延頸挙踵 穏やかな日差しの差し込む庭で、叢雲が盆栽をいじっていた。その日、戴天は習い事が終わって、勉強の続きをしなければと部屋に戻る途中だった。記憶にあるのは庭と、まだ幼さの残る従兄弟が、増えすぎた枝を剪定して、見目好くしようと四苦八苦してる姿だった。随分と悩みながらやっていたように思う。戴天は年上の従兄弟の趣味は随分渋いなと思って足を止めたのだった。
「ずいぶん大きくなりましたね」
何気なく声をかけると、びくりと叢雲が驚いた顔をして振り向く。
「戴天、か」
「はい、驚かせてしまいすいません」
戴天は子供じみた言動はしていなかった。戴天たちは【高塔】で、子供でいることは許されない立場であった。
「どうしました?」
戴天は黙ってしまった叢雲が気になって声をかけると、彼は少し迷った顔をしてんんっとせき込んだ。
「お前のことを考えていたんだ」
「松をいじっていたのに?」
「そうだな、うん。そうだけどさ」
少し拗ねたような口調が少年のままで、戴天はほっとした顔をする。
「別に二人きりの時は、言葉を崩しても」
「いや、やめておく。クセになっては困る」
「ふふ、そうですね」
二人して笑いあう。誘惑の甘い蜜の味を知ったら、逃れられなくなるとお互い思っていたのかもしれない。
「枝の剪定もできてきたし、そろそろ鉢増ししないとと思っていたんだ」
「鉢増し?」
「あー、えっと根っこを切って、より大きな鉢に植え替える、ことだ」
話を聞こうとすると、使用人が戴天を呼ぶ声がした。習い事が終わっても部屋に戻ってこない戴天を気にしたのだろう。戴天ははっとすると叢雲を見た。
「早く行くといい」
「ええ、ではまた」
「ああ、またな」
叢雲の返事を聞いて、戴天は彼に背を向けて歩く。廊下は走らず、でも急いで。去り行く戴天の背を叢雲がじっと見つめていたことには気が付かなかった。
リビングの松を見ながら戴天は酒を口にしていた。
「兄さん」
ふいに声をかけられた。
「雨竜君、どうしました」
任せた仕事の報告は聞いたし、特に何か報告のある仕事はないと思っていたが、と居住まいを正そうとした戴天を雨竜があわてて止めに入る。
「いえ、なんでもなくて。ただ松を見ていたの、で、この松はなにかいわれがあるのですか?」
わざわざリビングに置くなんてと思ったのだろう。戴天はふ、と笑う。
「雨竜君にひとつ、重要なことを教えましょう」
クスと笑って戴天が松を見る。
「組織というのは園芸と似ています。病んだ枝は剪定しなければなりません。組織が大きくなれば、根を切って植え替える必要が出てきます。そうしなければさらなる成長はありません」
「あ、それで、ここに」
「まあそんなところ、ですね」
うまくごまかせているだろうか。戴天は雨竜を見ながら昔の思い出のよすがのような松を見あげる。
「この木が、ここにあるために犠牲にしたものは多いのです」
「……はい」
思わずしんみりとしてしまった空気に戴天は笑う。
「その犠牲を必要なものだった、正解だったとしていくのが我々高塔の者の使命でしょう。ほら、もう夜も遅いです。早くおやすみなさい」
部屋に戻るよう促すと、雨竜は少し悩みながらも頷く。
「兄さんも、早めに休んでくださいね」
「ええ、私もこれ一杯でおしまいにして休むことにします。かわいい弟に注意されてしまいますからね」
お互い顔を見合わせて笑う。
「おやすみなさい、兄さん」
「ええ、おやすみなさい。雨竜君」
戴天は、部屋に戻る雨竜の背中を見てからもう一度松を見上げる。犠牲を許容できなければ、ここでは生きていけない。彼は、そうではなかったのだ。願わくば雨竜がその犠牲を踏み越える男であってほしい。ただそう思った。