と労力をかけてステージを作る。それで体調不良や、怪我をするメンバーも出てくるほど過酷なものだ。
    キャリアとコンセプトの異なるグループが競い合う姿は、かなりの見応えがある。パフォーマンスに使う楽曲は自分のグループの曲や、他のアーティストのカバーを自己流にアレンジする事も可能。
    出演するアイドルメンバーをシャッフルしたコラボパフォーマンスや、世界観を出すための豪華なセットも注目ポイントだったりするとか。
    「マジかよ?!マットリがエンペラーってスゲェー!」
    「そんな情報どこにもなかったぞ!」
    「そりゃ、そうだろ。なんたって、今日が情報解禁日だしな?あれ、何時だったか?動画アップされんの?」
    「丁度、あと一時間って所だな?」
    「おー。なら、ここで皆で見ようじゃねーか。なァ?」
    いやいや、マジで言ってんのか?てか、俺は全然頭の整理出来てねえけど?待ってくんね?そんな俺を置いてけぼりにして、片付けと食後の珈琲まで淹れ始めた。
     結局、俺が状況を飲み込めないまま、SNSでエンペラーの情報と動画が解禁された。その瞬間、トレンドに「MTC」「エンペラー」が急上昇ワードとして一気にトップページを埋め尽くし、瞬く間に拡散されていった。
    「え!?ポッセも出るのかよ!?」
    参加アイドルの一覧を見れば、有名なグループ名がズラリと並んでいた。その中でも、特に目を引いたのは【Fling Posse】の名前だった。MTCと同時期にデビューをしたこのグループは、ポップな見た目と曲で老若男女問わず人気がある。
    リーダーである飴村乱数は可愛い顔立ちで人気を集め、ラップスキルも高い。
    夢野幻太郎はミステリアスな雰囲気と、甘い声でファンの耳を殺しているそうだ。
    有栖川帝統はワイルド系で、大胆なダンスと派手なアクションに目を惹かれるんだよな。MTCと全くジャンルが違うこのグループ。今人気急上昇中の二組のアイドルが出演とか…激アツに決まってる!
    テレビ画面で動画を再生されると、グループの顔となるリーダー同士が集まってダンスを繰り広げられる。
    「…!?」
    待って、マジで待ってくれ!この左馬刻どうした!?顔面はいつでも優勝してっけど、騎士のような衣装にオールバックとか反則だろ。
    こんなカロリーオーバーな動画が、未だかつてあったか?乱数もいつものポップな服装とは違って、中世の王子様みたいな格好がめちゃくちゃ似合っている。王冠の前で見つめ合うリーダー達の顔がアップになって、エンペラーの放送日時が発表されると動画の終了を知らせるテロップが流れた。
    「うわ……マジ……」
    「どうだ?イケてんだろ、俺様?」
    「そりゃもう…めちゃくちゃに」
    「ハッ、だろ?」
    自慢げに笑う左馬刻は、やっぱり眩しく輝いている。本当にこんな男が実在するのかと疑ってしまう程に、改めてその魅力に惚れちまう。
    「サマトキサンもスゲェーけどさ、ポッセの乱数もいつもと印象違くてヤバかったな」
    「これは手を抜いたら負けちゃうんじゃない?」
    「ばーか。俺様達が手を抜くワケねーだろうが」
    「そうですね。出るからには勝ちますよ」
    「勿論だ。小官達の戦いはまだ始まったばかりだからな」
    二郎と三郎の意見に左馬刻は鼻で笑って、銃兎さんは眼鏡を押し上げて、理鶯さんは拳を握って気合いを入れた。
    確かにこの三人は、オーディション番組の時から手抜きなんて絶対にしなかった。いつも全力で、夜遅くまでレッスン場に残って練習していたのを知っている。きっと今まで以上に全力で挑んで、本気で勝ちにいくに決まっている。
    「優勝して、もっとファンを増やさねーといけねえからな。俺様的には…な?」
    「へ?」
    「おい!左馬刻!兄ちゃんにくっつくな!」
    「碧棺左馬刻!ふしだらだぞ!」
    俺の首に腕を巻き付けて肩を組む左馬刻を引き離そうと、二郎と三郎が顔を真っ赤にして抗議の声を上げた。
    だけど当の本人は、そんな二人を見て口角を上げてニヤッと笑っていた。俺はというと突然の密着度に身体が固まって、何も言葉を発する事が出来なかった。その後、銃兎に叱られた左馬刻は渋々離れていったけど、俺は心臓の高鳴りを抑える事でいっぱいだった。
    帰り際にまたハグをされて、左馬刻は満足気に家を出ていった。俺に隙が多すぎるって弟達に言われたが、左馬刻を目の前にすると気持ちの余裕がなくなっちまう。可笑しい。サイン会の時だって、こうはならなかったのにな。
    「ん?」
    スマホが震えてるのを感じて液晶を見ると、盧笙さんからの着信だった。何か用事があるのかと思って通話ボタンを押せば、向こう側から焦ったような声が聞こえてきた。
    『一郎くん、すまん!今、三人共家におるか?』
    「いるっすけど……どうしたんですか?」
    『実はな、みんなに急遽仕事が入ってきてな…今からそっちに行くから、出る準備しといてくれへんか?詳しくは後で車の中で話するわ!』
    それだけ言うと電話が切れてしまった。俺は盧笙さんからの連絡内容を弟達に話をして、着替えの準備に取り掛かった。一体何があったのか、詳しい事情も分からないまま身支度を整え終わった頃に盧笙さんの運転する車が到着したと連絡がきた。  「みんなすまんな。急に連絡いれてしもうて……」
    「いや、平気っスよ。片付けも終わった所だったんで。それで、俺達に急遽仕事が入ったてどういう事なんすっか?」
    「ああ、それなんやけどな…」
    盧笙さんは運転をしながら、何故俺達を外に連れ出したか話し始めた。最近動画配信サイトで生まれた話題のアイドルグループが居ることは知っていた。
    特に小中学生から人気で、動画の再生回数は日本のトップに入る程だ。そんな人気グループのメンバーに、不祥事が見つかって週刊誌に載っちまったらしい。
    そのグループのメンバーは未成年であり、まだ高校生であるにも関わらず、飲酒と喫煙をしている画像がSNSで出回っちまったそうだ。未成年に影響力がデカいこのグループをこのまま使うのは難しいと判断された。ネット社会が発達した現代において、一度拡散された情報を完全に消す事は難しく、炎上は止まる気配がない。そこで、俺達に白羽の矢が立ったというワケだ。
    「CMの撮影ってマジっすか?!」
    「おう、マジや。俺もびっくりしてんねん!まさかこんな大役を、デビュー前の自分らに任せられるとは思わんかったわ!」
    「でもどうして僕達なんですか?他の有名なアイドルとかじゃなくて」
    「それは、俺にも分からん。突然企業からオファーが来たって会社から連絡があったもんやから……ただ、これはチャンスに変わりはないんやし、しっかり頑張ろか!」
    向かう先は、企画会議が行われているという企業の会議室だ。ノックをして中に入ると、既にスーツ姿のスタッフが待機していて、挨拶と同時に順に頭を下げていった。
    「お待ちしてました! 。最近天谷奴さんの息子さんがアイドルデビューしたって聞いて、お声掛けさせて頂いたんですが…いやー、代役してもらうには申し訳ないくらいイケメン揃いで!流石天谷奴さんの息子さんですね」
    「あはは、ありがとうございます…」
    「それでは早速ですが、本日は撮影の流れとスケジュールについて説明しますね」
    それからスタッフの説明を受けて、今日は打ち合わせと衣装の寸法合わせだけとなった。撮影自体は三週間後に行われる予定だ。
    スマホの学割プランのCMで、俺達が制服を着て体育館で歌って踊る内容だ。二郎と三郎は現役の学生だからいいけど、俺が制服着るってキツくね?確かに二十超えてるアイドルが制服着せられてる事もあるけどよ。
    CMに起用する曲は昔流行った曲のカバーで、アレンジしたモノを使用するらしい。ダンスは至って簡単だが、振り付けを覚えなければならねえ。それに……。
    『みなさん、期待していますね!』
    なんて、言われちまったしな。企業さんの話し方だと、親父の息子だからって理由で起用した感が肌にヒシヒシと伝わってきたしな。
    まァ、そうなるよな。やっぱり…。人気グループの代役とか正直不安しかねえけど、やるしかねえ。引き受けた仕事な以上、中途半端に投げ出すわけにはいけねえ。家に帰って貰ったデモ音源と振付DVDを流せば、俺達は無言で見つめ合った後、口を開いた。
    「なんていうか…」
    「うん、この曲と、ダンスって…」
    「…僕達のスタイルに合わないですよね?」
    「「だよな!」」
    思わず二郎と声が揃っちまった程、用意されてた曲のアレンジと振り付けが俺達のイメージに合ってなかった。こう言っちゃ悪いが、今時こんなダサすぎるヒップホップ調の曲とダンスが、若者向けのキャンペーンに使われると思うと頭が痛くなるぜ。
    「これさ、俺達が踊ったら……バカっぽくないか?」
    「そうですね……この曲も素晴らしい名曲なのに、絶妙なセンスのアレンジで全く耳に残らないっていうか……むしろ耳障りですね」
    弟の毒舌具合に苦笑いしながらも、俺も同意見だった。けれど与えられた仕事上、ダサいって理由で断るワケにはいかねえ。それに、俺達に依頼してきた人と事務所の人達の顔に泥塗る事になる。
    「この曲…キーを二つ上げて、もうちょっとテンポ早めてみたらどうかな?あくまでも原曲の魅力を失わない程度に……」
    「おお、いいなソレ!俺もここのフリも、俺達のスタイルに合わせて動きを変えてみてえ!」
    そう言って二郎が鼻歌を歌いながら、振り付け動画を見て踊り出した。それを見た三郎が呆れたような顔を浮かべながらも、どこか楽しそうに頬を緩ませていた。
    勝手にアレンジしちゃいけねえって言った方がいいのはわかっちゃいるが、やる気になっている二人を止める事ができなかった。
    目の前で次々とアレンジを加えてる二人に、ぶっちゃけ心動かされちまってんだよな。このアレンジの方が、CMのイメージにも合って、イケてる気がする。そう思ったら、自然と俺の口角が上がっていった。
    「なァ…提案なんだけどよ……」

    ***

    「盧笙さんマジっすか!?」
    『マジや!俺も今めっちゃ驚いてるんやけど、まさかみんなのアレンジしたのが採用されるなんてな!凄い事やで、ホンマに!」
    デモを貰ったあの日、俺達は曲とフリを即頭に入れて動画を撮った。それとは別に、俺達がアレンジを加えたバージョンも撮影をした。
    サンプルとしてそれを企業会社渡して貰えないか、駄目元で盧笙さんに無理言って頼み込んだ。勝手な事をして怒られるんじゃねえかと思っていた。
    むしろ企業の社長や役員は、こっちの方が若者受けすると大喜びしていたそうだ。まさか採用されるとは思ってなくて、弟達に報告したら俺以上に喜んでいた。二人の学校が終わった後に、三人でアレンジした曲でダンスレッスンをする日々が続いた。
    CMに使う曲を録音しにスタジオに足を運んだ時は、スタッフさんが曲をアレンジしたのを三郎だと知ると驚いた顔をしていた。
    『こんな若いのに、すごい才能だ!』
    『天谷奴零の息子さんがアイドルデビューしたと聞いて興味を持ったんですけど……まさかこんな逸材が現れるなんて思いませんでした』
    『この業界に神童が現れましたね!いやぁ、これからの活躍が楽しみですな!』
    何だかヨイショされた言い方で褒められてる気もしたが、三郎は恥ずかしかったのか俯いていた。三郎の実力が認められて嬉しかった俺は、隣にいた三郎の肩を組んでやった。
    盧笙さんなんか『そうなんですよ。ウチの子達みんな天才で…』半泣きで語り始めて、スタッフから若干引かれてたけどな。
    録音は早めに終わって、一週間後の撮影に向けてダンスの練習をする事にした。よりシンクロ率を高める為、鏡の前で何度も曲に合わせながらステップを踏んだ。
    息が上がったところで練習を切り上げてスタジオを出て家に帰る途中、スマホを開けばMTCのチャンネルで生配信をしている通知があったようだ。
    こんな時間に珍しくね?大体いつも深夜が鉄板なのに。家に帰ってから見るって我慢が俺には出来ず、再生ボタンを押せば左馬刻がダンスをしている姿が映った。
    「あ!?」
    「え、なに!?」
    「いち兄、どうかなさいました!?」
    思わず声を張り上げちまって、二人が振り返って心配そうな目で見てきた。ヤベェ…左馬刻が一人で配信するとかレア過ぎて、興奮して思わず声が出ちまったじゃねえか!
    いつもはワルツ(ワールドツアー)の時に、本国のファンが寂しい思いしねえようにってするくらいだったのに?いつもは時差とか関係なしに夜中にするような人間が、こんな夕飯時に配信って?!しかもランダムダンスとか、なんで俺が暇な時にやってくんねーんだよ!?最初っからリアタイしたかったぜ。
    「いや……別に……何でもねぇよ?あ!!俺、忘れ物したみてえだから取りに行ってくるわ!だから先に帰っていいぜ!?」
    「あー、うん?わかった?」
    誤魔化すように言えば、二人は頭を傾げながら先に帰っていった。俺はもと来た道に戻りながら、左馬刻の配信を再生する。
    リアルタイムで推しの配信見れるって、テンションブチ上がるよなマジ。てか、左馬刻が踊ってたスタジオ……どっかで見た事が…あ、そっか。俺達が使っていた隣の部屋か。
    おい、待てよ。俺達が練習してる真横の部屋で推しも練習してたとか、マジでどういう世界!?
    「…って!配信終わっちまったじゃねえか!?」
    家で見たら何を口走るかわかんねえからスタジオ戻って配信見ようと思ったのに、まさかもう終わっちまったのかよ!?
    時間を見れば、一時間半やってたから左馬刻にしては長い配信だったけれども!
    アーカイブがあるからそれをみればいい。そういうワケじゃねえ!…アーカイブは有難く見るけどな!クソ、俺もリアタイしたかった!
    「……」
    いつの間にかスタジオまで辿着いちまうと、ちらっと横目で隣のスタジオの扉を見た。ドアにある小さな丸い窓からは、まだ明かりが点いているのが見えた。
    まさか、中に左馬刻がまだ居るのか?さっき配信が終わったばっかだし、その可能性は十分あり得る。
    だからと言って中を盗み見るような行為はファンとして…そんな後ろめた事して良い筈がねえ!そう自分に言い聞かせても、気になってしょうがなかった。
    悪いとは思いながらも、ドアの小窓から中の様子を覗く。
    ……あれ?誰も居ねえのか?角度を変えてみようとした瞬間、扉が開いたと同時に腕を引っ張られて中に引きずり込まれた。
    「覗き見なんてよォ、随分とスケベな趣味をお持ちでちゅね?いちろーくん?」
    「なっ!?」
    俺の腕を掴んだのは他でもない。左馬刻だった。腕を引っ張られてバランスを崩した俺の身体を壁に押し付けるようにして、左馬刻は手首を掴んだ。ナニコレ、壁ドン!?
    「は、配信終わって帰ったンじゃね―のかよ!」
    「あァ?帰ったなんて一言も言ってねえだろ?ここに居ればオマエが釣れるんじゃねーかと思ったが……待っていて正解だったな」
    まさか俺、左馬刻に嵌められたのか?つか、距離が近え!さっきまで踊ってたからか、汗ばんでるし、なんかキラキラしてるしで眩しいんだよ!それに、この体勢はヤバイ!心臓に悪すぎる!ドキドキしている胸の鼓動を隠すようにして睨みつければ、楽しげに笑ってる左馬刻の顔があった。クソ···腹立つ以上に、めっちゃかっけぇ…。
    「ちょ、近いって…」
    「近いと何か問題があんのか?俺様が恋愛対象じゃねえなら、ドキドキするって事もねーだろ?」
    「ッ……」
    俺はコイツをそういう感情で惚れている訳じゃねえ。確かに恋愛対象じゃなきゃ、男相手にドキドキする事なんかねえ。
    けどよ、左馬刻は普通の男じゃねえ。てか俺の推しだし、まず例えが違え。こうやって至近距離で見ると……やっぱり男前すぎて緊張してくる。
    なんつーか、フェロモンがダバダバ溢れ出してて、直視できねぇんだよ!至近距離で見つめられてっから、恥ずかし過ぎて顔を背けて視線を外した。それでも俺を見つめて離さねえ左馬刻にどうすればいいか解らずにいた。
    「図星みてえな顔してんな。……俺様に惚れたか?」
    「べ、別に……俺は……ただ、驚いただけで……別にアンタに惚……れてなんか、ねえし……」
    ドクドク心臓の音がうるせえくらい鳴り響く。否定したいのに、言葉とは裏腹に頬がどんどん赤く染まっていくのを感じた。こんなん、自分で認めちまってるみたいじゃねえか。純粋に左馬刻は、俺の推しなんだよ…アイドルにガチ恋したって、いい事がねえのはわかってる。それに、俺も左馬刻も男同士だ。なんの気の迷いか知らねえけど、普通に考えて、俺みたいな野郎より可愛い女の子の方がいいに決まってんだろ。
    「そうかよ…残念だな。俺はオマエの事、こんなにも好きだって言うのによォ……」
    左馬刻の言葉にドキリとした。どうして左馬刻は俺に対してこんな事言って来るんだよ?本気で好きじゃねえクセに、なんで、俺を困らせるような事をしてくんだよ。期待させる様な事、言うんじゃねえよ…。
    「っ……冗談キツイって。オタク揶揄って楽しいかよ?……もう帰るわ。じゃあな、おやすみ」
    掴まれていた手を振りほどいてスタジオから出ていこうとすれば、更に強く手首を握られた。そして再び壁に押し付けられて、身動きが取れなくなった。左馬刻の顔を見れば、真剣な眼差しで俺を見つめていた。
    「いつ俺がオマエの事、揶揄ったんだよ?あ?オマエはそうやってずっと、俺の告白が冗談だって思ってんのか?…ふざけんじゃねえぞ…っ!」
    声を荒げながら苦しげに吐かれた言葉に、ズキッと胸に痛みが走った。なんでアンタがそんな辛そうな表情すんだよ。可笑しいだろ……っ。
    「一郎……俺様はテメエに惚れていて、本気なんだよ。誰にも渡したくねえくらいに、一郎···オマエが好きだ」
    左馬刻の紅い瞳が俺を捉えて離さなかった。真っ直ぐに向けられる想いが、痛い程伝わってくる。嘘なんて微塵も感じられなくて、その真摯な態度に思わず息を飲んだ。誰にも渡したないくらいに、左馬刻は俺の事が…好き?
    「さま…とき……」
    左馬刻の手がゆっくりと伸びてきて、俺の唇を撫でた。顔が近付いたかと思えば、寸前の所で左馬刻は身体を引いていった。
    「やっと二人っきりになれるチャンスだったけどよォ……オマエを落とすのは、一位になる時よりも難しいわな……」
    寂しげな笑みを浮かべながら左馬刻が離れて行くと、そっと頬を優しく撫でられた。
    「まぁ、気長に行くしかねえか。オマエ、鈍感みてえだからな?」
    「んがっ!?」
    ギュッと鼻を摘まむと左馬刻はニヤリと口角を上げて笑うと、髪をわしゃわしゃと掻き乱された。それから頭をポンッと、子供をあやすみたいに撫でられた。
    「今日はエンペラーの放送日だから、早く帰ってしっかり目に焼き付けろよ?…じゃあ、またな」
    最後に耳元で囁かれて背中を向けられると、そのまま振り返る事なく去って行った。俺は呆然としながらその場に立ち尽くしていた。
    左馬刻の姿が見えなくなるとズルズルと床に座り込む。心臓の音が未だにうるさく鳴り響く。
    「なん……なん、だよ…」
    頭の中では、左馬刻に言われた言葉が何度もリフレインされていく。好きだと言ったアイツの顔が、脳裏から離れねえ······。
    左馬刻が俺の事を本気で好き?信じていいのか?でも……あんな真剣な目で言われちまったら……。ああ……駄目だ!考えるだけで心臓が爆発しちまいそうだ···。
    「俺……左馬刻の事……」
    考えれば考える程に、胸が締め付けられて苦しくなる。これがもし、本当に恋なんだとしたら……一体俺はどうすりゃいいんだよ。
    ブンブンと頭を横に振ってから両頬をパンっと叩いて気持ちを切り替えると、立ち上がって家にへと戻った。
    二郎と三郎に帰って来るのに遅くなったことを謝りながら晩飯を食べている間、頭ん中はもやもやと左馬刻の事でいっぱいだった。飯を食ってみんなでテレビの前に集まると、エンペラーのオープニングが流れた。
    一次審査は、自身のグループのヒット曲を、歌もダンスもアレンジしたのを他のアイドル達が周りで見ているなか披露するというものだった。
    トップバッターはポッセで、ポップなメロディーに合わせて、元気よく踊り歌い上げていた。他のアイドルも巻き込んで盛り上げる所は、流石だと素直に思った。
    他のアイドルのパフォーマンスにも目を光らせながらも、画面の向こう側の左馬刻に意識を奪われていた。そしてMTCの出番になった瞬間、俺のテンションは一気に跳ね上がった。
    「なんだよその衣装!?やっば…っ!」
    さっきまで左馬刻の事で悩んでいたのに、俺は忘れたようにテレビに齧り付いた。
    アップにならなかったから良く見えなかったけど、なんだこの左馬刻?インナーのシャツ透けてね?乳首…見えてるし、なんだその半分しか手が隠れてないスケベなヤツ。
    そんな手袋、二次創作のスケベなキャラが着けてるのしか見た事ねえわ!エロ過ぎんだろ!!
    ファンだからって贔屓抜きにして見ても、最高にカッコイいし、俺の語彙力が死ぬくらいMTCのパフォーマンスは素晴らしかった。
    番組が終わってSNSを見れば、エンペラーと左馬刻の衣装がトレンドに上がっていた。それはそうだろ。
    他ファンとエンペラーを見ていた人の感想が『左馬刻の衣装…なに?』『乳首と顔面が綺麗だった記憶しかない』『MTCの曲フルで初めて聞いたけど、ラップスキル凄いってかみんな声も顔面もエロイ』大半がエロイってコメントしかなかった。わかるぜ。その気持ち。
    あと、MTCの曲を初めて聞いたけど好きになったって人も多かった。動画配信サイトでエンペラーのチャンネルに飛べば、再生回数のトップはMTCが獲得していた。
    次週は他のグループのカバーアレンジとか、楽しみ過ぎる。左馬刻達が人の曲歌うの見るの、オーディション番組以来だもんな。
    ベッドに寝転んで左馬刻のダンス配信のアーカイブを見ていると、左馬刻のプラメ(プライベートメール)が送られて来た。
    『放送見たか?俺様達のパフォーマンス、他の奴等よりイケてただろ?他のアイドルに目移りしねえで、最後まで応援頼むぜ?』
    はぁ~…。左馬刻のたまに送って来るこの『浮気すんなよ』って意味合いを感じるメール、マジ最高かよ。
    そんなん言わなくても、俺達ファンはMTC 以外見えてねえつーの。
    左馬刻って意外と嫉妬深いっていうか…
    『一郎……俺様はテメエに惚れていて、本気なんだよ。誰にも渡したくねえくらいに、一郎···オマエが好きだ』
    数時間前の声が脳内に再生される。唇を指でなぞると、初めてキスした唇の感触と指先の体温が甦ってくる。胸がキュンキュンして身体中の血が沸騰しそうで、枕に顔を押し付けて恥ずかしさから悶えた。
    今日の俺…どうかしちまってる。こんな風に左馬刻が頭から離れなくて、アイツの事ばかり考えちまうなんて。
    この気持ちをどうしていいか、誰に相談していいかわかんねえよ。左馬刻の馬鹿野郎。
    『毎週放送を楽しみにしている。やっぱりMTCが一番。よくわかんねえんだけど、左馬刻に惚れてるかも?』
    「……あっ!」
    ヤベェ、いつもの癖でやっちまった…。登録してる人に同じ内容が送信されて俺個人に送ってるわけじゃねーのに、プラメが来るといつも返信しちまうんだよな。
    しかも、本人に送られて見られる事もねえのに。だからって本人がファン向けに送ったメールに、惚れてるかもって…俺ってやっぱ馬鹿過ぎンだろ。




    続きは近日中にpixivで!!
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