イェレリかリバイェレのようなよくわからん何か 横たえた体にはかすかに何か柔らかいものが触れている。どうやらそれは人肌のようだとリヴァイは思う。何時ぶりだろうか、懐かしさすら覚える温かい温もり。
シーツの中で自分のかかとが、横にいる誰かの足に当たる。おそらくそこはふくらはぎだ。それで、相手は自分より背が高いのだろうと思い当たる。そう、まるでかつて愛した女のように。自分が送り出し、そして永遠に失った女。会いたいと幾度願ったかわからない。その女の名はハンジ・ゾエ。
まどろみながらうっすらと目を開ける。そこには豊かな小麦畑のような美しさで揺蕩う金の髪が見える。それでリヴァイは共寝している相手はハンジ・ゾエではないと思い至る。ならばと思う。
この黄金の髪の持ち主は。自分が送り出し、永遠に失った盟友か? まさか。名を呼ほうと僅かに唇を動かす。だが、声は出ない。エルヴィ―――
「すいません、これはどういう事態でしょうか」
雷に打たれたような衝撃で、リヴァイは飛び起きた。その声に聞き覚えがあったからだ。
世界の多くを平らにしたあの戦いが終わり、何年が経っただろうか。体温というものはとてつもない癒しをもたらすものなのだろう、戦後を過ごす中でリヴァイは今日初めてこれほどゆっくりと眠った。だが、かつて愛した仲間たちが去来していく夢はあっさりと続きを断たれた。彼に問いかける声によって。
「リヴァイ・アッカーマン」
「………なんだ」
ベッドの上にはちぐはぐな二人が間抜けに寝そべっている。どうしてこうなったのだろう。
オニャンコポンがこの女を連れてきたのだ。リヴァイたちはもうすぐオディハ一帯を植樹する手筈になっており、一行はオディハ近くの街に逗留している。植樹を手伝う予定の人間の数はリヴァイが想定していたより随分多く集まったようだった。そして、人が集えば酒盛りが始まるのが世の常だ。そこへ件の女――すなわち今リヴァイの横にいる女だ――イェレナがオニャンコポンに連れられ、よろよろとやって来た。
オニャンコポンいわく、イェレナは植樹の噂を聞きつけ幽霊のような状態でオニャンコポンのもとを訪ねてきたらしい。「たすけてください」と力なく呟かれたとき、オニャンコポンは流石に放っておくわけにはいかなかった。かつて確かな信じるものを手にしていた彼女の自信はどこに消えてしまったのか。信仰を取り上げられた人間の有り様を目の当たりにして、オニャンコポンは末恐ろしくなった。あの戦いのあと、自分の背骨を引っこ抜かれたように覇気のない毎日を過ごしていたというイェレナ。助けを求められたからにはオニャンコポンは彼女を捨て置くわけにいかなかったのだ。神の御前において、神に誓って。
そして今、彼女はリヴァイの横に寝ている。おそらく、素っ裸でだ。
昨日は飲み過ぎたとリヴァイは思う。飲みの後半、大半の人間が酔っ払い出来上がった頃にイェレナに絡まれた。酔ったイェレナに絡まれ、ジークの話を延々聞かされた。リヴァイはもともとザルだが、年だろうか思っていたより酒に弱くなっていた。ただそれだけだったはずなのだ。
イェレナが抑揚のない声で聞いた。
「これは現実でしょうか?」
「……どうやらそのようだな……」
「確認のために聞きますが、私たちは昨夜、その、なんというか『致してしまった』という認識で合っていますでしょうか?」
「……あぁ」
リヴァイが答えた瞬間、イェレナは顔を両手で覆った。まるで自分の人生そのものを悔いるかのように。
「オイ、まさか泣いてんのか」
イェレナは嗚咽している。
「胸がないんです」
イェレナは顔を覆ったまま、しゃくりあげながら答えた。
「は?」
「見たでしょう、胸がないんです」
「………」
リヴァイは昨夜の記憶の糸を手繰り寄せた。映像は朧気だが、手のひらの感触ははっきりと思い出せる。リヴァイは即座に頭を左右に振った。
「まぁ、何だ、あの、俺は胸がないのには慣れている」
リヴァイの口からは思わずよくわからない言い訳のような、慰めのような言葉がついて出た。言った瞬間、まずいと思った。イェレナがすごい形相でこちらを睨んでいる。その顔には特に涙が出たような気配はなかった。
「どういう意味ですか」
リヴァイは黙りこくった。
「あぁ、なるほど。あの人のことですか。待ってください、何やらやたら腹が立ってきましたね。今のは失言と言っても過言ではないです。このような時と場合、比較対象を出すべきではない。そうでしょう? ジーク・イェーガーであればそんなことは言わない。はっきり言いますけど、私はハンジさんのことが嫌いなんです。かなり」
何故急にジークが出てくるのだ、それこそ比較対象だろうが、とリヴァイは思ったが、先に失礼をこいたのは自分なのだと思い至り、リヴァイはとりあえずは黙ったままでいた。