年末ss「お、お邪魔しまぁす……」
きぃ、と少々立て付けの悪そうな音と共に立ち入る部屋。真冬、地下。素足に触れるしっとりとした廊下の冷たさを包む暖房の乾いた温もり。混ざりあった人の匂い、四人分。
「いらっしゃい、紗世」
「遅いよぉ」
「えへへ、おまたせ」
ベッドへ寝そべったままかけられた未遥の歓迎の声。おいで、と明るく隣を促す唯葉に紗世ははにかんで。決して広いとは言えない〝家〟の、海月と未遥の部屋。想定された人数の倍以上が集ういつも通りに、手に持った大皿を机に納め紗世は唯葉の隣へ腰を下ろした。
「えーっ、クッキーじゃん、作った?」
「うん、蒼樹ちゃんと。みんなで食べよう?」
「最高かって紗世ぉ〜!」
いただきまーす!と唯葉が先陣を切って。匂いに誘われたように、未遥も漫画を中断し起き上がる。彼らの口に消えていくそれを見送りながら紗世も一枚を手に取った。甘く香ばしい香りを放つ焼きたてのそれはまだじんわりと温かい。
「え、何、――待ってずるい、今止めらんないんだけど!」
「クッキー?ねぇ食いたいおれも、唯、口入れて」
忙しなく鳴るコントローラーの操作音へ紛れる二人分の声。テレビの液晶からは目を逸らさず、視界の端で捉えたらしい菓子をねだる男二匹は雛鳥を彷彿とさせた。
小言混じりの餌付け。僕も、僕も、と海月まで大きなその身体をベッドから乗り出して。決してお行儀のいいとは言えない、男児じみた彼らの行動が酷く可笑しい。
「んっま、これマジで紗世ちゃん作ったの?プロだね、毎日作って欲しいかも」
「うお、公開プロポーズ?アツ」
「味噌汁現代版ってクッキーなんだぁ。ところで紗世の返事は?」
「……毎日はちょっと」
「賢い」
「ノーが言えて偉い」
テレビから流れるゲームセットの音声。勝者は真実。やめやめ、とコントローラーをベッドへ投げ置き海月は机上の紙コップへ手を伸ばす。
「僕、結構優良物件だと思ってんだけど」
「黙れ事故物件」
「おぉ凄い言うじゃん」
未遥の鋭利なツッコミに唯葉が吹き出して。言われた当人は何のダメージもないように黙々と菓子を頬張る。
「……ちなみに紗世ちゃん、好きなタイプとかあんの?」
不意に投げられた真実の質問に紗世は言葉を詰まらせて。純粋な興味に向けられた四人分の視線。熟考の末、誤魔化すようにクッキーを口へ放り答える。
「……一緒に居て楽しい人、かな」
正直に。我ながらつまらない回答。一瞬の沈黙の後で各々が自分かぁと出処不明の自信で声を上げた。
「四人か多いな……」
「お、乱闘する?」
「一妻多夫制ある国行った方が早いんじゃない」
「んじゃネパール?」
「なんで知ってんだよ」
頭の悪い会話に丁寧な断りを入れて。ふやけた部屋の空気にやがて誰かの欠伸が溶ける。
「なーんか、いいね、年末って感じ」
ぽそ、と欠伸混じりに言った海月へ共感が次ぐ。
「……なんか、せっかくだしどっか行きたくね?ゲームも飽きてきた」
「どこも混んでそうだけどね……あ、おれカラオケ行きたい」
「あーいいね、行こ。腹減ったし昼飯外は?」
「賛成、ラーメン食いたい」
「うわ良い、……けど今日夜蕎麦あるって臨さん言ってたよ」
「麺に麺か……大丈夫、年末パワーでいける」
「なにその謎理論」
皿の菓子は既に無くなっていた。外出モードへ傾いた意識に各自のんびりと席を立ちはじめて。
あ、と唯葉が声を上げる。
「ねぇ待ってカラオケ年末料金じゃない?」
「――高いっけ」
「確か」
「んー……美弥乃さんにおねだりしよ」
「だめだよ、最近そう言ってゲーム買ったし」
「……お金ある人ー」
「お年玉待ちー」
葬儀屋をしていれば、バイトなどする時間はほとんどない。学生なら尚更。仕事柄一度の報酬は弾むが、同時に死体に左右される収入はどうしても不定である。
うーんと思考の唸りが揃って。ふと、妙案だとでも言うように海月は悪そうに笑った。
「燈莉さん達誘うのは?」
沈黙。意味を反芻。――意図の理解。
「うはは!天才だ」
「わっりぃ〜、てかならワンチャン飯奢り、あるくね?」
「奢りなら焼肉行きたい」
「……っし俺言ってくるわ。紗世、一緒来て」
そう未遥が紗世を連れ部屋を出て行って。頼んだ、と海月はいたずらっぽく親指を立てる。
「よっしゃ、着替えとこ」
「外さみぃかな?」
「……十度はあるっぽいよ」
「コートでいっか」
突如決まった外出。起動させたままだったゲームは簡単に片付け、各自身支度も整えて。
平穏な年末。家族全員を巻き込んだカラオケ大会。年明け前想定外の出費に、昼から出来上がっていた大人の酔いも冷めたとか。